斧を振り上げた大男の攻撃に、アニスは身体ごと軽々吹っ飛ばされた。
ライドウは舌打ちをしてアニスを庇う位置に入る。
「アニス、立てるか?」
槍を構え、倒れた背後のアニスに確認の声をかけた。
先ほどの瞬間、反射的に攻撃を盾で受けていたのをライドウは見ていた。それを思い出し、口の端を僅かに吊り上げる。
アニスは、痛みを和らげるために防御するという行為が無意識下で出てくるようになっていた。
まだ受け方も下手糞、力の流し方も全然なっていないが、あのヘタレ娘は反射で防御しようとするまでには成長しているようだ。
それでこそ日々痛めつけてきた甲斐があったというもの。ライドウはそんな事を思いながら返事を待った。
「うう……な、なんとか」
大きな怪我はないようだが、重い衝撃に身体からショックが抜け切らないようだった。
視界の端で、アニスの掌がぼんやりと光るのが見える。ホイミだ。
ライドウはその判断に納得し、改めて眼前の大男を警戒する。
覆面によって素顔は隠されており、身体はライドウより少し大きい程度。だが重たい鉄の斧を軽々と振り回す丸太のような太い腕は要注意だとライドウは判断した。
「お前がカンダタだな?」
その質問に、覆面に空けられた穴から覗く目が瞬間見開くのが見えた。大男の答えは無いが、その沈黙がそうである事を示していた。
傍には鉄の装具で完全武装した取り巻きが三人いる。どうやら奴らがカンダタの親衛隊らしい。鉄兜、鉄の鎧、鉄の盾、はがねの剣……それが三人。正直なところ、かなり厄介だった。
「そいつはお前らに任せる。オレ様は、あの嬢ちゃんをちょいと揉んでやろう」
「お頭、お嬢ちゃんのどこ揉むつもりだー」
「おいおい、オレはもっと大人の女が好みなんだ。勝手にロリコンにするな」
「その格好で言っても説得力ないですぜ、お頭。わっはっは」
「そりゃそうだな、がっはっは……って、ひと言多いわ!」
下卑たジョークを交えて四人は笑い、カンダタは調子に乗って余計なことを言った甲冑男の頭を斧の柄でゴチンと叩いた。
ライドウは甲冑男達とカンダタを見据えて構えながら、とりあえず「その格好」に関しては心の中で強く同意する。
どうやら自慢の肉体美をアピールするための格好らしいが……カンダタの格好は、町中とかで見かけたら絶対に係わり合いになりなくない、別の意味でスゴイものだった。
それをひと言で表すなら……と考えたが、どうにも適切な言葉が出てこない。
「……黙ってれば好き勝手言ってくれるわね。アンタ達は村をこんなメチャメチャにしておいてケラケラと……今のはちょっとムカついた」
「ほほう、ムカつくとどうなるのかな、お嬢ちゃん?」
フラフラと足元がおぼつかないアニスのセリフに、カンダタが面白がって聞き返した。
その態度に激高し、アニスは大声で叫んだ。
「アンタ達は絶対アタシが倒してやるっ。この覆面パンツっ!」
そ・れ・だ――!
ライドウは胸のつかえが取れた気がした。そう、カンダタの格好をひと言で表すと、それはまさに『覆面パンツ』だった。
「誰が覆面パンツだ、このガキ!」
「アンタ以外の誰がいるってのよ! この変態ロリコンパンツ!」
言われて同じく激高するカンガタをアニスの更なる口撃が襲う。後ろでは甲冑男達が声を殺して笑う。
「こ、この※♯θ♂δ♀‰……!」
カンダタは声にならない怒りを全身で表し、アニスへ向かってゆらりと足を踏み出した。
「ぐうっ……!」
構えた盾を弾かれ、アニスは錐揉み回転しながら吹っ飛んだ。
さらに追い討ちとばかりに倒れたアニスの腹部に衝撃が走る。同時に呼吸が止まり、激しく咳き込んだ。
「どうした、お嬢ちゃん。オレ様を倒すんじゃかなったのか?」
カンダタは強かった。生半可な技術など、そのパワーで強引にねじ伏せてしまう力を持っていた。
ライドウのような優れた技術、トウヤのような天性の身のこなし、エヒルンのような研ぎ澄まされた呪文のいずれかがあれば、違う展開もありえたかもしれない。
だが、当然どれも無い。今の半端な力では、カンダタのパワーの前に一蹴されてしまうのが明らかだった。
力の入らない身体を無理矢理起こして立ち上がり、ちらりとライドウの様子を見た。
ライドウは全身鎧の三人を相手に苦戦しているようだった。そして周囲をうかがってもトウヤとエヒルンは見当たらない。
助けは望めない――そう思った瞬間、全身に震えが走った。
ジリジリと歩み寄ってくるカンダタに、アニスの足は同じく下がってしまう。どう戦えば良いのか分からなかった。
その時、数人の盗賊達が色々な物を抱えて村を出ようとしているのがアニスの視界に入る。
手には、ゴールドが入っているであろう大きな袋、金に換えられそうな装飾品や反物・アイテム、そして……縄で縛られた村の若い娘達。
「おかしらー、金目の物は大方持ってきやした。俺達は先にアジトに戻りやすんで、おかしらも早めに撤収してくださいよ」
「おう、てめえらは先に行きな」
その中の一人が、アニスと戦うカンダタを見つけて声をかけ、その返事を聞いて村を出て行った。
「あ……ああ……」
アニスは血の気が引いた。あの盗賊達をそのまま行かせても良いのか?
金品だけならまだしも、あの村娘達を待つ不幸を考えると怖気が走る。
このまま行かせて良いのか? 何か自分は取り返しの付かない事を見逃そうとしているのではないか――。
焦燥感にも似た言い表せない感覚に、アニスの足は無意識に動いていた。
「逃がすかっ!」
不意に側面からカンダタの裏拳がアニスの肩を打った。その衝撃にバランスを崩して足が止まる。
しかしすぐに体勢を立て直すと、再び盗賊達を追おうと足を出した……が、カンダタに回り込まれてしまった。
そして直後アニスの視界を影が覆った。斧を振り上げるカンダタを見て、咄嗟に盾を構える。
「が、うっ……!」
盾を叩き割ってしまいそうな衝撃が、再びアニスを宙へと吹っ飛ばした。
倒れた拍子に口に土が入った。アニスは咳き込みながらそれを吐き出し、衝撃で力が入らない身体をなんとか起こす。
「そろそろ終わりだな。まあ、若い娘達もだいぶ仕入れたから、お前は要らないな。もう少し成長していれば商品にもなっただろうがな」
「…………」
周囲を見れば、盗賊達はすでに撤収体勢に入っていた。
村が奪われたものは多数、失ったものも多数、受けた痛みも多数……結局、自分達に何が出来たのだろうか?
アニスは途端に悲しくなった。そして直後、言いようの無い怒りがはけ口を求めて燃え上がる。
「う…うわあああああああ……!」
ふらつく足で立ち上がると、アニスは怒りに任せて剣を振り上げ、カンダタに突進した。
しかし振り払われた斧で軽々と剣ごと弾かれ、家屋の壁に叩き付けられる。
「そんな細腕の攻撃なんて、オレ様の鋼鉄の肉体には通用せんわ。大して強くもねえのに出しゃばってくるから痛い目に遭うんだぜ、お嬢ちゃん」
そう言ってカンダタは勝ち誇ったようにゲラゲラと笑った。
「……っさいわね」
「あん?」
壁にもたれながらボソリとつぶやいたアニスの言葉に、カンダタは馬鹿にしたように手を添えて大げさに耳を傾ける。
「うるっさいわね! 顔面パンツ男なんかに私の事をどうこう言って欲しくないわよっ!」
剣はあさっての方向に弾き飛ばされ、身体に力も入らないながらもアニスは大きく気を吐いた。
「言ったな、このガキっ――!」
カンダタは怒りの勢いそのままに、肩を張り出して体当たりをしようと突進する。
「――たしだってね……まだ弱っちくても、みんなに追いつこうと特訓ぐらいしてるのよ! ギラッ――!」
掲げたアニスの掌から熱閃が走り、カンダタを飲み込んだ。
「うおっ――! ……のやろっ!」
しかし未熟な呪文では足止めも叶わず、熱閃に飲まれつつもカンダタは強引にそれを突破する。直後、視界が揺れ、一瞬で意識を木っ端微塵にするような衝撃がアニスを襲った。
アニスは古い布切れのように力なく吹っ飛ばされ、またもや地面に倒れた。もう何度目か分からない。
「……マスクが少し燃えちまったか。ちっ、まあいい」
呪文で焦げたところを事も無げに手でさすりながら、カンダタは周囲を見渡して大声で命令を下した。
「野郎共、引き上げだ!」
そう言って村の外に走り去っていくカンダタの背中を目に焼き付けながら、盗賊団を前に何も出来なかった敗北感だけを胸にアニスは意識を失った。