「きょーしゅさまー!」
なんてことない、とある日のエーリアス。獣人の村の視察に訪れた教主を、元気いっぱいな獣人の子ども、バターが教主に飛びついて甘えていた。
しっぽをブンブンと振り回し、喜びを全身で表現するバター。コミーはぼんやりした瞳でそれを眺め、ディアナはそれをニコニコと眺めている。
しかし、それを快く思わない者がいた。ティグである。
ティグはエーリアス随一の剣聖を自称する獣人の子供である。アニマル缶を憎み、徒党を組んではモナティアムの街を荒すガキ大将でもあった。
そんなティグの心に変化が訪れたのはいつ頃だったであろうか。ティグはいつしか、無邪気にはしゃぐバターを心のどこかで羨ましく思うようになっていた。
気に入らないといった様子の目でバターを白々しく見つめるティグ。その目は紛れもなく嫉妬の目であったが、ティグ本人はそれに気付かないでいた。
そんなティグを見て、ルポがからかうように声をかけた。
「どうしたのだ?隊長。何か気に入らない事でもあるのか?」
「能天気な奴だなって思ったんだよ。あんなにはしゃいじゃってさ。教主が来たからって、なんであんなに喜べるんだろうな?」
「別にいい事じゃないですか、隊長。教主様が来て、バターがはしゃいでくれたら、村の雰囲気も良くなるってものですよ」
「……だとしてもよ、あんなに喜べるものなのか?何かしてくれる訳でもないのによ。下らねえったらありゃしないぜ」
そう言って、ティグはその場を後にした。ルポとベニーもそんなティグの後に続いて付いていく。
ティグが自宅に戻り、お手製の案山子に向かって木刀を振るう。どんなに気分が悪くても、こうやって身体を動かしてたら、いくらか気分が晴れるというものである。
普段からこうしてストレスを発散すればよいのだが、あまりにひどいときには、モナティアムのコンビニが犠牲になるときもある。そんな時には、いつもバイトのシオンが泣きを見ている。すべてはティグの気分次第なのだ。
「だぁっ!!」
バキッ!
かかしが真っ二つに折れる。ストレス発散も兼ねたティグの剣術が光る。
「最近隊長も変わったよね」
「そうだな。リオンがモナティアムから帰ってきてからずっとあの調子なのだ」
ルポとベニーが庭の外に腰をかけながらそんな事を話し合っている。ティグはそれに気付いているのか、はたまた気付いていないのか、かかしを打つ木刀を握る手に力が入る。
ガンガンとひたすらにカカシを打つ。訓練でもなんでもない八つ当たりともいえるティグの修業はしばらく続いた。
しかしそんな時、突如ティグの振るう木刀が限界を迎えたのか、根元からぽっきりと折れてしまった。
「チッ!くそったれ!」
ティグが木刀を放り捨て、肩を怒らせながらどこかへ向かっていった。
ティグの後をついていくルポとベニー。三人が向かう先はディアナの家だった。
「おいババア!木刀が壊れた!新しいの買いに行くから小遣い寄こせ!」
「おや、ディグ。木刀が壊れたって……。物は大事にしなさいと言っているでしょう?」
「木刀は訓練するためにある物だろ!?それを大事にしろって何言ってるんだよ!!」
そう言って、ティグはディアナから小遣いをふんだくり、モナティアムへと向かっていった。
木刀を買って、いつものようにモナティアムの街を荒らして回り、気が済むまで暴れて帰路に就くティグ。なんてことない、いつもの行動パターンだ。
しかし、この時は少し違った。心の中に妙な虚しさを感じたのだ。
ティグはこの感情の意味が分からなかった。自分はいったい何をやっているのだろうかと不意に疑問を感じた。いつもやっている事なのに、なぜこのような不快感を感じているのかと不愉快な気持ちになった。
そうしてしばらく考えている内に、ティグは獣人の村へと帰ってきた。日が沈んできているとあって、村はいくらか静まり返っていた。
「…………」
ディアナの家の前に佇むティグ。ティグは心の中に感じる切なく虚しい気持ちを抱えながら、しばらくその場に立っていた。