ドゥーのリベリオン 作:夏で腐ったチキン南蛮
宇宙は、思っていたよりも静かだった。
少なくとも、ソドンの艦橋から見える範囲では。シャリア・ブルは艦橋の際に立ったたまま、外部監視モニターの一つに目をやっていた。艦の主だったセンサーは、コロニー内部へ突入したエグザベの機体――投入したばかりのガンダム・クァックスの動向を追うことに割かれている。もっとも、ミノフスキー粒子の厚いカーテンを隔てた向こう側の詳細までは、さすがに拾えない。
「――彼ならだいぶ手こずるでしょうが、さて、どうでしょうか」
独り言のようにつぶやいたが、答えは返ってこない。エグザベがどう動いているのか、この位置からは分からない。分かるのは、決着の報告がいつまで経っても入ってこない、という、それだけの事実だった。
シャリアの意識は、じきに赤いガンダムとガンダム・クァックスから離れていった。追っても仕方のないものを追い続けるほど、暇でもない。かわりに彼の目は、艦の周辺――ソドンが留まっている外縁宙域そのものへと向いていった。
癖のようなものだった。戦況の中心よりも、その外側に何がいるかを見ておく。長年、そうやって生き延びてきた。
外部モニターに映るのは、代わり映えのしない星々と、遠くに霞むコロニーの外殻。そして、その手前を漂う、いくつかの小さな光点。民間の輸送艇、巡回中の作業ポッド。見慣れた顔ぶれだ。
その中に、一つ。
妙に位置を変えない光点があった。
最初は気にも留めなかった。だが、しばらく眺めていると、その光点の「留まり方」が、他とは違うことに気づく。輸送艇なら、決まった航路を辿るはずだ。作業ポッドなら、もっと不規則に、目的地へ向かって動くはずだった。
だが、それは、ただそこにいた。
ソドンから一定の距離を保ったまま、動くでもなく、離れるでもなく。まるで、様子を窺っているかのように。
「……ふむ」
シャリアは、ソドンのオペレーターに声をかけた。
「オシロ伍長、あの位置に留まっている光点、光学の倍率を上げて映せますか」
「――はい、ただいま」
オペレーターの手が、慣れた動きでコンソールを操作する。モニターの一角に映る光点が、じわじわと輪郭を持ち始めた。人型のシルエット。装甲の色は、くすんだグレーとオリーブ。どこにでもある、旧式の払い下げ機――軽キャノンだった。
「ただの軽キャノンじゃないですか」
艦橋の一角から、コモリの声が上がった。作業の手を止め、モニターを見上げている。
「珍しくもないでしょう。サイド6には、あの手の払い下げ機がいくらでも転がっています。荷運びか、整備業者の足でしょう」
「かもしれませんね」
シャリアは軽く応じたが、目はモニターから離さなかった。コモリの言うことは、間違ってはいない。書類上は、それで済む話だ。
だが、シャリアの中で、何かが小さく引っかかっていた。
理由を言葉にするのは難しい。ただ、あの位置取りには、素人の暇つぶしにしては、妙な「意図」のようなものが滲んでいる気がした。近すぎず、遠すぎず。ソドンの様子を見るには、ちょうどいい距離。
偶然にしては、できすぎている。
「登録は」
「……民間の機体のようです。旧式の作業機として登録されていますね」
セファがサイド6と照合した情報を確認しながら答える。コモリが、それ見たことか、というように小さく肩をすくめた。
「ただの野次馬ですよ、中佐」
「そうかもしれませんね」
シャリアは短く返しただけで、それ以上は取り合わなかった。深追いするほどのことでもない。今、艦にとって重要なのは、コロニーの内側でエグザベが何をしているか、それだけだ。外周をうろつく一機の作業機など、優先順位としては限りなく低い。
そう思っていた矢先だった。
コロニー外殻の一角がにわかにざわついた。報告はミノフスキー粒子で届かない。ただ、赤いガンダムとガンダム・クァックスに関して何かが動いた気配だけがが、肌の上でざわついている。
シャリアがそちらへ意識を向けかけたその瞬間、視界の端――例の軽キャノンが、わずかに前へ出た。
ほんの一瞬。コモリもラシットも気に留めないような、小さな動き。だが、シャリアの目はそれを見逃さなかった。
何かを追おうとしている。
その判断の速さに、シャリアは思わず心の中で笑みを浮かべた。悪くない反応だ。少なくとも、ただの傍観者の反射ではない。
ふと、いたずら心のようなものが湧いた。
深い意味はない。ただ、少しばかり値踏みをしてみたくなっただけだ。シャリアは軽く目を細め、艦橋の窓の向こう――あの機体がいるであろう方角へ、意識を向けた。強く睨みつけるでもない。ただ、そこに「気づいている」ということだけを、静かに伝えるように。
こういうものは、言葉でも電波でもなく届くことがある。少なくとも、シャリアはそう信じてきた。木星で絶望して以来、ずっと。
次の瞬間、軽キャノンの動きが、ぴたりと止まった。
前へ出かけていた機体が、まるで見えない壁にぶつかったかのように後退していく。ソドンから距離を取るように、静かに、しかし明らかに意図を持って。
シャリアは、小さく笑った。
「……勘のいい子だ」
「はい?」
コモリが怪訝な顔をこちらへ向けたが、シャリアはそれに答えなかった。誰に向けるでもない呟きだった。
あの機体が何者なのか、誰が乗っているのか、シャリアには分からない。分かったところで、今すぐどうこうするつもりもなかった。書類上はただの民間機だろう。だが、それだけでは片付けきれない何かが、確かにあった。
コロニー内部の状況に、何か大きな動きがあったらしい。シャリアの意識は、すぐにそちらへ引き戻された。
宙域の片隅にあった軽キャノンのことは、ひとまず記憶の隅へ追いやられる。急ぐことはない。急いで得たものほど、すぐに手からこぼれ落ちることを、シャリアはもう何度も見てきたのだから。
窓の外には、相変わらず静かな宇宙が広がっている。その静けさの裏側で、何かが少しずつ動き始めていることを、シャリアはまだ、正確には知らなかった。
シャリア・ブル。お前、何を考えとるんや。