【DQ3】勇者アニス伝説   作:びく太郎

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勇者アロン伝説 Episode-02

 独りには慣れていた。

 迫り来る火球を盾で弾き、それを放ったモンスター・ギズモに肉薄する。

「――ふんっ!」

 斬りつけた剣閃のみを残し、背後から飛び掛ってくるデスフタラッターやバリイドドックを翻った勢いそのままにひと薙ぎにした。

 真一文字に残された斬撃の軌跡と、表情に驚愕を貼り付けたまま硬直したモンスターが、俺の手ごたえの確かさを物語っていた。

 上下に分断されたモンスター達は俺の横を素通りして力なく地面へと転がり、追い討ちのギラで灰と化す。数は居ても所詮は雑魚。この程度は敵じゃない。

 俺は剣に付いた血を振り払って背中の鞘に収めた。

 

「大丈夫か?」

 俺は傍で身を寄せ合っている二人に声をかけた。

 一人は二十代前半と思われる気の優しそうな若い男、そしてもう一人はフードとマントで全身を覆っていて性別も判別できない……と言いたい所だが、隠してはいても身体の肉の付き具合や仕草で大体分かる。おそらく女だ。年齢も男と同じくらいだろう。

「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」

 男が俺の手を握って礼の言葉を述べる。適当にあいづちを打ちながら、俺はそこまでして自分を隠す必要のあるもうひとり人物は何者なのかを考えていた。

 直後、フードの女の後ろにギズモが発生する。

「あぶないっ――!」

 俺が剣を抜いて駆け出すのと、ギズモがフードの女にメラを放つのは同時だった。俺は伏せた女の横を疾風のように駆け抜け、放たれた火球を剣の腹で打ち払う。

 そして返す刃でギズモを斬り上げ、もう一体発生していたギズモも駆けた勢いそのままに、さらに踏み込んでもう一度刃を返し斬り下ろした。

 俺は周囲を見渡してモンスターがいない事を改めて確認し、二人の方へと振り向き――硬直した。

 

「ああっ、これはっ……その、なんでもないんです」

 先ほど散らしたメラの火が女に飛んでしまったようだった。女は火を消すためにフードを脱ぐしかなかった。

 俺に気付かれたのを見た男は、途端にフードの女を守るように立ちふさがった。しかし隠しても遅い。俺はもう女の正体を知ってしまった。

 人間にしては華奢な身体と透き通るような白い肌、そして何より長くとがった耳……見間違えるはずも無い。

「エルフ……か?」

 その言葉を聞いて男はその場に力無くへたり込んだ。どうやら知られてはいけなかった事を知ってしまったようだ。

「う、うあああああ……!」

「――っと」

 男が唐突に俺に襲い掛かってきた。しかし明らかに戦い慣れていないヘナチョコ攻撃を受けるほど、俺は間抜けじゃない。

 殴りかかってきた男を逆に極めて後ろ手に締め上げ、地に押さえ付けた。そこで諦めたのか、男の身体から力が抜ける。

 悪い奴には見えない。恩を仇で返すつもりもなかっただろうが、男は何かの強い想いに突き動かされているように見えた。

「お待ち下さい。私はどうなっても構いません。その代わり、その人を助けてあげて下さい」

「そんな――! それを言うのは僕の方だ」

 おいおい。勝手に話を進めるな。これじゃあ、まるで俺が悪者みたいじゃないか。俺は大きくため息をついて手を放した。

 

「変な誤解をするなよ。俺はその男が襲いかかってきたから取り押さえただけだ。別にその男を殺しても俺には何の得も無いし、それと俺はエルフにも興味は無い。あんたらに何か事情があるのは察しがつくし、それがどんなものかも今ので大体分かった。先に言っておくが俺はそれを邪魔する気は無い」

 俺はそう言って魔法の袋からアイテムをひとつ取り出し、それをエルフの女に投げ渡した。

 急に投げられてビックリしたのか、エルフの女は両手で大げさに抱きかかえるように胸でキャッチする。

 そして受け取ったアイテムを見て、その魅力的で大きな目をぱちくりと瞬いた。

「これは……毛皮のフード?」

「そいつをやる。さっき燃えたものより小さいから顔は隠せないが、そのエルフ特有の耳くらいは隠せる。しかも一般的な装備だから、下手に全部隠すよりは怪しまれにくいだろう」

 二人は驚いたように目を丸くしたと思ったら、急に土下座しながら地面に額をこすり付けるような勢いで深々と礼をする。いや、そんな大したものじゃないんだが……何だか調子狂うな。

 話を聞けば、二人は種族を超えた恋をしてからというもの、両方の種族から厄介者扱いされ、人にもエルフにも優しくされたのは実に久々だったらしい。

 人はエルフを見れば、その美貌と光の妖精がもつ高潔な輝きに邪な思いを抱き、エルフは人間を見れば、森を汚し妖精族に仇なす存在として忌み嫌う。そんな中を右往左往する日々に疲れ、二人は逃げ出してきたという。

 だが、何の計画性もなく飛び出してきたせいで途方に暮れてしまい、心身ともに疲れきっていたところをモンスターに襲われ、そこを俺が助けたということらしい。

 女はエルフ族のアン、男はノアニールのアレクスと名乗った。

 

「旅の御方、お急ぎのところ申し訳ありませんが、もう少し私達の話に付き合ってもらえないでしょうか?」

 やれやれ、やはりこんな展開になるのか。仕方ないな。俺は大きく息を吐いた。

「最初に言っておくが、俺に相談しても何の解決にもならないぞ。答えというのは常に己の内にあるものだ。もうお前達にはその答えが分かっているはずだ。そうでなければ二人で逃げ出そうなどと思わない。要は、その決断を下し、それを貫く勇気と力を育て上げ、最期まで揺るがずに信じることが出来るかどうかだ。だが……どうやらお前達は信じるものが揺らいで迷ってしまったようだな」

「――――っ!」

 二人は同時に息を呑んだ。こんな顔を俺は知っている。

 相手の身体に痛みも感じさせず、不意に剣を突き立てると人はこんな顔をする。驚きと戸惑い、そして悲しみと絶望……そんな感情が入り混じった顔だ。

「は、ははは……何も言ってないのに全部お見通しなんですね。そんなに僕達の顔に出ていましたか?」

 アレクスは俺に投げかけたかった質問の答えを全て先に言われたせいか、自嘲気味に乾いた笑いを漏らした。

「……いや、俺も旅して結構経つからな。人はたくさん見てきた。話も色々なものを聞いた。分かったのはそういうことだ」

 

「旅の御方、無茶を承知でお聞きします。ぶしつけですが、人間とエルフとが手を取り合って生きることは出来ないのでしょうか?」

 アンが食い入るような視線で質問をぶつけてきた。その目は宝珠のように美しく、そして身に留まりきらない想いが瞳の中で大きく揺らいでいた。

「俺は神でも賢者でもない。そんな質問に答えられるわけないだろう。それを俺に問うのはお門違いだな」

 俺の言葉を聞いて、二人はあからさまに気落ちした。それでもきっと、まだ希望があるというようなことを言って欲しかったのだろう。

 ふざけるな、俺は神父じゃない。都合の良い言葉面だけの気休めなど反吐が出る。勝手に気落ちしてろ。

「そうですよね……やっぱり僕達にはどこにも居場所がないのは分かっていたんです。もう道が無いのならいっそ……」

「アレクス……」

 失望に気落ちするアレクスの言葉に、アンは悲しげに瞳を揺らす。アンも同じ気持ちなのだろうことは容易に想像できた。

 しかし……俺の方は逆に内に燃え上がるものを感じ、気が付けば拳を握り締めアレクスを殴り飛ばしていた。そして返す拳でアンも殴りそうになって、あわてて止める。

 代わりにアンの胸倉を掴み、アレクスの方へと投げ放した。

 

「お前達のしていることは単なる逃げだ。立ち向かった問題が予想以上に大きかった事に恐れをなして、ただそこから逃げているだけだ。エルフと人間が共存などと大層なことを言ったところで、そんなものは所詮、自分達が思うような結果を出せないことに対する言い訳に過ぎん」

「言い訳――?」

 頬を押さて半身を起こしたアレクスが驚いたように俺を見上げる。

「お前達のやりたい事はなんだ? エルフという種族と人間という種族が共存することか? 違うだろう? 何かを失う覚悟無くして、何かを成すことが出来るとでも思っているのか? 自惚れるな」

「自惚れなんてそんな――」

 アンが反論を試みるが、俺はそれを許さない。こいつらは根本的な勘違いをしている。

「してないと言うのか? 種族を超えた自分達の恋愛を成就させるためだけならば、何を人間という種族とエルフという種族が共存する必要がある? お前達二人で好きなところに行って、好きなようにしたら良いだろう? だが、お前達は自分という種族――人間やエルフという種族を捨ようともせず、また自分達の想いとその種族との両方を失いたくないなど、成就するには果てしなく困難な道を進もうとしている。だが、お前達にその茨の道を歩むだけの覚悟があるのか? 信じる道に迷って逃げだしてしまうようなお前達に、その両方を失わず自分達の想いを成就させるだけの信念があるというのか? いいや無いね。課せられた問題の重さに恐れをなして逃げてしまうくらいなら、もっと分相応の想いを抱け。想いを成就させる覚悟も、貫き通す信念も無いクセに欲張って両方取ろうとしている事の、どこが自惚れていないと言うつもりだ。笑わせるな!」

『あ……ああ――――!』

 俺の言葉に二人はその場で涙し、崩れ落ちた。しかしこれで終わると思ったら大きな間違いだ。まだまだ言い足りない。

 

「言っておくが、別にその為に全てを失えと言ってるわけじゃない。それだけの覚悟を持たなければ、今のお前達のように、信じていたはずの道を迷うことになると言ってるんだ。全てを捨てる覚悟があれば、人間大抵の事は成せるはずだ。もちろんエルフでも同じだ」

 絶望に肩を落としていた二人は顔を上げた。

「明確な目的意識と不疑の信念さえあれば、たいていの事は成せる。お前達に足りないのは覚悟だ。戦う覚悟! 耐える覚悟! 傷つく覚悟! 傷つける覚悟! 未来を切り拓く覚悟! 過去を変える覚悟! そして捨てる覚悟! 信じる覚悟だ! お前達には全てが足りない。こうして種族を捨てて逃げてきたはずなのに、欲張りなお前達はやはり捨てきれないでいる。だからその矛盾に信じる道を迷う。当たり前だ。だから何も成すことが出来ない。それは捨てる覚悟が無いからだ。信じる覚悟が無いからだ。そんな気持ちで何かを成そうなどと……絶望しようなどと思うには百年早いっ! そもそも何を以って人に居場所を求めているんだ? 居場所を作るのはお前達自身だろう? それとも何か? 誰かが作ってくれるのか? 違うだろう? 居場所が無ければ自分達で作れ。強い想いと信念さえあれば、たとえ受け入れられない結果になろうとも二人だけでも生きていけるはずだ」

 そう、こいつらには全てを捨てた先に最後の逃げ道がある。全てに受け入れられなければ、二人だけで生きていくという道が。

 だが俺は――。

 

「あうっ……えうっ……ああぉうっ……」

 気が付けばアレクスが地面に四つん這いになって号泣していた。その隣ではアンも声にならない嗚咽を漏らしている。

 しまった……つい、熱くなって言い過ぎたか。言ったことに後悔は無いが、もう少し抑えるべきだったかも知れない。

 俺は眼下で泣き崩れていた二人を見て、どうフォローしようかと頭を少し掻いた。

「すまん、言い過ぎた。俺も気楽な旅――というわけでもないからな。それもあって、つい熱くなった」

「いえ……良いんです。あまりにもその通り過ぎて、ひと言の反論すら僕には出来ませんでした」

 アレクスはあふれる涙を拭いもせず答えた。そして同じく涙をこぼしているアンと見つめあい、お互いの傷を癒しあうかのように抱き合った。

 それからしばし俺が居心地の悪さを味わったあと、ようやく落ち着いたのか二人は泣き腫らした目で立ち上がった。

 

「ありがとうございました。ハッキリ言われて現実が見えてきました。僕達は何をしたいのか……何をするべきなのか。まずはそこから改めて考え直そうと思います」

「そうか。それがいいだろう。迷いを残した半端な心で成せるような問題でもなさそうだしな」

 どうやら俺の言葉は、闇の中を彷徨う二人の心に小さな火を灯せたらしい。言い過ぎたと思っていたから少しホッとした。

「私達は――まだ答えを出すには早すぎるのですね。僅かな障害で挫折して逃げた私達が、その程度で全てをやった気になって答えを出そうとするなんて……なんて傲慢な考えだったのでしょう」

 アンの言葉に俺は強く頷いた。

「そうだ。そもそも障害があることなんて最初から分かっていたはずだ。だが、その障害がいざ目の前に迫ると恐れて逃げる奴らも多い……今のお前達みたいにな」

 言われて責められた気がしたのか、二人はうつむいてしまう。

「正直、まだ迷いはあります。ですが、その迷いと向き合う決意は出来た――と思います」

 隣でアンが無言で頷く。その表情に迷いは残りつつも、どこか先ほどよりも覚悟が固まっているように見えた。

 

「旅の御方、私達の話を聞いてくださってありがとうございました。私達にはまだ出来ることがあるような気がしてきました」

 別れの間際、そういってアンとアレクスは深々と頭を下げた。

 言いたいことを俺ひとりでまくし立てただけのような気がするが……まあ、彼らが俺の言葉から何かを得たのならそれで良いだろう。

「これからどうするつもりだ?」

 アレクスは俺の言葉に空を見上げ、笑顔で答えた。

「……そうですね。ひとまずカザーブの村で頭を冷やして、迷いと向き合ってみようと思います。それから何をするか、改めて考えてみます」

 人生に疲れた人間が見せる希薄な笑顔だったが、何かを振り切ったことによる良い意味での諦めの表情にも見える。

「そうか。俺は旅を続けなければならないから、それを見届けてやることは出来ん。まあ、月並みな言葉だが……頑張れよ」

 そう言って俺は二人に背を向けようとした……が、最後に言いたいことを思い出して思いとどまった。

「アレクス、アン。俺からひとつだけ希望があるように思える餞別の言葉を送ろう」

「希望が……あるように思える?」

 アンは小首をかしげた。

「アン、お前は先ほど人間とエルフが共存できないのか――みたいな事を言ったな? 共存が出来るかどうかは俺には分からない。しかし互いに分かり合うことは出来るはずだ。なぜなら、それは今お前達がこの場にて手を取り合っていることが証明している。お前達が互いを信じている限り、その事実は揺らがない。目の前の反論や拒絶に惑わされるな。どんなに否定されようとも、それはお前達が手を取り合っている現実を変える事は出来ない。誰にもその領域を侵させなければ、きっと迷うことは無いはずだ」

 そう言って二人の反応も見ず、俺は背を向けた。

 極端な理屈だが間違ってはいない。この言葉で決意を促すことができれば、彼らはきっと何かを成せるだろう。

「あのっ、旅の御方。お名前を……お名前を伺ってもよろしいですかっ――!」

 背からアンの声が聞こえた。俺は振り向かずに答える。

「俺の名はアロンだ。魔王バラモスを倒し、世界に平穏をもたらす――勇者アロンだ!」

 

 この後、二人はエルフの女王の偏見と誤解から発生した呪いを、自分達の命を以って解く事になる。

 この事を知ったのは、かなり後になってからだが、俺は少なくとも二人が絶望から死を選んだとは思わない。

 互いを信じ、そこに不疑の決意があったからこそ生まれた最後の選択であったはずだ。

 多くの者は二人が死んだことを不幸な事実として悲しみを抱くだけだろうが、俺だけはそこに揺るぎ無い信念と決意があったことを信じてやろうと思う。

 なぜならば、彼らもまた『種族』という強大な敵に立ち向かった勇者だったのだから。

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