モナティアムの市庁前、リオンはソワソワした様子で待っていた。
二人で煩雑な書類を書き上げ、留学したい学校まで選定してビザを申請した。これで粗がなければ受かるはずだと、リオンも考えた。
嫌に時間が過ぎるのを遅く感じる。1分が過ぎるのに5分を必要としているようだ。
ふと、リオンはティグがこれまで何をしてきたかを考えた。そして、リオンは一抹の不安を覚えた。
ティグはモナティアムで補導歴がある。モナティアムで過ごしていたリオンは、度々獣人の子供が町を荒していると耳にしていた。表になっていない事件も含めれば、かなりの頻度で鎮圧班のお世話になっているはずだ。リオンはこの不安が的中しないことを静かに祈った。
そして、どれくらいの時間が経ったのだろう。ティグが市庁舎から出てきた。
嫌に興奮した様子で乱暴に足を踏みながら出てきたティグを見て、リオンはティグが審査に落ちたのだと理解した。早く騒ぎになる前にティグを落ち着かせようと、リオンは声をかけた。
「お疲れ、ティグ。どうだった?」
「……ダメだった。補導歴と逮捕歴が多すぎるってさ!クソっ!なんだってんだよアイツら……!」
リオンの嫌な予感は的中した。リオンの予測通り、ティグの多すぎる逮捕歴が、ビザの審査に落ちた理由になっていた。反アニマル缶戦線を名乗って、モナティアムで暴れ回っていた事が仇になったのだ。
二人が肩を並べてモナティアムの市庁を後にする。どこかへ行く当てもなく、二人は適当なカフェに入って休憩することにした。
注文を済ませて、いら立つティグをなだめながら、リオンは話を切り出した。
「ところでなんだけど、どうして急にモナティアムで勉強したいだなんて思ったの?勉強だなんて、文字を読むのも面倒くさがってたのに」
リオンからの質問に、ティグはしばらく黙り込んだ。そして、少しためらう様子で口をもごもごさせながら、ティグは答えた。
「……なんていうか、今のままではダメだと思ったんだよ。腕っぷしが強いだけじゃダメだって。ルポたちとボードゲームをしてても勝てねえし、ばあさんは常に俺の行動を二歩先、三歩先を読んでやがる。……剣の腕はエーリアスで一番の自信があるけどよ、それだけじゃ俺の限界を感じちまったっていうか……」
リオンはコーヒーを啜りながらティグの言葉を聞いていた。
どことなく感じるティグの歯切れの悪さ。リオンはティグが嘘を言っていると感じた。もちろんすべてが嘘ではないだろうが、ティグは何かを隠していると、リオンの勘は告げていた。
コーヒーを啜りながら、リオンはこれからどうするべきかと考えを巡らせた。
ティグに必要なのは何も勉強だけではない事はリオンは分かっていた。今のティグに必要なのは経験だ。そこでリオンは、ティグにこう提案した。
「……ねえ、ティグ。私の自宅を貸してあげるからさ、ちょっと働いてみない?」
「働く?どうやって働くんだよ?」
「モナティアムでは常に人手が足りてない職業があるから、そこで働いてみるのよ。意外とバイトを通じて学べることも多いと思うわよ?」
リオンの言葉に、ティグは考えるようにして口を噤んだ。モナティアムで学びたいティグにとって、リオンの提案はいくらか魅力的に思えるものだった。
「……まぁ、そうだな。働きながら考えるっていうのもアリかもな。けど、本当にいいのか?」
「ええ、アンタさえよければだけど」
そして、しばらく考え込んだ後、ティグはリオンの提案を受け入れることにした。
「……すまねえな。てっきり俺のことを嫌ってるって思ってたから、こんな助けを貰えるとは思わなかったぜ」
「まあ、好きではないんだけど……。心を入れ替えて頑張るみたいだから、私も手伝ってあげてもいいかなって思ったのよ。村長さまもアンタを応援してるみたいだし」
そう言って、リオンはコーヒーを飲み終えた。
「とりあえず、私の部屋は好きに使ってちょうだい。私はまだしばらく村にいるつもりだから。けど、あんまり汚く使ったらダメよ?いい?」
妙に大人しいティグを目にして、リオンの調子が狂ってしまう。リオンは一つ咳払いすると、ティグに自身のマンションを案内すると提案した。
そうして二人はカフェを後にして、リオンの住むマンションへと向かっていった。そこは、少し古びたようだが、どこか小綺麗な印象を受けるこざっぱりなマンションだった。
「ここよ」
そうして二人はマンションに入り、エレベーターに乗って、リオンの住む階層へと上って行った。
薄暗い照明と無機質な駆動音が二人を包み込む。1分にも満たない短い時間のはずが、妙に長く感じる。
「…………」
二人の静かな息遣いが静寂の中に響く。静かに目的の階層に着くのを待つティグの横顔を見ると、少し不安の色が見て取れるようだ。
やがて、リオンの住む目的の階層でエレベーターが止まり、チンという金属音と共にドアがゆっくりと開いた。
リオンの後に続いてティグがトボトボと後をついていく。そして、リオンが目的のドアの前に着くと、ティグに向き直った。
「ここが私の部屋よ。はい、これ」
そう言って、ティグに鍵を差し出した。
「これは……?」
「私の部屋の合カギよ。今日から自由に使っていいから。バイトでもなんでもやって、自分の価値をみんなに証明してみなさい。いいわね?」
そう言い残し、あいさつもそこそこにリオンは立ち去った。
ぼんやりとリオンの背中を見送るティグ。ほのかな温もりの残るカギからは、不器用ながらも自身を気遣うリオンの温かさを感じた。