黒咲瑠璃に転生してしまった…… 作:絶望神サガ
4月上旬。
私、黒咲瑠璃は幼稚園というフィールドを卒業し、新たな領域に挑んでいた。校舎に入った私は、靴を脱ぎ、下駄箱で下履きに履き替える。
「じゃあね、兄さん」
「ああ」
登校初日ということもあり、付き添ってくれた兄さんと私は下駄箱の前で別れた。兄さんは階段から二階に上がり、私は逆に階段に上らずにそのまま一階にある教室に向かう。彼は4年生、私は1年生。そこには上級生と下級生という、圧倒的なまでの差が存在するのだ。
上級生の兄さん曰く、小学校というのは厳しい場所であるらしい。お昼寝など無く、宿題なる試練を毎日のように課してくる。さらに、一緒に玩具で遊んでくれる優しい先生もいないのだと。また生徒同士でも、スクールカーストなる無慈悲なる過酷な生存競争を生き抜かなければならない。諦めたら、それ即ちクラス内での存在感が0に等しくなるのだとか。
なんと過酷なフィールドだろうか、小学校。
私は、兄さんが小学校の過酷さを語るのを聞いて、心の底から震えあがったのを今でも覚えている……
……嘘だ、そんなわけ無い。兄さんのことだ、きっと心配から言ってくれたのだろうが、前世の記憶でちゃんと義務教育を終えている私にとってそのことは既習済み。
小学校というのは生き残りをかけたフィールド。口という武器を持って、柔軟に戦わなければ生き残れない!
先人たちの血涙で形成されたロードを、私はオチオチ甘んじて歩く訳にはいかない。
教室に向かい廊下を歩いていると、『みんな仲良く』と明るい文字で書かれたポスターが張られているのがあった。それすなわち裏返せば、みんな仲良くできていないので、仲良くなろうね、ということだ。だが誰とでも仲良くなれるわけはない。人間、相性というものがある。
しかし軟弱者は容赦無くボッチという形で排他される、それが小学校という場だ。だから私は、至って自然を装いながら廊下から遂に到達した教室の扉を開け、教室に堂々と入る。
「おはよう、黒咲さん!」
すると、先に来ていた私の隣の机に座っている生徒から、挨拶の言葉が投げかけられた。ここだ。彼女は今、私という人間が友達とするに相応しいか、値するか、適切か、という値打ちをしている。
ここが、彼女と私の友情が芽生えるかどうかの分水嶺。友情というのは、会話の中で成熟していくもの。だから、こう返してみる。
「……おはよう、九十八さん。朝から元気だね?」
すると一瞬、彼女の目が見開かれたのが見えた。……私の計算は、彼女の上をいったということか。彼女は、自分の名前を憶えている者などいないと確信していたのだろう。凡そ、名前を聞かれると踏んで、そこから自己紹介、友達になる誘導という感じだろう。だがそうはいかない。クラスメイトの名前、覚えておいてよかった。
「もっちろんよ!今日からはじめての授業なんだから、張り切っていくわよ」
彼女は一瞬動揺を見せたが、話題を振ったのが功を奏したか何事もなかったかのように返事する。そう、それでいい。私はただ、そう、と一言だけ言ってランドセルを机の上に置き、教科書と方眼紙のノートを机の中の引き出しに次々と投入していく。
「ねぇねぇ、黒咲さんってこの学校にお兄さんいるんでしょ?」
「よく知ってるね、今4年生。どこで知ったの?」
隣から諦めまじ、と九十八さんから声がかけられるが、私はあえてカウンターを仕掛けてみた。どこで兄さんのことを知ったのか、そこまでリサーチしても私と話したい理由とは何か。
「ええと……入学式の時よ、帰りの会が終わった後にお兄さんのとこに行ってたでしょ?」
彼女は一瞬詰まってから答える。それで兄さんがこの学校の生徒、と結びつけるのは無理があると思うのだが。他校の生徒かもしれないのに、彼女は何故まるで以前から知っていたかのように話すのだろう?
「そういえばそうだったね。ところで九十八さんは兄弟とかいるの?」
まぁ私には関係の無い話だ。いくら根掘り葉掘り聞いたところで不快感を示されるだけ。私が話題を逆に提供すると、彼女はチャンスここに得たり、と言わんばかりに話し始める。
「ええ!弟がいてね、去年生まれたんだけど、これがお父さん譲りなのか最近変な髪形になり始めてね、どうにか──」
捲し立てるように話しかけてくるが、うん。悪いけど正直あまり興味をそそられるような話ではない。
「ふうん。それでそれで?」
「それでね、私お母さんに言ってやったのよ……これは塩じゃなくて砂糖だ、ってね!その時のお母さんの驚き顔って言ったら──」
なんか気が付かないうちに話が彼女の弟の話から、彼女の母親の料理失敗談にすり替わっているような気がするが、気にしない、気にしない。
「へーっ、みりんがそんなところにあったんだね。そりゃ醤油で誤魔化すわけだ」
「でしょ!?」
……正直、これを友達と呼べる人間はいないだろう。このままだと、ただの話し相手というだけだ。前世、男だった時は軽いノリで行けたんだが。女の場合、友達ってどうやって作るんだろう。
男子がバカをやり、それを女子が咎める。そんな構図が前世の小学校では日常茶飯事だった。多分今世もそれは大して変わらないだろう。それによくよく考えれば、小学校の時の男子と女子ってクラスメイト同士でもバチバチにやりあうほど性質が違ったような。
っていうか、女子って男子以上に仲間意識が強い存在だったような。女子会とは言うけど、男子会とは言わないよね?
あれ?
今更気づいたぞ。
私、実のところ女同士で友達作る方法知らない?
#
時刻は八時十五分を回った。
「皆さんおはようございます、授業初日ですね!名前を読み上げますので、元気よく返事してくださいね!」
機を見計らったかのように教室に先日同様担任の先生が入ってきて、点呼を取り始める。
「黒咲瑠璃さん!」
「はい」
前の席の子が挙手しながら返事をしたのを見て、私も習うように挙手して返事をする。
「
「はい!」
彼女の番が来ると、彼女はビシッと腕を伸ばして返事をする。珍しい苗字だが熟字訓、というやつらしい。九十九であれば百に一つ足りないからつくも、九十八なら百の二つ前だから百に二つ足りない、よってにたらずと言うらしい。なんでそんなトリビアを知ってるかって?
『……面白いな、人間の友情なるモノは。どうせ6年経てば大半が消えるだろうに、何故そこまで情熱を燃やせる?』
はい、e・ラーがついでに教えてくれました。
『いきなり呼ばれた時は驚いたぞ。女同士の友達の作り方を教えてくれ、なんて言われたらさらに驚いたわ』
驚愕の事実に気づいた後、慌てて私は女子トイレに駆け込み、私の精神世界で寝ていたe・ラーを起こして聞いたのだ。彼女は曲がりなりにも元・希望を絶やすべく地球を観測していた神。であれば、友情の作り方くらい知っているだろう、という推測の元聞いたのだが。
『まずは話しかけろ。成熟して完成してしまう前に、グループに割り込め。そして、自然と溶け込むように話しを合わせろ。これで大半の人間は一定の友情を感じるようになる』
『瑠璃は男子であったから難しいと感じているかもしれないが、女子の場合も割と簡単よ。相手の話にただ頷くだけでよい。そして、機会があれば持ち上げろ。わざとらしく言うのも良いな。これだけで相手は優越感を得られ、お前を優越感を与えてくれる人間として友達判定してくれる』
『何?優越感だと下で見られている感じで嫌だと?無理を言うな、友達は一瞬にしてできるわけではない。一概に友達といっても段階があるのだ、仲を深めていく中で対等に位置調整を調整すればよい』
割と正論というか、当然な回答が返ってきた。そういうものか、と言うとそういうものだ、と返ってくるのでこれが困るのだ。
『いささかお前は友達、なんてものを神聖視しすぎでは無いか?別に友達なぞ居なくとも、人間は生きていける。それに楽しいなんて感情、今の時代では自分で幾らでも創造できる。むしろ諍いの元となりうる、そのような危険性まで孕んでいて、無理に友達を作る必要は無いだろうに』
e・ラーはあまつさえ友達不要論まで唱えだした。確かに言っていることはおかしくないし、理解できる。
だが、それで納得とはいかない。心配するであろう親や兄さんという存在も確かにいるわけであり、また私としてもボッチは寂しいのだ。
小学校は集団で過ごす場。班分けやチーム分け、ペアの作成など、絶対的に友達がいたほうが有利であり、友達がいなければ惨めな思いをせざるを得ない機会がどうしても存在する。
『それに第一、我が居ろう?』
瑠璃の寂しさ辛さ、全て消し去って見せようと言わんばかりに彼女は胸を張って言うが、それはちょっと違う気がするので無視しておいた。
『何!?我が唯一たる、瑠璃のパートナーではなかったのか!?』
e・ラーが驚愕の顔に染まるが、そんなわけは無い。パートナーではあるが、唯一だなんて一言も言っていないはずだが。
「分かった、分かった。じゃあ、一人親友を作る。それだけでいい、せめて同じクラスメイトで頼れるような、そんな友達を一人は作りたい!」
『何?親友だと?なんだ、多人数の友人を作ろうとしているのだと勘違いしてたわ……』
私が人差し指を立ててe・ラーに言うと、彼女は少し考えた後、私にこう言ってきた。
『ふむ、一人だけ瑠璃の手に堕とす……簡単な方法があるだろう?』
手を顎に当てたまま、e・ラーはさも当然かのように言ってくる。どうでもいいが小学校のトイレの天井は割と低い。トイレの個室でe・ラーの巨体がどう収まっているのかと思うかもしれないが、そこはご想像にお任せする。
「簡単な方法って?」
兎も角、私はその真意を知るためe・ラーに聞く。すると、彼女は頷いて言ってきた。
『ああ。デュエルすれば良かろう』
その手がありましたか。スッカリ忘れてましたよ。
……忘れかけてたけど、この世界って、遊戯王の世界だったね。