黒咲瑠璃に転生してしまった…… 作:絶望神サガ
「……議長!起きろ、凍砂議長!!」
浮上するような感覚を覚えながら、俺は目を覚ました。
「来是議員か。どうした?」
俺は目を擦り、身体を先ほどまで揺らしていた、大柄に無精髭を生やした来是議員に問いかける。変な夢だったが、妙にリアリティのある感じだったな……融合次元、ねぇ。侵略なんてホントに起きるのか?次元を超えた、と奴さんは語っていたがそれは知るすべもないと等しいのではないだろうか?
「どうしたでは無い!もう会議は始まるぞ!!」
だが、そんなことは知ったことではないと来是議員。目を見開くと、そこには既に議員が勢ぞろいしていた。時刻は既に9時4分を回っている。どうやら、誰が俺を起こすかで揉めていたらしい。
辺りを見ると、やれやれと首を横に振る議員、指先をおでこにあてる議員、興味なさげにコーヒーを飲む議員、別に何も無かったといわんばかりに無表情な議員とリアクションは様々だった。ちなみに江口議員は一番最後。お前、後で覚悟しておけよ。
「おっとこれはすまない」
兎も角、俺は議長。俺が始めなければ会議は始まらない。
「しっかり寝てくれ、凍砂議長」
「ゴホン。では始めようか、定例会議を」
俺は来是議員を下がらせ、会議を開始した。退屈極まりない、予定調和に満ちた会議をな。
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「先日のゴミ処理施設の異変についてですが、防犯カメラが動作していなかったことが判明しました。調査体制を強め、継続──」
「──の件ですが、ハートランドからは今年、スペード校の生徒を推薦したいと学校から──」
「昨日のプロデュエリストの選手権、アジアブロックの決勝戦のことですが、不正行為が行われたため失格措置──」
「──博物館から予算追加の要望がありましたが、こちらで却下としました。代替案として、評議会の立場として──」
ハートランド評議会での定例会議は何時もこんな感じだ。案件の処理、処理、処理。営みを送る上で必ず発生する問題や課題に対する、終わる果てのない対処。大体の案件はこちらまでに上がってくる前に見通しの検討がつくので、言うなればハンコを押すだけが俺の仕事だ。
「ふむふむ、ではその件は本案に通して、それはここで決定、それは大会運営に問い合わせろ、それはそちらで解決して良くて──」
退屈と思うかもしれないが、これが現実だ。華々しい活躍なんてものは発生すべきでないし、したらしたでそれは相応の働きが求められるということだ。これが最もスマートな体系であり、変化を必要としない完成された進行。白黒の書類に目を通し、議員から次々に飛び交ってくる話題に答える。それだけだ。
「公営遊園地の設備老朽化の件ですが、一部分のアトラクションが耐用年数に反して大幅に老朽化が進行していることが分かりました」
手元の書類を捲り、報告書が見える。技術的に示された数値とかそんなのばかりなので、正直見る気にすらならない。
「原因は?」
「酸性雨や連続稼働による金属疲弊などが推測されますが、詳しいことは何とも」
言ってみたはいいものの、本当は原因なんて知る必要も無いんだ。俺たちに求められているのは、願いを聞き入れて実行することだけ。どうせ、詳しい要因なんて碌に調べられないか、雑に書類に纏められて日の目も当てられずに終わりさ。だから、議長である俺が言うことは一つ。
「調査が済んだら、段階的に改修工事を行え。業者の公募は遊園地が行うよう指示。予算上限は遊園地の見積もりを持って財務部に交渉するよう言っておけ」
何で行こうとも思わない遊園地のことを無関心の大人が調整しなければならないんだ、と思うもこれが評議会の役割。誰もやりたくないが対処しなくてはいけない面倒ごと、退屈ごとの調整が俺たちの仕事だ。
「了解しました、後ほど送りますので押印は電子上でお願いします」
「あいよ」
全く、昼頃には終わればいいが。ランチは何にするかねぇ……
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とまぁ、そんな退屈なことを馬鹿真面目にこなしていく内にいつの間にか会議は終わりが見えてきた。時刻は12時45分頃。
「オボットに搭載しているAIの性格を変えろ、と倫理委員会の一部が連名で訴えてきたのですが、どのように対応しますか?」
最後の最後の話題がそれかい。本当にどうでもいいな。
「却下。AIとはいえ性格を変えることはアルゴリズムを変えるに等しい、十分代替できる可用性を持ったAIを作ってから出直してこいと言ってこい」
「了解しました議長……フゥ」
遂に積み上げられた書類が底をつき、何とも達成感に溢れた空気が会議室に行きわたる。長時間座りっぱなしだったため脂汗をハンカチで拭う議員、背骨を伸ばして凝り固まった筋肉を解す議員、冷えた麦茶をここぞとゴクゴク飲み干す議員、別に何も大したこと無いといわんばかりに無表情な議員とリアクションは様々だ。俺は水を飲むに留めておいたが、ちなみに江口議員は一番最後だった。お前、おかしいよ。
「さて、他に案件がある議員はいるかね?」
疲れを各々軽く取った後、俺がお決まりの冗句を言っていつも通りに解散という流れになる……
「ない」
「ないぞ」
「ありません」
「同様だ」
「特には」
「あ、私から一つ」
……はずだったが。一人、ピンと立った挙手をする議員が現れた。
「柳下議員か。どうした?」
確か彼は、来是議員と同期で評議会入りした議員。出身が伝統ある家柄で、そこから政界進出という感じで来たはいいもの、物静かで正直あまり目立った印象が無い議員だ。来是議員は技術部からの上りなので、そっちの方面の印象が強いからかもしれない。まだまだ俺に言わせれば若手だし心配はしていないが。好青年と言った感じの彼はおもむろに椅子から立ち上がり、俺に言ってくる。
「凍砂議長は、別次元の存在を信じますか?」
はぁ?と言った感じのリアクションが十割だった。これは会議中は没個性とは言え、話してみると中々に個性的な面子にしてみれば奇跡に近い光景だった。俺も普通はそうだったろう……だが、都合が良かったため、俺はあえてこうして返してみた。
「……信じせざるを得ない地点に、俺たちは来ているのかもしれないな」
と。これも同様に何言ってるんだ、と二度目の奇跡の光景を目の当たりにする羽目になった。だが、柳下議員は意外にも俺の言葉に頷いた。
俺だっていつもだったら意味不明なことを言うな、と取り合わなかっただろう。だが夢で見た妙な内容、次元を超えた侵略者によるハートランドの滅亡が俺の心に残っていた。どう切り出そうか分からなかったため、一旦この場はお開きにしようと思ったのだが好都合だ。まさか、柳下議員が切り出してくれるとは。
「そうです、議長。私たちが直面している課題が、皆さんは何かご存じでしょうか?」
「直面している課題……?」
別次元とかは置いておいて、まず柳下議員が言う課題というのが社会問題と捉えれば、少子高齢化とかエネルギー問題とか地球温暖化とか色々ワードは想起されるが、何れにせよ評議会には余り関係のないことだった。であれば、彼が求めている答えは何なのか。
「停滞、だな?」
そう言ったのは志熊議員だった。隣に座る東雲議員が首肯し、引き継ぐようにして続ける。
「凡そ代替わりする前の評議会が、ハートランドを飛躍的に発展させた。その成功具合は世界中から見ても稀有なほどだった。まさしく、現代のハートランドの礎を築いたのはこの技術的発展の成功、パラダイムシフトを発生させたことにあろう」
だが、と東雲議員はそこに歯切れの悪い言葉を続けた。
「町中の清掃に自律型AIを導入したロボット……通称オボットの導入、ARビジョンを生かしたデュエル、デュエリストのプロ制度導入、様々な事柄を先代は成し遂げ続けた。今現在でもハートランドが近未来的都市と呼ばれる要因はそこにある」
勇議員が誤解の無いよう、と東雲議員の言い分から引き継ぎ、決して明るくは無い顔で話す。
「当然、我々も負けじと新型デュエルディスクの開発、一般生徒の育成からプロデュエリスト育成の重視への教育制度の移行など一定の成果は出しているものの、やはり……やはり、何かが足りない」
志熊議員、東雲議員、勇議員。彼らは経験豊富で多方面の知見も多く持っている、言わばベテラン議員。彼らをして言わしめる違和感の正体が、停滞だと言うのか。他の議員たちも内心同様のことを薄々感じついていたのか、苦い顔をしているのが多数見受けられる。
「であれば、何を為せと言うのだ!?我々評議会は日々町民の為に働いている!!それで十分では無いのか!?」
バン、と机を叩き来是議員が立ち上がり、激高する。確かにその通りだ。評議会は町の運営を担う、潤滑油。本来であればそれ以上の目的は求められていない。だが、だが。
「足りないんです、来是議員。我々評議会は、先代を越えなければならない」
「柳下議員!!」
「あなたも分かっているはずだ、この町を停滞の空気が支配していることを!」
「停滞、いいではないか!何が良くない!?ハートランドは技術的臨界点に達した、半導体に代わる革命的なマテリアルが発明されるまで、この地位は揺らがないだろう!我々評議会は世界から羨望の目を集め、目指すべきモデルとされる都市であるハートランドを維持、管理、統括、支配する!!それこそが我々があるべき姿であり、先代に課せられた使命では無いのか!?」
「それではいけないんです!」
激しく言い合う二人。ボルテージが高まっていくのを、肌で感じる。
「座り給え、柳下議員、来是議員。議長の前でみっともない。同期同士、仲良くしろ」
勇議員が二人を諫めて椅子に座らせるが、確かに二人の言い分も分かる。停滞。これって悪い言葉だろうか?素晴らしい美貌をいつまでも維持したいのは美女の本能だ。完成した美術品をどこまでも保管したいのは蒐集家の本能だ。それは悪い願望では無いし、自然なこととすら思える。
だが、言い方を変えれば停滞を選ぶというのは、進化を捨てるのと同義だ。
素晴らしい美貌に磨きをかけるのは美女の使命であるし、完成した美術品に飽き足らず趣味の赴くままに蒐集を続けるのは蒐集家の常だ。ということは、どういうことか。ハートランドに、これを代入して、導き出せる解とは。
「停滞は破滅を招きかねない……うん、そうだな。その通り。何も間違っていない」
言う分には自由だが、自分で呟いたその言葉は不思議と重みを纏っていた。
「柳下議員、君はこの現状を打破したいんだな?」
「はい、その通りです。私は、三次元の拡張だけでは限界が近づいていることを懸念しています……ハートランドは、さらに発展していかなければならない」
柳下議員がここまでに話すのは珍しかった。来是議員は納得いかぬ、という感じの顔、東雲議員と志熊議員と勇議員は三者三様の悩ましい表情。江口議員は我関せず、と言わんばかりの顔。他の発言していない議員たちも様々な表情をしていた。
「で、打破する方法が別次元の存在の立証、と」
柳下議員はただ頷くだけだった。課題を言うだけ言って、解決策だったり提言を全くしない連中よりかはよほど好感が持てる。なるほどなるほど。
この世界……否、この次元の地球上に未知なるフロンティアは既に存在しない。人間が活動できる範囲での土地は全てどこかしらの国が所有し、また見込みがあれば開発もされている。だから、いっその事別次元を発見して未知なるフロンティアを見つけようではないか。コペルニクス的転回もいいところだ。
「ハートランドの技術力は世界でも群を抜いているからな……仙洞議員!」
「は、はい!!何でしょう、凍砂議長!?」
だが、それでこそ面白い。現技術部トップで評議会議員を兼任している仙洞議員であれば、この件は任せられるだろう。
「別次元を発見しろ、できるな?」
俺の呼びかけで飛び起きたところ悪いが、できないとは言わせねぇぞ。あのよく分からねぇ女に夢で言われたんだからな。滅亡の未来を回避しろ、ってな。
時刻は、既に午後3時を回っていた。今日のランチは無しだな。