「よっこいしょ……」
ディアナが身支度をして買い物へ向かう準備をしている。リオンはそれを手伝い、忘れ物がないかなどを確認し、リストを作ってディアナへと手渡した。
「はい、村長様!お財布はしっかり持ちましたね!」
「ええ、ありがとう、リオン。ええと、どれどれ……。ああ、そうそう。これもいるんだったねぇ」
「あはは!もう、村長様ったら~」
そうしてリオンは村長を見送り、送り出していった。
杖をつき、ゆっくりとモナティアムへ向かい、森の中を歩いていくディアナ。いつもディアナは朝早くに出かけ、夕方遅くに帰ってくる。
自身の飲む薬と、村の子供たちのために、いつもこうしてディアナは出かけている。なんてことない、ディアナにとってのいつもの日常だ。当然ティグもそれを知っている事だった。バターも、コミーも、リオンも、教主も。
いつも通り、杖をついて森の奥へと進んでいく。しかし、この日はいつもと違った。
「おや……?」
ふと、ティグの姿が見えた。ティグはディアナに背を向けて、何かを考えるようにじっと立ち尽くしている。
「ティグ……?」
ティグの耳がピンと跳ねて、驚いたようにディアナに振り返った。
「ばあさん……」
いつもの覇気がなく、不安そうな顔をしてディアナを見つめるティグ。
いつもは傲岸不遜に振る舞い、唯我独尊とばかりに威張り散らし、徒党を組んでは暴れ回っている村一番のやんちゃ坊主。そんなティグが、森の中で一人不安そうな顔をして佇んでいる。ただ事ではないと察したディアナは、そんないつもと様子の違うティグを見て、心配そうに声をかけた。
「どうしたんだい、ティグ……?」
「…………」
ディアナの問いかけに、ティグが何かを喋ろうとしたが、黙って俯いてしまった。
再度ディアナはティグに近付き声をかけようとしたが、ティグは意を決したように顔を上げて、ディアナに問いかけた。
「ばあさん、どこへ行くんだ?」
「え……?どこって、モナティアムだけど……」
「……遠いだろ?疲れないか?」
「そりゃあ、疲れるけど……。モナティアムじゃないと、お薬も買えないしねぇ……。ついでに妖精王国に行って、バターたちにもお菓子を買ってあげないと……」
「……どうしてそこまでするんだ?」
「え……?」
ティグがディアナにたずねる。思いがけない質問に、ディアナは思わず困惑した。
「どういう事だい……?」
「ただでさえ遠いモナティアムに薬を買いに行くってだけでも大変だろうに、どうしてわざわざ妖精王国に行ってまでお菓子を買うんだよ?膝が痛いって日ごろから言ってるくせに……。それに、健康に悪いから俺らを叱るくせに、なんだって……」
「ご褒美だよ。たまには良い子にしているって、ご褒美をあげるのも、あの子たちのためだって思ってねぇ」
そう答えるディアナに、ティグは思わず黙り込んだ。
二人の間に沈黙が流れる。いつもと雰囲気の違うティグに、ディアナはオロオロするばかりだ。
そうしてディアナが困惑していると不意にティグが背中を見せた。
「ん……」
ティグが少し屈んで、手をひらひらさせてディアナに見せつけた。どういう意味なのかとディアナが困っていると、ティグが続けて声をかけた。
「疲れるだろ。連れてってやるよ」
「え……?」
どうやらおんぶをしてやるとティグが言っているようだった。ディアナは突然のティグの行動に混乱していると、ティグは怒鳴るようにディアナに言いつけた。
「い、良いから早く乗れって!!俺が連れてってやるって言ってるんだ!!俺の気が変わらない内に早く乗れってば!!」
「え、ええ。分かったよ……」
そうしてディアナはティグの背中に身を預けると、ティグはスッと立ち上がった。
鼻息を荒くしてティグはズンズンと森の奥へと進んでいく。足早に急ぐように先を行くティグを見て、ディアナは不安そうに声をかけた。
「だ、大丈夫かい?そんなに急がなくてもいいんだよ?」
「うるせえ!黙っておぶられてろ!」
そうカリカリしながらティグはズンズンとモナティアムに向かって歩いていく。
背中に感じる温もり。自分がババアと呼んでバカにするディアナという存在は、思いのほか軽く感じた。
ティグは不思議な感じがした。こんなにも軽くて弱々しい存在が、いつも村を仕切って、村の子供たちに教育をしているのかと、胸に重く圧し掛かるような感覚を覚えた。
責任を負うとはどういう事か、子供のティグにはまだ分からない。村の子供たちを率いて威張るとは話が違う。ディアナは小さく脆い身体で、ティグには想像がつかないような重い責任をその身一つで背負っているのだと、少しながら理解できるような気がした。
先を急ぐティグの脚が少し遅くなる。いつもはすぐに着くモナティアムが少し遠く感じる。
森の先に見えるエーリアスの摩天楼。それが少しだけ、大きく見えた。