こうして並べてみると自分でも笑ってしまう。
赤やそれに限りなく近い橙色へ染まった文字。
その数はもはや手足の指でも数え切れない。
習熟度だけに目を向ければさぞかし歴戦の強者に映るのだろう。
壮観ですらある。
だが、その中身は一様に『普通』
何に対しても「良好」も「不足」も示さない。
そんな初期設定のような均一な身体なのだと理解したのは、魔法課へ所属して間もない頃だった。
それ以前から薄々怪しくは思っていた。
だからこそ試した。
赤、青、黄、緑、白、黒。
六色すべての魔法適正を。
⸻
赤魔法 : 普通
青魔法 : 普通
黄魔法 : 普通
緑魔法 : 普通
白魔法 : 普通
黒魔法 : 普通
⸻
その瞬間、疑念は確信へ変わった。
そして、その事実は同時に僕の人生設計を大きく書き換えることになった。
二色魔法、三色魔法。
確かに珍しいかもしれない。
だが、それでも世間の理解の範疇だ。
しかし――六色。
そんな存在が世に知れ渡れば、話はまるで違う。
保護、研究、兵器。
形は違えど、自由という二文字が確実に失われることは容易に想像できた。
だから決めたのだ。
表向きは三色。
それが僕を守る最低限の防衛策だった。
もっとも。
仮にすべてを明かし、その激流へ飛び込む覚悟があったとしても僕では到底足りない。
アキトという器はあまりにも幅広く底が浅かった。
武器も。魔法も。生活技術も。
何でも受け入れられる。
だが、一つひとつを極めても評価は「普通」のまま。
突出した評価を持つ者が一つの道を百まで極めるなら、僕にできるのは五十を何個も積み重ねることだけだ。
器用貧乏と言われればそれまでなのかもしれない。
それでも構わなかった。
路地裏で水たまりに映るアキトの姿を見たあの日。
自分はもう二度と諦めないと誓ったのだから。
一つを深めることに限界があるのなら、幅広さを武器にすればいい。
一枚の切り札を用意できないなら、十枚の手札を組み合わせればいい。
それが、僕がこの世界で生き抜くために選んだ道だった。
◆
当然、その道は長く険しいものだった。
六色すべての魔法を扱えることも、類稀な速度で技能を習得していることも、誰にも知られるわけにはいかない。
それゆえ鍛錬の多くは人目を避けて行う必要があったし、自然と一人で行動する時間が増えた。
魔物や自然の猛威にさらされて危機に陥ったこともある。
白魔法や青魔法による治癒があと一歩遅ければ、間に合わなかった場面も一度や二度では済まない。
それでも不思議と後悔はなかった。
むしろ、この十年間は人生で一番充実していたとすら思う。
前世で自分はいくつもの助言をしてきた。
けれど、自分自身へ言葉をかけた記憶は全くない。
他人なら見つかるアドバイスの糸口が自分のことになると取っ掛かりすら見つけられなかった。
それに、助言してきた人々に対しても自分の思いを百パーセント相手へ伝えることができた訳ではない。
人である以上、各個人の認識や感覚のずれは必ず生まれる。
教師としてそれは痛いほど思い知らされてきた。
しかし、アキトだけは違う。
教える自分と学ぶ僕。
その両方が自身だからこそ、そこに齟齬は一切存在しない。
自分の得意としていた見極めが過不足なく伝わる。
理想通りの鍛錬を積み重ね。
理想通りに改善し。
理想通りに成長していく。
アキトという存在はこの世界で最初に出会った、そして間違いなく最高の教え子だった。
その特性を最大限に活かし、僕は数え切れないほどの技能を急激に成長させてきた。
だが、最近、その勢いは落ち着き始めている。
めぼしい技能の多くは、すでに橙色や赤色へ届くところまで鍛え上げてしまった。
まだ完全な赤に届いていない技能もあり、今後も鍛錬をやめるつもりはない。
ただ、今までのようにがむしゃらに技能を伸ばす時期は過ぎたように思える。
そう考えると一つ思うことがあった。
この十年間。
自分は少し僕という「教え子」にばかり夢中になりすぎていたのではないか、と。
もちろん、それは間違っていたとは思わない。
あの路地裏からここまで来られたのはその積み重ねがあったからだ。
でも人は一人では生きていけない。
それは前世でも、この世界でも変わらない。
幸い、今の僕には銀級という肩書きがあり、生活に困ることもなくなった。
ようやく足元ばかりを気にせず、周囲へ目を向けられるだけの余裕も生まれた。
だから次は少しだけ視線を外へ向けてみようと思う。
教える相手はもう僕だけじゃない。
誰かと出会い、お互いを知り、共に歩く。
そんな当たり前をこの世界でもう一度築いてみるのも悪くないんじゃないか、という思いが生まれてきた。
今も別に交流がない訳ではないのだ。
青、緑、白という補助的な魔法構成のおかげで様々な依頼の誘いをよくもらっているし、頻度は下がったが生活課の依頼も時折受けて街の人々もある程度の認知してくれている。
ただ、どこか線を引いて親交を深めることはしてこなかったのも事実であった。
手始めによく助っ人として参加している銀級パーティーのどこかへ一時的に合流してみようか……
そんなことを考えながら、少し早めの夕食を口にしていた。
今日は魔物討伐の依頼が予定より早く片付いたおかげで混み合う時間帯を避けられ、店内はまだ穏やかな空気に包まれている。
考え事をするにはちょうどいい。
ぼんやりと今後の予定を整理していると、その静けさを割るように店の外に小さな人影が横切った。
「……またか」
思わず苦笑が漏れる。
両腕いっぱいに荷物を抱えた小柄な犬獣人の子ども。
少々くすんだ金色の髪はやや短く切り揃えられ、動くたびにわずかに揺れる。
頭上にはぴんと立った犬耳。
同じくくすんだ金色の毛並みで、光を受けても落ち着いた色合いをしている。
そして背中の付け根からは同じ色味の尻尾が不器用そうに揺れていた。
まだ成長途中なのだろう、細く華奢な身体と中性的な顔立ち。
彼の名前はハルシア。
どうして名前を知っているのかと言えば、以前あの子が盛大に転倒した際、勢い余って僕へ抱きついてきたことがあったからだ。
あの瞬間だけは前世の記憶が鮮明に蘇った。
身体が一瞬だけ強張ったのを今でも覚えている。
事情を説明されればただの事故だった。
謝罪を受け、名前を聞き、少しだけ話をした。
それだけの関係だ。
それ以来、街で見かけるたび自然と目で追うようになった。
何故なら、あの子は本当によく転ぶ。
平坦な石畳で躓き。
人混みでは誰かの肩へぶつかり。
荷物を持てば何かしら落とす。
最初は不器用な子なのだと思っていた。
だが、僕の目には別のものが映っていた。
⸻
筋力 : 良好
耐久 : 良好
敏捷 : 普通
知力 : 不足
幸運 : 劣悪
⸻
「……」
初めて見た時、自分の目を疑った。
「ほぼ」全ての人が三段階の評価で資質を示されると結論づけたのは彼が理由だ。
そんな評価は十年間で一度も目にしたことがなかった。
筋力も耐久も決して低くない。
身体能力だけを見れば同年代ではむしろ上位の部類だし、敏捷だって平均的だ。
知力が少し低いとはいえ、何もない場所で転び続ける理由にはならない。
つまり、あの子は不器用なのではない。
運が悪い。
それだけだった。
信じ難い話だが、この能力が示す通りなら偶然という偶然がすべて悪い方向へ収束している。
そんな存在が本当にいるのだ。
「わっ!」
案の定、ハルシアの身体がぐらりと傾く。
荷物が宙へ浮き、今にも石畳へ散らばりそうになる。
「……まったく」
考えるより先に僕の身体は椅子から立ち上がっていた。