黒咲瑠璃に転生してしまった…… 作:絶望神サガ
身体を失ったe・ラーの放つ、悪意を纏いし黒い粒子の束。それが一際濃く、確実な殺意へと変貌し、牙を剥くように私の前を庇うようにして立つ兄さんへと一直線に飛び掛かった。
「兄さん、危ないっ!」
その禍々しい奔流を前にして、私の体は思考よりも先に動いていた。
「瑠璃……!?」
さっきから訳が分からないけれど、兎にも角にも兄さんだけは失うことなんて許せない。その一心だけで、私は全力で兄さんを突き飛ばし、その身代わりとなる。
「瑠璃ぃぃぃ!!!」
叫びと同時だった。直後、ドス黒い粒子の濁流が、私の胸へと物理を完璧に無視して一気に雪崩込んできた。胸板を透過するようにして、絶望神が私に侵入してきた。
息が、止まる。
血管の中に直接氷水を流し込まれたような極寒の悪寒と、全身の細胞が内側から引き裂かれるような激痛が駆け巡った。
(あ、これ、絶対やばい奴ッ──)
己の存在が根本から書き換えられていくような圧倒的な異物感が、全身を縦横無尽に駆け巡る。平衡感覚どころか指先の感覚までもが完全に失われ、視界が急速に反転していく。先程まで立っていた無機質なタワーの風景が、まるで脆いガラスのようにパリンと砕け散っていった。
暗転。
兄さんが、倒れたであろう私を揺さぶる。口元が動いているのが見える。おそらく、心配してくれているのだろう。
だけど、もう手遅れだ。視界が暗くなり、同時に激しく揺れる。
私の見ていたさっきまでの世界は、崩れ去った。
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次に意識が浮上した時、私はどこにいるのかすら分からなかった。目を開くと、そこは光も音も存在しない、純白の領域だった。だが、視界を真正面から左右に凝らしてみれば一変。そこには、純白の領域を侵食するように暗闇が蠢いていた。
ただの暗闇ではない。見るからに存在そのものが重く、ねっとりとした陰鬱な気配で満たされているのが分かる。
「クハハハ!愚かな娘め、自ら神の器となるとはな!」
空間を震わせるような哄笑とともに、深淵の闇の奥底からe・ラーが悠然と姿を現した。肉体を失い精神体となり、命からがら私の中に入り込んできたというのに、その姿から発せられる威圧感は、現実世界で対峙した時の比ではない。精神と精神が直接触れ合うこの空間において、奴の悪意は私の魂を直接削り取ってくるようだった。
当然だ、彼女は私を恐らく、代替品の肉体として利用するために乗っ取ろうとしているのだから。このままでは私の意識も存在も、すべてこの巨大な絶望の神に塗り潰されてしまう。自分が自分でなくなっていくという恐怖が、足元から這い上がってくる。
黒咲瑠璃に転生して6年。
6年という年月を経て、私は悲劇のヒロイン未満のちっぽけで、同情すらも舞台装置として消費されてしまう存在であるということを少しずつ、ほんの少しずつ受け入れて、克服してきた。無知は罪とはよく言うが、中途半端に知っていることはもっと重罪だと思い知らされた。
「だが、光栄に思うが良いッ! この神たる我に、肉体を受け渡すのだから!!」
だけど、そんな絶望を乗り越えて身体もある程度成長して取り回しが効くようになり、行動を開始した次の瞬間にこれだ。絶望を兄さんという寄り添える場所で誤魔化して、向き合ってみようとした瞬間に絶望を体現する神が目の前に現れた。どういう悪趣味だこれは。
同時に、ふざけるな、と腹の底から怒りが湧き上がった。私は自分の運命を変えるためにここへ来たのだ。ユーリに拉致され洗脳されるという皮肉を込めて言えばシナリオ通り、かつ兄さんにとって最悪の未来を回避する以前に、こんなところで得体の知れない漫画版ZEXALの神に乗っ取られてたまるものか。
「……ム? 足掻くと言うのか?」
「当然。例え相手が神だろうと、兄さんの許可無しに勝手に私自身をプレゼントするなんて奉仕精神……持ち合わせてなんてないからね」
もはや恐怖をも怒りが超越していた。自分があんまりにも哀れで仕方なく、そして許せない。そして今、私の目の前にその許せない状況をさらに引っかき乱そうとしている神がいる。
恐れを無理やり破り捨てるように、私は脳内で強くイメージを滾らせる。虚無の空間にまばゆい光が集束し、私の左腕に輝くデュエルディスクが構築されてカシャンと装着された。
なるほど、読み通り。分かった、ここは私の精神世界だ。
どういう原理なのかは分からないが、全身からの感覚、そして直感がそうと告げていた。e・ラーは私の精神世界を乗っ取り、主導権を得て、肉体の支配権を獲得しようとしている。ならば、私の意志こそがこの空間の理になるはずだ。同時に、鋭い光の刃が展開され、空気を切り裂く。
「無知は冒険へと駆り立てるか……良いだろう。それこそが人間の愚かさであり儚さの原動力! だが、それこそが絶望への始点よ!! 貴様の魂を喰らいつくし、貴様の肉体を我がものとしてくれる!!」
私が戦う意思を示すと、e・ラーも同様にどこからかデュエルディスクを出現させ腕に装着する。やはりだ、やはりe・ラーは私の魂を消し去って新たな肉体を獲得しようとしている。当然、断固拒否。
「渡すわけないでしょうが! 私が勝って、私が生き残る!! どっから現れたのかは知らねぇが、死ぬ運命を受け入れろ、e・ラー!!」
そもそも、あなたはZEXALのキャラクターなんだから、場違いなARC-Vのこの世界からさっさと退場してもらうのがこの先の未来にとっても安心であると私は確信していた。如何に遊戯王特有の超展開であろうと、それはそれ、これはこれである。
「そうか……あくまで我に歯向かうと言うのだな? その不敬なる反逆の眼……腹立たしいっ!!」
漆黒の中でe・ラーの目が赤く燃え上がった。神の怒りが物理的な衝撃波となって私の頬を打つ。
「さぁ、構えろ。貴様の胸に灯る覚悟を、ここで示して見せろ」
「覚悟はできた……やろうか」
「貴様如き小娘、希望を殺し胸の覚悟を絶望に染め上げるなど容易きこと。その覚悟こそが我の前では傲慢と知れ!」
お互いの闘志が衝突し、空間全体にデュエルの開始を告げる声が響き渡った。
「「デュエル!!」」
瑠璃 LP 4000 / e・ラー LP 4000
しかし、初戦がラスボスというのは何ともハードルが高いな、と私は内心振り切ったように落ち着いて、目の前の敵に勝つべくデュエルディスクを構えた。
神にだって理論上は勝てるゲーム、それが遊戯王だ。