ドゥーのリベリオン   作:夏で腐ったチキン南蛮

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ジャップのカードよ!(特に意味はない)


第3話 ネノクニ ①

 目が覚めると、瞼が重かった。

 

 泣きすぎたせいだと、すぐに分かった。鏡を見なくても分かる。頬の皮膚が突っ張るような感覚が、まだ残っている。

 

 ドゥーはベッドの上で、しばらく天井を見上げていた。

 

 昨日のことが、断片的に頭をよぎる。端末を払いのけた音。椅子が倒れる音。自分の喉から出た、自分のものとは思えない声。

 

 ――なんで、なんでなの、なんでボクだけ。

 

 思い出すと、胸の奥が、また少しだけ疼いた。だが、それは昨日の激しさに比べて、もっと鈍い、燃え殻のような疼きだった。

 

 制服に着替え、リビングに出る。ゲーツは、いつも通りテーブルについていた。だが、いつも通りではなかった。

 

「……」

 

 顔を上げたゲーツは、何か言おうとして、口を開きかけた。

 

「昨日は……」

 

 そこで、言葉が止まった。続きが出てこないようだった。ドゥーは、椅子を引きながら、それだけで察した。

 

「……ううん」

 

 短く、そう答えた。

 

 それ以上、どちらも何も言わなかった。テーブルの上のパンを、ドゥーは黙って口に運んだ。味は、あまりしなかった。

 

 気まずさが、部屋の中に薄く積もっている。これまでにはなかった質感だった。素っ気ないやり取りはいつものことだが、今日のそれは、素っ気なさの種類が違う。

 

「今日も、観測なし?」

 

 沈黙に耐えかねて、ドゥーの方から聞いた。

 

「当面はそうだ」

 

「じゃあ、ボクは何すればいいの」

 

「いつも通りにしていろと言っている」

 

 いつもの言葉だった。だが、いつもより、その言葉に力がなかった気がした。

 

 ドゥーは、それ以上食い下がらなかった。昨日、あれだけのことがあったのだ。今日くらいは、大人しくしていた方がいい。頭のどこかで、そう思っていた。

 

 鞄を持って、玄関へ向かう。

 

「行ってきます」

 

「……気をつけて行け」

 

 いつもと違う一言だった。ドゥーは、振り返らずに、それだけ聞いて部屋を出た。

 

 

 

 その夜のことだった。

 

 ドゥーは、自室に戻ろうとして、リビングの前で足を止めた。

 

 ゲーツの声がしていた。いつもの平坦な声だが、相手がいる。端末越しの、セイの声も、微かに漏れ聞こえてくる。

 

 盗み聞きをするつもりはなかった。少なくとも、最初は。

 

 だが、聞こえてきた単語のいくつかが、ドゥーの足を、その場に縫い止めた。

 

「――例のクラバの特定は」

 

「……ポメラニアンズという名義だ」

 

 ドゥーは、ドアの陰に、そっと体を寄せた。

 

「非合法の興行主が、いくつか噛んでいるだろう。裏取りは」

 

「まだこれからだ。ただ、クラバの興行に関わっている業者の一つ、カネバン有限公司の可能性が高いという報告が上がっている」

 

「拠点は」

 

「……ネノクニ、としか。詳細はまだ絞り込めていない」

 

 それ以上は、声が低くなって、うまく聞き取れなかった。ドゥーは、息を潜めたまま、聞こえた言葉を、頭の中で何度も繰り返した。

 

 ――赤いガンダムと、鬼武者。あれは、ポメラニアンズというチームにいる。

 

 ――ポメラニアンズは、カネバンという組織のチーム。

 

 ――カネバンは、ネノクニにある。

 

 心臓が、少しずつ速く打ち始めていた。

 

 物音を立てないよう、ドゥーはそっと自室へ戻った。ドアを閉め、ベッドに腰を下ろす。

 

 知ってしまった。

 

 誰かに教えられたのではない。自分の耳で聞いて、自分の頭で繋いだ。それだけのことなのに、これまで与えられてきたどんな情報とも、違う重みがあった。

 

 ――言えば、また止められる。

 

 その考えが、真っ先に浮かんだ。ゲーツに話せば、間違いなく「近づくな」で終わる。今日の朝の、あの気まずさの中では、なおさらだ。

 

 だったら。

 

 ドゥーは、枕元に置いた薬液のハンカチに、視線をやった。触れる必要はまだなかった。今、胸の中にあるのは、あの焦げつくような疼きではなく、もっと静かな、企みに近い何かだった。

 

 

 

 翌日の放課後。

 

「ドゥー、今日どうする?」

 

 クラスメイトに声をかけられ、ドゥーは一瞬、返事に迷った。

 

「ごめん、ちょっと用事」

 

「またぁ? 最近多くない、それ」

 

「……友達と」

 

 もう何度目かになる言い訳だった。口にするたび、以前ほど胸が痛まなくなっていることに、ドゥーはうっすらと気づいていた。慣れというのは、こういうことかもしれない。

 

 校門を出て、ドゥーはいつもの下町の方向――ジャンク屋のある方角ではなく、その先、これまで足を向けたことのない区画へと歩き出した。

 

 ネノクニ。

 

 名前だけは、これまでも何度か耳にしたことがあった。戦災難民が流れ着く場所。スラム。表向きの、整った街並みの裏側。

 

 実際に足を向けるのは、初めてだった。

 

 

 

 ネノクニ駅を降りると、最初は、いつもの下町と、そう変わらないように見えた。

 

 だが、歩みを進めるうちに、建物の様子が変わっていく。継ぎ接ぎの外壁。塗装の剥げた看板。使われているのかいないのか判然としない、雑然と積まれた資材やコンテナ。

 

 通りを行き交う人々の目つきも、学生街のそれとは違っていた。値踏みするような、あるいは見ないふりをするような視線が、ドゥーの制服姿をちらちらと掠めていく。

 

 制服のまま来たのは失敗だったかもしれない、と今更ながらに思う。だが、引き返す気にはならなかった。

 

 ドゥーは、ポケットの中の端末を、それとなく確認した。地図アプリを開いても、この区画は表示が粗く、道の名前すら出てこない場所が多い。頼れるのは、自分の足だけだった。

 

「……カネバン、有限公司」

 

 小さく声に出してみても、それらしい看板は見当たらない。ネノクニにある、という以上の情報を、ドゥーは持っていなかった。盗み聞きで拾った断片は、それだけの粗さだった。

 

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