「もって一週間だな」
「いやいや、意外に一ヶ月くらい頑張るんじゃないスか?」
アニスの即位が決まった直後、城の東塔の一室に呼ばれたライドウ・トウヤ・エヒルンの三人は、大臣と先代のロマリア王から説明を受けていた。
今のロマリア王が遊び好きであること、今までにも思いつきで王位を譲るような事が幾度かあったこと、今ではそれが王特有のサプライズジョークとして定着していることなどなど。当初は、ジョークだと考えていたことが本当に即位の準備が進められ戸惑っていたところ、二人の説明によって、ようやく事態が飲み込めた。最も戸惑っているのはアニス本人に他ならないだろうが。
最後に先王から「息抜きの時間が欲しいだけだろうだから、お仲間さんが王をしている間は休養とでも思っておいてくれ。どうせ長くは続かんじゃろうて」と付け加えられた。
そこで、ならばアニスは何日で音を上げるかという話になり、ライドウは一週間以下、トウヤは一ヶ月程度と予想した。
エヒルンにとって、そんな予想はどうでも良かったが、今回の件は、つまり「休養」だということに内心で安堵していた。
体力的なこともあるが、旅が終わったわけではないことが、エヒルンにとって何よりも重要なことだった。
旅路において、たびたび足かせとなる未発達の体力は、エヒルンにとって最も痛い欠点であった。アニスが抜けてしまえばパーティーは解散となり、再びアリアハンに戻らねばならない。彼女のような特異な思考を持つ人物でも無い限り、おそらく自分を連れて行くような冒険者はいないだろう。魔法の玉によって、いざないの洞窟は通れるようになったとはいえ、エヒルンはまだひとりで旅をするだけの力も体力も無い。この未発達の身体では、仲間に頼らなくては旅すらもままならないのが内心で悔しかった。
とはいえ、仲間達といるのが嫌いなわけではない。戦闘力はさておき、アニスは普段から良く気遣ってくれていて、女として助けられている面もある。ライドウは、エヒルンの心中を分かっているのか、他人を責めるような深入りは一切してこない。トウヤはトウヤで日ごろ軽口を叩いているが、その実はライドウと同じで深入りはしてこない。このパーティーは仲間意識に欠けていると言えば確かにそうなのだが、それはそれで上手く行っているようにも思える。パーティーや仲間という"義務〟を全く感じないがゆえに、他人同士の集まりにありがちな窮屈さの無いところが、エヒルンは少し気に入っていた。
もし、いずれ解散することになっても、せめてひとりで旅が出来る力がつくまでは続けていたい。そんな願望を込めて、エヒルンは二人の話に乗った。
「では、勝手にまとめます。ライドウさんは十日未満、私は十日以上から二十日未満とし、トウヤさんが二十日以上ということで――」
言ってエヒルンはコインを一枚テーブルに置く。
「よろしいですね?」
問いかけるエヒルンに対し、二人もまたコインを一枚ずつ取り出すことで、肯定を示す返答とした。
彼女は必ず戻ってくる。
エヒルンは新王即位の式典終了後、夜の街を歩いていた。
アニスが音を上げるまで休養ということになり、その間に何をするべきかを考えた。
その時に、ひとつの推論を思い出したエヒルンは、式典に続いて開かれたパーティーの後、目的の人物を尾行しながら周囲に人気がなくなったところを見計らって声をかけた。
「ルーシィさん、少し……よろしいですか」
パーティーに出たワインで酔ったのだろうか、夜道をひとり千鳥足で歩むバニーガールは、紅潮した顔で振り返った。
「はにゃ~、えひるんひゃんじゃないれすか~。あたひにらにか用れふかぁ~?」
溝のある石畳を、恐ろしくヒールの高いパンプスで躓くこともなく普通に歩いているあたり、本当に酔っているのか、単に剛の者なのかは、酒の飲めないエヒルンには分からなかった。しかしルーシィという女性は、仲間の盗賊に似た、虚によって実を隠すタイプだと考えている。そしてかつて得ていた知識から、彼女の素性にひとつの予想がついたとき、やはり自分の考えは間違いではなかったと確信した。
「ルシア・W・ハミルトンさん……ですね?」
発した言葉にルーシィの目の色がはっきりと変わった。緩んでいた顔は紅くなければ酔っているようには見えないほど引き締まる。
同時にふらついていた足は止まり、猫のように歪めていた背も真っ直ぐに伸びて、バニーガールの格好をしていなければ、本当に遊び人なのかと疑ってしまうくらいに雰囲気が一変した。
遊び人とは思えない鋭いまなざしを向けられ、エヒルンは気圧されて無意識に足を半歩引いた。
「ふっ……なーんで分かったのかな? 今までエミリーしか気付いた人いなかったのに」
脱力したように肩を下げ、普段の舌足らずを装ったルーシィとは違う――おそらくは素であろう口調で、エヒルンの問いかけを素直に肯定した。
空気が抜けたように緊張が緩和した事を内心で安堵しながら、エヒルンは静かに口を開いた。
「あなたに、お願いがあります」
それから十日。
エヒルンの目の前には、笑いたいのか泣きたいのか全く判別の付かない奇天烈な表情で泣きじゃくるアニスがいた。
おおよそ人語とは思えない解読不能な言葉を発していたが、聞き取れた部分だけを取り出すと、「みんなに見捨てられたと思った」、「一人だけ置いていかれたと思って悲しかった」、「他に仲間を見つけて冒険に出かけてしまったと思った」とのことだった。
そのわりには十日で行ったとは思えないほど国政を大改造したようだったが、これは単に彼女が馬鹿正直なだけかも知れない。大改造にも関わらず国政はおおむね良い方向に進んでいるようで、大臣や王妃などは、アニスが王位を返上することに少々残念がっていたようにも見えた。
今いる場所、町の中央に位置するこの水場の整備も彼女の政策の成果だった。濁っていた水は透き通るほどに浄化され、石組みの囲いの修繕とその周囲に綺麗な芝を敷き詰めイメージの美化が図られていて、心なしか街の明度が上がったような気がする。彼女は戦闘よりも内政に向いているのかもと意外な事実を発見して、なんだか少し負けた気がした。
「十日か」
いつから居たのか、コインを指で上に弾きながら、ライドウは水場の囲いに座っていた。
「あ、ライドウさん……て、あれ。トウヤは?」
アニスは涙を拭いながら周囲を見渡すが、仲間の盗賊は見つけられないはずだ。
ライドウを見れば顎をしゃくってエヒルンを促している。彼に説明する気はないようだった。
「トウヤさんは、用事で今はいません」
言った瞬間、アニスの顔が驚愕に染まった。しかし理由を説明していく内に納得して安堵の息を漏らす。
彼は後々に面倒ごとを引っ張りたくないからと、以前に主張していた新旧の盗賊バコタの話を証明するためにカナンやディーネに付いてアリアハンへと行っていた。
「早めに事を済ませてすぐ戻る」と言っていたことも伝える。
「そっか。んー、まあ仕方ないね」
そう言って、アニスは少し寂しそうに笑った。エヒルンは、ときどきアニスの性格が分からなくなる。
のんきもの、せけんしらず、しょうじきもの、なきむし、さびしがりや、おせっかい、ロマンチスト、みえっぱり、うっかりもの、おっちょこちょい、いのちしらず、がんばりや、くろうにん、がんこもの、ねっけつかん……いずれにも当てはまりそうな気がするが、そのいずれにも当てはまらないような気もする。
「あ、でもでも。次の目的地がまだ決まってもいないのに合流場所とかどうするの?」
すでに頭は次の冒険に向けて切り替わっている様子から、とりあえず「単純」と曖昧に位置付けておいて結論は保留しておく。
常に理路整然とした理性的思考を目指しているエヒルンにとって、アニスは感情や衝動といった様々な刹那的要素が入り混じりすぎて、その根源たる論理が見えてこない。
「心配はいりません。次の目的地は決まっていますし、それを提案したのはトウヤさんです」
アニスは理由も聞かず納得したように頷くと、エヒルンの手を取って歩き出す。不意に引かれて足がもつれたが、杖を使って体勢を立て直す。
「それじゃ、その次の目的地とやらにレッツゴー!」
拳を天に突き上げ、ひとり張り切って歩き出すアニスを見て、ライドウが重そうに腰を上げる。エヒルンは再びアニスを分析しようと考えている自分に気付き、それをやめて嘆息した。彼女には分からない事が多すぎる。
次の目的地はノアニール。
トウヤが何を求めてその場所を指定したのかは分からないが、思い起こせば各々アリアハンを出たいと思っていたのには理由があったはずだ。きっとその事に関係するのだろうと考える。
エヒルンもまた自分の目的のために旅をしている。自身に限れば急ぐ必要はない。地道に力を付けていって、最終的に目的地へとたどり着ければ文句は無い。
「おい」
呼ばれて振り向けば、指で弾いたコインがゆっくりと弧を描いて飛んでいた。咄嗟に両手で掴むと、その意味を理解し、ライドウを見てひとことつぶやいた。
「賭けは私の勝ちでしたね」
受け取ったコインを握り締め、まだ遠い遠い未来に向かいエヒルンはアニスの背を追っていった。
【DQ3】勇者アニス伝説 第2章-勇者アニスとロマリアの盗賊- 完
【DQ3】勇者アニス伝説 第3章-勇者アニスと夢見るルビー-(仮)