「ライドウさん、私に剣を教えてください!」
昼食が終わり、部屋に戻ろうとしたライドウを引きとめ、アニスは深々と頭を下げる。
突然のアニスの願いに、ライドウは眉間にしわを寄せて戸惑った。
ここはロマリア城下町の食堂。
疲れを見せてはいなかったが、おそらく疲れを我慢していたであろうエヒルンはサッサと宿に戻っている。
まだまだ元気なトウヤは、遊びに行くと言い残していずこかへ消えた。
最後まで食堂に残っていたのは、食べるのが遅いアニスと量を食べるライドウ。
アロンと戦った時から自身の未熟を痛感していたアニス。
アロンにもライドウにも未熟を指摘され、それに全く反論の余地が無い自身に憤りすら感じていた。
そして色々と考えた結果、アニスの出した答えは……
「私を弟子にしてください!」
改めて頼み込むアニス。
「何だいきなり。そもそも俺は弟子なんて取るような、そんな大層な男じゃない」
困惑するライドウはアニスの願いを暗に断るが、それで引き下がるようでは弟子入り志願など最初からしない。
「そんなこと関係ありません! 未熟な者が熟練者に教えを請うのは自然の道理です!」
自身でも何だか変な理屈な気もしたが、ここは勢い重視。言い切った者勝ち。
正しい理屈とは言えないが、あながち間違った理屈でもない。
「し……自然の道理と来たか。しかし――」
「シカシもカカシもツクシもありませんっ! ライドウさんは前から私のことバカバカって……そんなに言うなら責任とって私を鍛えて下さい! そんな事を言われる私にはそれを改善する必要があります。そして、その未熟を指摘するライドウさんは私の未熟を改善させる義務があります!」
「……そ、そういうものか?」
「そういうものです!」
畳み掛けるように言葉を重ね、困惑するライドウを無理矢理丸め込もうとするアニス。
自分でも勢い任せで言った言葉が多くて本当にそんな義務があるのかなど分かっていないが、やはりここは言い切った者勝ち。
「むぅ……」
困惑するライドウは、眉間にシワを寄せながら腕を組んで考える。
しかしここでライドウが冷静になってしまっては、アニスの弟子入りを断られるかもしれない。
そう考えたアニスは、未だ整理が付かずに考えるライドウへ追い討ちをかける。
「何を考える事があるんですか。良いじゃないですか。私達はバラモスを倒しに行くんですよ? 仲間が強くなるのに何の不都合があるんですか!」
何とかライドウを丸め込んでしまおうとアニスも必死で言葉を重ねる。
「う……うぅむ……」
ライドウは大きく息を吐き、腕を組んで天井を見上げる。いよいよもって本気で悩んでいる様子がうかがえた。
あとひと息だ。
「ほらほら、ライドウさん。剣の振り方はこんな感じで良いんですか?」
何を思ったか、アニスは他の客の迷惑も考えず、剣を取り出して食堂の中で振り回し始める。
その一所懸命なアニスの姿を見ていた中年の男が「兄ちゃん、教えてあげなよ~」と揶揄し、食堂の中にどっと笑いが起こる。
笑われる中でも構わず剣を見てもらおうとするアニスに、さすがのライドウも渋々折れた。
「分かった、分かった。分かったからやめろ……ったく恥ずかしい」
それを聞いたアニスの顔は「してやったり!」と、勝ち誇った笑みに満ちていた。
先ほど揶揄した中年の客は、アニスに「良かったな、嬢ちゃん」と笑い、野次馬根性で見ていた他の客からも、つられて再び笑いが起こる。
決まりの悪そうにしているライドウを尻目に、アニスは応援してくれた他の客に対して「ありがとうございます、ありがとうございます」と頭を下げていた。
気が付けば、常に人の輪の中心に居る……それがアニスである。
勇者サイモンの弟子だったとはいえ、人に頼らず生きてきたライドウには持ち得ない特別な才能……とでも言うべきか。
それは、修練では決して身に付かないもの。それは、実はリーダーにとって最も必要なもの。
本人は自分のその才能に全く気付いていない。
やはり師が言うように、勇者オルテガの血統には何か特別な才能を生み出す不思議な力があるのだろうか。
勇者サイモンのように修練によって生まれた天才ではなく、天然自然に与えられた才能……それが勇者オルテガの血筋。
あの若さで父オルテガに迫る勢いの実力を持ちつつある勇者アロン……そして気が付けば常に人の輪の中心に居るアニス。
彼らは天から愛された者達なのだろうか?
ライドウには考えても分からない。
師匠である勇者サイモンが言っていた言葉を思い出す。
『オルテガほど天に愛された者は居まい。彼を中心に人が集えば、世界をも救える力に成りえるかも知れん』
勇者サイモンは、オルテガと共闘を約束しサマンオサへと戻った。
しかしその後、勇者サイモンは行方をくらまし、ライドウの乗った船は難破しアリアハンへと流れ着くことになる。
ライドウは不思議な縁を感じていた。
勇者オルテガの娘であるアニスを、勇者サイモンの弟子である自分が『仲間』として共に歩んでいる。
奇しくも師サイモンが果たせなかった約束を、その弟子と娘が果たそうとしているのだから。
これで実力があれば、良いパーティーリーダーになれるかも知れない……ライドウはそんな事を思う。
見れば、いつの間にやらアニスは他の客と仲良くなって、何故かミルクの一気飲みの勝負をしていた。
「ふぅ……」
やっぱコイツじゃ無理かも……と、ライドウは自分の思ったことを撤回しようかと考えた。
アニスの勇者としての第一歩は、これから踏み出される事となる。