朝と言うには、やや時間が過ぎている。
普段に比べれば、気温はやや肌寒いかと言ったところ。しかし昼になれば気温も上がるだろう。
でも昼と言うにはまだ早い……そんな時間。
「はぁ……」
アニスはベッドから起きて、ため息をひとつ。
ここはアリアハンにある自宅のアニスの部屋。カーテンを開けた窓からは光が差し込んでいる。
いざないの洞窟でアロンに敗北してから、すでに1週間が経っていた。
アロンが去った後、しばらくしてからレーベの村の人たちが来て、キメラの翼でアニス達を村まで運んでくれた。
そしてレーベの村で、それぞれのダメージ状況を見て、改めてアリアハンまで運ばれ、アニスは自宅へと戻って療養。
それぞれのダメージ状況にあわせてバラバラにアリアハンまで行ったから、他のメンバーの状況は分からない。
とりわけエヒルンの受けたダメージが大きかったらしく、最後にアリアハンへ着いたらしい。
その後、メンバー達がどうなっているかをアニスは知らなかった。
冒険者を管理するルイーダの酒場へ行けば、おそらく3人の状況が分かるだろう事は分かってはいた。
だが、アニスは怖かった。
意気揚々と冒険を始めたにもかかわらず、出鼻からつまづいた上に、アリアハンから出る手段も無くしてしまった。
つまり、それは冒険の目標を失ったことに等しい。
そんな自分と一緒に、また冒険に出ようなどと皆が思ってくれるのか。
バラモスを倒すどころか、アリアハンから出ることさえも出来ない冒険を、再びやろうと思ってくれるのか。
確かに、アリアハンは鎖国政策中と言っても、完全に国交を断っているわけではなく、半年に1回だけ定期船がロマリアからやってくる。
しかしそれもついこの間出航したばかり。ただ待つには半年は長すぎる。
しかも基本的に国の使節団しか乗ることが出来ず、一般の人はもとより、一介の冒険者が乗れる可能性は非常に低い。
魔法の玉をくれたレーベの村の老人は、すでに魔法の玉の研究から身を引いており、アニス達に渡した玉が最後だったらしい。
元々、魔法の玉を作る為の材料の一部を外部大陸にあるポルトガからの輸入に頼っていた為に、新たに作ろうとしても材料が足りないらしい。
老人の研究所にはいくつも魔法の玉があったが、それらは全て未完成品であり何の役にも立たないという。
ほとんど八方ふさがり。
もはやアリアハンから出るには、自分で船を作るか泳いでいくしかない。
「無理に決まってるよねぇ」
アニスはうな垂れて誰ともなくつぶやく。
船を作ったとしても、アリアハンから最も近い大陸のランシールまでだって航海には1ヶ月近くかかる上、モンスターも出る。
そんな航海に耐えられる船となれば、大型の、しかも専門の職人が作るような船しかない。
もちろんアニスにそんな金は無い。一応、念の為に船の値段を調べてみたが……とても手が出るような値段じゃない。
「ああ、もうっ! 兄さんのバカバカバカっ!」
せめてどこぞで旅しているアロンがクシャミの一発でもしててくれればと、今は居ない兄へ怒りをぶつける。
しかしそんな事をしても、事態は何も変わらない。
魔法の玉を取られた今、アリアハンから出られない現実には変わりはない。
――ふえっくしょい!
「……? 今、クシャミが――」
アニスは顔を上げ、窓に目を向ける。
「や、やぁ……どうもっす」
窓の外には、逆さまの状態で申し訳無さそうに挨拶する男がぶら下がっていた。
「うひゃぉあっ――!? チカンっ! 変態っ! 生ゴミっ!」
意味不明な悲鳴を上げ、布団をかぶってベッドにうずくまった。
そもそもアニスはパジャマ姿。年頃の女性としては、知らない男にあまり見られたくはない姿だ。
しかも起き抜けで、身だしなみもクソもない寝ぼけた顔。
「いや……あの、生ゴミ……って、マジっすか?」
「へ?」
聞いたことある声に、アニスは布団から顔をのぞかせた。
そこには窓の上から逆さまの状態でうかがい見る男がひとり。しかし良く見れば、どこかで見たような顔。
「もしかして……トウヤ?」
「不正解」
「それじゃチカンか変態か生ゴミで」
「ごめんなさい。トウヤです。私が悪ぅございました……しくしく」
逆さまなのでトウヤの涙は頭の方へ……だからどうしたと言うわけでもないが。
「……で? なに?」
アニスは布団で身体を隠しながら、改めてトウヤに用件を聞いた。
「いや、何って……冒険に行かないんすか?」
その当たり前の言葉に、アニスはうなだれる。
「でも……魔法の玉も無いし、アリアハンから出られないのに……」
アニスの手に力がこもり、握られた布団にはたくさんのシワができた。
そんな状況で、再び冒険に出る決心がつかなかった。
だからルイーダの酒場へ行く事が、その結論を出す事になると思ったアニスは怖くて酒場には行けなかった。
冒険には行きたい……だけど、大陸を出る手段を失ってしまった。これでは冒険など出来ない。
アニスは、この不可能の無限ループの中で結論が出せず、ただ逃げていた。
「な~んだ、それで一人悩んでたんすか。俺はまた、どっか致命的な怪我でもしたのかと。でも、そんな事なら問題ないっすよ」
「"そんな事"って……大事なことでしょ。トウヤもアリアハンから出たかったんじゃなかったの?」
「ノープロノープロ。エニスィングオッケーっすよ!」
「……どこの言葉よ、それ」
逆さまの状態で、ひとり陽気に答えるトウヤ。相変わらず何を考えているのか分からない。
「ま、旅支度整えて酒場に来てちょ。面白いものが見られるかもよ~……よよよ~」
「よ、よよよ……って……」
「ほんじゃま、伝えたっすよ。もう、あとの2人には伝えてあるんで。早く来ないとライドウさんに睨まれるっすよ~」
そう言って逆さまだったトウヤは片手で屋根にぶら下がり、ようやく正位置に戻って、そのまま庭に飛び降りる。
「それじゃ、はやく来るっすよ~」
窓から顔を出したアニスは、庭から見上げて手を振りながら酒場の方へ行くトウヤを見送った。
カラン
「いらっしゃい。おや、アンタは……」
「うわわぁっ!? あ、あに、あに……あにすっ、アニスです!」
扉を開けて入ってきたアニスを出迎えたのは、酒場の女主人ルイーダ。
例によって、その両手にはそれぞれ食器が塔のように積み上げられている。
そんな状態で軽々と話しかけられるのはハッキリ言って心臓に悪い。
もしかしてそこいらの戦士よりも腕力あるんじゃないかと、アニスは密かに思った。
「ああ、そうそう。そうだったね。そういや、もう3人とも待ってるよ」
視線に促され、アニスの視線はルイーダの見る先に注がれる。確かに見た顔が3人居た。
「おお、ようやく来たっすね」
いつもと同じく明るくアニスを出迎えるトウヤだが、アニスはどういう顔をして良いのか分からなかった。
申し訳ないような、情けないような、悲しいような……そんな気持ちがアニスの心の中を占めていた。
「……で? これで3人揃ったわけだが……何だ?」
イスに座って腕組みしながら、トウヤを見上げるライドウ。その向いのイスにはエヒルンが座っている。
アニスはライドウとエヒルンの間にある、トウヤを正面に見るような位置のイスに座る。
「エヒルン、大丈夫だった?」
座りながらアニスは一番心配していたエヒルンの状態を本人に聞く。
エヒルンは小さくうなずいて「大丈夫です。問題ありません」と答えた。
しかし強がるエヒルンのこと。本当に治っているのかどうかは分からないが、どうやら顔色は良さそうだった。
「……用件を早く言え」
ライドウは、心なしかイラついているように思える。
それは、もったいぶっているトウヤにイラついているのか、雑談をするアニスたちにイラついているのか、アリアハンから出られなくなった現状にイラついているのかは分からない。
「それじゃ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。盗賊トウヤのマジックボールショー!」
アニスたち三人の視線が自分に集まったところで、何を思ったか唐突に色違いの玉をいくつも取り出してトウヤは大道芸を始めた。
それは確かに大道芸としては面白いものであったが、わざわざそれを見せる為に3人を集めたのであれば論外。
ライドウなどは、眉間にシワが寄って眉もつり上がってきている。
それをも構わず、マジックボールショーとやらを、自分で曲を歌いながら続けるトウヤ。
両手の指に挟まれていた8つのボールが、手を握って再び開いた瞬間には全て消えていた。
トウヤは、その消えたボールを捜すように、自分の身体をポンポンと叩き、思いついたようにエヒルンの帽子を取り上げた。
「チャラララララ~ン……」
イラつくライドウを尻目に、エヒルンから取り上げた帽子の中に手を入れ、そこから取り出したのは……
アロンに奪われたハズの魔法の玉だった。