こちらダンジョンマスター。異世界にてソシャゲ式ダンジョン始めました 作:スネージヤナ最高でしたね(追い課金)
「リンスレット・フォン・エーデルワイス! 貴様との婚約は破棄だ!
貴様がユーシェに対し数々の悪行を働いたこと、王太子であるこの私が見抜けないとでも思ったか!? 貴様のような悪辣な女が我が国の王太子妃になるなど断じてあってはならん!
よって! 私ここにいるユーシェ嬢こそを婚約者とする! 心優しい彼女こそが私の伴侶に相応しい!
そしてリンスレットよ! 我が婚約者という立場を笠に好き放題した報いを受けてもらおう! 貴様を追放刑に処す!!」
王立学園で行われた卒業パーティー。
その日、リンスレット・フォン・エーデルワイスは全ての尊厳を失った。
◇◆◇
夜の街道を一台の馬車が駆けている。
しかし、それを馬車と呼ぶには、あまりに粗末な作りだった。
ボロい麻布を被せただけの屋根。
木板を適当に組み合わせたような車体には何度も補修の後がある。
少しの段差を通過するたびにギシギシと悲鳴を上げる様は、平民ですら顔を顰めるだろう。
そんな馬車の中に、みすぼらしさとは対極にいる光り輝くような美少女がいた。
艶やかな輝きを放つ黄金の御髪。
長いまつ毛を侍らせるのは、魔性の輝きを放つ真紅の瞳。
華奢ながらも女性らしい曲線美を描いた身体が纏うのは、上品なデザインの制服だ。
それは貴族を始めたとした富裕層の子息子女にのみ通うことの許された、王立学園のものである。
つまり少女は本来、このような粗末な場所に乗せられるような人間ではないのだ。
だが、少女は何の異議も唱えない。
まるで沙汰を待つ罪人のように伏して沈黙を保っていた。
(――どうしてこんなことになってしまったのかしら)
ガッと車輪が石を踏み、荷台が大きく跳ねる。
酷い揺れに苛まれながらも少女――リンスレット・フォン・エーデルワイスの思考は、内側へと没頭していた。
リンスレットは公爵令嬢である。
王家の打診により第一王子の婚約者となり、幼い頃から厳しい妃教育を受けてきた。
学園に入学してからは、そこに政務やダンジョン探索も加わった。
この世界において戦う力を身に付けることは、貴族の義務だからだ。
期待に胸をときめかせながら入学式を迎えたのは何だったのか。
多忙に多忙を重ねた結果、ほとんど学園に通えたためしがない。
それどころか屋敷に帰る余力すらなく、王宮内に宛がわれた部屋で寝泊まりする毎日。
過労でいつ倒れてもおかしくない状況だった。
リンスレットがそんな重荷を背負っている中、婚約者たる王子は碌に政務に携わることをしなかった。
学園生活を謳歌し、ダンジョンにて華々しい武勇を咲かせ賛美を浴びていたのだ。
それに思うことはあれど、同時に仕方ないとも思っていた。
ハッキリ言うと、第一王子は武勇こそ優れているものの、それ以外は極めて凡庸だったからだ。
そんな王子を支えるために宛がわれたのが、リンスレットである。
リンスレットが行っている政務も、本来は王子が行うべきものだった。
それを彼女が肩代わりしているのだ。
そして王子はそのことを当然のように受け止めていた。
感謝されたことなど一度もない。
それどころか、学園に顔を出さないリンスレットを『不真面目』と叱責することさえあった。
そう、王子は知っているはずなのだ。
リンスレットが碌に学園に通えていないことを。
ユーシェという少女に悪行を働くなど、物理的に不可能ということを。
だというのに、噂では王子と仲睦まじいユーシェに嫉妬したリンスレットが彼女に様々な嫌がらせを行ったことになっていた。
そもそもリンスレットは、ユーシェという少女を知りもしないというのに。
もちろんリンスレットは無実を訴えた。
王子にも、周りにも、友人にも。
逸る気持ちを何とか鎮め、論理的に説明したのだ。
しかし、リンスレットの言葉を信じた者は、誰もいなかった。
多くの者が軽蔑と嫌悪の視線を向け、友と思っていた者たちすらその顔を隠すように俯いたままだった。
剰え、王子からは『見苦しい毒婦め』と罵られる始末。
ここまで来れば、普段は冷静沈着なリンスレットもさすがに錯乱した。
すると王子はこれ見よがしに衛兵を呼び寄せ、取り乱したリンスレットを拘束させたのだ。
狂乱するリンスレットの姿は、さぞかし見ものだったに違いない。
半ば引きずられる形で会場を後にしたリンスレットは粗末な馬車に放り込まれ――そして今に至る。
こうしてリンスレット・フォン・エーデルワイスは全てを失った。
「…………」
胸中にあるのは虚無感だ。
怒りはない。
自分の人生は一体何だったのかと、ただただ虚しかった。
王子から好かれていないのは分かっていた。
リンスレット自身、王子に恋をしているわけではない。
それでも将来はこの人と国を支えていくのだと思っていた。
政略結婚とは、そういうものだから。
極めつけは、友人たちからの反応だ。
ほとんど学園に通えなかったリンスレットにできた、たった二人の友人。
ダンジョンに挑む際は、彼女たちとパーティを組み、様々な艱難辛苦を乗り越えてきた。
頼りがいのある仲間だった。
あの瞬間だけは自分という存在を実感できた。
親友と呼ぶに相応しい友人……だったのだ。
そんな彼女たちから顔を背けられたのは、相当に堪えた。
仲間だと、友人だと思っていたのは自分だけだったのだろうか。
あの時の彼女たちは、一体どんな顔をしていたんだろう。
感情が追い付かず、涙すら流れない。
どれだけの時間が流れたのか。
やがて馬車が停まり、御者が扉を開けた。
「リンスレット様」
御者が恭しく差し伸べた手を取り、リンスレットは馬車から降りた。
目の前に広がるのは、見渡す限りの大森林。
名を『ラビリンス大森林』と呼ぶ。
この大森林は世界の中心を抱きかかえるように鎮座しており、それでいながらも中立地帯、或いは無主地という、国家からすれば喉から手が出るほどに欲しい未開拓領域だ。
資産的価値は未知数。
ここを手中に治めることができれば、どれだけ優位に立てることか。
世界に覇を唱えることだって可能かもしれない。
歴代の王たちは捕らぬ狸の皮算用に舌なめずりして幾度となく遠征軍を送り込んだ。
そして――そのすべてが壊滅した。
ラビリンス大森林は、人類にとってあまりにも過酷な環境だったのだ。
数多ものダンジョンが生まれては消えを繰り返した弊害によるものか、木々は不気味に曲がりくねり、コンパスも効かない。
科学的には説明の付かない超常現象すら発生する始末。
天候や寒暖の移り変わりも激しく、たった一時間の間に熱帯と寒帯が入れ替わったという記録すらあった。
そこに強大なモンスターが跋扈しているとなれば、未開拓領域のままというのも頷ける話だった。
現在では、各国が互いを牽制しつつ、一部の者だけが踏み入ることの許された危険地帯となっている。
その一部というのが実力を認められた上級冒険者と、追放刑にあった罪人だ。
後者の場合は許されたというより、強制的に、だが。
そしてリンスレットは後者だった。
つまり追放刑とは、屈強な冒険者すら一瞬の油断が命取りとなる危険地帯へと送り込む――事実上の死刑宣告である。
「ここまでありがとうございました、アドルフ様」
憔悴の渦中にありながらもリンスレットは佇まいを直し、深々と頭を下げた。
それでも何もかもを取り繕えたわけではない。
数日前までは薔薇のように凛としていた雰囲気は、今にも壊れてしまいそうなほどに儚げであった。
「っ、リンスレット様は、このままラビリンス大森林に向かわれるおつもりですか?」
一瞬、耐え兼ねたような表情を見せる御者だったが、すぐに顔を引き締めて問い掛けた。
リンスレットはやはり儚げに微笑む。
「はい」
「武器も、食料すら持たされていないんですよ……?」
「それが追放刑ですから」
そこにあるのは諦観のみ。
何もかもが虚しかったのだ。
それでは、と踵を返したリンスレットの手首を御者が掴んだ。
「アドルフ様?」
「……リンスレット様。私は、殿下の下した決断に疑いをもっております」
「……聞かなかったことに致します。側近である貴方が殿下に疑いを持つなど、あってはならないことですから」
そう、目の前の御者――アドルフは王太子の側近だった。
騎士団長の息子であり、将来は即位した王太子の剣と盾として約束された未来を歩むはずなのだ。
そんな男が御者を務めたのは、リンスレットを確実にラビリンス大森林へと追放するよう王太子から直々の使命が下ったからだ。
だというのに。
「いいえ、側近だからこそ殿下が道を踏み外したとき、身命を賭して正さなければならないのです。それこそが私が心中に掲げた騎士道なのですから」
アドルフは語る。
あの日の王太子は冷静さを欠いていた。
そもそも王命による婚姻を、王の許可もなく独断で白紙になど戻せるわけがない。
今なら追放刑も撤回されている可能性がある。
だからラビリンス大森林には入らず、近くの村で身を潜めていてほしい、と。
「なぜアドルフ様は、そこまでしてくれるのですか?」
「騎士ですから。貴女様のような淑女が不当に虐げられるなど、到底容認できることではありません」
アドルフはリンスレットを安心させるよう莞爾として笑った。
こちらを真摯に慮る様子は、まさに乙女たちが恋焦がれる理想の騎士そのものと言えよう。
しかし、それが欺瞞であることをリンスレットは知っていた。
(何てよく回る舌なのかしら)
他人事のように思う。
この男は、何もしなかった。
耳障りの良い言葉を滔々と並べているが、あの卒業パーティーでは何もしなかったのだ。
それどころか暗い喜悦を仄かに忍ばせていたのをリンスレットは見逃さなかった。
その喜びは、リンスレットが落ちぶれる様を見てのものではない。
ようやく自分の物にできるという悍ましい情欲であった。
つまり、そういうことなのである。
例え王がどんな決断を下したにしろ、公衆の面前で恥をかかされたリンスレットに、もはや立場はない。
アドルフは、そんな自分を手籠目にでもするつもりなのだろう。
まるで悲劇のヒロインを救ったヒーローのように。
「分かりました」
一先ず了承すると、アドルフは柔らかに微笑んだ。
紳士然とした面の皮の下に、雄としての本能を包み隠して。
そこで二人は分かれた。
アドルフは砦まで送ろうとしたが、リンスレットが固辞したのだ。
帰参時間を超過すれば王太子に疑われてしまうとアドルフを気遣うように言えば、感極まったアドルフは簡単に頷いた。
荷台を外し、身軽になった馬に跨って帰途に付いたアドルフを見送り、リンスレットはラビリンス大森林へ歩を進める。
あの男の思惑に乗るくらいなら、死んだ方がマシだった。
詭弁でも、強がりでもない。
自分の中にある矜持を守るためでもない。
彼女の胸中にあるのは、徒労からくる虚無感だ。
もう、どうでも良かったのだ。
おそらく――否。
確実に自分は帰らぬ人となるだろう。
リンスレットは、ラビリンス大森林の脅威を良く知っている。
何故ならエーデルワイス公爵領は、ラビリンス大森林と隣接した土地にあるからだ。
エーデルワイス公爵家は、ラビリンス大森林から凶悪なモンスターが溢れ出た際、常にその最前線に立ち続けた。
王国最強と名高い
故に、エーデルワイス公爵家は、単なる名門貴族に在らず。
フィアレス王国を守護する、最も偉大な『盾』なのだ。
だからこそリンスレットは、王太子の婚約者に選ばれた。
エーデルワイスとの繋がりを密にしたい王家にとって、この婚約はエーデルワイスを抱え込むための、またとない好機だったのだ。
そんな王家の意向を、よりにもよって王太子が破断した。
しかもラビリンス大森林に追放するということは、エーデルワイス領を横断するということだ。
当然、エーデルワイス公爵に話を通すのが筋だろう。
だが、王太子一行は公爵に一報を届けることもせず、領地を素通りしていった。
これほど無礼な話もあるまい。
やおらにラビリンス大森林に入ると、変化は劇的だった。
四歩だ。
四歩進んだだけで、いきなり濃霧が湧き出したのだ。
「っ」
反射的に歩いた分だけ後退したが、そこに入口は無かった。
森に入り、二メートルも進んでいないというのに、リンスレットは深い森の中にいた。
濃霧は既にどこにもなく、四方八方どこを見ても不気味に捻じ曲がった木々が生い茂っている。
時おり遠くから悍ましいモンスターの鳴き声が木霊した。
(遠征が失敗するわけだわ)
やはりダンジョンの影響だろう。
ラビリンス大森林は、ダンジョンの発生率が比較的高い傾向にある。
しかし、その立地は上記の通り。
並みの冒険者が気安く入れる場所ではなく、上級冒険者も出来たばかりのダンジョンにはほとんど旨味がないため、攻略しようと思わない。
結果、誰にも見向きされないまま消滅というのをダンジョンは何度も繰り返していた。
もしもダンジョンに意思というものがあるのなら、リンスレットは『いい加減学べ』と心の底から思う。
もちろん、ダンジョンに意思があるというデータはないのだが。
何にせよ、ダンジョンが誕生と死を繰り返したことにより、ラビリンス大森林は半ば異界と化してしまったのだ。
宛てもなく彷徨っていたリンスレットは、やがて一つのダンジョンを発見する。
真っ白に輝く大樹のようなナニカ。
それがこの世界におけるダンジョンの外観だ。
リンスレットたち学園の生徒たちが通っていたダンジョンは、高さ一キロはあるだろう規格外のサイズだったが、眼前にあるダンジョンは百メートルにも達していない。
誕生したばかりの若木なのは明白だ。
そして間違いなく、誰にも気付かれないまま滅びを迎えることになるだろう。
今までのダンジョンのように。
そう思うと、何だかリンスレットはダンジョンを哀れに思った。
だから、だろうか。
自然とその足はダンジョンに向かっていた。
どうせ自分も無価値な存在だ。
ならば、このダンジョンの足しになればと同情でもしたのだろうか。
その真意は、リンスレット本人ですら分からない。
彼女は思考することもなく行動に移していた。
――それが、リンスレットの分岐点だった。
「らっしゃああせええええ! よくぞ! よくぞ来てくれた! お客さんはこのモノクロダンジョン最初のお客さんにして救世主だ! ありがてぇ、ありがてぇ……! お礼にダンジョンマスターであるこのオレが直々にダンジョンのナビゲートを仕り候! あ、でもその前に長旅を癒すためにお風呂いかがっすか? へへっ、お食事も用意しておりますことよ?」
「?????」
――後にリンスレットは語る。
この出会いは喜劇だ。
物語の始まりを予感させる
これらの主役を飾るには、眼前の男はあまりにもアレだった。
相棒と呼べる少女に人の心を説きながら、その実、一番人の心がない采配をして欲望という名の阿鼻叫喚に叩き落とす。
そして、そんな姿を見てキャッキャと笑うのだ。
彼はリンスレットを救わない。
リンスレットは勝手に救われる。
運命だとか必然だとか、そんな聞こえのいい言葉で飾るには、あまりにも締まらない始まり。
それでも、だ。
それでもリンスレットは思う。
この日、自分は運命に出会った。