「ライドウさん!」
まだ、声は届かない。
アニスは山道を必死に駆け上がった。本当に必死だった。
しかし、どんなに必死に足を動かしても、何故か距離が縮まらない。
「あぅっ!」
急に足がもつれ、アニスは地面に突っ伏した。
足が動かなかった。突然、足が鉛のように重くなる。
モンスターに囲まれて苦戦するライドウを助けに行けない。
「なんで――!?」
そして……
モンスターの攻撃でライドウが倒れていく姿が、コマ送りのようにゆっくりとアニスの目に映った。
「ライドウさん……ライドウさん!」
ライドウが、倒れたままアニスの方へ手を伸ばそうとしているのが見えた。
しかしそこにモンスターの影が覆いかぶさり……その手が一瞬空を掴み、そして地に落ちた。
「ちょ――」
ライドウの手は、それから動かなかった。
いや、モンスターの攻撃を受けたとき、反射的にピクピクと動く……が、とても自分で動かしているようには見えない。
「ライドウさん。このっこのっ、動けこの足っ! お願い、動いて……動いてよっ! ライドウさんが……ライドウさんが!」
アニスは動かない足に何とか喝を入れようと必死に叩いた。
しかし如何にしても足は動かない。
アニスの努力も空しく、解毒が間に合わずにエヒルンは死んでしまった。トウヤも戻って来て良い頃なのに、未だその様子は無い。
そしてライドウはモンスターに囲まれ……倒れてしまった。倒れたライドウには、なおもモンスターの攻撃が続いている。
しかしアニスの足は動かない。助けに行けない。何も出来ない。呆然と、ただ見ているだけ。
みんなが死んでいく様を、何も出来ずに……ただ、見ている……アニスに出来たのはそれだけ。
モンスターが去ってしばらくの後、ようやくライドウが倒れた場所まで這って行く事ができた。
そこには……血まみれで地に倒れているライドウが……いや、ライドウだった物体が転がっていた。
「ライドウさん起きてよ。エヒルンもトウヤもみんな居なくなっちゃったんだよ。今、ここでライドウさんまで居なくなったら……居なくなったら……お願い起きてよ! 私を独りにしないで! どうして、どうしてよっ? 何で起きてくれないの。どうして私だけ置いていくの。私は何で生き残ってるのよ。……もしかして……私のせい? 私が弱いから、みんなの足を引っ張って――それでみんなが?」
それはある意味正解だった。
そもそもあの時のポイズントードの奇襲に、盾をかざすくらいの反応が出来れば、こんな事にはならなかった。
もし冷静に対処出来ていれば、今のアニスにもそのくらいは出来たはずだった。
それが出来なかったのは、やはりアニスの未熟さ故としか言いようが無い。
経験の無いアニスには無意識で肉体を突き動かす反射的な危機回避能力が、まだ備わっていない。
それはアニスのせいではないが、それ故にこの事態を招いたことも事実だ。
「私が……私が役に立たないばっかりに……わたしがやくたたずなばっかりに…………うあああああぁぁぁぁぁぁっ!」
地獄だと思った。これ以上の絶望と、これ以上の悲しみと、これ以上の怒りはありえない。
あまりの喪失感に神経が千切れるかと思った。あまりの悲しみに喉がつぶれるかと思った。あまりの怒りにはらわたが捻じ切れるかと思った。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私が役立たずだから……私が馬鹿だから……」
何で、もっと必死にならなかった。何で、もっと頑張れなかった。何で、もっと……もっと……。
もっと……。
「――スさん」
「あああ……ああっ……」
「ア――さん」
「ああっ……あああ……うああ……」
「アニスさんってば!」
「ああっ――!?」
自分を呼ぶ大声に、ビクリと身体を震わせ弾けるように起き上がった。
泣きはらした目を開けると、瞼の隙間からぼやけた光が差し込み、その中には、やはりぼやけた人影が見えた。
まるで何かを恐れているかのようにアニスは反射的に布団を胸に握り締めた。
「大丈夫ですか。何だか凄いうなされてましたけど」
起き抜けで寝ぼけ、涙で視界も歪んでいて何が何だか分からなかったが、聞き覚えのある声にハッと我を取り戻し――アニスは涙を拭いて目をしばたいた。
その目に映ったのは、どこか困ったような顔をして、下からアニスの顔を覗き込んでいるエヒルンの姿だった。
「エヒ……ルン……?」
「そうですけど。それがなにか?」
現実味の無い感覚に戸惑った。しかし、エヒルンはしれっと答え怪訝そうにアニスを見つめていた。
「あぅっ――?」
次の瞬間、アニスは反射的にエヒルンを抱きしめていた。
「ちょ……なんですかアニスさん」
「良かった……良かった。エヒルンが生きてる。生きてるよ……良かった。ううっ……」
「あ……ちょ、アニ……苦し……ちょ……」
アニスは、胸元でネコのようにもがいているエヒルンの力を感じながら、しばらくそのぬくもりを、その感触を、生きているという喜びを心に刻み込んだ。
「良かった、生きていてくれて……本当に――」
ここはカザーブの村。
アニス達はエミリー達の助けにより、全員無事に生き残る事が出来た。
しかし今回ほど危なかったことは無かった。
四人全員『無事』だとはいうが、それはエミリー達が居たからこそ、そう言える結果になっただけ。
ここまでの行程は、とてもそんな言葉では済まされない、紙一重で命を落とすギリギリのところだったのだ。
エヒルンはもとより。聞いた話だと、トウヤもカザーブの村への途中でモンスターに襲われて危なかったらしい。
そこを助けたのが、カザーブからロマリアへ行こうとしていたエミリーの一行だったそうだ。
そしてライドウに至っては足止めに残ったものの、アニスとエミリーが駆けつけた時には、毒におかされ、片腕が麻痺した状態で戦っていた。
もう少し駆けつけるのが遅かったら、ライドウも命を落とすところだったかもしれない。
場合によっては、本当に夢で見たような事になっていたかもしれない。
それを思うと、背中に氷を当てられたように悪寒が走る。どうしようもない恐怖が心を支配する。
そうならずに済んで良かったとアニスは改めて思った。心から。
起床したアニス達は、隣の部屋で寝ていたライドウとトウヤをたたき起こした。
夢で見た最悪の結末のイメージが未だ残っていたアニスは、自らの不安を払拭するかのように皆の無事を何度も何度も確かめた。
アニスの必要以上のやりように、特にライドウが煙たがったのは言うまでも無い。
――大丈夫、みんな無事だ。良かった、こっちが現実だ。こっちが夢なんて事は無い――
アニスは心の中で、何度も何度も自分に言い聞かせるように確認した。全員生きていた。
四人揃って食堂に出ると、そこにはエミリーのパーティーが昼食のテーブルを囲んでいた。
「はあい、アニス。昼だけどおはよう」
背を向けていたエミリーの向こうから手が上がり、聞き覚えのある弾むような声が聞こえた。
「あははは……どうもカナン姉さん。昼だけどおはようございます」
答えるアニスの声は乾いていた。どうにもカナンの妙なセンスは、時々リアクションに困ってしまう。
アニスの声に満足したように、白い歯を出してにひひと笑うと、カナンは空いている隣のテーブルを一生懸命指差した。
どうやらそこのテーブルに着けという事らしい。
「まあ、昨日会ったけど、一応メンバーの紹介しておくわね」
アニス達が食事の注文を済ませると、カナンは唐突に自分のパーティーメンバーを紹介すると言い始めた。
もちろん命の恩人達を忘れないためにも名前は聞いておきたい。だけど、この人はいつも話が唐突だ。
昔から変わらないカナンの性格に、アニスは安心したような、困ったような、そんな苦笑いを浮かべた。
「えーと、まず私。一応パーティーリーダーやってる商人のカナン・アルバート。アニスは知ってるだろうけど、アリアハンの道具屋の娘よん」
やや背の低いカナンは、自分の身長を気にしているのか、頭の高い位置で髪を留めているのが特徴の女性だ。
アニスが知っている時とくらべても見た目も性格も妙なセンスもあまり変わっていない。いつものカナンだった。
アニスはどこかホッとした。
「オレは戦士ディーネ。ディーネ・ベルデンニコフだ。ま、ライドウは知ってるだろうがな」
自分をオレと呼んでいるが、ディーネは女性だ。
しかし戦士だけあって、手馴れた感じにアレンジされた軽装の鉄の鎧と、その下にある鍛え抜かれた肉体は、ライドウとは違った意味で、しなやかかつ強靭な肉体であるのが見て取れた。
ライドウをライオンとするならば、ディーネはヒョウと言ったところか。
「えーと、べー……べ……ベンデル?」
「……ベルデンニコフだ」
覚えにくい音の名前にアニスが戸惑っていると、ディーネはため息をついて繰り返した。
ディーネの自己紹介が終わり、アニス達の視線はその隣へと移動した。
「えーとねー、あたしは……遊び人!」
「いや、遊び人て……」
元気に手を上げ、いきなり意味不明なことを口走る女性に、ついアニスはいつもの調子で突っ込んだ。
確かに最初に見たときから、普通とは違う、明らかに冒険者にそぐわない風体だとは思っていた。
しかし、そんな人がいきなり自分を『遊び人』などど言い出すとは、まさか夢にも思……いや、やはり思ったかもしれない。
なにせ、バニースーツにうさ耳バンド、さらにあみタイツ……見た目は、どう考えても夜の酒場などで見かけるバニーガールである。
この姿で街中を歩ける図太い精神は、ある意味"勇気ある者"……つまり『勇者』と呼べるかもしれない。
そんな勇者、絶対にイヤだが。
「彼女は自称遊び人のルーシィ。ルーシィ・ハミルトンよ。とにかくお騒がせ要因で……」と、カナンは困ったような顔をして説明を加えた。
なんでそんな人を冒険に、と聞こうと思ったが、何だか失礼な気がしたのでやめておいた。
「それで最後に僧侶エミリーよ。エミリー・ローズ」
カナンはそのまま紹介を次に移し、エミリーを紹介した。紹介され、エミリーはこちらを向いて手を振る。
その表情は、この田舎くさい過疎の進んでいるような山奥の村に、辺り一面の花畑を一瞬で生み出してしまえそうなくらいの、そんな笑顔だった。
彼女がその場に居るだけで、何だか空気すらも浄化されて美しくなったような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
雨の中でも、田舎村の中でも、どこでも彼女は輝いていた。
「わあ、女性だけのパーティーなんですね」
「うひょー、それはそれは……」
アニスの言葉に続き、感嘆の声を上げたトウヤはもみ手をしながら鼻の下をだらしなく伸ばした。
「まあね……って。どうしたの、ディーネ」
会話が進む横で、戦士ディーネは眉間にしわを寄せ虚空を仰いでいた。
「ああ……なーんか引っかかってるんだ。何か大事な事を思い出しそうで……なんだったかなあ。ここまで出掛かっているんだが……」
そう言って、デューネは水平にした手を自分の喉の辺りに当てる動作を見せる。
「大事な事と言われてそれが分からないのも気持ちが悪い。サッサと思い出せ、ディーネ」
「ちっ、ライドウ。お前はイチイチ癪に触る言い方しかしないな。ま、丁寧な物言いのライドウってのも想像すると気持ち悪いけどな」
「ぷっ……たしかに」
トウヤが同意する横でアニスが笑いを堪えていると、ディーネは思いついたようにトウヤを指差した。
「そうだ、アンタだ。思い出した。あんたの声をどこかで聞いた覚えがあるんだ」
「げっ。お、俺っすかぁ?」
ディーネに指差され、トウヤは微妙に顔を引き攣らせて戸惑っていた。
「そうだ、その声だ……うぅん……どこで聞いたんだったか……」
「ナ、ナンノコトデショウカ。ワタクシニハマッタクココロアタリガアリセンノコトヨ……オホホホホ」
無理に声色を変え、なにやら意味不明なことを口走るトウヤだったが、それは逆効果だった。
動揺しているのか、何か思い出して欲しくない嫌な過去でもあるのか。トウヤの動きは、まるで作りの悪いマリオネットのようだった。
ディーネが思い出そうとするのを誤魔化すように、何かを取り繕おうとするように、その動きはどんどん不自然に硬くなっていく。
「フジヤマゲイシャアキハバラー」
それはどこの言葉だと突っ込みたい衝動に駆られたが、何だかトウヤに不都合な事でもありそうに思えたのでやめておいた。
どうやらどこかのジョークで誤魔化そうとしたらしいが、残念ながらこの場の誰もそれを理解できなかったようだ。
「ふぅ……」
いや、一人居た。エヒルンが隣で呆れたように大きなため息をつく。
それしかしないが、イチイチ反応するエヒルンも、ある意味律儀だなとアニスは少し可笑しかった。
「――思い出した! そうだ、なんでお前がここに居る。どうやって牢から出たんだ!」
「え? 牢って……」
戸惑うアニスに構わず、ディーネは驚きの名前を口に出した。
「答えろ、盗賊バコタっ!」
「げっ、バレた……」
ディーネの叫んだ名前に、トウヤは口の端を引き攣らせて小さく唸った。
<カナンパーティー>
●女商人カナン Lv.14 24歳 性格:おちょうしもの
装備:鉄の槍、鉄の前掛け、うろこの盾、☆羽ぼうし
●女戦士ディーネ Lv.16 21歳 性格:おとこまさり
装備:はがねの剣、鉄の鎧(☆軽装アレンジ型)、鉄の盾、鉄かぶと
●女僧侶エミリー Lv.20 25歳 性格:セクシーギャル
装備:モーニングスター、身かわしの服、うろこの盾、☆羽ぼうし、銀のロザリオ
●女遊び人ルーシィ Lv.12 18歳 性格:おじょうさま
装備:チェーンクロス、☆バニースーツ、うろこの盾、うさみみバンド、あみタイツ
※ ☆印はSFC版ドラクエドラクエ3には出てこないアイテム