独りには慣れていた。
眼下には、ヒートギズモ、デスジャッカル、ハンターフライなど、数々のモンスターの死骸が転がっている。
どんなに数を揃えようとも所詮は烏合の衆。この程度のモンスターは敵じゃない。
しかしバラモスの居城にたどり着くには、正攻法では無理なようだ。まずはその謎を解かねばならないらしい。道のりはまだ遠い。
そこに至る為ならば十万のモンスターと戦う事になろうとも俺は構いはしない。どんなに数を集めようとも負けはしない。
戦う事も死ぬ事も、怖いなどと思ったことはない。
だが俺にはひとつだけ恐れている事がある。俺はそれをどうしても放置できない、許せない。
ああ、そうか。俺は恐れているわけじゃない。許せないんだ、世界が感じている落胆を。それを少なからず持っている自分を。
俺の父は、アリアハンにその人ありといわれた偉大なる勇者オルテガだ。
父は強かった。俺は未だかつて父に匹敵する程の傑物を見たことが無い。強いて言えば勇者サイモンくらいか。
しかし勇者サイモンが姿をくらました事で、父は一人でネクロゴンドに突入せざるを得なくなり、志半ばで倒れた。
その事実は世界を走り、そして誰もが思った。
「なぜ、オルテガはたった一人で突入するなどと言う無謀な事をしたのか?」と。
それではなんだ。父が軽率だったから、自分の力量も量れない愚か者だったから倒れたとでも言うのか。
俺はこれが許せない。そして自らの中にも沸き起こるこの思いを放置することを恐れている。
「世界の為に戦ってやったのに」などと言うつもりはない。なぜなら父が人に言われたから戦いの中に身を投じたわけではない事を知っているからだ。
父は自分がやるべき事を悟っていた。そしてその力が自分にある事を知っていた。だから当然のように旅立ったのだ。
しかし父は志半ばで倒れた。
そしてその報を受け俺が旅立ちを決意した時、王に言われた。
「ひとりではそなたの父オルテガの不運を再びたどるやも知れぬ」と。
ならば父は、独りだから道半ばにして倒れたと言うのか。独りで戦いに行くのは無謀だったと言いたいのか。
俺は父が倒れた事がそう思われているのが許せなかった。そう陰で言われている事に我慢が出来なかった。
断じて違う。父は独りでもバラモスを倒すほどの力を持っていたと俺は今でも思っている。
しかしそれを証明するはずであった父が道半ばで倒れてしまった。
俺は許せない。父が負けるなどありえない。何かの間違いだ。
そうだ、何かの間違いで父は運悪く倒れる事になったのだ。それしか考えられない。
それを証明しよう――誰が?
俺以外に誰が居る。勇者オルテガの血を引く俺がそれを証明するんだ。そうだ。俺にできる事を父が出来ないはずが無い。
父を失って気を落としている母と妹を残して行くのは正直なところ後ろ髪引かれる思いがある。しかし俺にしか出来ない事がある。
妹には戦いなどとは無縁の人生を送ってもらいたい。母も妹が結婚して幸せな家庭を作れば、今ある辛い思いもいずれ薄れていくだろう。
俺が父のやり残した仕事を片付けよう。母よ、妹よ、それまで辛抱していてくれ。
少し時間はかかると思うが、しかし俺が必ず世界に証明して見せよう。勇者オルテガが倒れたのはオルテガ自身の失策ではないと。
それが結果的に世界を平和にする。それが世界が抱いている父への誤解を解く。それが俺の心の暗雲を晴らす。
俺が倒れてしまったら、偉大なる勇者の血を継ぐ者は、戦いの「た」の字も知らぬ妹だけになってしまう。
その為にも俺は負けられない。俺に敗北は許されない。魔王も十万のモンスターも、死すらも恐ろしくは無い。
ただ自らの敗北、敵の力に屈してしまう……それだけが恐ろしい。
油断をするな、感覚を研ぎ澄ませ。風の流れ、草の擦れあう音、全てに気を配れ。あらゆる角度に注意を怠るな。
独りだと死角が生まれるだと? 馬鹿言うな。そんなことは当たり前だ。何人集まろうとも死角は生まれる。
だが人間、やろうと思えば大概の事は出来るものだ。そんなものは努力と工夫で何とでもなる。
俺は独りで戦うことに何の不足も感じない。なぜなら全て独りでできるからだ。
剣も、攻撃呪文も、回復呪文も。それでも足りないところは道具で間に合わせれば問題無い。そうなるように自分を磨いてきた。
いずれ俺が父に代わって証明して見せる。オルテガは独りでも戦えたと。独りでも勝てたと。
それを証明する為に俺は修羅となろう。俺に敗北は許されない。
父のやり残した仕事を片付ける役は俺独りで十分だ。そう思って俺は旅に出た。
しかし数年ぶりにアリアハンに戻れば、妹が父の跡を継ぐと言って旅立ったと言うではないか。
瞬間、王を憎んだ。やはり王も父が独りだったから倒れたと思っている。俺が独りで旅立った事に不安を抱いている。
俺は急いだ。もし妹がアリアハンから出てしまったら、もう足止めのしようが無い。
辛くも間に合った俺は、妹のパーティーの前に立ちふさがり、力ずくで止めた。
しかし、やはり妹も父が独りだから倒れたと思っている事に少なからずショックを受けた。
何故、誰も父を信じない。
確かに父は道半ばで倒れただろう。だが、それは本当に独りだったからなのか? それが理由なのか?
俺はそれを信じない。父の強さは誰よりも良く知っているつもりだ。ネクロゴンドのモンスターごときに遅れを取るとは到底思えない。
何かあったはずなんだ。父の足を引っ張った何かが。
俺は父を信じている。だからこそ独りで戦う。勇者オルテガは独りでも戦えた事を証明する為に。
その為に妹を足止めをした。新しく魔法の玉を作り直す事になれば一年はアリアハンから出られまい。
定期連絡線に一般冒険者を乗せるほど王も愚かではないだろう。冒険者は妹達だけではないからな。特別扱いは出来ないはずだ。
妹のパーティーメンバーの技量には少々驚いたが、俺の相手をするにはまだまだ力不足だ。アリアハンから出してやるわけには行かない。
あんな力量で出してしまったら、いつ死ぬか分かったものじゃない。だから足止めをした……と思ったんだがな。なかなかやってくれる。
あの盗賊か? まさか魔法の玉がいつの間にか偽物に摩り替わっていたとは……まんまとしてやられた。
これはもう足止めに行っても間に合わないだろうな。
妹の足止めにしくじったのは、父からの警鐘なのかと思う事もある。
独りで戦うのは間違っているのか? そう虚空の父に疑問を投げかけた事は何度もある。
しかし俺が至る結論は常にひとつ。
『父を信じるならば、己の決断と力を信じるべきだ』
それが俺の答え、それが俺の生き方。孤独は恐れるに値しない。死すらも恐れるに値しない。
ただ恐ろしいのは、この俺の信念を折ってしまう敗北だ。父の力を証明する為に、俺は負けられない。
しかし俺の不注意で妹の足止めを失敗したところから考えても、俺はまだまだ父に遠く及ばない。
偉大なる勇者オルテガの力を証明するには力量が不足している。
だが、俺は俺の信じた道を進もう。
妹を止められなかったのならば、俺が勇者の血を引く者としてやるべき事を全て先にやってしまえばいい。
先に魔王バラモスを倒してしまえばいい。俺は偉大なる勇者オルテガの血を引く男、それを出来る力があるはずだ。
それは闇を斬り裂く雷の呪文ライデインが証明してくれる。勇者の血を引く証、選ばれし者のみが使える聖なる呪文。
世界で唯一父のみが使えた幻の呪文を俺も使う事が出来た。それは俺が勇者オルテガの後継者であることを示すもの。
ライデインを使えたことで、俺はようやく勇者オルテガの後継者を名乗る資格を得ることが出来た。そう思っている。
浜辺から海風が奔り、俺の頬を撫でた。
海の向こうに見えるのは、霞がかったネクロゴンドの山脈。そしてその頂には、父が倒れたと言われる火山も見える。
手を伸ばせば届きそうだが、残念ながら今の俺では死にに行くようなものだ。口惜しいが、ここは堪えるしかない。
はやる心を抑えるように曇った天を見上げ虚空に息を吐いた。
「…………?」
腰を下ろしていた平たい石から立ち上がり、俺は感覚を研ぎ澄ませた。
「マージマタンゴ一匹、キャットバット三匹といったところか」
マタンゴ族特有のにおい、だが同種であっても、そのにおいは個々で微妙に異なる。しかし鼻に届くにおいは複数ではない。ならば一匹か。
空を飛びなれない飛猫族の大気をかき乱すような強引な飛び方は気配が察知しやすい。空気の流れが不規則でやや複雑なところから、複数であることが判断できる。しかし二匹にしては乱れが大きく、四匹にしては少ない。ならば三匹だろう。
俺は背中からスラリと剣を抜いた。
何匹でも来るが良いさ。その全てを斬り伏せてやろう。俺は決して負けない。
なぜなら俺は勇者オルテガの後継者、勇者アロンだからだ。