ガァン!
振り下ろされた斧が床を穿ち、その振動が床から足へと伝わる。
戦慄にどっと吹き出る汗を感じながら、アニスは恐怖する身体をムリヤリ内に抑え込んだ。
しかし胸の動悸は収まらず、呼吸が小刻みに震える。
盗賊カンダタは巨漢でありながらも、動きは意外に素早く、そしてその一撃は重かった――。
カザーブ西に広がる平原の先にはシャンパーニ遺跡があり、そこにそびえる物見塔がカンダタ盗賊団の拠点となっていた。
朽ちた遺跡の中で唯一その形を留める塔は、かつて在りし国が西の大陸から海を越えて攻め込んでくる蛮族達を監視するために建造した塔であり、その侵攻を止める最初の防衛拠点でもあった。
「国内の平穏を守る為の塔が、今はそれを脅かす盗賊達の拠点となってるなんて皮肉な話っすよね」
アリアハンの裏社会を牛耳る盗賊ギルドの長となるはずだった仲間は、とてもそうは思っていないような冗談めいた口調で言った。
捕らえた盗賊の一味からカンダタの拠点を聞き出した仲間――トウヤは、そんな感想を述べる。
「拠点としては町からやや遠いが、周囲のモンスターさえ何とかできれば隠れ蓑としては確かに悪くないな」
「海が近いので、海路を使えば大掛かりな取り引きも難なく出来そうですね」
事も無げに言う二人の仲間――ライドウとエヒルンの言葉に、アニスはひとり唸った。
アニスはカンダタを倒して王冠を取り戻すだけではなく、先日連れ去られたカザーブの村娘達も一緒に助け出したかった。
しかし海路を使われては手の出しようが無い。それでなくても数は圧倒的に相手の方に分があるのだ。急いで追ったところで返り討ちに遭うのは火を見るより明らかである。
普通に考えれば王国からの救援を待ってから行く方が良い。しかしそれでは遅すぎる。
状況はますます絶望的だった。
結局は、何もせず「座して待つよりは」と、アニス達は村人にいくつかの伝言を頼んでカンダタを追うことにした。
追って塔にたどり着いたアニス達は、数の圧倒的不利を改めて痛感し、身を隠しながら塔を目前に足止めを食う羽目になった。
その戦力差を攻略するため、トウヤは一計を案じてロマリアから手入れが来るという情報を盗賊団に流した。
「実力ある盗賊団ほど、こういった時の動きは早いんすよ」というのは、盗賊である彼の話だ。
成功する確率は半々程度だったらしいが、策は成功し、盗賊団の多くが翌日には姿を消していた。
もぬけの殻となった塔を登ると途中で村娘達を見つけ、それを解放した直後に逃亡しようと準備していたカンダタと遭遇した。
それによって敵の策に嵌められた事を悟ったカンダタは激高し、アニス達は全身鎧を着込んだ側近三人と共に戦いに入り、今に至る。
「ヤロウ……よくも、このカンダタさまを騙しやがったなっ!」
床を砕いて刃まで埋まった斧を力任せに引き抜き、カンダタは振り返ってアニスを睨みつける。
覆面で表情は知れないが、怒気を含んだその声からカンダタの心中は容易に想像ができた。
「覆面パンツだか何さまだか知らないけど……良い気味でしょ!」
カンダタの怒気に負けないようアニスも精一杯気を張って、いまいち会話が成り立っていない微妙な憎まれ口を言い返した。
恐怖に駆られながらもアニスは無理に間を詰めず、『攻撃』ならぬ『口撃』を繰り返しながら、ひたすら回避に専念する。
アニスは、ライドウに一夜漬けで教わった「体格差のある相手との戦い方」を必死に守っていた。狙うは必殺の一撃のみ。
身も凍るような痛恨の一撃が幾度も掠める中、アニスはそのタイミングを必死に探り続けた。
***
「くっ……」
鋭い痛みが肩を駆け抜けた。
身を翻して剣を避けたつもりだったが、肩口を浅く斬られていた。
「杖よ!」
痛みを堪える間もなく、エヒルンは杖を構えて火球を放つ。しかし鉄製の盾には通じず、火球はあえなく弾けて散った。
続けてヒャドを放つも、鉄の装具を身につけた男は意外な身のこなしを見せ、上手く呪文から逃れたり、盾で防いだりと完璧な防御を見せる。
唯一ギラだけが相手の防御をかろうじて打ち破れたが、しかし防御された上からの攻撃では、相手を倒すには不十分だった。
炎や氷などの、熱の上下による間接的な攻撃方法ではなく、もっと物理的で直接的な破壊力がエヒルンには必要だった。
全身鎧の上から盾で身を守った上で剣を振り回す盗賊に、エヒルンは成す術もなく徐々に追い詰められていった。
***
「うっわ……っち!」
トウヤもまた全身鎧の守備力に攻め手を欠いていた。
素早さは圧倒的にトウヤに分があるが、相手を倒すにはやはり攻撃力が全く足りなかった。
攻めて来る相手の足を刈り上げたり、剣を回避した直後に背中を蹴り飛ばしたりと相手を翻弄してはいるのだが、決め手に欠け、どう考えてもジリ貧だった。
相手に必殺の力が無いと見るや、全身鎧の男は捨て身のような攻撃を繰り返し、トウヤを徐々に追い詰めていった。
***
「むん……!」
敵の一撃を受け止め、その接点を中心に槍を回転させて、ライドウは石突を相手の側頭部へと叩きつける。
衝撃に相手の足がふらつくが、兜の上から受けたせいかダメージは軽く、倒すには至らない。
それを確認すると、ライドウは即座に相手の鎧の腹部を足で踏みつけ、押すように蹴り放つことで強引に距離を取った。
盗賊だけに技量は大した事は無い。しかし全身を包む鉄の鎧の防御力だけがひたすら厄介だった。
「くそっ……」
ライドウは歯噛みする。かつての自分ならば取るに足らない相手だった。
いかに全身を鎧で覆っていようとも、接合部の隙間を突けば、鎧など無きに等しい。かつての自分にはそれを出来る技量があった。
しかし未だ以前のような力は戻っていない。そのもどかしさに苛立ちだけが先行する。
相手を倒すには、まだまだ時間がかかりそうだった。