盗賊団の接近を警鐘で知らされたときには、すでに村人が逃げるほどの時間はなかった。
彼らはメタルスライムのように素早く近づき、ライオンヘッドのように豪快に襲い掛かってくる。
急襲に村人は統制を取るほどの余裕が無かった。出来たことと言えば、着の身着のままで逃げ出したり、身を潜めて恐怖にうずくまったりする程度だ。
反対に盗賊団の方は、ならず者の集まりにしては驚くほど統制が取れている。強襲に混乱する中、もぬけの殻となった家から金品を強奪し、逃げ遅れた村の若い娘を見つけては掻っ攫っていく。
盗賊団の数はざっと見ておよそ三十人ほど。とてもアニスたち四人で何とかできる数ではなかった。
村の西から攻め寄せる盗賊団の出鼻をエヒルンのギラで挫いたものの、数の暴力を前にしてはしょせん焼け石に水だった。盗賊団の勢いは止まらず、波のように押し寄せる盗賊達の相手をしている内にアニスたちは散り散りになってしまう。
アニスは盗賊数人を引き連れつつ、全速力で逃げ、時々振り返ってメラを放つ。それを繰り返す。ライドウやアロンに未熟未熟と言われ続けただけに、アニスはどうしても剣で戦うのには抵抗があった。しかし敵意を持って剣を構える盗賊達を前にそうも言っていられない。アニスは剣で戦う覚悟を決めた。
思い出せ思い出せ。剣を構えアニスは心の中でひたすらつぶやき続けた。ライドウとの特訓は始めた頃に比べ円の大きさが半歩分だけ大きくなっている。自分は成長していると信じるしかなかった。しかし剣で戦う覚悟が定まらない内に盗賊の一人が曲刀を斬りつけてきた。アニスはその剣をとっさに横に避けてやりすごすが、すぐに別の盗賊が曲刀を振り上げて襲い掛かる。
アニスは大きく息を吐いて念仏のように心の中で唱え続けていた。落ち着け落ち着け。ライドウは何と言ったか。
「相手をよく見ろ。目の前の『刃という恐怖』に打ち克てば、おのずと相手の隙も見えてくる。下手に受けようと思うな。かわせ、もしくは受け流せ。動きを止めるな、止まれば死ぬと思え。刃で敵を攻撃しようとするな。『刃』とは、あくまでも攻撃の一手段にしか過ぎない。攻勢にあっても守勢にあっても『刃という攻撃力』に惑わされるな」
痛みと共に刻まれた言葉が、半ば本能的にアニスの身体を突き動かした。
直後、盗賊は豪快にすっ転び、そのまま家の壁に激突して気を失う。アニスは振り上げられた刀から最も遠い場所である足を蹴り上げたのだ。
包囲網が崩れた隙を逃さず、動揺する二人の盗賊の間をアニスは一気に駆け抜けた。
「ふんっ」
受けた剣をはじき返し、よろめいた相手の見る。そしてライドウは身を沈めて翻り、槍で足を払った。
布の服に動物の毛皮で作った腰巻、そして幅広の曲刀というありがちな盗賊スタイルの男は、ものの見事にすっ転ぶ。
「メラっ」
倒れた相手に火球を放って盗賊を気絶させ、アニスはライドウと合流した。
「ライドウさん、トウヤとエヒルンは?」
「知らん、はぐれた」
身を寄せて問うアニスに、ライドウははき捨てるように応える。
二人は六人の盗賊に囲まれていた。一人倒れて今は五人になったが、あまり減った気がしなかった。
さらにアニスを追って二人の盗賊が加わり相手は七人になる。依然として苦しい状況は続いていた。
***
「杖よ!」
エヒルンは杖の力を解き放った。先端にはめ込まれている紅い魔宝珠から拳大の火球が放たれ、正面の盗賊を焼く。
「――ギラッ!」
そして振り向きざま後ろの三人に閃熱呪文を放ち、破れた包囲網を抜けて走った。
自分の間合いで戦おうと敵との距離を取り続けている内に他の三人とはぐれてしまった。
この程度の力量なら、五・六人同時に相手にしようともギラの一発二発で決着をつけることは出来る。本来なら。
だが、魔法使いが一人で戦うには、この乱戦は具合が悪すぎる。絶えず流動する展開の中で常に自分の距離を維持しつつ的確に魔法を撃つ……などという芸当をするには残念ながら体力が決定的に足りなかった。
盗賊達も馬鹿じゃない。相手が魔法使いだと分かれば呪文を撃ち辛くするために距離を詰めにかかる。
まだ戦いは始まったばかりだというのに、すでにエヒルンの息は上がり始めていた。
「ギラッ!」
追いすがる盗賊達に振り向きざま呪文を放つ――が、それを耐えたのか、一人がギラの中を突破してきた。
一瞬息を呑んだ。しかしすぐさま状況を理解し、次の手を打つ。
「杖よ!」
火球の直撃を受けた盗賊は、そのまま突っ伏して地面に倒れた。
それを確認し、エヒルンは再び距離をとるために逃げつつ、先ほどの事を考える。
――ギラが霧散しかけた。
疲れからか、呪文を唱えるときの集中力が著しく低下し始めているようだった。そのせいで呪文の威力も散ってしまったらしい。
つくづく魔道士の杖を手に入れておいて良かったと思った。マジックアイテムの発動に集中力は関係ない。体力のない自分には常時安定した力を使えるありがたいアイテムだ。
「あっ――」
走る足が急に地面を踏み外し、そのままもつれて転んでしまう。
何事が起きたかを考える前にすばやく立ち上がろうとしたが、そこで転んだ理由が理解できた。
足が疲れて動かない。どうやら先ほどもつれたのも、走るための回転運動に足がついてこられなくなったかららしい。
しかも最悪なことに、杖を支えに立ち上がろうとする間に盗賊達に追いつかれてしまった。
「どうやら鬼ごっこも終わりだな、お嬢ちゃ――」
台詞を言い終わらない内に火球が顔面を直撃し、盗賊A(仮呼称)はそのまま仰向けに倒れた。残りは四人。
足は動かなくても手は動く。余裕見せて下らない台詞なんて吐いているから余計な攻撃を食らう。
エヒルンは周囲を取り囲む盗賊達をギラリと睨んだ。
一瞬気圧されたようだったが、しかし立ち上がれもしない相手に恐れを抱くほど盗賊達も場数を踏んでいないわけではなかった。
すぐに自分達の優位性を思い出すと、盗賊達は一斉に襲い掛かってきた。絶対絶命の恐怖が瞬間身体を支配し、震えが走った。
「へい、おまち!」
聞き覚えのある声と同時に、正面の盗賊の後頭部に飛び蹴りが炸裂する。それによって攻撃の軌道がずれ、正面の盗賊はエヒルンの横を飛んで背後の盗賊と衝突した。そして残り二人は、その異変に足を止める。
誰の仕業かは、はぐれメタルが逃げる速度よりも早く分かった。盗賊の背後から飛び蹴りを食らわせ、エヒルンを助けたのはトウヤだった。
とりあえず大きく息を吐いて、ひとことつぶやく。
「なんの出前ですか……」
「うへぇ、助けられても御礼無しでそれっすかエヒルンさん。ゲロゲロでやんす」
変な言葉遣いをしながらもチェーンクロスで盗賊達と距離を取りつつ、トウヤは眉間にこれでもかと皺を寄せて大きく舌を出した。
その辺のセリフを無視することにしつつ、ようやく足が動くようになってきたエヒルンは、杖を支えに何とか立ち上がる。
「お、どうやら大丈夫そうっすね。んじゃ、ここはお互いの為にコンビネーションでいくということで、ひとつヨロシク」
「こ、こんびねーしょん……ですか?」
唐突に言われて戸惑う。
敵の動きを想定しつつ戦うだけでも大変なのに、味方の動きまでも予測した戦い方なんて果たしてできるのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
「そうそう。短く言えば、二人で協力して役割分担しつつ余計な労力の消費を抑えながら効率的に戦って行きましょうと――」
「……長くなってるんですが」
『…………………………………………』
違う意味で嫌な沈黙が流れた。
緊張感の無い会話をしつつも、二人とも盗賊を警戒しながら話しているため盗賊達も手が出せない。
「……ど、ドントマインド、ドントマインド。ノープロブレム、エニスィングオッケー、オッケー!」
「気にもなりますし、問題もあります。その上、色々『オッケー』でも無い気がするんですが」
「――っぐ。ちぇー、狭量狭量ー。そんな事じゃ将来いい奥さんになれないっすよ」
そう言いながら、トウヤは誤魔化すように、攻めあぐねて戸惑っていた盗賊に腰から抜き放ったブーメランを投げつける。
「いや、もう良いです……」
ため息を吐きつつ、エヒルンもまた杖の力を解放して正面の盗賊に火球をお見舞いする。
コンビネーションは分からないが、後ろの盗賊達の相手をしてくれるなら助かる。それだけで戦いやすさがかなり違ってくる。
「それじゃ後ろはお願いします。私は正面の盗賊を何とかしますので」
「ええっ! コンビネーションはどうなるんすか?」
「お・ね・が・い・し・ま・す!」
「へぇへ、お願いされますよエヒルンさまさま。面白そうだったからやってみたかったのになあ……コンビネーション」
「それは三年後くらいでお願いします」
「そりゃまたエラい遠い話ですなあ……わしゃあ爺さんになってしまうだよ、婆さんや」
誰が婆さんだと言おうと思ったが、それではこのやり取りが際限なく続きそうな気がしたのでエヒルンは言い留まった。
ともかくトウヤが来てくれたことで、なんとか最大のピンチは乗り切れた。しかしまだ戦いは始まったばかり。
村の被害は、手の回らない盗賊達によって着々と増え続けている。
戦いの夜が明けるのは、どうやらまだまだ先になりそうだった。