「バギッ!」
放たれた真空の刃は、今まさに渾身の力をもって振り下ろさんとしていた斧の柄を斬り飛ばした。
斬り離された刃は回転しながら放物線を描き、床へと突き刺さる。
「それじゃ……あと、よろしく……」
自分のやるべきことをやり終え、力尽きたエミリーは階段に倒れ込んだ。
「ご苦労さん。安心して寝ていいぞ」
「ギリちょんセーフね。間に合ってよかったわぁ」
「きゃはは、エミリーお寝むー」
三者三様の言葉を紡ぎ、倒れるエミリーの横からカナン達は現れ出た。
最初に見えたのは、丸太のような腕を振り上げた覆面パンツの大男。斬り飛ばされてただの棒になった斧を持ち、驚きに固まっていた。
アニスはその眼下で倒れ、その切り株のような大足に腕を踏まれて剣を取り落としていた。
駆けつけるのがあと二歩三歩遅かったらと思うと、カナンは安堵の胸をなで下ろす。
「おらぁっ!」
硬直によって生まれた一瞬の静寂は、ディーネの飛び蹴りによって破られた。
側面から攻撃を受けた鎧の男はもんどりうって床を転がり壁にぶつかる。それを合図に、驚きに固まっていた他の者達は動きを取り戻した。
「ふふん、苦戦してるじゃないかライドウ」
振り向き、ディーネは傲然たる態度で冗談めかした笑みを浮かべライドウを見下した。
しかし皮肉を聞き流して返したライドウの言葉にディーネの顔から血の気が引いた。
「すまん、装具の件も含めて借りておく」
「借りるなあっ! 必ず忘れろっ!」
力いっぱい主張するディーネを見て、過去によほど嫌なことがあったのかとカナンは苦笑する。
「エミリーの代わりぃいいい~!」
振り返ると、ルーシィが顔を真っ赤にして、エミリーの特注モーニングスター《アイアンメイデン》を引きずっていた。倒れたエミリーの代わりに、彼女の武器で攻撃するつもりらしい。
カナンは止めようとしたが、彼女がいつも指示を聞かないのを思い出して無駄と悟りあきらめた。代わりに、カンダタに《まだらくも糸》を投げつけて動きを抑制してから、鉄の槍を構えてアニスの救助に向かう。
「んんん……え~い!」
渾身の力を込めて肩から背負うように勢い良く振り上げた特注モーニングスター《アイアンメイデン》は、ルーシィの頭を飛び越えた。アイアンメイデンは、彼女の手からすっぽ抜けて宙を舞い、眼前に迫る鉄球に悲鳴を上げたカナンの頭上を掠め……カンダタの股間を直撃した。
尻から漏れたような奇怪な声を出して不動のまま悶絶するカンダタの姿を見て、鎧の男三人は急な展開に動揺した。
その隙を見逃さなかったディーネは間髪入れずに襲い掛かり、鎧の男三人を瞬時に蹴散らした。身動きが取れなくなった所を、とどめとばかりにエヒルンの奥の手であるイオが炸裂する。鎧の男達は悲鳴を上げる間さえも与えられず、圧縮された元素の爆発に飲み込まれ、崩壊した鉄の鎧と共に倒れた。
戦いは終わった。
縄に繋がれたカンダタは、意外にもあっさりと全ての罪を認め、金の冠を含む塔の宝物の全てを放棄した。
だが、カンダタにそぐわないしおらしい態度にはやはり裏があった。金の冠を確認するため目を離した僅かな間に拘束の縄を解き、気付いたときには塔から逃げ出していた。もちろん内股で。
「ちっ、逃げ足の速い」
そう漏らしたのはディーネだが、それほど残念がっているようには見えなかった。
彼女は王宮の戦士であり任務に忠実な頭の固い女性だが、まったく融通がきかない訳じゃない。ちゃんと戦士としての優先順位と冒険者としての優先順位を折衷して判断している。
今はまだ残されているという娘の解放と、無理をして倒れた仲間の体調を優先したのだろう事は容易に察しがついた。
エミリーはカザーブの村でひとまず重症の人だけに回復呪文を施し、休憩もそこそこに馬車の加速のため、救援に付いて来たのだ。魔力と集中力を使い果たし、ほとんど不休でかけつけて気力も体力も尽きていた。倒れるのも当然だった。常人であれば、ここまで来ることすら出来なかっただろう。
カナンは彼女の頑張りに感謝しつつ、その寝顔を見てふと想う。
このまま妖精の森の花畑にでも寝かせたら、どこからか白馬の王子様でもやってきそうだ、と。
その顔は、そんなおとぎ話に出てくる眠り姫にように可憐だった。
そんなエミリーを見て、カナンは決意した。特注モーニングスター《アイアンメイデン》の鉄球が、変態覆面男の股間に直撃したことは絶対に秘密にしておこうと。
「二度もカナン姉さんに助けてもらって、何てお礼を言って良いのか。本当にありがとうございました」
エミリーを背負って階段を登る横で、アニスがうつむきながら希薄な笑みを浮かべて馬鹿丁寧に頭を下げた。
「別に良いのよ。あ、でもさっき使った《まだらくも糸》代の35Gはお願いね」
「はいはい。カナン姉さん、やっぱり感覚ズレてる……」
代金を支払いながら、アニスは小さくため息をついた。
「そんなことないわよ。商人たるもの1ゴールドも無駄にしてはいけないわ!」
「そうじゃなくて……もういいです。とにかくありがとうございました」
そういってアニスは魂すらも流れ出てしまうかのような、大きなため息を吐いた。
「なーに、良いってことよ!」
暗い表情のアニスを励ますように、カナンは下町の言葉で景気良く答えた。