作:ハーレム人気者

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始まり③

休憩を終え、店内へ戻る。

相変わらず客の姿はない。

ガラガラだ。

静かな店内を見渡しながら、俺はカウンターへ向かう。

すると――。

「遅い!」

戻って早々、聞き慣れた声が飛んできた。

「……そうか?」

「うん。遅い!」

千束が不満そうな顔でこちらを見ている。

「休憩時間の範囲内だ」

「そういう問題じゃないの!」

「では、どういう問題だ」

「私が待ってた!」

「……そうか」

「そうなの!」

よく分からん。

俺がエプロンを手に取ると、千束がすぐ近くまで寄ってくる。

そして――。

「ん?」

突然、千束が鼻を押さえた。

「くさっ」

「……そうか?」

「うん」

鼻を押さえたまま、千束が俺を見る。

「レン、タバコ吸ってたでしょ」

「……ああ」

「やっぱり!」

露骨に嫌そうな顔をされた。

「そんなに臭うか?」

「臭う!」

即答だった。

「そうか」

「そうだよ!」

「なら離れていればいい」

「それはイヤ」

「…………」

矛盾している。

臭いと言っているくせに、離れる気はないらしい。

むしろ当然のように俺の隣に立っている。

「臭いんじゃなかったのか」

「臭いよ?」

「なら、なぜ来る」

「だってレンにかまってほしいから」

「…………」

迷いのない返答だった。

俺は千束を見る。

千束も俺をじっと見上げている。

「レン」

「なんだ」

「さっき言ったよね?」

「何をだ」

「相手してくれるって!」

「ああ」

「じゃあ――」

「閉店してからだ」

「えぇー!?」

千束の声が店内に響く。

「今じゃないの!?」

「仕事中だ」

「でも、お客さん誰もいないよ?」

千束がガラガラの店内を指差す。

確かに客はいない。

だが、それとこれとは別だ。

「営業時間中であることに変わりはない」

「真面目すぎるよ、レン!」

「働け」

「むぅ……」

千束が頬を膨らませる。

少しして、こちらをちらりと見る。

「……閉店したら、本当にかまってくれる?」

「ああ」

「絶対?」

「ああ」

「約束?」

「何度確認するつもりだ」

「だってレンだもん」

「どういう意味だ」

「そのまんまの意味!」

意味が分からん。

だが、千束は納得したらしい。

「よーし!」

両手を上げて、急にやる気を出す。

「それじゃあ早く閉店時間にならないかな~」

「仕事をしろ」

「してるって!」

そう言いながら、千束は上機嫌でカウンターを拭き始める。

随分と分かりやすい奴だ。

「へぇ~?」

その時。

少し離れたところから、妙に楽しそうな声が聞こえてきた。

ミズキだ。

「な、なに?」

千束が振り返る。

「別にぃ?」

ミズキはニヤニヤしながら千束を見ている。

明らかに何か言いたそうな顔だ。

「……何よ、その顔」

「いやぁ、千束ちゃんが随分ご機嫌だなぁと思って」

「いつもご機嫌ですー!」

「ふーん?」

ミズキの視線が俺へ向く。

そして、再び千束へ。

「閉店後にレンにかまってもらえるのが、そんなに嬉しいんだ?」

「――っ!」

千束の動きが止まった。

「ち、違うし!」

「何が違うの?」

「別にそういうんじゃないから!」

「私はまだ何も言ってないけど?」

「…………」

千束が黙り込む。

ミズキが楽しそうに笑う。

「千束、分かりやすすぎ」

「ミズキぃ!」

「はいはい」

「もう!」

千束は頬を膨らませ、俺の方を見る。

「レンも何か言ってよ!」

「……何をだ」

「ミズキがからかってくる!」

「そうか」

「そうかじゃない!」

俺にどうしろというのだ。

ミズキが呆れたように肩をすくめる。

「レンもレンよねぇ。こんなに千束がかまってほしそうにしてるのに」

「…………」

「ちょっ、ミズキ!」

「閉店後は二人で何するのかしらねぇ?」

「何もしないってば!」

「私は『何するの?』って聞いただけよ?」

「~~っ!」

また引っかかっている。

本当に単純な奴だ。

「レン!」

「なんだ」

「笑ってない!?」

「笑っていない」

「ほんとに?」

「ああ」

「……怪しい」

千束が俺の顔を覗き込んでくる。

俺は何も言わず、その視線を受け流す。

そんな俺たちを見て、ミズキはますます楽しそうな顔をした。

「それにしても千束、そんなにレンのことが――」

「ミズキ」

低く、落ち着いた声が割って入った。

「ん?」

ミズキが振り返る。

そこにはミカが立っていた。

「その辺にしておきなさい」

「あら、おっさん。いいところだったのに」

「千束をからかうのも程々にな」

「先生ぇ!」

助かったと言わんばかりに、千束がミカを見る。

「ミズキがずっとからかってくるんだよ!」

「誰かさんが分かりやすいからでしょ?」

「ミズキ!」

「ほら、また始める」

ミカは困ったように二人を見る。

「ミズキ」

「分かったわよ。もう言わないって」

ミズキは両手を上げる。

「まったく……おっさんは千束に甘いんだから」

「そういう問題ではない」

「はいはい」

どうやら一段落したらしい。

「先生、ありがとー!」

「千束もだ」

「え?」

「営業時間中だぞ」

ミカが千束の手元を指す。

途中まで拭いていたカウンターが、そのままになっている。

「……あ」

「レンとの約束が楽しみなのは分かるが、まずは仕事だ」

「せ、先生まで!」

千束が慌てる。

「俺は何も言ってないぞ?」

「言ってるようなものだよ!」

「そうか?」

「そうだよ!」

「ふふっ」

横ではミズキが笑いを堪えている。

「ミズキ!」

「私は何も言ってませーん」

「顔! 顔が言ってる!」

再び騒がしくなる店内。

俺はその光景を眺め、小さく息を吐いた。

相変わらず騒がしい店だ。

だが――。

不思議と、この騒がしさは嫌いではなかった。

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