「ちょ、ちょっとタンマ。確かに自分は"盗賊バコタ"っすけど、まだ"盗賊バコタ"としては何もしてないっすよ」
トウヤは自分がバコタである事を認めたが、その罪は大慌てで否定した。
その言葉にディーネは眉を吊り上げ言った。
「どういうことだ」
「実は先代から盗賊のカギの技法を教わって、ようやく名を受け継いだと思ったら、まだ何もしてないのにいきなり王宮戦士に捕まったんすよ。確かに俺は盗賊の名を継いだから、いずれ盗みはしたかもしれないっすけど、でも牢屋に入れられる理由はまだないんすよね」
「盗賊の言う事を信じろと?」
いつでも剣を抜ける。
テーブルから立つ事も無く聞いてはいるが、胸で組まれたその利き腕の先には、腰に差した剣の柄がある。
それに気づいたのか、座っているライドウの体勢が、心なしか変化したように見えた。
「いや、それを言われるとキツいんすけど、俺は本当のことを言ってるだけっす。証明できるものが今はないけど」
「だったら王宮の地下牢に入れられている男は誰だ。お前はどうやって逃げ出した」
「今地下牢にいるのは先代っす。俺が捕まった時は仮面被ってたんで、連行の途中で用足しのフリして入れ替わったんすよ」
トウヤは言いながら小さく息を吐いて肩をすくめた。あまり真剣に話しているようには見えなかった。
「王宮の地下牢にいる先代に聞けば分かってもらえると思うんすけどねえ」
「ふざけるな! 盗賊の戯言をいちいち聞いて王宮戦士が務まるか!」
「それって相手が盗賊だったら、真実を捻じ曲げて罪を擦り付けても良いってことっすか?」
「ちょ……トウヤ」
軽薄そうな外見とは裏腹に、トウヤはディーネに噛み付いてきた。
アニスはトウヤの発言を止めようとしたようだが、言うべき言葉が見つからないようだった。
「相手が盗賊だからって、最初から何も信じないんなら、あんた達王宮戦士は何の為に尋問するのさ。拷問して都合の良い事を言わせて自分たちの手柄をあげる為か? 盗賊なら無実である事を正直に話しても罪人になって、王宮戦士なら事実を捻じ曲げて冤罪を作り出しても罪人にならないわけ? はっ、王宮戦士ってのは羨ましいね」
「良く言った……そこになおれ。今この場でオレがお前を――」
ディーネは、静かに、ゆらりと立ち上がる。
そして顔を上げると剣の柄に手を掛けた……が、その手をエミリーによって押さえられる。
トウヤはその場を動くことも逃げることもせず、ただディーネの眼光を真正面から睨み返していた。
一触即発。
今の状況を説明するのに、この言葉がもっとも適切だった。
アニスはひとりハラハラとしているが、ライドウとエヒルンは、ただ事態を静観していた。
ルーシィは目を丸くして経緯を眺め、カナンは次に何が起こるのか興味津々と言った様子で、目を爛々と輝かせていた。
「ディーネ、馬鹿な真似はやめなさい。それとそこの盗賊くんも言い方に気をつけなさい。どっちも互いに気に障る事を言ったんでしょうけど、どちらにしても今事実が証明できないのに、無理にここで白黒つけるような姿勢を取らないで」
エミリーは、なるべき刺激しないように、しかし言い聞かせるようにやさしく、また強い口調でゆっくりとたしなめる。
しかしディーネはその止める手と言葉を振り払ってトウヤに歩み寄ろうとする。だが、間に割ってはいるエミリーにまたも行く手を遮られる。
そこで止まったと思ったのか、ホッと気を抜いたところをエミリーの背後から肩を掴んでトウヤが彼女を退けた。
アニスはライドウとエヒルンに事態の収拾を求めたが、二人の意見は同じだった。
「個人の問題に他人が干渉するものではない」とのこと。
「アニス、こっちこっち」
おろおろしているアニスを横からカナンが掻っ攫い、食堂の隅まで連れて行く。
「ちょ……二人を止めないんですか。カナン姉さん」
「それどころじゃないわよ。もうディーネってば、眠れる獅子を起こしてしまったわね……あたし、知~らないっと」
気がつけば、いつの間にかルーシィもまた食堂の隅へと逃げていた。
ライドウとエヒルンは、そんなアニス達を不思議そうに見つめていた。
そして……トウヤとディーネは眠れる獅子を起こしてしまった事に気付かなかった。
「ふーん……へえ……そうなんだ。私は三度も止めたんだけど……それでも止めないんだ」
ゆらり。青い気配が立ち上がる。
「聖書に曰く、慈悲深き神は三度まで注意を与える。しかしそれでも耳を貸さなければ、罰を与えることもまた慈悲なり……ってね。うふふふふふ……」
怪しげなエミリーの言葉に、ディーネは我を取り戻した。しかし残念ながら遅かった。
カナンやルーシィが隅へ移動していたのを見たときに気付いていれば……。
エミリーの手に握られたものが顔を見せたとき、トウヤもまた世界が終わったような表情を見せた。
ぎょるんぎょるんぎょるん。
色々な意味で危険な音を立てて鉄球が回っていた。
一瞬、目の錯覚かと思えるが、その鉄球は通常のモーニングスターの二倍近い大きさがある。
エミリー専用の特注モーニングスター……その名も"アイアンメイデン"だ。
危険を悟ってトウヤは恐怖に目を見開いた。目を伏せて薄笑いを浮かべたまま鉄球をぐりんぐりん回しているエミリーを前に、得体の知れない恐怖で足が動かないようだ。
しかしそれも止むを得まい。仲間であるディーネもまた恐怖で足が動かないのだから。
「ちょ……あの……えみりーさん。そ、その御手に持っておられるものを、いいいったい何に、おおお……お使いになられるのか……お、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「えー、知りたい~?」
「あ、いや……やややっぱりいいいっす。ななんかもんの凄くヤバイ予感がすすするんで」
「ディーネ。私の目を盗んでこっそり逃げようったってそうはいかないわよ」
かろうじて動いた足を引きずって、気づかれない内に逃げようと思ったが、それは叶わなかった。
エミリーの笑顔はとてもさわやかだった。
瞬間、無駄とは分かっていても全力で外に駆け出した――が。
「ラリホー」
ディーネを急激な眠気が襲う。必至に眠気から逃れようとするが、どうやら手遅れらしい。
「私のこの特注モーニングスター"アイアンメイデン"の味を、また思い出させてあげるね」
ああ、終わった。直後、視界が激しくぶれ、真っ暗になった。
兜の上から巨大な鉄球が振り下ろされ、エミリーはディーネの頭ごと床を突き破った。
そして……同じく逃げようとしたトウヤをラリホーで足止めしたエミリーは、その頭に巨大な鉄球を叩き落したのは言うまでも無い。
後で聞けば「初めてだから、優しくしてあげるね♪」と言って、鉄球を振り下ろしたらしい。
ディーネとトウヤは、その後エミリーにベホイミをかけられるまで、生死の境を彷徨っていたとかいなかったとか。
今回の教訓。
普段おとなしい人ほど怒ると怖い。