大いなる力には大いなる責任が伴うらしいが転生者もそれに含まれますか? 作:御船上郎
スパイダースレイヤー、そう呼ばれる何かをピーターは観察する。
まず、初めにデカい。
それはもうどこの重機だよと言わんばかりにデカい。
見るからに装甲は分厚く、そしてそうとは思えない機敏さを宿していることを今まさに証明していた。
さながらサソリのように備え付けられた二つの前足の刃が高速で、彼に迫る。
紙を鋏で断ち切る様にあっさり鋼鉄を切裂くその刃を喰らえば死ぬのは間違いない。
故に上体を逸らし、一つ目の刃を避け、同時に繰り出された二つ目の刃をその上を体逸らした際の勢いのままに飛び上がり、回避した。
そして、カウンターのように空中で糸を発射する。
「オイオイオイ!なんでそんな対策されてんだ!」
しかし、接着が出来ない。
まるで飴が熱で溶ける様に、彼が放ったウェブはスパイダースレイヤーの装甲に当たった瞬間、溶け落ちたのである。
マスクの奥に驚愕の表情を浮かべながら、マスクに搭載されたカメラの表示を彼は切り替えた。
熱感知式となった視界には、スパイダースレイヤーは真っ赤に表示される。
つまりはスパイダースレイヤーの装甲はとてつもない高温である証明だった。
「加熱コイルか!」
どんな電力源持ってやがる、と毒づきながら彼は冷静に思考を回す。
戦法を切り替え、相手を排除するためにどんな方法が必要なのかを思考していた。
だがその猶予すら操縦者であるタランチュラは与えるつもりはないらしい。
「あ、考える時間もくれませんかそうですか」
それはサソリで言うならば尻尾の部分である。
生物であれば棘があろう部分に取り付けられていたのは、ピーターが見たことが無い程の重火器だった。
まるで戦車の大砲をガトリングにしたように非現実的で不合理な火砲。
それが容赦なく火を噴く。
「うおおおおおおおおお!!!???」
ピーターの体が、脳が、揺れた。
まるで嵐に放り込まれた蟲の如く、風圧で彼は揉みくちゃにされる。
体勢もままならず、同時に思考は衝撃と轟音でかき乱された。
このままでは間違いなく死ぬ。
そう思ってピーターがしたことは単純な事だった。
―――落ち着け、思考を止めろ。反射のみで対応するんだ。俺なら出来る。
考えるのを辞めたのである。
無論、こんなことを常人がすれば即死するのは間違いない。
思考を止めるということは、判断を放棄するということだからだ。
そんな普通ならミンチしか出来ないその方法は、スパイダーマンという存在にとっては例外となる。
―――上上右左下右左上上上下右左前後
彼の肉体にはそんな不可能を可能にする超直感ともいうべきものが宿っているからだ。
認識は拡張され、血管は脈動し、意識は閃光より早くなっていく。
かすれば即死の弾幕を避け、あまつさえ進むという狂気の沙汰をスパイダーマンは実行し、実現した。
そんな悪夢のような光景をカメラ越しとはいえ見せられたスパイダースレイヤーの操縦者であるタランチュラは、スパイダーマンに集中するしかない。
意識も認識も戦場からスパイダーマンという個人に集中していく。
全身全霊を振り絞る今現在の彼ではなく、普段の冷静沈着な彼であれば、それに気づけたはずだ。
先程まで自分が銃撃したことで倒れ伏していた警備員が自分が暴れている区画から消えていることに。
「そこです」
がしゃん、と音がする。
それは金属が何かにぶつけられて壊れた音だった。
闇の合間から飛来した槍のような何かが、スパイダースレイヤーのある部分を貫いている。
『クソッ!廃熱口を!』
それは巨体を動かし、糸を無効化する為の熱を生み出しながらも搭乗者が死なない為の排熱機構だった。
高度に偽装されていたその部分に、異物が突き刺さっている。
排熱が阻害されれば待っているのは人間の蒸し焼きだ。
故に動力以外の機能、つまりは糸を防ぐための熱による防護は止める必要がある。
現状のスパイダーマンという強敵と認識していなかった彼の協力者への対策とそれを打開する行動をタランチュラは考えた。
「音がしすぎですよ」
しかし、それを乱すかのように声が響く。
破壊され荒廃したその空間にある闇の中から声だった。
艶やかで上品な声である。
その声の発生源に向けてガトリングで銃撃するが、声は消えない。
「よろしいのですか?私なんかに手版を費やして」
まるで失敗すると解る行動をするものを見るような嘲笑の色を、その声は纏っていた。
そしてタランチュラもまた己の愚行を即座に悟る。
だが、もう遅い。
「彼が来ていますよ」
べたり、と音がした。
その瞬間、音がした部分の装甲を力任せに引きちぎられる。
溶接され、固定されている筈のそれはまるで紙くずの様に千切り取られ、内部をむき出しにされた。
『うおおおおッ!!!???』
タランチュラは困惑と驚愕、そして僅かながらの恐怖の中であっても冷静にそれを実行した存在、スパイダーマンへと向けてガトリングの銃口を向ける。
しかし、それよりも早く剥ぎ取られた装甲は凶器となりガトリングへと放たれた。
がしゃり、と銃撃不可能なようにガトリングが破壊される。
スパイダーマンの攻勢は止まることは無い。
「頭部のカメラはブラフです!両腕前方、背部の突き出た部分がメインカメラです!」
「りょ~かい!」
なぜわかる!どういった手品だ!
そうタランチュラは叫びたかったが、スパイダーマンへの対応している最中にその余裕はなかった。
次々と糸が放たれ、視界となるカメラの景色が白く染まっていく。
AIによって補正されようが、オートパイロットになろうがこの相手に対抗するには足らない。
だから、このスパイダースレイヤーに搭乗したのだ。
勝てる可能性があると、タランチュラはこれまでの経験から判断したのである。
だがそれは甘かった。
そう彼は今まさに思い知らされる。
「オープン、セサミィ!ってね!」
視界がひび割れた。
それは幻覚ではない、現実に彼自身の視界、つまりはコクピットの光景はひび割れている。
バキバキと、音が連続し段々と外部の光がコクピットへと到達してきた。
そしてコクピットが想定されていない上下へと分けられる。
「ハロー!いかしたマスクしてるね!」
言うまでもなく忌まわしい蜘蛛の巣をイメージしたマスクを着けた男がタランチュラの目の前に現れた。
今、この瞬間。
それがラストチャンスだと彼は理解し、最後の一丁の拳銃を取り出し銃口を向ける。
だがそれを予知していたかのようにスパイダーマンが放った前蹴りでそれは砕け散った。
折れ曲がったそれは銃器としては最早使いようが無い。
「がはっ!」
カウンターで放たれた糸で、タランチュラは容易く捕らえられる。
そしてスパイダーマンは今この操縦席にいないカート・コナーズ博士の居場所を問い詰めた。
囚人服を着たかつての宿敵はこのスパイダースレイヤーには見つからない。
「それで、コナーズ博士をどこにやったの?」
この男が目の前で派手に戦う。
それ自体が囮であり、ブラフであったのだ。
こいつを倒せばコナーズ博士を取り戻せるとスパイダーマンに思わせ、本命である博士を連れ去る。
「言うと思うか?」
それがタランチュラの文字通りの最終手段であった。
故にここからは彼にとってに目的とは時間を稼ぐこととなる。
一分一秒でもカート・コナーズを遠くに連れ去らせるのが彼の目的だった。
組織の人間が回収することを祈るしか、彼にもはやできることはない。
「人間じゃない、恐らくスパイダースレイヤーと一緒に来たドローンか何かでしょ」
淡々と、スパイダーマンは見下ろしながらつぶやく。
図星であったが声には出さず、タランチュラはただ口を閉じていた。
しかし内臓は動く。
心臓は鼓動を打ち、肺は収縮するのだ。
「当たりのようですよ?そのまま質問してください」
後ろから声がかかる。
黒い赤のボディスーツを付けた女性が彼の質問を補足したのだ。
心音、汗の臭い、僅かな身じろぎ全てを分析し、スパイダーマンの求める答えを導き出す。
すっと続けるように手を差し出し、彼も尋問を開始した。
「ドローンは無人操縦それとも有人操縦?」
「.....」
「無人のようですよ」
「多分有人だと運ぶのに訓練いるからだろうね、この人以外にプロがいないのかも」
まずドローンをどのように扱っているのか見破られる。
冷や汗がタランチュラの背中に伝っていった。
尋問や拷問への耐性を彼は身に着けているが、ここまで理不尽な物は経験には無い。
「じゃあこれかな」
タランチュラのスーツ腕部に組み込まれた情報端末が剥ぎ取られる。
スパイダーマンはそれに対して無理矢理接続し、中の情報を盗み見る。
使用されているコマンドはスパイダースレイヤーをここに呼ぶものと、同時に実行された子機を呼ぶコマンドだった。
「ビンゴ!ルートもわかった!」
苦虫をかみつぶしたような表情でタランチュラは胸の奥で絶叫する。
―――なんだこの理不尽は!なんだこいつらは!
彼が怒るのも無理はない。
万全を期し、対策を用意して、それでもなお届かない存在は理不尽というほかないのだ。
「それじゃあお休み!」
パンチ一発。
それがプロフェッショナルであるタランチュラが敗北した攻撃だった。
「それじゃあ行きましょう」
急いで彼はブリジットを抱きかかえ、ドローンの巡回ルートをたどる。
移動は高速であり、ドローンの移動速度とは天と地ほどの差があった。
数分で彼らはそのドローンの信号の場所へとたどり着く。
「何だこれ....」
しかし、そこにドローンは存在していなかった。
存在していたのは焼き焦げた黒い鉄の塊である。
それがかつてドローンであったことなどピーターのような工学に詳しい物しかわからないのは明白な程に、壊れ切っていた。
「仲間割れでしょうか?」
現場を見聞しながらブリジットはピーター問いかける。
それに答えようとした時、ニューヨークの街中のモニターが光を消した。
暗黒となったそのモニター群に、一度、二度と光が灯る。
そして地獄の底から響いてきたようなノイズ塗れの音が響いた。
『よう、スパイダーマン』
文字通りの電撃が、スパイダーマンに語り掛けてきたのである。