大いなる力には大いなる責任が伴うらしいが転生者もそれに含まれますか? 作:御船上郎
-1-
ああ、今日あれが起こるんだな。
朝起きてピーターはそう思った。
眠たい筈なのに、やけに脳がすっきりとしている。
いつもは苦手な筈のメイおばさんの大盛りの朝食を全て完食出来た。
登校してる間に、一度も止まることは無い。
信号機は全て青で、それを無視する車もいない。
何一つ邪魔もなく、彼はミッドタウン・ハイスクールに着く。
まるで、世界がさっさと学校を終わらせろと急かすようだった。
「ああ、本当に」
バックの中にあるスパイダーマンスーツを彼は抱きしめた。
調子はこれ以上ない程にいい筈なのに吐き気がする。
「この世界はクソだな」
そして鉛の様に重いその言葉を吐き出した。
絶好調であり最悪な週の初めの今日。
幸運な事に彼は知り合いと会うことは無かった。
世界への憎悪に満ち溢れたその表情を、ピーター・パーカーには相応しくない怒りに満ちた表情を見られることは無かったのだ。
「でも」
もし、ここで何もしなかったなら。
もし、僕には関係ないと言えたなら。
もし、どうなってもいいやと言えたなら。
どれほどいいだろうか、どれほど幸福なのだろうか。
そうピーターは一瞬考える。
そしてそれもまた一瞬で破棄した。
脳裏に、妻と娘を思うカートが浮かんだからである。
「僕はスパイダーマンだ」
週に数回あって話をしただけの仲だ。
まだピーターは彼の家族にだって会ったことは無い。
漸くホームパーティーに呼ばれるような、赤の他人に近い知り合いの関係である。
しかし、それだけで彼にとっては十分だった。
「彼を助けるし、誰も死なせない」
そう、彼は決意する。
困難かもしれないが、彼にはやる以外の道を選択する気は無かった。
しかし、彼が覚悟を決めた生物学の授業の際、カート・コナーズは現れない。
「あれ?来ないなコナーズ先生」
「いつもなら準備も終わっている筈だが....」
ネッドとフラッシュのつぶやきを聞き流しつつ空白の教卓をピーターは短い時間見つめる。
そしてその意味に気づいた瞬間、彼は急いで席を立った。
「僕が先生を読んでくるよ!」
ネッドとフラッシュが何か言っていたが、気にする暇はない。
彼が想定していたパターンは、今日の夜に変異した彼が町で暴れるというものである。
しかし現れない教師、このクラスにいる人物達、そして鳴り響き続けるスパイダーセンスが指し示すのは一つだけだ。
「事件が起きるのは今、ここでか!」
素早くコスチュームに着替えて、狭い廊下を全速力で駆け抜ける。
先日彼が薬品を持って歩いた道のりと同じだ。
違うのは速度と、マスク。
そして彼はその常軌を逸した速度で目標地点の、カート・コナーズの研究室のドアを勢いよく開ける。
「SHAAAAAA!HIIIIisssssss!ス、スパイダーマaaAAAンnnnnn!」
「....!」
知っていた。
理解していた。
しかしそれらはつもりだった、という言葉が後ろに付くことを彼は思い知る。
今、目の前にある現実が妄想ではないのかと思ってしまった。
それは、人間としてあり得ない巨体である。
それは、人間としてあり得ない皮膚構造である。
それは、人間としてあり得ない牙と爪を持っている。
人間をしたトカゲというにはあまりに凶暴な姿をしていた。
「オ前も!私No成果ヲ狙っテ来たKa!」
「何の話!?」
そんな怪物が目の前にいる。
一瞬それにフリーズしたが、叫び向かって来たカート・コナーズのリザードの攻撃を何とか避け思考を切り替えた。
大型ナイフをそのまま取り付けたかのような鋭い爪は、易々と金属製の扉を引き裂き吹き飛ばす。
だが目標となるスパイダーマンは最早そこにはいない。
「外れ!低血圧で寝起きが悪いのかな!」
天井である。
彼は攻撃を跳躍して避けたのだ。
おびえる心を冗談で黙らせて、彼は攻撃を仕掛ける。
リザードの両脇に糸を飛ばし、その糸を引っ張ることによる張力と自身の脚力を利用し天井を足場に加速した。
「薬代わりにパンチをどうぞ!」
彼が振るう加速した拳は、常人なら一発で気絶する。
だが、リザードは以前倒したショッカーのような装備を身に着けただけの常人とはちがった。
「あ~効いてない感じ?」
その返答は裏拳で返って来る。
見様見真似のボクサーのガードを思わずピーターは行った。
「SHAAAAA!」
着弾、衝撃、浮遊感。
これを数度繰り返してその後に漸く痛みがやって来る。
「いってぇ...!」
腕の痛みと背中の痛みからリザードの裏拳によって、数部屋ぶち抜くほどに吹き飛ばされたことに彼は気づいた。
そしてその痛みにより悶えるのをリザードは許してくれない。
壁という仕切りを打ち壊しながら、怪物が接近して来る。
「ゴジラかな!?マグロは食べてて欲しいんだけど!」
先程と同じく、彼は跳躍した。
牙と爪を、それで避ける。
だがリザードには、トカゲには尻尾があるのだ。
「GYAAAAS!!」
「ッッ!」
鞭の如くしなった尻尾の先端が彼の胸部を打つ。
肺から酸素が吐き出され、今度は悲鳴すら出せなかった。
だが、今度は部屋をぶち抜くことは無い。
ピーターはその衝撃を何とか殺しつつ壁に着地したからである。
「ほんと、ヒーローって、損な職業だよ!」
心の底から絞り出した言葉を、吐き出して彼はまた立ち向かった。
同時進行で、彼は相手であるリザードを分析する。
―――落ち着け、身体能力で相手が上なのは予想してた。相手の武器は何だ?知能はどれくらいだ?
自問自答、そしてその答えを行動で実験した。
糸を飛ばし、殴り、攻撃を躱す。
結果として解ったことは以下の通りだ。
体格の差と筋力によって近接戦は不利。
「HIIIISSSSSS!!!」
「一応大型トラックも一本で釣りあげられるんだけどなぁそれ!」
かといって遠距離での攻撃手段であるウェブシューターによる拘束もうまくいかない。
常識外の筋力によって糸を千切り、拘束を脱出する。
近接戦も遠距離戦も上手くいく気配はない。
そして場所も良くない。
「ああくそっ!もうちょっと広ければなぁ!」
彼が今現在リザードと激闘を繰り広げているのはミッドタウンハイスクールの旧校舎に位置する場所だ。
狭く、木造建築のそれはウェブシューターでリザードと壁を糸で繋げても壁ごと引き抜いてくる。
「不利な条件ばっかりで嫌になるよ!」
だからといって負けるわけにはいかない。
ここには友人も、何の罪もない人々もいるのだ。
心の底から出た悪態と共に繰り出した拳でリザードをのけぞらせる。
リザードが初めて苦痛の言葉を吐きだした。
「Gyaア!」
「よしっ!無敵ってわけじゃない! 頑張れ俺!」
さながら判定勝ちを狙うボクサーのように、人体をミンチにしたりぶつ切りにする攻撃の数々を避けつつ拳を当てる。
その度に相手の分厚い脂肪を、筋肉を、骨格を感じた。
スパイダーセンスは鳴り響き続け、脳内に避けきれなかった自分の姿を見せる。
死を紙一重ですり抜け続け冷や汗が止まらない。
その時である。
「な、なんだこれは!」
「うそでしょ!?なんで来るのさ!」
老境の警備員が二人の戦闘音を聞きつけやって来たのは。
精々が喧嘩程度だろうと思っていたのか、超人二人の戦闘に警備員は腰を抜かす。
リザードとスパイダーマンのうち、その警備員を認識したのは後者だけだった。
そしてそれは明白な隙となる。
「GYAAAAAAAS!!!」
「ぐあっ!」
爪、牙、そして尾。
その三つを全て躱す。
しかし、その後繰り出されたタックルでスパイダーマンはプレスされた。
「このハグはちょっと、勘弁してほしいな!」
ミシミシと骨が軋んでいる。
常人どころか車だろうとぺちゃんこでぺらぺらにななるのは間違いない膂力だった。
「あっ、待ってくれない感じ?」
その返答は大きく開いたリザードのだった。
タックルの勢いのまま両腕でスパイダーマンの両手を拘束する。
そしてとどめとばかりに鋭いナイフが並んだような口で、彼を捕食しようとした。
「そのキスはごめんだね!」
確かに両腕は拘束されていた。
だが、両足は自由である。
足場は目の前の巨体のリザードがあった。
「キスするなら僕のシューズにしてよ!」
相手の巨体を足場に勢いをつけた膝を迫りくるリザードの顎へと叩きこむ。
いわば変則的なシャイニングウィザードと言えるそれはリザードの顎と牙を折り砕いた。
流石に自身の勢いとスパイダーマンのパワーが合わさった膝蹴りは効いたのか、リザードが悶える。
「逃げて!教師と生徒たちの非難を!」
「な、な」
「早く!」
急かされた警備員がなんと起きて走りさっていくのを彼は見た。
そして、振り返れば最悪の光景が舞っている。
「A、あ。Waたしは進化した」
折り砕いたはずの牙が生え変わる。
複雑骨折したはずの顎は血が止まり、新しい鱗が並ぶ肌へと変わっていた。
「それ涎垂らさなくなってから言ってくれない?」
軽口を叩きながら、冷静になろうと努める。
―――落ち着け、相手に再生能力がある可能性はあったろ、想定通り
アメイジングスパイダーマンという映画作品においても、リザードは再生能力を持っていた。
この世界もそうである。
そう自身を納得させ、身を低くし構えた。
さながら本当の蜘蛛のように。
「O前のAiてをしテいるHimaは無い」
鬼気迫る迫力をピーターから感じたのか、それとも冷静の人間としての部分が出て来たのか、身をひるがえす。
つまり、リザードは逃走を選択したのだ。
「逃がすか!」
当然、それを見逃すつもりはスパイダーマンにはない。
糸を無数に放ち、彼は止める。
一本一本では簡単に引きはがされる。
だが二本なら、三本なら、十本なら、百本ならは話は別だ。
かかる荷重を分散させ、たとえ脆い木造だろうが彼を拘束できるようにする。
両手両足を無数の糸で雁字搦めにされ、彼の動きは止まった。。
「はぁはぁ」
ぶんぶんと両手を振る。
最初の時より軽くなっていた。
ウェブシューターをそれだけ使っているということだ。
残りのウェブリキッドを計算しつつもメーターを作っておくべきだったと彼は後悔する。
反省点も多いが、この拘束から出る方法は無い。
「僕の勝ち、なんで負けたか明日までに考えといてください」
そう思い放った勝利宣言はフラグだったらしい。
ぶつん、ぺたん、と音がする。
水気を含んだその音がなんなのか、ピーターは一瞬戸惑いながらも理解した。
「自切かよ!」
それは蜥蜴のような爬虫類が持つ自身の尻尾を切り離して逃げる生態である。
「腕と足は蜥蜴だと再生しないだろ!」
腕が再生するのはヒトデだ!とどこかずれたツッコミをいいながら糸を追加で放った。
だがそれよりも早く、リザードはその体を捻り窓へと突っ込む。
がしゃん、と砕け散り自分に降りかかるガラス片を意にも介さずリザードは目標地点にたどり着いた。
それは下水道につながるマンホールだった。
「まずいっ!」
危機感に溢れたピーターの叫びと共に放った糸は尻尾に命中する。
しかしそれもまた自分から切り離してリザードはマンホールの下、下水道へと逃げることに成功した。
「クソッ!」
開けられたマンホールを見下ろすがリザードの姿はどこにもない。
嘲笑うようにびちびちと切り離されたリザードの尾がはねている。
―――逃げられた、まずい、誰かが巻き込まれるかも、ベンおじさん、何を油断して相手を逃がしてるんだ間抜け、役立たずめ、校舎内の被害は抑え込めた、だが次は?
次から次へとマイナスの方向に思考が暴れ出す。
「黙れ!落ち着け! 現実を見ろ!」
息が切れてがらがらになった声を轟かせ、頭を叩いてマイナス思考をシャットアウトした。
今考えるべきなのはこれからどうするのか、という点だ。
マンホールから下水道に降りてリザードを探すべきかと考える。
「ダメだ追う手段がない」
このニューヨークの街の下水道は文字通り迷宮だ。
GPSも無しにリザードを追うことなど夢のまた夢である。
「考えろ、考えろ。僕なら、俺ならどうする」
思考を巡らせ、カート・コナーズを分析していった。
そして脳裏によぎるのはとある一言である。
―――私は、家族をこの手で抱きしめたいんだ
稲妻のような衝撃が彼の背筋に通る。
「まずい!」
リザードの、カート・コナーズの目標地点が、あの時カート・コナーズと話したピーターには解った。
焦りながら、彼は跳躍しウェブシューターで糸を放つ。
ポケットの一つからウェブシューターのカートリッジを取り出し、交換してウェブリキッドを補充した。
「彼の家族が危ない!」
この世界のリザードの目的は家族を再び抱きしめる事だった。
だが、彼にできるだろうか。
理性すら曖昧な状態で、異形に変わり、そして容赦ない狂暴性を持っている彼が、もし家族に拒否されたなら。 待っているのは悲劇しかない。
それを直感したピーターは、スパイダーマンは彼の家へと向かう。
彼に手を差し伸べ仲良くなり、ホームパーティへ誘われたことで得た住所へと。
Tips
・ピーター・パーカー
まだまだ戦闘をこなしてないので未熟
夜中まで尾行して止めようとしていたがうまくいかなかった
スタン・リーは彼を苦しめろと言っている
・リザード
ついに異形化した初ヴィラン
再生能力アンドフィジカルという一番どうしようもない部類
がんばれスパイダーマン