ぱっか、ぽっこ、ぱっか、ぽっこ。
ロマリアへと続く街道に馬蹄の音が歌うように鳴り響く。
馬車を引く二頭の白馬――パトリシアとファルシオンの尻尾がリズム良く揺れていた。
昼下がりの太陽はぽかぽかと暖かく、空には抜けるような青が果てしなく続き、ワタ飴みたいな雲が美味しそうに浮かんでいる。
そんな中、のんびりと街道を進むカナンは空を見上げて誰ともなくつぶやいた。
「ワタ飴食べたいねー」
「いきなりなんだ?」
横から透かさず言葉が返ってきた。声の主はディーネだ。アリアハンの王宮戦士であり、現在は王宮の派遣任務のついでにカナンと一緒に旅する仲間となっている。
男性並みの身体の大きさを持ち、その剣の腕はアリアハンに並ぶ者無しとまで言われた、とても頼れる仲間だ。
「あたしもワタ飴食べたーい」
ディーネとは反対側の横から、ルーシィの能天気な声があがった。その頭にはウサギの耳がぴょこぴょこ揺れている。
この山道を相変わらずのバニースタイルで歩くという、ある意味で勇者な彼女は、いつもと変わらない笑顔で、学校で意見を述べる生徒のように元気良く手を上げていた。
「だからなんなんだ。大体、どこからワタ飴が出てくる」
ディーネは王宮戦士のエリートであったせいか、頭が固いところがある。しかしカナンは彼女のこの生真面目さが気に入っていた。
パーティーは比較的楽観的な性格のメンバーばかりで、いまひとつ締りが無い。ディーネの存在はパーティーを良く引き締めてくれていた。
「ほら、あの雲の塊が……ワタ飴みたいに見えない?」
カナンは空を指差して、ディーネに笑いかけた。
「ううん……確かにそう見えないことも無いな。なるほど、ワタ飴か」
「でしょー。ディーネもワタ飴食べたいよねー!」
なるほどなるほどと生真面目に納得するディーネに、いつの間に回りこんできたのかルーシィが彼女に抱きつこうと飛び込んできた。
「うわっ! だからいつも抱きつくなと言ってるだろう。こら、離れろルーシィ」
かたや能天気なお嬢様気質の遊び人、かたや男勝りで生真面目な王宮戦士と、あらゆる面で全くの正反対であるにも関わらず、ルーシィはディーネに懐いていた。
カナンの見た限り、ディーネもあまり悪い気はしていないようだった。ただルーシィの接してくる距離が近すぎて、ちょっと戸惑ってはいるみたいだが。
「あの雲みたいな、でっかいワタ飴あったら食べたいねー」
ケラケラ笑いながらディーネの首にぶら下がるルーシィと、戸惑いながら怒るディーネを見て、カナンはその微笑ましさに苦笑した。
「ここにでっかい鉄の塊ならあるけど……代わりに食べる?」
『――いや、それは断固遠慮しておく!』
手に持った特注モーニングスター"アイアンメイデン"を指差し、背後からぬっと出て言ったエミリーのセリフに、三人は骨折するような勢いで全力で手を振りながら寸分たがわぬタイミングで同時に、そして即座に断った。鉄の塊は食べられない。
エミリーは容姿端麗、才色兼備、呪文練達……その上、責任感や慈愛の心も強く僧侶として非常に優秀。また両親に連れられて世界中を旅していたらしく経験も豊富。さらに戦士だった父譲りの腕力で繰り出す、通常の二倍近い大きさの鉄球が付いている特注モーニングスター"アイアンメイデン"の一撃は色々な意味で最強だ。
こんな風に皆それぞれ少し変なところがあるけれど、カナンはそれがまた個性的で面白いと思っている。彼女達との旅は退屈しない。
カナンは将来、自分の眼力で意外な穴場を見つけて、そこから世界を牛耳るくらいの大商人になるという果てしない夢がある。
だけど、こんな愉快な仲間となら、ずっと一緒に旅を続けるのも悪くないとも思っていた。そもそも今のところカナンのお眼鏡に適うような場所は見つかっていない。
今のカナンはしがない行商人だ。色々なアイテムを仕入れ、様々な町で売って回り、そしてその土地特有のアイテムなどを購入し、また戻ってはそれを売る、ということを繰り返す。いわば貿易商人のような事をしていた。
その現状に不満は無いけれど、大商人になると息巻いて冒険者になったにしては、なんだかなーとは少し思っていた。
ばこらっ、ばこらっ、ばこらっ。
のどかな街道を進むカナン一行に、叩きつけるような馬蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。
「ずいぶん急いでるみたい……何だろうね?」
後ろから迫る一頭の馬には、口髭の渋い中年の男性が跨っていた。
なにやら急いでいるらしいのを察し、邪魔をしてはいけないと、馬車を街道の隅に寄せる。
しかし、そのまま横を通り過ぎていくかと思われたが、カナン達を見出すと男性は馬を止めた。
「……白馬二頭立ての馬車、女性四人、ひとりにバニーガール、ひとりにパイナップル頭の商人、そして軽装の戦士に美しい僧侶か……なるほど。あんた達、カナン・アルバートの一行か?」
男性は急いでいるようだった。おそらく休み無く馬を飛ばして来たに違いない。額には汗がにじみ、大きく肩で呼吸をしている。
しかし男はカナン達の知らない顔だった。
「パイナップル……」
「そうですけど、私達に何か御用ですか?」
パイナップル頭と言われ凹んだカナンの代わりにエミリーが応対し、男から事情を聞きだす。
一昨日の夜、カザーブの村がカンダタの盗賊団の襲撃に遭って大きな被害を被ったこと。旅の四人組がその中の盗賊のひとりを捕らえてアジトの場所を吐かせたことでカンダタの根城が判明したこと。また、その四人組にロマリアへ救援要請の為に早馬を出すよう指示されたこと、そしてその街道の途中で出会うであろうカナン・アルバートの一行……特に僧侶の助けが村に必要である旨を伝えて欲しいと頼まれたことなどなど。男の口から驚きの内容が次々に吐き出された。
「一昨日の夜って……オレたちが村を出て行った日じゃないか、くそおっ!」
きょとんとした表情のルーシィを首にぶら下げたまま、ディーネは怒りに震え、天に向かって吠えた。
「旅の四人組に頼まれた……ってことは、その四人は無事なのですね?」
エミリーが問いただすと男は頷く。それを見てカナンは安堵し胸をなでおろした。
しかしそれは男が次に発した言葉により、打ち砕かれることになる。
――旅の四人組はカンダタを追って盗賊のアジトへと向かった。
その事実を聞いて、驚きのあまり身を乗り出しすぎてカナンは馬車から落ちてしまった。
「無茶だ!」
ディーネが叫ぶが、それをここで言っても仕方が無い。エミリーも驚きに眉を寄せて険しい顔をする。
男は「ちゃんと伝えたぞ」と確認し、再びロマリアへと馬を飛ばしていった。
それを見送って、カナンは三人と見つめあい、その目に意志を込めて小さく頷いた。ディーネもエミリーもルーシィも同じく頷いた。
四人は素早く馬車に乗って、向きをロマリアからカザーブの方へと向ける。
「それじゃ急ぐよっ。エミリー、お願い」
カナンの言葉に頷き、エミリーは馬にピオリムの呪文をかける。
馬車を引く二頭は賢い馬だった。呪文をかけられ淡い光に包まれると、自身に求められている事を悟ったのか走る意欲を見せるように鼻息を荒くする。
「それじゃ行くよ、パトリシア、ファルシオン」
手綱でぱしんと叩くと、二頭は解き放たれたかのように風のような速さでカザーブへと舞い戻っていった。