ドゥーのリベリオン   作:夏で腐ったチキン南蛮

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第3話 ネノクニ ②

 日が、少しずつ傾き始めていた。

 

 ドゥーは、迷路のように入り組んだ路地を、当てもなく歩き続けていた。

 

 同じような路地を、何度も通っているような気がする。目印になるものが少ない。似たような外観の建物、似たような雑然とした資材の山。方向感覚が、じわじわと怪しくなっていく。

 

 焦りが、胸の奥にじわりと滲んできた。

 

 あまり遅くなれば、ゲーツから連絡が来る。今日は「友達と」で乗り切れるつもりでいたが、日が完全に暮れるまでには帰らなければ、さすがに怪しまれる。

 

 ――帰ろうか。

 

 そう思っても、ドゥーはあてもなく歩き続けてしまった。どこかに、どこかの壁に入口か、はたまた出口がないか。しかし、心の内で密かに、出口も入口もないのではないかと思い始めていた。

 

 ただの錯覚かもしれない。しかし、この雑然とした戦災難民の集まりの中に、自分の探しているものなどあるのだろうか。ゲーツたちの集めた情報は完全ではないかもしれない。尚更、ドゥーはそれを盗み聞きしただけ。ドゥー自身でも、完全に聞き取れたわけではないことは自明の理だった。

 

 いつしかドゥーは、水路脇の歩道に降りてしまっていた。昼間はキラキラしていたかもしれない水の流れは、太陽光が遮られてしまって暗く淀んでいた。

 

「もう、帰ろっかな……」

 

 ゲーツも心配してるかも。

 

 そう言って顔を上げた瞬間。

 

 その水路沿いの壁に。

 

 ドゥーの足が、止まった。

 

 光の粒。丸を重ねたような、瞬くような形。壁の一角に、いくつも描かれている。

 

「……」

 

 声も出なかった。ドゥーは、吸い寄せられるように、その壁の前まで歩み寄った。

 

 間違えるはずがなかった。

 

 これまで、何度もこの模様を見てきた。コロニーの外壁に浮かんだ光の粒。あの日、「キラキラ」と口にしたときの、あの模様と、まったく同じ形をしている。

 

 スプレー缶式の塗料か何かで描かれたものらしい。丁寧なのか、雑なのか、判断がつかない筆致だった。ただ、その一つ一つの粒に、確かに「同じもの」が宿っているのが、ドゥーには分かった。

 

「……ここにも」

 

 指先が、無意識に壁へと伸びる。触れる直前で、ドゥーはそれを止めた。壁の塗料に触れたところで、何かが分かるわけではない。それでも、触れたい衝動が、抑えきれずにあった。

 

 この壁の目の前に、赤いガンダムのパイロットがいた。

 

 その確信だけが、胸の中で膨らんでいった。

 

 

 

 どれくらい、その場に立ち尽くしていただろうか。

 

 背後で、複数の足音がした。話し声も、一緒に近づいてくる。

 

「――だから、シュウジってばほんと大雑把なんだって。あたしがいなかったら」

 

「……道具の返却、忘れてただけでしょ」

 

 二人分の声だった。ドゥーは、慌てて壁から一歩離れた。だが、隠れる場所も、ごまかす時間もなかった。

 

 歩道の向こうから現れたのは、小柄な赤髪が特徴の少女と、もう一人、黒い長髪の細身な少女だった。二人は、ドゥーの姿と、その視線の先にある壁の模様を、ほとんど同時に見つけたようだった。

 

 会話が、ふつりと止まる。

 

「――え」

 

 少し小柄な女学生――赤い髪に利発そうな顔をした少女が、足を止めた。表情から、それまでの気安さが、すっと引いていくのが分かった。

 

「えっと……あんた、誰」

 

 声の温度が、明らかに変わっていた。

 

 もう一人――少し捨て猫のような雰囲気(なぜそう感じたのかは分からないが)を醸し出している方は、何も言わなかった。だが、その視線は、ドゥーと壁とを、素早く一往復していた。値踏みというより、警戒の色が濃い視線だった。

 

 ドゥーは、心臓が跳ねるのを感じた。

 

 しまった、と思った。この壁が、ただの落書きではないことを、少なくとも二人のうち一人は既に知っている。その気配が、はっきりと伝わってきた。

 

「……えっと」

 

 言葉に詰まる。何と説明すればいいのか、とっさに出てこなかった。

 

「ここで、何してるの」

 

 赤髪のジト目が、一歩、間合いを詰めてきた。友好的な響きは、どこにもなかった。

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