大いなる力には大いなる責任が伴うらしいが転生者もそれに含まれますか? 作:御船上郎
-1-
夜だというのにその空間は真昼の様に明るい。
しかしその照らす光に暖かさの欠片も存在してはいなかった。
あるのはただ相手を殺すという殺意の熱量と、破壊のみである。
その電光に照らされた二つの影が動き始めた。
影の一つの手にはナイフ、もう片方の影には警棒がある。
両者によって振るわれたその武器たちの速度は雷と比べれば遥かに遅い。
しかし、それに伴う闘志は決して劣ることは無かった。
火花が二度、三度室内にて散る。
さながら舞踏の様に一切の淀みなく武器が振るわれ、打ち合わされた。
「しぃっ!」
攻防において常識的に有利となるのはナイフの持ち主、タランチュラの方である。
それは単純に殺傷力が警棒よりもナイフの方があるということだ。
突き、裂けば命を奪う。
ただそれだけであるが歴戦のプロフェッショナルであるこの男がもてばそれは不可避の死神の鎌に等しい。
「―――っ!」
ならば、それを喰らわなければよいのだ。
言葉にするのならば簡単なその行為をブリジット・マードックは、デアデビルは実践している。
視界の悪い近距離戦のナイフという恐怖は彼女には無い。
ブリジットにとって一片の光もない光景は日常風景であり、そこで害されるのも日常なのだ。
故にそれに対処することもまた、日常である。
―――なぜ当たらん!
視界の外からの突き、或いはブラフを混ぜ込んだ払い。
それら全てが命中することが無いという事実に、タランチュラは驚愕した。
彼の分析において目の前にいるこの女は同格である。
女とは思えない力があるが、それも鍛えている自分と同程度であり技量もまた目の前のデアデビルと名乗った女に劣るとは思えない。
タランチュラにとって不可解な現象だった。
「右に二歩」
ぽつりとブリジットは声に出す。
タランチュラは目の前の女と同じように自身が行動していたことに気づくが、遅い。
警棒、ビリークラブが彼の肘に的中した。
「ぐぅっ!」
痛みによって取り落としそうになるのを何とかこらえ、足を後ろへと動かす。
それに続いてブリジットは口を動かす。
「後ろに一歩」
喉を突かれた。
肘の痛みによる僅かなにぶりを狙い警棒を叩き込む。
「がぁっ!」
今度は、耐えきることが出来ない。
前かがみになり、更なる追撃が彼を襲った。
ダメージが積み重なり、彼の意識を闇へといざなっていく。
―――ここだっ!
完全に敗北間近な状況だった。
その時の為の仕込みを、ここで彼は解放する。
靴先から飛び出したのは猛毒が仕込まれた刃だった。
タランチュラのマスクの奥で凄惨な笑みが浮かぶ。
勝利の確信、しかしそれはプロフェッショナルとしてやってはいけないことだと彼は忘れていた。
「なっ....?」
「生憎、私は耳がいいんですよ」
重心の違い、或いは行動の誘導。
そして勝利を確信した拍動をデアデビルは感じ取っている。
故に勝利を確信した油断は無く、その隠し刃に対応することが出来たのだ。
前提の違いこそがこの勝敗を分けた要因である。
警棒が、連続してタランチュラの脳を揺り動かし彼の意識を根こそぎ奪い取った。
敗者が倒れ、勝者のみが立つ。
「次からは超人を相手を想定することをおすすめしますよプロフェッショナル」
もし、タランチュラという人間がブリジットの超感覚について知っていたとしたら勝敗は解らなかった。
しかしこの男は連日の疲労、そして瞬殺された誇りの損傷、何よりも装備の不足がある。
故に、これは彼自身が悪いのではない。
彼を上手く使えなかった司令塔の不備だった。
「さて、コナーズ博士を探しますか」
ブリジットはタランチュラを見返すこともなく、この場所を後にする。
施設内にエレクトロに攫われたカート・コナーズ博士が監禁されている筈だからだ。
今現在、スパイダーマンはあの怪物と対決している。
その憂いを一つでも少なくするのが今の彼女の役割だった。
-2-
エレクトロは強い。
かつて戦ったリザードがもしこの存在と戦っても十数秒で死ぬだろう。
なにせあんなにデカい生物は電気を操るエレクトロにとっては絶好のカモでしかないのだから。
では負けていいのか、諦めるのか。
「そんなわけないだろ」
己の内から湧き上がった弱音を嚙み潰してスパイダーマンは糸を放つ。
雷に比べれば遥かに遅く、殺傷力も待たない代物だ。
当然、かすりもせず糸のみが張られる。
「おっせぇなぁ!」
糸を放った方向とは真逆からエレクトロが嘲笑しながら現れた。
掌に充電した一撃を放つ。
「あっっッッぶないなぁ」
空気の焼き焦げるオゾン臭を嗅ぎつけ、身をひるがえした。
底冷えする恐怖による汗を流しながら彼は分析する。
―――速さは明確にあっちが上だ!
しかしその時間すら、エレクトロは与えるつもりが無かった。
毛が逆立ち、本能が彼に危険を知らせる。
「お返しだぁ!」
「なんて人間砲弾!?」
それは先ほど放ったレールガンと同じ原理だった。
己のパワードスーツそのものを弾丸とし周囲の金属をレールとして放ったのである。
人間ならば死ぬ速度も、そして威力もパワードスーツには関係が無い。
加速しきった音速越えの速度で、エレクトロは拳を振るう。
「がぁぁぁああああああああッ!!」
ぼきりと音がしたのも、ぐしゃりと音がしたのも、全てが終わった後だ。
その音たちを取り残してスパイダーマンは周囲の発電設備と衝突しながら吹き飛ばされる。
「げほっマジヤバいなアイツ」
呼吸は荒く、意識はぐらぐらしていた。
自身という存在が不確実になっていく、そんな感覚が全身に満ちていく。
なんとか、戦うべく立ち上がろうとして体がもつれて倒れた。
「大丈夫、骨と内臓と筋肉と神経がボロボロなだけだ」
そう軽口を叩き、立ち上がろうとする。
しかし、出来ない。
そこでようやく彼は先ほどのエレクトロの攻撃を防いで右腕の前腕が複雑骨折をしていることに気づいた。
「まったく泣きたくなるね」
痛みは脳内麻薬で感じていないが、これでは戦うことができない。
だから、だから。
「ふぅっ、ふぅぅぅぅっ。がんばれスパイディ君は男の子だ」
めきゃりとそのずれを無理矢理治す。
力任せに、骨と肉を元の位置に戻した。
当然痛いし、泣き喚きたい。
しかし、そんな暇はないのである。
「ハーフタイムは終わったか?」
「それって逆転ゴールで負けるって前振りでいい?」
現れたエレクトロと軽口を叩いて、彼は構えた。
ボロボロでありながら、その軽口も覚悟も変わることは無い。
僅かに敗れたマスクの目の部分の隙間からは覚悟に溢れた瞳が映っている。
「その態度が気に食わねぇ」
「小学生みたいな言い分だね」
それが、エレクトロにはどうしても気に食わない。
自分を畏怖せず打倒しようとせず諦めないこの男はなんなのだ。
エレクトロこと、マックス・ディロンにはスパイダーマンという存在が不可解極まりない。
「てめぇはなぜ好き勝手しねぇ」
「は?」
両者に共通するのは、スーパーパワーを後天的に得たということである。
落雷と蜘蛛、どちらも要因は違うが結果は同じ事だった。
だが今現在の状況は真逆である。
「他人のために何やってんだよ、力を使えば金も女も、全てが思いのままだろうが」
他者など気にせず、自分の好きにいることが幸福だ。
そうマックスは思っているし、これまでそう生きてきている。
自分を殴り続けたクソ親、自身を見下してきた会社の奴ら、それら全てが見えない高みへとこの能力で登って来た。
それをせず他者の為に身を削る目の前のこのアホの目的はなんなのか、彼は問う。
「そうだねその方が楽しいかもしれない」
スパイダーマン、ピーター・パーカーもこの能力を使って好き勝手することを一度でも脳によぎらなかったわけではない。
スポーツ選手でもプロレスラーでもあるいは犯罪にもこの能力を使えば、どれだけ金や欲望を満たせるかは明白だった。
だが、だが。
「でも」
それでメイおばさんが、ベンおじさんが喜ぶだろうか、或いは肯定するだろうか。
グウェンやMJ、フラッシュやネッドと笑い合えるだろうか。
彼らに胸を張れるだろうか。
答えは否だ。
「誇りにはならない、僕はそれじゃあ心の底から笑えない」
「そうかよ」
その答えの意味が、エレクトロには解らない。
だがどこまでもその答えは不快なのは確かである。
「じゃあ笑って死ぬか?」
「笑って勝つさ」
今この瞬間、両者は自身と相手が真反対であることを理解した。
故に戦うしかない。
エレクトロはその圧倒的な速度で、接近しスパイダーマンを持ち上げ投げ飛ばす。
パワードスーツの筋力補助は彼にスパイダーマンに匹敵する膂力を与えていた。
「頑丈に作っといてよかったぁ!」
空中で彼は糸を飛ばし体をひねる。
そのすぐ横をエレクトロの雷が通過した。
「逃げるだけかスパイダーマン!」
エレクトロの追撃は速い、電磁力で浮遊させつつ反発を使い高速で彼に接近する。
その放電は雷雲の中にいるように轟いていた。
「てめぇが出来るのは物を飛ばすのとそうやってビュンビュン飛び回るだけだ!パワーもスピードも俺が上!負けるわけがねぇ!」
再度、己の体を加速させエレクトロが突撃を仕掛ける。
無敵の砲弾と化した彼を避け、スパイダーマンは変わりなく糸を飛ばした。
勿論、それがエレクトロに届くことは無い。
「無駄な努力を繰り返したテメェの負けだぁ!俺が、俺が最強だぁ!」
強さだけが、エレクトロにとって誇れるものである。
自分だけの、誰にも比較にならない、己を証明するものだ。
「確かに君の方が強い」
故にスパイダーマンは諦めた。
パワーも、スピードも、彼の方が間違いなく上なのは確かである。
だが、それは人間にとって当たり前にある現象だ。
この世界において人間より優れた生命は多くいる。
その存在達に打ち勝ち、人類が霊長類になったのは知恵を使ったからだ。
故にピーターもそうした。
「だけど勝つのは僕だ」
その宣言にエレクトロは嘲笑を浮かべようとしたが、出来ない。
己の体が不意に、動かなくなったからである。
「もっと周囲を観察しなよ、エレクトロ」
「な、ぁあ”??」
己に、糸が張り付いていた。
それも一つや二つ等ではない、無数の数えきれない程の糸がエレクトロに巻き付いている。
一度も命中していない筈なのに、だ。
「どうやってやりやがった!」
「僕が考え無しに逃げ回ったと思うかい?蜘蛛は巣をつくるのさ」
トントンと指先で頭を叩く。
エレクトロは理解した、自分が追ってくるルートを全て考えこの男は読み糸を張っていたのだ。
文字通り蜘蛛の様に、この空間に巣を形成していたのである。
「こんなもん!」
糸を焼き切るべく彼は自身の電流を放ったが、切れることは無い。
寧ろその電気をエレクトロが思うよりも遥かに大量にその蜘蛛糸は吸収していった。
「その糸は電気を通電し続ける特製の代物、そして君と戦ったここは発電施設で蓄電用の設備も揃ってる」
「まさか、まさかぁッ!!」
エレクトロの表情が固まる。
電気技師であった彼には分った。
パワードスーツの力で糸を振り払おうとするが、出来ない。
まるで電源が切れたようにそのパワードスーツは指先一つ動かすことは不可能になっている。
「君の敗因は電気切れだ」
がしゃん、と空中から地面に落下する。
無限に思えたエレクトロの電力が全て消費されたのだ。
都市に、明かりが戻っていく。
そしてスパイダーマンは動かなくなったエレクトロを見下ろし呟いた。
「やっぱりそれ、産廃だったね」
疲れ果てて、息も絶え絶えであるが今回の戦いの勝利宣言である。