大いなる力には大いなる責任が伴うらしいが転生者もそれに含まれますか? 作:御船上郎
-1-
頭が痛かった。
まるで重厚な鐘のように鳴り響き、そして脳髄を刺激する。
同時に胸の奥からやって来るのはそれに伴う吐き気だった。
胃袋と肺が蠕動し、内容物を吐き出そうとするが中身はもうない。
誕生と消滅を繰り返す無限の苦痛が終わり、彼は目を覚ます。
「は?」
彼の第一声はそれだった。
疑問、困惑、そして恐怖。
それら全てが混じり合わさった声である。
「俺、いや僕?」
自分という存在への認識が揺らいでいた。
先程の頭を襲う激痛から目覚め、呼び起こされた知らない、けれど自分のものだと解るシラナイ記憶である。
それがこれまでの自分の記憶と混ざり合い、頭を混乱させていた。
蹲り、頭を抱える嗚咽する。
「ピーター?音がするけど大丈夫?」
トントンとドアをノックされた。
初老の女性の声である。
「大丈夫だよメイおばさん!ちょっと躓いて転んだだけ!」
「そう、高熱だったんだから気をつけてね。ベンも心配してたんだから」
「うん!」
体に残った記憶がその声に反射的に答えた。
ピーター、メイ、そしてベン。
冷や汗が彼の背中に流れる。
この名前の羅列を聞いて、嫌な予感がしない者はいない。
なにせこの世で最も有名な悲劇のヒーローの一人の関係者たちだからだ。
「落ち着け、僕は誰だ・・・?」
混乱しきった脳髄を落ち着かせ、図書館で題名が解らない本を探す様に記憶を探る。
どうか、自分の直感が当たっていませんようにと願いながら。
「僕は、僕は・・・」
だが、現実は非常である。
呼び起こされた名前は、彼の曖昧だった知識と合致した。
ジャラジャラとジャックポットに当選した音が脳裏に響く。
「ピーター・パーカーだ」
そして彼は嫌な予感が現実となったことを悟り、そして思わず布団にくるまり叫んだ。
「スパイダーマンじゃねぇかぁあああああああ!!!」
蜘蛛男、親愛なる隣人。
MARVEL というアメリカンコミックレーベルの中での代表的ヒーローに自分は転生している。
それを確信した。
「神様、仏様、コズミックビーイング様、俺何か悪いことしましたか?」
かくいう彼、ピーター・パーカーになった男もスパイダーマンというヒーローは好きである。
だが転生したいかと言ったらNO、断固としたNOだ。
ピーター・パーカーという青年は身近な人間が死にまくるし、少なからず友人知人はヴィランになるし、なんだったら別ユニパースから蜘蛛狩りと称したクソつよ存在インヘリターズという奴らも来るのだ。
いいところ?そんなものはない。
「落ち着け、まだ俺がスパイダーマンと決まった訳じゃない。ほらマイルズとかが既にスパイダーマンとかがいる可能性も……」
そう呟きつつふらつく頭を支えるべく壁に手を付きもたれかかった。
彼の儚い希望というものはそんな日常動作で崩れる。
ぴたりと、手がくっついた。
少し上半身に力をいれる。
ひょいと、飛びあがり腕一般で壁に直角に倒立した。
分度器があれば九十度を指し示すような具合である。
「いやいや、ほらスパイダーセンス無いし」
そう呟いた瞬間、耳鳴りのような感覚がして壁に捕まっていない反対側の手を反射的に頭の後ろに動かす。
ばしり、と未来を予知したかのように完璧な捕球で後頭部に飛来した野球の球を掴み取った。
「すいませーん!野球のポールが入っちゃったんですけどー!」
隣の公園で遊んでいた子供のものらしい。
窓から乗り出し、軽く球を投げる。
ほんの少ししか力を入れていない筈なのに、かなり早く、そして正確に子供のグローブの中へと送球された。
「「「すげーっ!」」」
「は、はは。気を付けてね」
興奮しながら帰っていく子供達をぎこちない手を振りながら見送る。
最早疑う余地はない。
彼は、スパイダーマンになったのだ。
「嫌だなぁ」
そう、呟いたが最早これは確定事項だ。
過去改変能力は彼には無いしタイムマシンは手元には無い。
「でも、なあ」
彼の記憶は今まさに前世と現世の記憶が混じり合い、一つの物になる。
ベンとメイという家族の存在、父母がいなくなってからずっと自分を世話してくれた家族の記憶がよみがえっていた。
「僕がやらなきゃべンおじさんが死ぬだろ、これ」
ベン・パーカーが死ぬ理由。
それは数多のユニバースでは様々であるが主にピーター・パーカーが強盗を見逃しその犯人が何かが変わったピーターと話そうとしていたべンを殺すというものだ。
なら、その相手をきちんと捕まえれば、彼は死なないだろうか。
そんなわけはない。
「あの人が僕と話そうとしたのは僕が変わったからだし、なんなら今の俺が混ざった僕と話さないわけがない」
強盗を退治したから殺されない、わけが無い。
意地の悪いこのMARVEL世界の事だ、もし一度でも強盗を見逃せば間違いなくべンおじさんは殺されるだろう。
強盗を日常的に止める。
ただの学生がどうやって?
決まっている。
「スパイダーマンになるしか、ない」
ヒーローになるのだ。
息を吐いて、吐いて、そして漸く彼は事態を認識した。
極めて過酷で、困難な道を行くことに対する恐怖を飲み込み。
まずは己が何をできるのかを理解するために行動することにした。
覚悟は、まだ出来ていない。
-2-
もし、万が一、仮に。
スーパーヒーロー、スパイダーマンとして活動するうえで何が必要か。
それを確かめるべくピーターに転生した男は自身の能力を確認するべく、行動を始めた。
幸いなことに、今日は土曜日、休日である。
「もう大丈夫なのかピーター」
「うんおじさん、ちょっと散歩してくる」
「気を付けるのよピーター、病み上がりなんだから無理せずに早めに帰ってらっしゃい」
「わかってる」
そう言って小走りで出ていく彼の背中を見て叔父夫婦は言葉を交わした。
「あんなに速かったかしらあの子」
「もうハイスクールだ、俺も昔はああだった」
ピーターはそんな叔父たちの会話を知る由もなく、彼の住む町 NYで能力を試すのにいい場所を探す。
幸いなことに監視カメラの無い、空きビルが見つかった。
そこで早速彼は変異した自身の能力を、プロレスラーのマスクをかぶって試し始める。
まずは、代名詞である糸だ。
彼の知識ではスパイダーマンという超人には二種類存存在する。
糸を自力で出せる方と、出せない方だ。
中指と薬指を親指で抑え、人差し指と小指を伸ばす。
「ふんっ」
そうやって気合を込めた言葉で力を入れるがうんともすんとも言わない。
糸の欠片も手首からは発射されなかった。
そして小一時間様々なポーズでやってみるが同様の結果に終わる。
アクロバティックな変なポーズをしているマスク男がいるだけだった。
「糸は出ない感じか、ならそれ用のウェブシューターがいるな、とりあえず帰りに材料を買っていこう。」
ぶつぶつと必要な材料と加工道具を考えていく。
幸いなことに、彼の家というよりはベンおじさんの家にはガレージが存在しており、機械オタクだったからか機材が既にあるのだ。
スーツとウェブシューターをそこで作ろうと思い、次の実験に入る。
「じゃあ、次は身体能力だ」
脚を畳み、力をいれる。
そして思い切りジャンプした。
走高跳の新記録を遥かに超えて彼は跳躍する。
その人間を超えた加速の勢いのまま、壁を足場として屋上まで駆け抜けた。
「ハハっ!」
高速で変化していく景色、普通の人間では見れない景色、それを見たことで転生してよかったと思えた。
人間を超えた超人になったと、彼はこの通常ではありえない光景で漸く実感したのである。
「イヤッホーゥ!」
壁を走るその勢いのまま屋上へと駆け上り、思わず叫ぶ。
そして着地し痺れすら感じない己の肉体の強さを脳に刻み込んだ。
「身体能力はやはり高い」
屋上に放置された鋼材をひょいと持ち上げダンベルのように上下させる。
長く太いそれは恐らく水道用で、重機が必要なレベルのものだ。
しかしそんな以前では一ミリも動かないものを持ち上げてもやはり、負担はほとんどない。
まるで発泡スチロールで出来ているかのように軽く行える。
筋力や耐久力、そして反射神経と敏捷性。
どれをとっても肉体に染み付いた記憶の中の自分とはまるで違っていた。
「よし、ここまで」
自分がどこまでできるのか、やれるのかを知りたい。
そういう欲望はあったが、スマホを見ればかなりの時間がたっている。
ウェブシューターやコスチュームを作る手間と時間を考えれば時間は無い。
手早く外に設置された階段を一階ごとに飛び降りて高速で下に降り立ち材料を集めに向かった。
材料を買い揃え、ひっそりとガレージに隠し、そして家に入る。
「お帰りピーター、随分遅かったな」
「ああ、うん。ちょっと友達と会っててそれでちょっと話し込んでてさ」
新聞を広げる叔父が彼を迎えた。
視力が弱くなってきたのか眼鏡をかけ、細かい文章を読み込んでいる。
新聞はデイリービューグル、編集長はJJJ、ジェイ・ジョナ・ジェイムソン。
ああやはりこの世界はスパイダーマンの世界なのだ。
そう彼は思う。
「なにか面白い記事でもあった?」
「いいや?犯罪率は上がっているし市長への非難は高まっている位しかないな、次の候補も碌な人間はいないようだ。フィスク氏も出るとか言っているがどうにも胡散臭いよ」
チリチリと脳髄が疼く名前が出たような気がしたが考えないことにした。
脳の中を占めるのは、これから目の前の人物が死ぬ可能性の高さである。
「そっか、おじさんも気を付けて」
「なぁにこれでもボクシングでチャンプになったこともあるんだぞ?」
ピーターの心配に力こぶをみせてベンは安心するように言った。
しかし、胸中に安心というものが訪れることは無い。
「それでもだよ」
太く、分厚い二の腕である。
そこらのチンピラならぶちのめせるのかもしれない。
しかし、ベンが相手にするのは銃だ。
普通の人間が鍛えても撃たれれば死ぬのである。
実際転生した彼の知識には数多の銃器で死んだヒーローやヴィランの知識があった。
故にこのままでベンは死ぬ。
「顔色が悪いぞピーター、大丈夫か?」
血まみれで倒れるおじの姿が脳裏によぎりピーターの顔色は青白く変色した。
それを心配するベンの声を空元気でピーターは流す。
「だ、大丈夫。もう寝るよ」
ふらふらとした足取りで彼は自室へと戻り、ベッドへとダイブした。
柔らかなクッションや布団の感触は心地よかったが、目を閉じる気分にならない
ただ一人、呆然と天井を見つめる。
なぜ、どうして、こうなったのかなんて解らなかった。
MARVEL世界には全知全能とか、或いは現実を改変する奴なんてごまんといる。
考えた所で無駄だ。
必要なのは、これからどうするか、そしてそれを貫く覚悟である。
「やってやる」
決意に満ちた表情で手を天井に伸ばし宣言した。
「僕がスパイダーマンだ」
この世界でただ一人の、と心の中で付け加える。
今、一人の少年がヒーローになったのだ。