ドゥーのリベリオン 作:夏で腐ったチキン南蛮
日が、少しずつ傾き始めていた。
ドゥーは、迷路のように入り組んだ路地を、当てもなく歩き続けていた。
同じような路地を、何度も通っているような気がする。目印になるものが少ない。似たような外観の建物、似たような雑然とした資材の山。方向感覚が、じわじわと怪しくなっていく。
焦りが、胸の奥にじわりと滲んできた。
あまり遅くなれば、ゲーツから連絡が来る。今日は「友達と」で乗り切れるつもりでいたが、日が完全に暮れるまでには帰らなければ、さすがに怪しまれる。
――帰ろうか。
そう思っても、ドゥーはあてもなく歩き続けてしまった。どこかに、どこかの壁に入口か、はたまた出口がないか。しかし、心の内で密かに、出口も入口もないのではないかと思い始めていた。
ただの錯覚かもしれない。しかし、この雑然とした戦災難民の集まりの中に、自分の探しているものなどあるのだろうか。ゲーツたちの集めた情報は完全ではないかもしれない。尚更、ドゥーはそれを盗み聞きしただけ。ドゥー自身でも、完全に聞き取れたわけではないことは自明の理だった。
いつしかドゥーは、水路脇の歩道に降りてしまっていた。昼間はキラキラしていたかもしれない水の流れは、太陽光が遮られてしまって暗く淀んでいた。
「もう、帰ろっかな……」
ゲーツも心配してるかも。
そう言って顔を上げた瞬間。
その水路沿いの壁に。
ドゥーの足が、止まった。
光の粒。丸を重ねたような、瞬くような形。壁の一角に、いくつも描かれている。
「……」
声も出なかった。ドゥーは、吸い寄せられるように、その壁の前まで歩み寄った。
間違えるはずがなかった。
これまで、何度もこの模様を見てきた。コロニーの外壁に浮かんだ光の粒。あの日、「キラキラ」と口にしたときの、あの模様と、まったく同じ形をしている。
スプレー缶式の塗料か何かで描かれたものらしい。丁寧なのか、雑なのか、判断がつかない筆致だった。ただ、その一つ一つの粒に、確かに「同じもの」が宿っているのが、ドゥーには分かった。
「……ここにも」
指先が、無意識に壁へと伸びる。触れる直前で、ドゥーはそれを止めた。壁の塗料に触れたところで、何かが分かるわけではない。それでも、触れたい衝動が、抑えきれずにあった。
この壁の目の前に、赤いガンダムのパイロットがいた。
その確信だけが、胸の中で膨らんでいった。
どれくらい、その場に立ち尽くしていただろうか。
背後で、複数の足音がした。話し声も、一緒に近づいてくる。
「――だから、シュウジってばほんと大雑把なんだって。あたしがいなかったら」
「……道具の返却、忘れてただけでしょ」
二人分の声だった。ドゥーは、慌てて壁から一歩離れた。だが、隠れる場所も、ごまかす時間もなかった。
歩道の向こうから現れたのは、小柄な赤髪が特徴の少女と、もう一人、黒い長髪の細身な少女だった。二人は、ドゥーの姿と、その視線の先にある壁の模様を、ほとんど同時に見つけたようだった。
会話が、ふつりと止まる。
「――え」
少し小柄な女学生――赤い髪に利発そうな顔をした少女が、足を止めた。表情から、それまでの気安さが、すっと引いていくのが分かった。
「えっと……あんた、誰」
声の温度が、明らかに変わっていた。
もう一人――少し捨て猫のような雰囲気(なぜそう感じたのかは分からないが)を醸し出している方は、何も言わなかった。だが、その視線は、ドゥーと壁とを、素早く一往復していた。値踏みというより、警戒の色が濃い視線だった。
ドゥーは、心臓が跳ねるのを感じた。
しまった、と思った。この壁が、ただの落書きではないことを、少なくとも二人のうち一人は既に知っている。その気配が、はっきりと伝わってきた。
「……えっと」
言葉に詰まる。何と説明すればいいのか、とっさに出てこなかった。
「ここで、何してるの」
赤髪のジト目が、一歩、間合いを詰めてきた。友好的な響きは、どこにもなかった。