「それじゃあ円満解決したところで……」
エミリーによって、ディーネとトウヤの諍いは当人達の尊い犠牲の末に、その告白の内容を確認するまでは言及しない事になった。
通常の二倍近い鉄球を嬉々として振りまわし、麻酔も兼ねているのかラリホーで足止めしつつ、あの天使のような顔で「天罰」とモーニングスターを振り下ろす場面は、なかなかにシュールである。
それで強制的に仲裁することを"円満解決"と言うのかどうかは、今はとりあえず考えない事にする。
しかしそれを置いてもトウヤが盗賊である以上、アリアハンの王宮戦士であるディーネにとっては警戒すべき人物であることに変わりはない。
そもそも現役王宮戦士であるディーネが、なぜカナンと一緒に旅をしているのかというのは、それは派遣戦士としての任務だからだ。
派遣戦士とは、鎖国中のアリアハンが外界の情報収集の為に各国に派遣し世界を見聞させ、それを本国に定期的に報告する任務を持つ王宮戦士のことを言う。世界を旅して回れる技量と、世を渡る知恵が無いとなしえない過酷な任務だ。
それだけにこの任務をやりたがる王宮戦士は少ない。なぜなら鎖国中のアリアハンを守護していた方が危険が少ないし、安定した給金とわりと平穏な日常生活を送ることができるからだ。
ただディーネは違った。思うところがあり、自ら望んでその任務に身を投じたのだ。
しかしその旅の途中で、そう決意させるキッカケになった人物に出会うという偶然に、ディーネは運命の皮肉を感じた。
ライドウ・コードウェル……ディーネの慢心を完膚なきまでに打ち砕いた男だ。
代々王宮戦士を輩出している名家で生まれたディーネは、その血筋を色濃く受け継ぎ、女性でありながらも、その剣術の才は卓越したものだった。
名門仕官学校を当然のように主席で卒業し、果ては戦士長か親衛隊長かと、若いながらも王宮戦士としてのエリートコースを順調に歩んでいた。
そんなある日、ディーネは海岸で衰弱した一人の男を助けた。名をライドウと言った。
それから数ヶ月が過ぎ、衰弱した身体を鍛え直そうとするまでに回復した男とバッタリ出会い、ディーネは彼が元々は異国の戦士である事を知った。
その頃、若く才能豊かなディーネにかなう男はすでにアリアハンの王宮戦士にはおらず、いつしか彼女は人を見下すようになっていた。
王宮内で敵無しだったディーネは"異国の戦士"というフレーズに惹かれ、リハビリを兼ねて異国の剣術を見せてくれないかと軽い気持ちで話した。
男の身体は衰弱からあまり回復しておらず、未だ剣を持つことが出来ない状態だったので、互いに"ひのきの棒"で仕合う事になった。
予想通り男は非力だった。しかし初めて仕合ったにもかかわらず、男はディーネの嫌なところ嫌なところを的確に攻めてくる。
ディーネは舌を巻いた。同時に激しく困惑した。
攻撃に力も速さも無く、のらりくらりと足を運ぶ男を相手に、何故かまったく手が出せず防戦一方になってしまう。
それからさらに数回の攻撃を凌いだとき、ディーネは壁を背に負っていた。
何で壁がこんなところに――!?
その困惑と絶望に、胸がドクンと大きく鳴り響き、身体中から汗がどっと噴き出た。
ディーネには訳が分からなかった。ただひとつ分かったのは、自分が追い詰められていたということ。
そして男が最後に放った突きが喉元で止められた時、それまでのディーネは完膚なきまでに破壊された。
衰弱した非力な男に手も足も出せなかった自分に愕然とした。同時に、いかに自分が井の中の蛙であったのかを理解させられた。
それからディーネは王宮戦士としてのエリート街道を捨て、本当の意味で自身を練磨するため、過酷な冒険を必要とする派遣戦士に志願したのである。
そしてカナンに出会い、エミリーに出会い、ルーシィに出会い、今に至っている。
「あんたたちの事情は分かったけど、そんな装備で盗賊の一味と戦うつもり? そのカンダタって盗賊の強さは知らないけど、普通に考えたらそれじゃあ危ないと思うんだけど」
ディーネがそんな風に過去を思い出している間に、どうやら話は進んでいたらしい。
何でも首を突っ込みたがるカナンがまた、今度は何をするつもりなのだろうかとディーネはそっとため息を漏らした。
確かに、言われて見ればこのあたりのモンスターと戦うには、ライドウ達のパーティーはかなり装備が心もとない。
革製の防具など、このあたりではそれを上回る攻撃力を持つモンスターもいる。また銅の剣や棘の鞭では、ぐんたいガニなどの硬い甲羅には通用しないだろう。
「格安にしてあげるから、もっとまともな装備にしなさい。ディーネ、荷物持って来るの手伝って」
「ふう、仕方ないな」
そう言って肩をすくめて息を吐き、ポカンと口をあけているアニスを背に、ディーネはカナンについて馬車に荷物を取りに行った。
「うわあ、本当にこんな安くて良いんですか」
カナンは四人にそれぞれ合う装備を見繕って安価で売った。物によっては店頭価格の半分以下で売った物もある。
所持金をギリギリ使って、アニスたちはだいぶまともな装備に変化した。
鉄かぶとをライドウに、うろこの盾・羽ぼうしをアニスに、チェーンクロスをトウヤに、魔道士の杖・革のドレスをエヒルンに売った。
結果的に使わなくなるアニスたちの装備をそのままもらいながら、カナンはかなりの安値で装備を譲った。
聞けば、かつてアニスの両親には公私共にかなり世話になったらしい。その恩返しだそうだ。それでも「無料で譲る」とは言わないところがやはり商人なのだろうかと、ディーネは小さく苦笑した。
しかしまだアニスの装備が心もとない。
「ライドウ、そこのお嬢ちゃんの腕は?」
「全然だ」
簡潔な言葉の質問の意味を理解したライドウが、同じく簡潔な答えを返す。
それを聞いて予想していたと言わんばかりに、ディーネは大きく息を吐いた。
「仕方ない、オレの使い古しで良ければやるよ。その装備よりはマシだろう」
ディーネは、ライドウやその仲間にもっとまともな装備をして欲しかった。
自分を負かした男のパーティーが、そんな初心者みたいな装備をしていると、何だかとてつもなく自分が情けないように思える。
「ほら、これやるよ。鎧はライドウ、剣はお嬢ちゃんだ。新品に比べれば劣るが、手入れさえしておけば問題ないだろう」
そう言ってテーブルの上に置いたのは、細かい傷が多く付いた鉄の鎧と、はがねの剣だった。
「鎧のサイズは自分で調整しな。ついでにライドウ、お前の鎖かたびらは、そこのお嬢ちゃんにやりな。そのサイズ調整も出来るだろう?」
「まあ……確かに出来るが。鎧はともかく、鎖かたびらは面倒だな」
ディーネの提案に、ライドウは眉を歪め目の前の鎧と剣を見つめた。
「そこまで知るか。お前がやれ。見たところ他の奴らが出来るようにも思えないしな」
「ふう、分かった。両方ともありがたくもらっておこう。この件、借りておく」
「……嫌なことを言うな。お前が借りを返すときは、決まってロクでもない事ばかりだ。むしろ忘れろ」
かつて助けた男に返された"貸し"が"自身の完敗"だった事に始まり、その他似たような様々な過去を思い起こして、ディーネは苦い気分になった。
「あのー、お話がどんどん進むところ悪いんですが……パーティーリーダーは私なんですけど……」
自身を指差しアニスが苦笑しながら訴えるが、ライドウは涼風を受けているかのように全く取り合う様子は無い。
他の面々を見回せば、トウヤやエヒルンは、新しい自分の武器をまじまじと見つめていた。驚きが混じりながらも、その目はどことなく喜びに煌めいているように見える。
カナンはやることを終えたといった感じで満足気な表情を浮かべ、エミリーは飴玉をもらって喜ぶ子供を見るような慈愛に満ちた生暖かい目をしており、ルーシィは相変わらずニコニコと締りの無い笑みを浮かべ、何を考えているのか分からない。
そんな自分の仲間を見ながら、ディーネは自分もカナンやエミリーに劣らず結構なお節介だと思いあたり、それを認めるのを拒否するように大きなため息を吐いた。
●新装備
アニス:☆使い込まれたはがねの剣、鎖かたびら、うろこの盾、☆羽ぼうし
ライドウ:鉄の槍、☆使い込まれた鉄の鎧、青銅の盾、鉄かぶと
トウヤ:チェーンクロス、革の鎧、革の盾、革の帽子
エヒルン:魔道士の杖、革のドレス、革の帽子
※ ☆印の装備は、SFC版ドラクエ3のゲーム中には出てこないものです。