黒咲瑠璃に転生してしまった…… 作:絶望神サガ
「私の勝ちだ、絶望神!!!」
私が会心の一撃を叩き込むと、絶叫と共にe・ラーの巨体が弾け飛んだ。現実世界で見た時と同じように、彼女の身体は辺から辺へとドス黒い粒子へと分解され、天井の見えない漆黒の虚空へと段々と、ボロボロと舞い上がっていく。
(イ、嫌ダ……我ハ、消エルトイウノカ……!?)
その姿は、先程までの神としての威厳など見る影もないほどに惨めだった。声は、先ほどまでとは異なりノイズが走り変質したものに変っていた。今度こそ、消滅するということか。
(流転ニ次グ流転ノ末、憎キアストラルノ封印カラ脱出シタトイウノニ!)
アストラルの封印から自力で脱出していたんかい。で、それに力のリソースを注ぎ込みすぎて見るも無残な血まみれな状態になってしまったのか。
(復活スラ遂ゲラレズ、我ガ現身トモ言エル絶望神ヲコケオロシタ小娘ニ、我ハ消エル……!!)
どれだけアストラルは厳重に守っていたんだ、と思いつつも私は這いつくばるe・ラーを見下ろす。満身創痍を超えた満身創痍、目の前に立っていても、先ほどのような恐怖は一切感じられない。寧ろ、哀れという感情すら浮かんでくる。
(コノ、コンナ、小娘ナドニィィィィ!!!)
その目は生の願望に完全に支配されていて、だけれどその身は今にも崩れて消えてしまいそうで。
本気で哀れんでいる訳じゃない。この神は、完全な悪役だ。歴史を裏側から操り、数えきれないほどの不幸を巻き起こした漫画版ZEXALのあらゆる悪意に基づく出来事の元凶。
知らない人に分かりやすく言うならば、漫画版だとフェイカーは死んでいる。そして、その理由は遠因とはいえやはりこの目の前のe・ラーなのだ。
「……ねぇ」
消滅の恐怖に顔を歪ませ、無様に虚空を掻き毟る神。その見苦しい足掻きを見下ろしながら、私は冷ややかに声をかけた。e・ラーはその言葉に、一瞬希望を抱き目の前の私を見るが。
「消えるんだったら、サッサと消えなよ」
救う?私が?私は救ってほしい側の人間なのだが。希望は切り捨てろ、あなたは絶望神だろ?
(キ、貴様ァァァァァ!)
残り少ない粒子を逆立てて飛びかかろうとしてくるが、既に決着はついている。精神世界での主導権は完全に私にあった。
「おっと、暴力はいけない」
(チッ……!)
私が身体を横にずらすだけで、見えない壁に弾き飛ばされたようにe・ラーが惨めに床へ転がる。e・ラーは腕を床に立てて、身体を起そうとする。下半身は既に大半が消えている。顔を私に向けて、殺意しか籠っていない眼光を私にぶつけてくる。
「神でもそんなに意地汚い生の願望があるんだな。だが残念。私はデュエルに勝利し、肉体と精神を完璧に維持する」
私は、そんな表情の彼女を見下ろしながら歩き、近づく。
「ですが、かたやあなたは血まみれで現れ、私と無理矢理この精神世界でデュエルし、挙句の果てに負けた……その結果現実世界の肉体は愚か、己を構成する精神さえも消失する……随分と差がついてしまいましたねぇ?」
(何ガ言イタイ!!)
ギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえてきそうだ。こんな小娘、と侮っていた。有象無象と確信していた、自身の威容を持ってすれば簡単に肉体を得られると思っていた。だけど、悉く目論見は打破された。こんな、自分の威容から見れば及びもしない有象無象の、小娘に。
まさに今、彼女は自身の信じて疑わなかった自尊心さえも崩れそうな感覚に襲われていた。そんな絶望神の顔を、覗き込んで。
「悔しいでしょうねぇ」
私はとびきり意地悪く微笑んでみせる。
(フザケルナァァァァ!!!)
激昂する彼女だが、もはや上半身は胸元まで崩壊し始めている。そこに加えて、かろうじて残っている粒子が身体の原型を維持しようと蠢いているだけだ。このまま放置すれば、数十秒で完全に消滅するだろうな。
……ん?ちょっと待て。
消滅?これ、本当に消滅するのか?
考えてもみろ。精神を形作る身体が、黒い粒子となり、消えていく。消えていく……のだが。
e・ラーは絶望を体現した神。確か、彼女は絶望を得るために、絶望をあらゆる存在に植え付けようとしていた。それは、絶望を糧として自身の存在を強大なモノとできるからだ。ということは、逆説的に言えば世界の絶望が強くなればなるほど、存在が強大なモノになっていくということだ。
世界に絶望が強く生まれるイベント……そんなものが……
あるじゃん。というか、それが私の運命のイベントじゃん。
次元戦争。至って平和に過ごしてきていたエクシーズ次元が、戦争狂いの融合次元により侵略され破壊される。日常を過ごしてきた人々の全てが壊されたのだ、絶望が渦巻くようになるのは流石に私でも想像に難くない。
もし、もしもだ。その絶望が原動力となり、ハートランドに集まって醸成されて……我、復活!!なんてことがありえたら。たまったものではない。前世でそんな話は聞いたことがないし私に関係は無いかもしれないが、今私は運命を変えるためにここに立っているのだ。
どうしようか。私は、e・ラーの身体が輪郭を保っている部分からいよいよ首を失いそうなのを見下ろしながら、数秒悩む。
このまま消滅しても、放っておいたら復活される可能性がある。この世から絶望は無くならない、なんならむしろこれからドッと増えるまである。なら、私にできることは。
──閃いた。
私は、もはや生首ならぬ生頭だけとなったe・ラーの目の前にしゃがんで口を開く。
「でも、取引してあげてもいいよ」
(……ナニ?)
e・ラーは消滅を目前に運命を受け入れる心の準備をしていたのか、予想外の表情と同時に目が一瞬にして見開かれた。
「死にたくないんでしょう? なら、契約だ。私の寿命、半分あげる。対価として、私の下僕として服従しなよ」
半分と言ったのは簡単だ。どうせこの先、寿命を全うできるシナリオではない。享年推定十四歳とか多分それくらいの私だ。寿命はそれよりかはもっと遥かに長いはず。病弱でも何でもない、魂に曰く付きなだけの至って健康体。それならば、むしろ、未来の可能性を捨ててシナリオをぶっ飛ばす力を得たほうがいい。腐っても神だ、何かしら役に立ってくれるだろう。
(狂ッタカ小娘!! 絶望神タル我ガ、下等ナ虫ケラニ傅クト!? ソンナ屈辱、受ケ入レルハズガ──)
ふーん。生存よりもプライドのほうが大事ですか、そうですか。
「あっそ。じゃあ消えな、e・ラー!!」
私はおもむろに立ち上って右足を後ろに置き、e・ラーの頭目掛けて思いっきり前に振り上げようとする。e・ラーに正真正銘の、死が迫る。
だけど、大丈夫だよね?消滅して、意識が消えても、絶望が存在する限りあなたの存在は確定しているのだから。
そして、あなたにとって、死は何よりも抗いようのない、絶望なんだから。好きなんでしょ?絶望。
(マ、待テ!! 待テェェェッ!!!)
冥途の土産に絶望をくれてやる、と頭を蹴っ飛ばそうとすると先程までの威勢はどこへやら、彼女は血の涙を流さんばかりの情けない顔で必死に私を制止するように叫ぶ。私はその言葉を聞くと、足はそのままの勢いで、e・ラーの額の辺りでピタッと止めてあげた。
(ワ、分カッタ……!寿命ノ半分ダナ!?分カッタ、分カッタ!!何デモシテヤル……!ダカラ、我ヲ、我ヲ消サナイデクレェ……ッ!!)
最初からそう言えばいいんだよ。
「ふふっ。物分かりが良くて助かるよ」
足は結局、つま先をe・ラーの額にコツン、と当てるに留めておいた。だけど、その一撃でも彼女のプライドを砕くのには十分事足りた。もはや、彼女の最初出会った時に発していた神の威厳は全くと言っていいほどに失われていた。惨めに涙を流し、額を床に擦りつけることすらできない神を見下ろす。すると、どこからか契約の光が現れる。
「それじゃあ……よろしくね、私の絶望神」
一方的な利害一致の押し付けによる契約成立により、精神がe・ラーと共に丸ごと縛り上げられたのを感じると、先ほどまでの緊張はどこへやら、私はただ瞼を閉じる。
にしても寿命半分ね……神を従わせるのなら、これくらい安いものか。