僕の名前は、飛騨糸音
私の名前は、飛騨遥。
年齢は十七歳。
どこにでもいる、ごく普通の高校生――
――と言いたいところだけど。
残念ながら、僕たちの場合はそういうわけにもいかない。
僕/私たちは――
この東京で活動しているたった2人の――
「スパイダーマンだ」
「どちらかといえば、私はウーマンね」
「ウーマンじゃなくてガールだろ」
「…………」
遥が、じろりと僕を睨んだ。
マスク越しでも分かる。
これは怒ってる。
「……なんだよ」
――グリッ。
「痛っ!?」
思いっきり足を踏まれた。
「何すんだよ!」
「そういうアンタは、スパイダーボーイでしょ」
「……それ、あちこちで言われるんだよな」*1
まったく。
十七歳にもなったんだから、いつまでも
僕にはちゃんとした名前がある。
――ソウルスパイダー。
そして、隣で僕の足を踏みつけておきながら何食わぬ顔をしているこいつが――
サクラスパイダー。
僕と同じ17歳。
ピンクと黒、そして白を基調としたスーツを身に纏い、僕と一緒に東京を守っている、もう一人のスパイダーだ。
僕の相棒であり――ずっと昔から、誰よりも近くにいる大切な存在だ。
「何ぼーっとしてるの?」
「ぼーっとしてない。みんなに遥の紹介してたんだよ」
「みんなって誰よ」
「さあ?」
「……暑さでとうとう頭が……」
失礼な、人の頭を勝手に壊すなんて。僕の頭は今日も正常運転だ。
――――なんてことを考えていると。
「強盗だぁぁぁぁ!!」
通りの向こうから悲鳴が響いた。
僕と遥は同時に振り返る。
銀行の入口から、覆面姿の男たちが飛び出してきた。
手には大きなバッグ。
そのうちの何人かは拳銃を握っている。
「……四人」
「五人よ」
「え?」
「車」
遥が顎で道路脇を示した。
黒いワゴン車。
運転席には既に一人が待機している。
「なるほど」
「早く乗れ!」
男たちが次々と車へ飛び乗る。
最後の一人がドアを閉めた瞬間、ワゴン車が急発進した。
タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
歩行者たちが慌てて道を開ける中、ワゴン車は赤信号を無視して交差点へ突っ込んでいった。
「あのままだと危ない! 街の人に被害が出る!」
「追うわよ!」
「ああ!」
僕は右腕を頭上へ向けた。
――シュッ!
手首のウェブシューターから放たれた糸が、頭上のビルへ張り付く。
強く引く。
身体が一気に宙へ持ち上げられた。
足元から地面が遠ざかる。
そのままウェブを軸に、振り子のように大きく弧を描く。
速度が乗る。
最下点を通過した瞬間、手を離した。
身体が宙へ舞い上がる。
眼下に広がるのは東京の街。
車。
人。
信号。
そのすべてが一瞬だけ、自分より下にある。
身体が落ち始める。
次のビルへ腕を伸ばした。
――シュッ!
ウェブが壁面へ張り付く。
再び身体が前へ引っ張られた。
風がマスクを叩く。
その隣を、ピンクと黒と白の影が飛んでいく。
僕たちはビルの谷間を駆け抜ける。
一回。
二回。
三回。
ウェブを放つたびに加速していく。
眼下には、無茶苦茶な運転で一般車両を追い越していく黒いワゴン車。
「見つけた!」
車で道路走るより
「空を跳ぶ方が速いんだよ!」
大きくスイング。
最下点。
速度が最大になった瞬間、ウェブを離した。
身体が弾丸のように前へ飛ぶ。
逃走車との距離が、みるみる縮まっていく。
その時。
「糸音!」
「え?」
遥の声。
振り返る。
遥が突然、逃走車とは違う方向へウェブを放っていた。
「サクラ! そっちじゃ――」
「任せた! 私、先回りする!」
「おーけー!」
それだけ言い残し、遥はビルの向こうへ消えていった。
「それじゃーー僕は鬼ごっこといきますか」
ウェブを放ち、一気に加速する。
逃走車が目前まで迫り屋根へ飛び移る。
ドンッ!!
「なんだ!?」
助手席の男が窓から身を乗り出した。
空から猛スピードで接近してくる僕を見つける。
その顔が引きつった。
「ス、スパイダーマン!?」
男が拳銃を構えた。
――パンッ! パンッ!
乾いた銃声。
銃口から火花が散る。
その瞬間、頭の奥で警鐘が鳴った。
一発目。
身体を右へひねる。
銃弾が脇腹のすぐ横を通過する。
二発目。
空中で身体を丸めた。
頭上を弾丸が掠めていく。
「0点!」
「あぁ!?」
右腕を伸ばす。
――シュッ!
ウェブが拳銃へ絡みついた。
「補習行きだね!」
思い切り引く。
「うおっ!?」
拳銃が男の手からすっぽ抜けた。
宙を舞う。
「危ないから、これは没収!」
「この野郎!」
「振り落とせ!」
「え?」
嫌な予感がした。
次の瞬間。
「うおっ!?」
ワゴン車が大きく蛇行した。
右。
左。
また右。
「ちょっ、危な――!」
急ブレーキ。
「うわっ!」
両手を屋根へ張り付ける。
車体が激しく揺れる。
普通の人間なら、とっくに道路へ投げ出されている。
「落ちろ!」
「落ちるか!」
車が急加速する。
僕は屋根に張り付きながら、助手席へ身体を伸ばした。
「止まりなさーい!」
「うるせぇ!」
「素直に止まった方が罪軽くなるかもしれないよ!」
「知るか!」
「だよね!」
まあ、止まるわけないか。
その時だった。
――ゾワッ。
「っ!」
頭を下げる。
――パンッ!
後部座席から放たれた銃弾が、さっきまで僕の頭があった場所を通り過ぎる。
「危なっ!」
「死ね!」
窓から拳銃を突き出してくる。
右手を向ける。
ウェブを発射。
――ベチャッ!
「うわっ!?」
拳銃ごと男を中から出し街灯へ貼り付ける。
「そこで大人しくしててね!」
「くそっ!」
私は逃走車を追うのではなく、先回りするためにビルの屋上へ降り立った。
眼下の道路では、黒いワゴン車が乱暴に車線を変えながら走っている。
その屋根には、必死に張り付いている糸音の姿があった。
「……派手にやってるわね」
止める場所は決まっている。
この時間なら、少し先の裏通りは人も車もほとんど通らない。
「……あそこね」
私は糸音への通信を開く。
マスクの内側で、糸音への通信を開く。
――♪♪♪
「ん?」
マスクの内側に着信音が響いた。
視界の端に表示された名前は――遥。
屋根に張り付きながら通話を繋ぐ。
「もしもし?」
『糸音、聞こえる?』
「聞こえてるよ。というか今、結構忙しいんだけど!」
『見れば分かるわよ』
「見えてるの!?」
『見えてる。そこから二つ先の交差点、右に曲がらせて』
「右?」
『その先に人通りの少ない道がある。そこで止めるわ』
「了解!」
僕は屋根から身体を起こす。
『頼んだよ』
「はいはーい!」
僕は前方の交差点へ目を向けた。
「さてと――」
左へ逃げられないよう、ウェブシューターを構える。
「お客さん。ここから先はルート変更だよ!」
――シュッ!
放ったウェブが左側の道路へ逃げようとするワゴン車の進路を塞ぐ。
「くそっ!」
運転手が慌ててハンドルを右へ切った。
ワゴン車が交差点を右折する。
『よし、そのまま!』
「了解。ナビよろしく!」
『はーい! こちらサクラナビでーす!』
「ノリノリだね」
『目的地まで安全にご案内しまーす! そのまま直進、次の交差点を左折してくださーい!』
言われた通り、前方の交差点へ視線を向ける。
『そして、無事に目的地へ到着されたお客様には――』
「お、何かあるの?」
『なんと! 私とショッピングに行ける豪華特典をプレゼントしちゃいまーす!!!』
「罰ゲームの間違いでしょ」
『聞こえてるわよ』
「…………」
しまった。
何とか機嫌を直さないと。
「いやー! あのサクラスパイダーとショッピングデートだなんて、最高の特典だね!!」
『そうでしょー!』
「……機嫌直った?」
『うーん。ご飯奢ってくれたら機嫌直るかもね〜』
「え?」
『デートで最高の特典なんでしょ?』
「……僕のお小遣い、持つかな?」
『何か言った?』
「何も言ってません!」
『よろしい! それではお客様、そのまま直進してくださーい! まもなく目的地でーす!』
「りょーかい!」
私はビルの屋上から眼下を見下ろした。
この通りなら、人通りも車もほとんどない。
あとは、糸音が連れてくるのを待つだけ。
――来た。
黒いワゴン車が交差点を曲がり、こちらへ向かって猛スピードで走ってくる。予定通り。
その屋根には、しぶとく張り付いている糸音の姿もあった。
『サクラナビ、お客様をお届けに参りましたー』
「ご苦労様」
(今度は私の番ね)
屋上を蹴った。
身体が宙へ飛び出す。
落下しながらウェブを放つ。
――シュッ!
ビルに張り付いたウェブを軸に身体を振り――。
逃走車の進行方向へ着地した。
「どけぇぇぇぇ!!」
運転手の怒鳴り声が響く。
私は動かない。
『サクラ!?』
両腕を構える。
――シュッ! シュッ!
ウェブが左右の壁へ張り付く。
一本。
二本。
三本――。
間髪入れずにウェブを放ち、建物と建物の間を何重にも繋いでいく。
「糸音!」
『なに!?』
「合図したら後ろに回って!」
『え?』
「いいから! 合わせて!」
『――っ! 了解!』
黒いワゴン車が、ウェブの壁へ突っ込んだ。
――ビシィッ!
張り詰めた糸が車体を受け止める。
けれど、止まりきらない。
ウェブが軋み、車体が前へ押し込まれていく。
それでも速度は一気に落ちた。
「今!」
『了解ッ!』
糸音が屋根を蹴り、車の後方へ飛ぶ。
同時に、私も地面を蹴った。
車体の上を飛び越え、糸音の隣へ着地する。
振り返ると同時に、二人でウェブを放った。
――シュッ! シュッ!
四本のウェブがワゴン車の後部へ張り付く。
「引くわよ!」
「もう引いてる!」
二人同時にウェブを引く。
――ギギギギギギッ!!
前方では、何重にも張ったウェブが車体を押し返す。
後方からは、私たち二人が引き戻す。
タイヤが甲高い悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
車体が大きく揺れる。
腕にずしりと重さがのしかかる。
それでも、離さない。
「糸音!」
「分かってる!」
二人でもう一度、力いっぱい引く。
キィィィィッ!!
そしてワゴン車は、私たちの目の前で完全に停止した。
「サクラの作戦のおかげだね」
「ソウルもいなきゃ大変だったわよ」
「じゃあ僕たち2人の勝利ってことで」
――バンッ!
ワゴン車のドアが勢いよく開いた。
「ふざけやがって!」
覆面姿の男たちが次々と降りてくる。
拳銃。
ナイフ。
鉄パイプ。
運転手まで加わって――残るは4人。
「勝利宣言にはまだ早かったみたいね」
「あー、そうみたい……」
男が拳銃を構えた瞬間、糸音が弾かれたように動いた。
――パンッ!
「危ない!」
身をひねって弾丸をかわしながら、ウェブを放つ。
糸が拳銃に絡みつき、そのまま男の手から奪い取った。
「糸音!」
「任せて!」
糸音が男の足元へウェブを撃ち込み、体勢を崩す。
その隙に私は飛び込み、回し蹴りを叩き込んだ。
男はアスファルトを転がり、そのまま気絶した。
ナイフを持った男が、私目掛けて斬りかかってくる。
壁を蹴って頭上へ逃れ、そのままウェブを発射。
男の両腕を街灯に貼り付けた。
振り返ると、残る二人も糸音のウェブで身動きが取れなくなっていた。
「こっちはもう片付いたよ」
「さっすがソウル!」
静かになった道路に、遠くからサイレンの音が近づいてくる。
「今度こそ、僕たち二人の勝利だね」
「ええ」
第1話を読んでいただきありがとうございます!
次回は今回話に出てきたショッピングへ。