怪獣8号~約束~ 作:スペア
想いが通じ合った奇跡のような夜は、あまりにもあっけなく明けた。
第3部隊隊長としての任務を抱えるミナは、後ろ髪を引かれるようにして夜のうちに基地へと戻っていった。
翌朝、カフカの病室には医師の困惑した声が響いていた。
医師「おかしい……。生身で余獣の一撃を受けたというのに、この驚異的な回復は一体何なんだ……」
レントゲン写真を見ながら、首を傾げる医師。
本来なら全治数ヶ月の重傷のはずが、カフカの傷口はすでに塞がりかけている。
カフカ「あの、先生? 俺の身体、どうなってます?」
医師「……驚かないで聞いてくれ、日比野さん。このペースなら、あと3日もあれば退院できる。医学的にはあり得んことだがね」
カフカ「あはは、昔から頑丈だけが取り柄なんすよ!」
愛想笑いで誤魔化しながら、カフカは冷や汗をかいていた。
カフカ「(危ねぇ……。やっぱり怪獣8号の力で、勝手に回復が早まっちまってんだな。これ以上怪しまれる前に、さっさと退院しねぇと……)」
そんなハラハラした午前中が過ぎ、お昼時を迎えた頃。
病室のドアが、ノックもなしに静かに開いた。
ミナ「失礼するわ」
入ってきた人物を見て、カフカは思わずベッドの上で硬直した。
防衛隊の制服。
そこまではいい。
だが、その上から不自然なほど大きな眼鏡をかけ、口元には白いマスク。
さらに、いつも凛と結ばれている黒髪が、セミロングへと下ろされている。
あまりにも怪しすぎる不審者――いや、変装した亜白ミナだった。
カフカ「み、ミナ……!? お前、その格好……」
ミナ「昼休憩の時間を少しだけ貰ってきた。隊長だとバレると周囲が騒がしくなるから、私なりに変装してみたのだけれど……不自然かしら?」
マスクを少しずらし、大真面目な顔で聞いてくるミナ。
カフカ「不自然っていうか、逆にめちゃくちゃ目立ってる気がするぞ……」
苦笑いしつつも、自分のためにわざわざ時間を割いて逢いに来てくれたことが、カフカの胸をくすぐった。
ミナはカフカのベッドの横に椅子を引き寄せると、買ってきたコンビニ弁当を広げた。
カフカの前には、病院から支給された質素な薄味の病院食が並んでいる。
ミナ「……カフカのご飯、随分と健康的ね」
カフカ「言うなよ。お前の上カルビ弁当がめちゃくちゃ美味そうに見えるわ」
ミナ「はい、あーん」
カフカ「ぶっ!? ちょ、ミナ、お前なぁ!?」
箸で肉を掴み、大真面目に差し出してくるミナにカフカが真っ赤になって慌てていると、突然、病室のドアが勢いよく開いた。
レノ「先輩! 怪我の具合はどうですかっ……って、え?」
キコル「ちょっと、レノ、急に開けたら迷惑でしょ――って、あら?」
現れたのは、非番の私服姿に身を包んだ市川レノと、四ノ宮キコルだった。
カフカが怪獣8号であることを知る、数少ない大切な仲間だ。
しかし、2人の視線はカフカではなく、その隣で眼鏡をかけたまま箸を差し出している『怪しい防衛隊員』へと釘付けになった。
カフカ「あ、いや! これはだな、市川、キコル! 違うんだ、こいつはただの、俺の知り合いの、その……!」
カフカがベッドの上でバタバタと手を振り、必死に変な言い訳を並べ立てる。
だが、ミナは静かに箸を置くと、眼鏡を指先で少し下げて、鋭い双眸を2人に向けた。
その佇まいから放たれるのは、隠しきれない圧倒的な強者のオーラ。
ミナ「市川レノ隊員、そして四ノ宮キコル隊員。今年の隊員のデータはすべて頭に入っている」
レノが直立不動で凍りつく中、キコルが引きつった声をあげる。
キコル「た、隊長……!? なんで日比野カフカの病室に……」
変装していようとも、その声と威圧感で気づかないはずがない。
第3部隊の絶対的頂点、亜白ミナその人だ。
ミナはマスクを完全に外し、淡々とした、しかしどこか誇らしげなトーンで言い放った。
ミナ「公務ではないわ。私は今日、日比野カフカの『恋人』として、ここにお見舞いに来たの」
レノ・キコル「「……は?」」
レノとキコルの声が見事にハモった。2人の頭の上に、巨大な疑問符が浮かんでいる。
キコル「こ、恋人……? 誰が、誰の、なんですって?」
キコルが引きつった笑顔でカフカを睨みつける。
カフカは布団を頭まで被りたい衝動に駆られながら、真っ赤になって顔を伏せた。
カフカ「いや、その……実は、な……?」
ミナはそんなカフカの様子を愛おしそうに見つめると、「少し席を外すわね。お茶でも買って戻るわ」と言い残し、2人に隊長としての軽い会釈をして病室を出ていった。
ドアが閉まった瞬間、レノとキコルが、まるで獲物を追い詰める怪獣のような勢いでカフカのベッドに飛びかかった。
キコル「ちょっとおおお! どういうことよ、これぇ!!」
キコルがカフカの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶる。
レノ「先輩!! 亜白隊長と恋人って……! 試験に落ちて落ち込んでると思ったら、何やってるんですかあんたは!!」
普段冷静なレノまでが、目を血走らせてカフカの肩を掴んだ。
カフカ「落ち着け! 落ち着けお前ら! 骨が折れる!!」
カフカは必死に2人をなだめ、声を潜めて話し始めた。
カフカ「……昨日の夜、ミナがここに来てくれたんだ。それで、その、昔の約束とか……いろいろ話して、付き合うことになったんだよ」
キコル「信じられない……あの亜白隊長が、こんなおっさんと……」
キコルが呆然と呟く。
しかし、レノの表情はすぐに真剣なものへと変わった。
レノは病室の入り口を気にしながら、さらに声を潜める。
レノ「待ってください、先輩。それ、本当に大丈夫なんですか?」
カフカ「え?」
レノ「先輩は、怪獣8号なんですよ……? もし付き合うなんてことになったら、いつか正体がバレた時、亜白隊長を裏切ることに……いや、それ以上に隊長の立場だって危うくなる!」
レノの言葉は、最も恐れるべき現実だった。
キコルもハッとしてカフカを見つめる。
しかし、カフカは小さく笑い、首を振った。
カフカ「そのことなら……もう、ミナに話したよ」
レノ・キコル「「えっ」」
カフカ「俺が怪獣になっちまったこと。昨日の夜、全部目の前で見せて話した」
レノとキコルは息を呑んだ。
防衛隊の象徴である亜白ミナに、自分が駆除対象であると告白したのだ。
その恐怖は想像を絶する。
キコル「……で、隊長はなんて?」
キコルが緊張に声を震わせながら尋ねる。
カフカは、窓から差し込む優しい光を見つめながら、誇らしげに微笑んだ。
カフカ「『関係ない』ってさ。怪獣だろうが人間だろうが、俺はカフカくんだからって……。俺の手を、ずっと握りしめててくれたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、レノはふっと肩の力を抜き、本当に安心したような笑顔を浮かべた。
レノ「……そうですか。よかった。本当に、よかったですね、先輩」
キコル「全く、どこまで肝が据わった隊長なのかしらね」
キコルは腕を組んでフンと鼻を鳴らしたが、その瞳には優しい温もりが宿っていた。
ガチャ、と静かにドアが開き、ミナが数本のペットボトルを抱えて戻ってきた。
ミナ「待たせたわね。……何か、大切な話をしていたかしら?」
眼鏡をかけ直したミナが首を傾げる。
カフカは、真っ直ぐに自分を信じてくれるミナを見つめ、意を決して口を開いた。
カフカ「……ミナ。実は、お前に隠さず話しておきたいことがあるんだ」
ミナ「何かしら、カフカくん」
カフカ「俺が怪獣8号だってこと……ここにいる市川とキコルも、全部知ってるんだ。俺を守ってくれてたんだよ」
ミナは驚いたように目を見開いた。
そして、ゆっくりとレノとキコルに視線を移す。
防衛隊員でありながら、怪獣を匿うという、本来なら極刑に値する大罪。
しかし、2人の瞳には、一切の迷いも後悔もなかった。
ミナはフッと、隊長としてではなく、一人の人間として優しく微笑んだ。
ミナ「そう……。カフカくんを支えてくれて、ありがとう。2人には、感謝しなければいけないわね」
レノ・キコル「「た、隊長……!」」
ミナ「これからは私も一緒よ。4人で、カフカくんの秘密を守り抜きましょう」
カフカはレノとキコルを見つめ、2人もまた、カフカに向かって力強く頷き返した。
もう、カフカは一人でこの重荷を背負う必要はない。
防衛隊の若き天才たち、そして、人類最高峰の力を持つ防衛隊長。
カフカ「おう、よろしく頼むぜ、みんな!」
カフカは満面の笑みを浮かべ、お見舞いのお茶を受け取った。
白い病室の中に、確かに4人だけの『秘密』が共有された瞬間だった。