ティグがディアナの買い物に付き合った次の日の朝。リオンは朝早く、ディアナの家を訪れた。
「村長さまーー……」
ディアナの家でティグの声がする。どうやら、ディアナと何か言い合っているようだ。
静かに聞き耳を立てるリオン。ティグが声を張り上げ。何やら言い争いをしているようにも聞こえる。
リオンはティグがまた何かくだらない事で騒ぎを起こしていると思い、ディアナの家の戸を開いた。
「ティグ!何を言い争ってるの!?」
「リオン!ちょうどいいところに来た!お前からも何か言ってやってくれよ!」
「ええ、もちろん!……って、え……?」
ティグからの思いがけない言葉にあっけを取られるリオン。見ると、ディアナもほとほと困り果てた顔をして落ち着かない様子だ。
「ど、どういう事……?村長さま、何があったんですか……?」
「ああ、それがねぇ……。ティグがモナティアムに行きたいって言ってるんですよ……」
「モナティアムに?どういう事ですか……?」
リオンがディアナに詳細を聞くと、どうやらティグがリオンのようにモナティアムに留学したいと駄々をこねているという事が分かった。
しかし、留学したいというだけで、留学して何を勉強したいかまでは、ティグ自身も分かっていないようだった。ただ、モナティアムに留学させてくれと言って聞かないのだという。
またしても飛び出したティグの突拍子のない言葉にリオンは目まいを感じた。なぜティグは急にこんな事を言うのだろうと思わずにはいられなかった。
ディアナもティグの言葉に困り果てている。ここはひとつ言ってやらねばと、リオンはティグに向かい直った。
「ティグ。あまり村長さまを困らせるんじゃないよ。第一、モナティアムに行って何を勉強したいっていうの?何か勉強したい事があって言ってるの?」
「そ、それは……」
ティグが言葉に詰まる。その様子を見て、ディアナが口を開いた。
「まぁ、お座り、ティグ。リオンもすまないねぇ。せっかくの休暇だというのに」
「い、いえ!いいんです!気にしないでください!」
ティグとリオンが席に座る。ディアナもお茶と茶菓子を取り出して、二人と向かい合う形で席に着いた。
「それで、ティグ。リオンも言っていたけど、何か勉強したい事でもできたのかい?」
「わかんねえ……。けど、リオンが行けるんなら、俺だって行けるはずだろ!?」
興奮した様子でティグが叫ぶ。そんなティグを見て、リオンは呆れたように言い返した。
「私は留学するためにいっぱい勉強して、資格まで取ったの!モナティアムに行ってビザまで取ったんだから!あんたも留学したいっていうんなら、それくらいの事はしたらどうなの!?」
「うぐっ……」
リオンの言葉にティグがまたしても言葉を詰まらせる。そんな二人を見て、ディアナはどこか悲しそうな顔をした。
「まあ、ティグがそう言ってくれて私も嬉しいよ。けど、どうしましょうねぇ……。ティグをモナティアムに行かせるためのお金はないし……」
そう言って、ディアナはうんうんと唸りながら黙ってしまった。ティグもどこか歯痒そうにディアナをじっと見ている。
そんなディアナとティグを見てか、リオンが声をあげた。
「……あんたにやる気があるってんなら、私が手伝ってあげても良いわよ」
「ほ、本当か!?」
「リオン……?」
リオンがティグを留学させるために名乗りをあげた。ティグも思わぬ助け舟に目を輝かせて、リオンの手を取った。
「その代わり、私の言う事はちゃんと聞く事。いいわね?」
「も、もちろんだ!サンキューリオン!マジで助かるぜ!」
リオンの手を取って上下に激しく握手する。リオンはティグの思わぬ喜びように少し戸惑った。
「い、痛い!ティグ!ちょっと放して!」
ティグの激しい握手にリオンが痛がる。
「本当にいいんですか?リオン……」
「ええ、村長さま。私もできる限りの事はしてみます。それとティグ。私も手伝いはするけど、もしビザの申請が通らなかったら大人しくあきらめる事。書類の不備で通らないとかあるかもしれないけど、そうならないように私もできる限りのことはするから、ちゃんと私のいう事には従って。わかった?」
「ああ、ああ!リオン!マジで恩に着るぜ!」
そう言ってティグは家を飛び出した。
そんなティグの背中を見送ったディアナが、呟くようにリオンに話す。
「ありがとうねぇ、リオン。けど、もし申請が通ったとしてどうするつもりなんだい?ティグが住む家とか学費とか、諸々の課題があるでしょう?」
「そこはティグに何とかしてもらいます。家は私のマンションでルームシェアで良いでしょう。学費はアルバイトで稼いでもらおうと思ってます。私がそうしてるんですから」
「まぁ、そうでしょうねぇ。けど、アルバイトねぇ……。ティグに務まるんでしょうか……」
ディアナが心配そうに呟く。
「……ティグのやる気次第でしょうね。私も長く勤めれるとは思いませんけど……。ひとまず、見守ってみるのも良いんじゃないでしょうか?」
「そうだねぇ。……けど、まさかティグが勉強したいと言い出すだなんて……」
遠い目をしながら思案に耽るようにディアナが呟く。
「あの子の為に取っておいた黄金のヒキガエル……。クロエさんに渡すべきじゃなかったねぇ……」
そう言って、ディアナはティグが出て行った玄関を静かに見つめた。