名探偵・鬼方カヨコは見逃さない 〜陸八魔アル(非)殺人事件〜   作:アル飯

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5.現場に残されていたモノ

「改めて見ると……凄い勢いで頭をぶつけたみたいだね」

 

 一時間後。

 ムツキにも先程同様の説明をし、三人は再び停電から復旧したオフィスに戻り、アルの倒れていた浴室を検めていた。

 

 アルのスマホと接続されていたBluetoothスピーカーからは既に音がしなくなっており、あれだけ降っていた雨もいつの間にか止んでいる。部屋は静まり返っており、窓越しに聞こえるうるさいぐらいのセミの鳴き声と三人の足音だけが響き渡っている。随分物音が響く物件だと思っていたが、どうやら物が全然置かれていないのとコンクリート打ちっぱなしの壁が原因らしい。

 

 アルを見つけた当時はスマホのライトを使っていたせいで気付けなかったものもあるんじゃないか、とカヨコは浴室の電気をつけ、まじまじと風呂場を覗き込む。

 

 激安物件らしく風呂場は最低限の広さしかない。特に浴槽のせいで横幅が非常に狭く、アルも発見された時は頭は浴槽の縁にひっかかるように止まっており、足は天井に向かって投げ出されているような体勢──ちょうど「へ」の字をひっくり返したような状態で発見された。

 

 ステンレス製の浴槽のヘリには、まるで真球を押し付けたかのような綺麗な凹みがあり、頭の大きさよりも少し大きい程度のものであることからも、恐らくアルはここに頭をぶつけて気絶したものだとカヨコは見ていた。

 

 浴槽にはフタがされており、中が見えないようになっている。カヨコがフタを取り外すと、中にはパンパンにお湯が張られていた。入浴剤が入れられた濁り湯は真っ白で、フタがついていただけあって血が混入した様子はない。手を浸けるとまだほんの少しだけ温かさが残っていた。

 

「ちゃんとお湯まで張ってたんだ……」

 

 言いながらカヨコは背後に目を向ける。

 壁面には細かな飛び散った血が付着しているが、一番多く流れ出ていた後頭部からの血は、流れ続けていたシャワーによってほとんど流れていってしまっているようで、流れた血の跡が道のようにうっすらと排水口へ続いているだけだった。

 

 排水口自体はまだほとんど誰も使ったことがないため非常に綺麗で、髪の毛を流さないようにかけられたネットにはアルのものと思われる赤い髪の毛が数本引っかかっているだけだった。

 

「ねぇねぇカヨコちゃん」

「何? ムツキ」

 

 ちょんちょん、とカヨコの肩が叩かれる。振り返ると、脱衣所の方を調べていたムツキがアルの着ていたボロのTシャツとショートパンツ、下着を手に頬を膨らませている。

 

「脱衣所はアルちゃんがあの日着ていた服しかなかったよ。もう、現場検証なんてムツキちゃんつまんな〜い!」

 

 服をポイと投げ出すと、ムツキは洗面台に腰掛けて足をプラプラさせながら言う。

 

「アルちゃん、着替えも用意せずお風呂に入って、出てくる時どうするつもりだったんだろうね? 普段なら脱衣所に新しい服用意してあるからそのまま着替えたらいいけど、それすらまだダンボールから出してないし!」

「裸で出てくるつもり……なわけないか。忘れてたのかな」

 

 社長らしいといえばそうだけど、とカヨコは脱衣所を眺める。実際アルは全裸の状態で脱衣所から出るハメになったのだが、事故が起きようと起きまいと、着替えがないのだからその結果は同じだったらしい。

 

 再び脱衣所にカヨコは目を向ける。上半身程度の大きさの姿見と、流し台とその下の申し訳程度の収納スペース、(なにも置かれていないが)洗濯機を置くスペース、そしてゴミ箱。脱衣所にはそれぐらいしか用意されていない。ほとんど何も入ってないゴミ箱をカヨコは漁るが、中には発泡タイプの入浴剤の空袋、使用済み綿棒にコットンシートが入っているだけだった。

 

「大体、犯人がどうやって部屋に侵入したのか分かんないと、本当に侵入者がいたのかどうかも分からないと思うんだけど?」

 

 ムツキの言葉にカヨコは頷く。

 

「そうだね。社長の証言と私の記憶だと、間違いなく家の鍵は閉まっていたはず。確かあの時一番最初に玄関の扉を開けたのはムツキだったよね? 何か覚えてることはない?」

 

 カヨコの言葉に、何事か思案するようにムツキの目が上を向いたが、一瞬の後には再びカヨコの方に目線を戻した。

 

「全然分かんない! 見た限り鍵が壊されたようすも無いし、鍵自体私たちの入居を機に取り替えられたものだから合鍵があるってこともないと思うし!」

 

 実にあっさりとした答えに、思わずカヨコは眉間に皺を寄せ、額を手でおさえた。

 

「まぁ家の中に入る方法はいくらでもあるか……宅配業者を装ってドアを開けさせるとか……」

「──いや、それはないんじゃない?」

 

 実にあっけらかんとした様子で首を左右に振りながらムツキは即答した。サイドテールが生き物のようにゆらゆらと揺れている。

 

「どうしてそう思ったの?」

 

 カヨコの問いかけに、ムツキは一瞬首を捻ると、指で浴室を指した。

 

「だってほら、アルちゃんが見つかった状況を考えてみてよ。お風呂に入ってて、全裸だったんだよ? いくらアルちゃんがうっかりしてるとはいえ、全裸で玄関まで行くことはないと思うなぁ。しかも倒れてたのもお風呂場だから、玄関からお風呂場まで全裸のアルちゃんと一緒に移動して、お風呂場に入った瞬間に攻撃する、なんて普通は無理だと思わない?」

 

 確かにね、とカヨコは頷く。いくら色々そそっかしくて心配になるアルでも、まさかそこまで迂闊ではないだろう。

 

「……でもそうなると、鍵も新しくしたばかりのこの家に侵入するのは難しいんじゃないかな。ピッキングの痕跡はなかったんだよね?」

「うん! それはちゃんとチェックした! 少なくとも不審な部分はなんにもなかったかなぁ」

 

 ムツキが手でピッキングのジェスチャーをしながら言う。相当手馴れた手つきであることには目を瞑り、カヨコは脱衣所の扉を開け、ハルカが何やら探し物をしている玄関の方向を見た。

 

「出る時に鍵は閉めていなかった……目立つ場所に財布と鍵が両方置かれているのに、それにすら手をつけていない。事故に見せかけるためなら……絶対に鍵を閉めたほうがいいハズなのに……」

 

 盗まれたものは現状見当たらず、泥棒目的でもない。事故に見せかけるような犯行を見るに、報復目的でもない。

 

「目的は一体……何?」

 

 そんなつぶやきが聞こえたのか、何やらしゃがみこんでいたハルカが立ち上がると、小走りで駆け寄ってくる。

 

「か、課長。事務室でこんなものを見つけました……今回の事件とは関係ないのかもしれないですが……」

 

 ハルカがおずおずと差し出した手の上には、リモコンと電池が置かれている。

 

 リモコンは件のレコード型スピーカーを動かすためのもので、電池用の蓋は外されていた。

 

「ハルカ、これはどこから?」

「リモコンは応接セットの机の上、電池はまとめてアル様の机の上に置いてありました」

 

 ハルカはそれぞれの机を指差しながら言った。

 

「床に落ちていた、って訳じゃないなら、落下の衝撃で中身が飛び出たって訳でもなさそうだね」

「ハイ。電池はちゃんと転がらないようにマイナス側を立てて置かれていましたし、アクシデントではなくて理由があって置かれていたものだと思います」

 

 電池切れとか、ですかね……? とハルカが首を傾げながら言う。

 

「で、でも事件には関係ないのかもしれません。すみません余計なことを言ってしまって……」

「……いや、ありがとうハルカ。お陰で状況がなんとなく掴めてきた気がするよ」

 

 ペコペコと頭を下げ始めたハルカの頭を一撫でする。嬉しそうに目を細めつつも、恐縮しているのかハルカはさらに肩を縮めて小さくなった。

 

「ところで、さっき玄関で何かを探してたみたいだけど、何かあったの?」

「そ、それは……あそこの玄関の部分が湿っているのが気になったんです」

 

 ハルカが玄関のタタキを指さした。

 

「……確かに。ここだけ妙に湿ってる?」

 

 人工大理石敷きになっている玄関のタタキの一部だけが湿り気を帯びていることにカヨコも気が付く。いくら吸水性の悪い人工大理石とはいえ、これだけの時間が経ってまだ湿り気が残っているということは、そこそこ大量の水がここに垂れていたハズだ。

 

 カヨコは顎に手を当てて、壁にもたれかかった。コンクリートうちっぱなしの壁からひんやりとした感覚が背中に伝わる。

 

 先程の豪雨で濡れた時のものか、とカヨコは思い至ったが、三人は全身びしょ濡れになっており、全体が濡れているならまだしも、その一角だけが濡れているということは考えにくい。

 

「シャワーの水……な訳ないか……」

 

 シャワー室からは遠く離れすぎており、水がここまで届くことはない。綺麗な水か汚い水か分かればなぁ、とカヨコは床をまじまじと見つめるが、水質検査キットなどを今から用意して検査するには乾きすぎている、と首を振った。

 

(現場に残されていたものは大体これで全部……)

 

 カヨコはこれまでに見つかった物──入浴剤の袋、綿棒、コットンシート、リモコンと電池カバー、中に入っていたであろう単三電池──を机の上に並べ、足を組んで椅子に座り込む。

 

(大事なのはアレが見つからないってところだけど……犯人はアレを持ち去ったことになる……? いや、でもそれも──)

 

 ──「げっ」というムツキの声に思考を中断される。二人が目を向けると、冷蔵庫からアイスを取り出したらしいムツキが顰め面をしている。どうやら停電の間に溶けてしまったらしい。

 

「も〜! 本ッ当にツいてないんだから!」

 

 袋の端を破って中からアイスを吸い出し始めたムツキを見て、カヨコはハルカと目を合わせる。そういえば、倒れたアルを見つけてから何も食べていなかった。

 

「ハルカ、一旦休憩にしてご飯でも食べようか」

「い、いえ、しかしアル様の仇を見つける前に私みたいな下っ端がそんなことをする訳には……」

 

 俯きがちに指をもじもじ動かしているハルカの肩に手を置き、大丈夫、とカヨコは話しかけた。

 

「まだ全部じゃないけど、何となく事件の全容は見えてきつつあるから。ご飯を食べて、一旦整理しよう?」

 

 ね? と優しく語りかけるカヨコの言葉に、ハルカは無言でコクリと頷いた。「謎解きはディナーのあとで、ってやつだね」と呟くムツキのことは無視して、カヨコは昼に買っていた三人分の弁当を取り出したのだった。

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