ドゥーのリベリオン 作:夏で腐ったチキン南蛮
とりま気長に頑張ります。
放課後になっても、ドゥーの中のざわつきは収まらなかった。
教室を出て、校門を抜け、いつもの通学路を歩く。だが、その足は、集合住宅とは違う方向へ向いていた。
ゲーツには何も言っていない。
行き先は分かっていた。下町寄りの一角、古びた金属製の看板が掲げられた店。表向きは「ジャンク・リペア」という、埃っぽいジャンク屋。その奥に、格納庫がある。
通用口をくぐると、店番をしている中年の男が、顔を上げた。
「……なんだ、ドゥーか」
「ちょっと寄っただけ」
「ゲーツから聞いてないぞ、今日」
「観測しに来たんじゃないもん」
ドゥーはそう言って、男の脇をすり抜けるようにして奥へ向かった。男は何か言いかけたが、結局は小さく肩をすくめただけで、それ以上は止めなかった。
この店の人間にとっても、ドゥーが放課後にふらりと顔を出すこと自体は、今更珍しいことではなかった。任務のためか、それとも単に立ち寄っているだけなのか、境界は最初から曖昧だった。
部品棚や作業場の裏の扉を抜けると、空気が変わる。埃っぽい匂いが消え、金属と潤滑油の匂いに変わった。
格納庫だった。
中央に据えられた軽キャノンは、今日は静かに佇んでいるだけだった。整備要員の姿はあったが、忙しそうにしている様子はない。ドゥーが入ってきたのに気づくと、軽く目礼だけを返してきた。
「ちょっと機体触る」
ドゥーはそれだけ言うと、迷わずタラップの方へ向かった。
「……出撃予定は聞いてないけど」
「乗るだけ。動かさないから」
整備要員は少し困惑した顔をしたが、結局は何も言わなかった。この機体に関して、ドゥー以上に詳しい者はいない。座席に座るだけなら、止める理由もなかった。
コクピットに滑り込み、シートに体を沈める。ロック機構を締める作業は、いつも通り、体が勝手に覚えている。
だが今日は、起動キーには触れなかった。
メインモニターだけを、手元の操作で点灯させる。機体を動かすのではなく、ただ、蓄積された記録を呼び出すためだけの操作だった。
画面に、これまでの観測記録の一覧が並ぶ。日付順に並んだファイルの中から、ドゥーは迷わず、あの日の映像を選んだ。
外壁に浮かぶ、光の粒。
軍警のザクを翻弄する、深く鮮やかな赤。
そして――互いの動きに合わせるように漂う、二つの機体。
何度も見た映像だった。だが、何度見ても、同じところで胸の奥が疼いた。
「……キラキラ」
誰に届くでもない呟きが、狭いコクピットの中に小さく響いた。
軽キャノンは動いていない。エンジンも切ったままだ。それでも、この座席に座り、この画面を見つめている間だけは、少しだけ、あの光景に近づけている気がした。
実際には、何も近づいてなどいない。ただの記録映像を、繰り返し眺めているだけだ。分かっている。分かっていても、他にできることがなかった。
観測任務はなし。理由も教えてもらえない。だったら、せめてこれくらいは。
誰に許可を取ったわけでもない、ドゥーだけの理屈だった。
映像を三度ほど繰り返し見たところで、瞼が重くなってくる。昨晩、あまりよく眠れていなかったせいもあった。
シートに体を預けたまま、ドゥーはいつしか目を閉じていた。
どれくらい経っただろうか。
肩を軽く叩かれる感触で、ドゥーは目を覚ました。
「……ちょっと、ドゥー」
整備要員の声だった。ドゥーはまだぼんやりした頭で、モニターを見る。さっきの映像は、とっくに再生を終えて、静止画のまま止まっていた。
「寝るなら家で寝ろって……」
「……あ、ごめん」
寝ぼけ眼をこすりながら、ドゥーはコクピットから這い出た。ハッチを抜け、タラップを降りる。格納庫の空気に、少しだけ意識がはっきりしてくる。
整備要員は、片付けの手を止めて、ドゥーの方を見た。
「観測任務、当分ないんだろう。ゲーツから聞いてる」
「……うん」
ドゥーは頷きながら、格納庫の隅に置かれた工具箱に、なんとなく目をやった、
「ねえ」
「なんだ」
「観測は駄目なんだよね」
「そう聞いてる」
「じゃあさ」
ドゥーは、できるだけさりげない口調を心がけた。
「荷運びとか、整備の手伝いとかは? 機体、ちょっとだけ動かすくらいなら」
整備要員は、一瞬手を止めて、ドゥーを見た。
「……何が言いたいんだ」
「別に、監視とかじゃなくてさ。ただの作業。荷物運んだり、機体の調子見るために少し動かしたりとか。それくらいなら、観測任務には入らないでしょ?」
理屈としては、破綻しているわけではなかった。だが、その理屈の裏にある本音は、整備要員にも透けて見えているようだった。
「……ドゥー、それ、機体に触りたいだけだろう」
「触りたいわけじゃないもん。ただ、暇なだけ」
目を合わせずにそう言うドゥーに、整備要員は小さくため息をついた。
「ゲーツに聞いてみないと分からん」
「聞かなくても分かるでしょ。駄目って言うに決まってる」
「だったら」
「だから、聞かないでやってほしいんだけど」
あからさまな我儘だった。整備要員は、呆れたような、それでいてどこか同情するような顔で、ドゥーを見た。
「……今日のところは、これで帰れ。それ以上は無理だ。さっきの件については親分と相談してみる」
「……分かった」
ドゥーは、それ以上は粘らなかった。今日はここまで、というのは、自分でも分かっていた。無理を通せば、いずれゲーツの耳に入る。それは避けたかった。
制服のポケットに手を入れながら、ドゥーは格納庫を後にした。振り返ると、軽キャノンは、さっきと変わらない姿で、静かにそこに佇んでいた。
帰宅した頃には、日はすっかり傾いていた。
部屋のドアを開けると、ゲーツはまだリビングのテーブルで、端末と睨めっこをしていた。書類らしきものも広げられている。
「ただいま」
「……おかえり」
顔も上げずに、短い返事だけが返ってきた。
「遅かったな」
「友達と話してた」
小さな嘘だった。これまで、ゲーツに嘘をついたことなど、ほとんどなかった気がする。少なくとも、こんな風に、何でもないことのように口からこぼれる嘘は。
ゲーツは、それ以上何も聞かなかった。書類から視線を上げないまま、小さく相槌を打っただけだった。
今のゲーツには、それどころではない何かがある。ドゥーにも、それくらいは伝わっていた。