ドゥーのリベリオン   作:夏で腐ったチキン南蛮

10 / 10
第3話 ネノクニ ③

 ――なんなの、こいつ。

 

 マチュは、目の前の見知らぬ少女を、頭のてっぺんから爪先まで、素早く見て取った。

 

 自分と似た、学生の制服。乱れのない髪。そして、その割に、こんな場所で迷子のような顔をして立っている、ちぐはぐさ。

 

 どこかのお嬢様学校の子が、道でも間違えたのだろうか。最初に浮かんだのは、その程度の見立てだった。

 

「ここで、何してるの」

 

 もう一度、聞いた。今度は、答えを急かすように。

 

「……別に、何も。歩いてたら、これが目に入って」

 

 少女――ドゥーと名乗ることになる、その子の声は、思ったより落ち着いていた。だが、目線は壁と、マチュたちの顔を、せわしなく行き来している。

 

「歩いてたら、って」

 

 マチュは、わざと語尾を強めた。

 

「ここ、そんな気軽に通りかかるとこじゃないでしょ。制服のあんたが」

 

 我ながら、自分もここにいることが場違いであるし、詰問みたいな口調になっているのは分かっていた。だが、止まらなかった。

 

 理由は、自分でもよく分かっている。

 

 この壁は、シュウジのものだ。

 

 通行証代わりのようなこの落書きを見つけて、そこからシュウジに繋がって、ニャアンと三人になって――そうやって積み上げてきた、まだ日の浅い、けれど確かに自分とシュウジのものだと思っていた繋がりだった。

 

 それを、見ず知らずの少女が、当然のような顔で覗き込んでいる。

 

 ――冗談じゃない。

 

 その苛立ちが、真っ先に口をついて出た。

 

「……」

 

 ドゥーが、何も言い返せずに黙る。

 

 ニャアンが、横から静かに口を挟んだ。

 

「この子、前も見た?」

 

 問いは、ドゥーにではなく、マチュに向けられていた。

 

「ううん、初めて」

 

 マチュは、ドゥーから目を離さないまま、短く答える。

 

 実際、見覚えはなかった。この辺りをうろつくには、ドゥーはあまりに浮いていた。制服も、歩き方も、何もかもが、ネノクニの空気に馴染んでいない。

 

 だから、最初のうちは、ただの部外者、あるいは迷い込んだよそ者、というだけの話のはずだった。

 

 

 

「これ、見て、何か思った?」

 

 試すように、マチュは聞いた。

 

 本当は、聞くまでもないと思っていた。適当にはぐらかされるか、意味が分からないという顔をされるか、そのどちらかだろうと。

 

「……綺麗、とは思ったけど」

 

 その答えを聞いた瞬間、マチュの中で、何かが小さく引っかかった。

 

 ――綺麗。

 

 その一言そのものは、別に、おかしなものではない。壁の落書きを見て、綺麗だと思う人間くらい、いくらでもいるだろう。

 

 だが、その言い方に、マチュは覚えがあった。

 

 初めてジークアクスに乗って、シュウジの赤いガンダムと動きを合わせたときの、あの感覚。言葉にしようとすると、いつも「綺麗」とか「気持ちいい」とか、そんな薄っぺらい言葉しか出てこなくて、もどかしかった、あの感覚。

 

 ドゥーの声には、その時の自分と同じ手触りの何かが、混じっている気がした。

 

 ――まさか。

 

 マチュは、無意識のうちに、ニャアンと視線を交わしていた。ニャアンの方は、まだそこまでの疑いは持っていないようだった。ただ、部外者への警戒だけを、変わらず滲ませている。

 

 マチュだけが、別の種類の焦りを感じ始めていた。

 

 この子も、分かるのだろうか。あの、名前のつけようがない感覚を。

 

 もしそうだとしたら――シュウジと繋がれるのは、自分だけではない、ということになる。

 

 そう考えた瞬間、胸の奥が、嫌な形にざわついた。

 

「……あんた、名前は」

 

 声が、我ながら硬くなっているのが分かった。警戒を解かないまま、そう聞いた。

 

「……ドゥー」

 

「ドゥー。あたしはマチュ」

 

 名乗りながら、マチュは自分に問いかけていた。

 

 ――なんで、こんなに苛立ってるの、あたし。しかも名前も名乗って……

 

 答えは、うっすらと分かっていた。だが、それを、まだ言葉にする気にはなれなかった。

 

「……ニャアン」

 

 ニャアンも、短く名乗った。だが、その声には、まだ棘が残っていた。

 

「なんでここに来たか、もう一回ちゃんと聞くけど」

 

 マチュは、腕を組んだ。声の刺々しさを、抑えるつもりはなかった。

 

「……本当に、たまたま。この辺、初めて来て、迷ってて」

 

「迷って、ここに?」

 

「……うん」

 

 我ながら、心許ない説明だとは思う。だが、マチュにとっては、その説明の中身よりも、目の前の少女がまとう気配の方が、ずっと気になっていた。

 

 しばらく、ドゥーの顔を見つめる。噓か本当か、値踏みしているような間だった。だが、本当のところ、マチュが探ろうとしていたのは、噓かどうかではなかった。

 

 ――この子から、シュウジの匂いがする。

 

 根拠のない、感覚だけの話だった。それでも、その感覚は、無視できないくらい、はっきりとしていた。

 

「……まあ、いいけど」

 

 やがて、そう言って、腕組みを解いた。だが、警戒が完全に消えたわけではなかった。

 

「これ、誰が描いたとか、知らないよね?」

 

 念を押すような聞き方だった。自分の声が、少し早口になっているのが分かった。

 

「……知らない」

 

 ドゥーは、そう答えた。

 

 嘘だ、とマチュは思った。根拠はない。だが、確信に近いものがあった。

 

「なら、いいや」

 

 それ以上、深くは追及しなかった。追及すれば、自分の焦りの方まで、見透かされてしまいそうな気がした。

 

「あんまり、ここらへんうろつかない方がいいよ。柄悪い連中もいるし」

 

 親切ごかしの言葉だったが、その底には、もっとはっきりとした意図があった。

 

 ――こっちに、来るな。

 

 ニャアンは、何も言わなかった。ただ、ドゥーの全身――制服、鞄、靴――を、もう一度、値踏みするように見ていた。

 

 マチュだけが、その静かな観察の裏で、一人でざわめいていた。

 

 

 

「……分かった。もう、行く」

 

 ドゥーが、そう言って頭を下げた。

 

「うん、気をつけて」

 

 我ながら、さっきよりは幾分柔らかい声が出た。だが、完全な友好ではなかった。あくまで、部外者を無難に送り出すための言葉だった。

 

 ドゥーが、二人に背を向けて、来た道を戻り始める。

 

 その後ろ姿を見送りながら、マチュは、まだ胸の中のざわめきが収まらないのを感じていた。

 

「……大丈夫かな、あの子」

 

 ニャアンが、抑えた声で言った。

 

「知らない。でも、あの壁、見られたのは、あんまりよくないかも」

 

「シュウジに言っとく?」

 

「……どうだろ」

 

 言いながら、マチュは自分でも、その答えに迷っていた。

 

 シュウジに話せば、あの子はもう、二度とここには来られなくなるかもしれない。それは、都合がいいはずだった。だが、なぜか、素直にそう思いきれない自分がいた。

 

 ――なんで、あたし、こんなに気にしてるんだろ。

 

 答えの出ない問いを、マチュは口の中だけで転がした。

 

 ドゥーの後ろ姿は、もう路地の先に消えかけていた。マチュは、それを見つめながら、なんとなく落ち着かない気分のまま、水路沿いに立ち尽くしていた。

 

 

 

 その時だった。

 

 少し離れた場所の地面――マンホールの蓋が、下からガタン、と音を立てて持ち上がった。

 

「――え」

 

 マチュとニャアンが、同時にそちらを見る。

 

 鈍い音を立てて、金属の蓋が横にずらされる。その隙間から、まず顔を出したのは、四本の細い脚を持つ、小さな機械だった。カメラのようなレンズが、きょろきょろと辺りを見回す。

 

「――コンチ?」

 

 ニャアンが、驚いたようにその名を呼んだ。

 

 コンチに続いて、蓋の下から、のっそりと人影が這い出してくる。

 

 髪をぼさぼさにした、見慣れた少年だった。コンチは、いつものように、その頭の上にちょこんと乗っている。

 

「シュウジ」

 

 マチュが、思わず声を上げた。

 

 シュウジは、地上に出るなり、大きく伸びをした。特に緊迫した様子もない、いつも通りの、気の抜けた顔だった。

 

「あ、こんにちは」

 

 そう言いながら、シュウジは、ポケットから塗料缶を一本、無造作に取り出した。壁の方へ向き直りかけて――そこでようやく、少し離れた場所に立つ、見慣れない少女の後ろ姿に気づいたらしい。

 

 ドゥーも、足音と話し声に、振り返っていた。

 

 水路を挟んで、三者の視線が、一瞬で交錯する。

 

「……あっ」

 

 誰のものとも判然としない、短い声が、三つ、ほとんど同時に重なった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

Fate/atlantis:衛宮切嗣生存stay night(作者:星P/すたーりん)(原作:Fate/)

※基本原作設定に準拠しますが、補完できない部分は独自解釈で進んでいきます。▼※感想や評価をいただけると、とてもありがたいです!!執筆のモチベーションにもなるので、ぜひよろしくお願いします!▼ *▼ 第四次聖杯戦争から十年。再び冬木の地に、聖杯戦争の幕が上がる。▼本来であれば、それは一人の少年の物語だった。▼理想を追い続ける衛宮士郎が、数多の出会いと別れを経て…


総合評価:577/評価:7.6/連載:17話/更新日時:2026年07月09日(木) 00:05 小説情報

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織や軍事関係、コンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本…


総合評価:4019/評価:9.02/完結:26話/更新日時:2026年09月11日(金) 19:00 小説情報

忍殺世界にTS転生した話(作者:下駄ロボ)(原作:ニンジャスレイヤー)

TS転生した主人公がネオサイタマをなんとか生き残る話。▼第一部ネオサイタマ炎上編完結しました。


総合評価:3438/評価:8.65/連載:26話/更新日時:2026年09月11日(金) 14:32 小説情報

旧型サラミスで生きる1年戦争(作者:カズkaz)(原作:機動戦士ガンダム)

ありきたりな転生ものです。機動戦士ガンダムをそこそこに知っている主人公が旧型のサラミスに乗り込み、なんとか1年戦争を生き抜こうと奮闘する物語。▼思い付きで投稿していますので続かないかもしれません。▼箸休めにご覧ください


総合評価:4125/評価:8.33/短編:28話/更新日時:2026年08月24日(月) 22:45 小説情報

はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません(作者:何を書けばいいんだ)(原作:ガンダム)

CE71年、大西洋連合が実施したオーブ解放作戦によって発生した激しい戦闘の最中、マユ・アスカは流れ弾によって吹き飛ばされ絶命したかに思えた。▼だが彼女は死んでいなかった、瀕死の重傷を負いつつも生き残った彼女はブルーコスモスによって加工され、生体CPUメリー・ゴーランドとして生まれ変わったのだ。▼しかし、過去の記憶を抹消された彼女の脳内にはなぜかガンダムSEE…


総合評価:10072/評価:8.68/完結:32話/更新日時:2026年07月07日(火) 12:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>