昼休みの教室。
「ごじょーくん、これ食べる?」
突然、机の横から声をかけられて、新菜は顔を上げた。
「え?」
そこには、いつものように明るい笑顔の喜多川さんが立っていた。
「朝コンビニで買ったんだけど、二個入りだったからさ。あたし一個食べたし、もう一個あげる」
「いや、でも……」
「いいからいいから」
そう言って、喜多川さんは新菜の机の上に小さなプリンを置く。
「……ありがとうございます」
「ん!」
満足そうに笑うと、喜多川さんは自分の席へ戻っていった。
新菜はプリンを見つめる。
――どうしてだろう。
たったそれだけのことなのに、胸が少しだけ騒がしい。
「……五条」
隣の男子が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「なに?」
「お前ら、付き合ってんの?」
「えっ!?」
思わず声が裏返る。
「ち、違います!」
「いやいや、どう見ても――」
「付き合ってないって!」
その声に反応したのか、少し離れたところから喜多川さんが振り返った。
「え、なに? ごじょーくん、あたしと付き合いたいの?」
「なっ……!」
教室の空気が一瞬で変わった。
「ち、違っ……そういう意味じゃなくて!」
「あはは、顔真っ赤じゃん!」
楽しそうに笑う喜多川さん。
新菜は顔を伏せた。
「……喜多川さん、からかわないでください」
「ごめんごめん」
そう言いながら、喜多川さんはまた笑った。
けれど、その頬も少しだけ赤かった。
*
放課後。
「ごじょーくん、一緒に帰ろ」
昇降口で待っていた喜多川さんが、当たり前のように言った。
「え、今日は……」
「コスの資料、一緒に見たいんだけど」
「それなら……」
「決まりね!」
返事を最後まで聞く前に、喜多川さんは歩き出す。
新菜も慌てて追いかけた。
「喜多川さん、歩くの速いですよ」
「じゃ、ごじょーくんが遅いんじゃん」
「そんな……」
「ほら」
喜多川さんが少しだけ速度を落とす。
そして、新菜の隣に並んだ。
二人の肩が、ほんの少し近い。
「……ね、ごじょーくん」
「はい?」
「今日さ」
「はい」
「楽しかった?」
「え?」
「学校」
喜多川さんは前を向いたまま聞いた。
「……はい」
少し考えてから、新菜は答える。
「喜多川さんと話せたので」
「……そっか」
喜多川さんの足が、一瞬だけ止まった。
「え?」
「なんでもない!」
すぐに歩き出す。
けれど、耳まで赤くなっている。
「……喜多川さん?」
「な、なに?」
「顔、赤いですけど……」
「夕日!」
「まだそんなに夕日――」
「夕日なの!」
「は、はい……」
新菜が不思議そうに頷く。
その隣で、喜多川さんは小さく笑った。
「……ほんと、そういうとこだよね。ごじょーくん」
「どういうところですか?」
「内緒」
そう言って、喜多川さんはほんの少しだけ新菜との距離を縮めた。
まだ二人は付き合っていない。
けれど。
帰り道を一緒に歩くことも。
お菓子を分け合うことも。
くだらないことで笑い合うことも。
いつの間にか、二人にとって当たり前になっていた。
――この距離が、あと少しだけ近くなる日も。
きっと、そう遠くはない。