私には、大好きな場所がある。
その場所の名前は――喫茶リコリコ。
表向きは、ちょっと変わったメニューもある普通の喫茶店。
コーヒーを飲みに来る人がいて、おしゃべりをしに来る人がいて、時には「そんなことまで喫茶店に頼む?」っていうような依頼まで舞い込んでくる。
でも、私にとってはただの喫茶店じゃない。
ここには、私の大切な人たちがいる。
まずは、先生。
私の恩人で、大切な人。
昔からずっと私を見守ってくれている。
面倒をかけちゃうことも多いけど……まあ、それはこれから少しずつ恩返ししていけばいいよね。
それから――。
「千束、また何か余計なことを考えてない?」
「えっ!? 考えてない考えてない!」
カウンターの向こうから飛んできた声に、私は慌てて両手を振る。
……危ない危ない。
私のお姉ちゃんみたいな人。
もちろん、本人の目の前では絶対に言わないけどね!
そんなこと言ったら、どんな顔されるか分かんないし。
そして。
もう一人。
私にとって、とっても大切な人がいる。
憧れの人。
昔から追いかけてきた人。
どれだけ近づいても、まだまだ遠く感じてしまう人。
そして――。
私が、大好きな人。
「…………」
カウンターの一番端。
いつもの席に、その人はいた。
二十歳。
私より少し年上で、いつだって冷静。
騒がしい店内でも関係なく、静かにコーヒーを飲んでいる。
姿勢は綺麗で、表情はほとんど変わらない。
そして何より――。
全然しゃべってくれない。
私は頬を膨らませながら、その人の横顔をじーっと見つめた。
「…………」
反応なし。
もう少し見つめる。
「…………」
やっぱり反応なし。
さらに近づいてみる。
「…………」
……むぅ。
「ねえ」
「……なんだ」
やっとしゃべった!
私は思わず笑顔になる。
「呼んでみただけ!」
「そうか」
そして、またコーヒーに視線を戻してしまった。
「えー!? それだけ!?」
「他に何かあるのか」
「あるよ! いっぱいある!」
「なら話せ」
「そういう問題じゃないの!」
私が欲しいのは、そういう反応じゃないんだけどなぁ。
もうちょっとこう……。
向こうから話しかけてくれるとか。
今日の私を見て何か言ってくれるとか。
たまには笑ってくれるとか。
……まあ。
この人がそんなことをするところなんて、ほとんど想像できないけど。
でも。
だからこそ――ちょっとくらい、私にかまってほしい。
「ねえねえ」
「……今度はなんだ」
「今日暇?」
「用件を言え」
「冷たっ!」
そう言いながらも、私は笑っていた。
だって私は知っている。
この人は、本当に冷たい人じゃない。
言葉が少なくて。
不器用で。
何を考えているのか分かりにくくて。
それでも――誰かが本当に困っている時には、必ず手を差し伸べる。
昔から、そうだった。
だから私は、この人に憧れた。
いつか追いつきたいと思った。
そして気づいた時には――。
憧れだけじゃ、なくなっていた。
「…………」
「ん?」
ふと、彼が私を見る。
一瞬だけ視線が重なる。
私は笑った。
「なーんでもない!」
「……そうか」
またそれ!
ほんっと無口なんだから。
でも――まあ、いっか。
今日も先生がいて。
みんながいて。
そして、大好きな人がここにいる。
だから私は、この場所が大好きだ。
喫茶リコリコ。
ここは――私にとって、かけがえのない場所なのだ。