大いなる力には大いなる責任が伴うらしいが転生者もそれに含まれますか? 作:御船上郎
-1-
ホームパーティの準備という物は大変な物である。
料理の準備、会場である自宅の準備、そして片付けの準備。
諸々わせて一、二週間ほど前から彼女、カート・コナーズの妻であるアメリア・コナーズは準備していた。
しかしその重労働も苦ではない。
「~~~♪」
寧ろ鼻歌すら歌って楽し気な表情である。
その理由は彼女の家族に幸福が訪れたことに他ならない。
アマリアの夫、カート・コナーズの研究が成功したのだ。
左腕を失って以降暗い顔しかしてこなかった彼が大きく笑い、パーティを開くほどに明るくなったのである。
「ママ〜!これでいい?」
その嬉しさという感情は二人の愛の結晶である娘、アンナにも伝播していた。
紙で出来た壁飾りを頭に王冠のように巻き付けてやって来る。
子供特有のテンションが最高潮までに上っていた。
「ええ素敵よ、でも頭に巻くための物じゃないわ」
母が娘を嗜めるが、はしゃいだ子供の可愛さには勝てない。
「でもかわいいでしょ?」
「ええ、宇宙一かわいいわ」
頭を撫で、笑い合う。
ああ、幸福だ。
彼女がそう思った時である。
どんどん、と玄関のドアが叩かれた。
それは大きく、乱暴なものでありそれを受ける心当たりもする人間の心当たりも彼女には無い。
「ママ・・・」
「静かに、絶対開けちゃ駄目よ」
息を殺し、恐怖で身をかがめる。
そして警察を呼ぶためにアマリアはスマホが置いてあるテーブルへと向かった。
「Amaリあ、開Keてくれ」
どんどん、と再度ドアを叩く音が鳴る。
濁音にまみれて、普段とはまるで違っていたが夫の、カート・コナーズのものだった。
彼女は逡巡する。
開けるべきか、それとも警察へと電話するべきか。
理性では後者を取るべきだとわかっていた。
だがこれまで積み上げた夫への愛情が、その判断を鈍らせる。
「パパ?」
その思考の鈍りは、娘にも訪れていた。
現実離れした恐怖の中父親と同じ声がしたからなのか。
或いは、こんな声が父親の筈がないと確かめたかったのか。
「アンナ!」
アマリアがそう叫んだ時には、玄関の扉の鍵は開けられている。
瞬間、ドアが消失した。
まるで瞬間移動のように母と娘の防壁は無くなる。
数秒遅れてがしゃんと遠くで何かが落ちたことで、彼女達はようやく玄関のドアがどうなったのかがわかった。
引き千切られ後ろに投げ捨てられたのである。
どれほどの力が必要なのか彼女達には解らなかったし、一瞬でドアを引き千切る存在に対する恐怖で疑問は塗りつぶされた。
「ママ・・・!」
「離れないで…」
一歩、二歩、三歩と。
その常識外を行った存在が家に入って来る。
どしんどしんと足音が鳴るたびにそれまでの安心と幸福の場だった我が家が侵略されていくようだった。
異形、異様、異常、その言葉が相応しい存在が目の前にいる。
それにたまらない恐怖をアマリアは感じていたが娘の震えを感じ、なんとかそれを抑え込んでいた。
「あなた、なの?」
「SoうDaよ」
玄関から入ってきた異形の存在、大型の蜥蜴と人類を混ぜ合わせたような化物のリザードの声色は優しい物であったが、逆にそれは妻と娘に恐怖を与える。
聞きなれている愛に満ちた言葉、それが脳が同一な物であると判定するからこそ、それを発した相手が変わり果てているのをこれ以上ない程認識させられるからだ。
服装も所々破れているが、残っていることが彼である証明をして恐れを産む。
「MIてkuれ」
すっ、と左手が差し出される。
それは彼の悲願であり家族の悲願である腕の再生が起こった証拠だ。
だが、それは彼と彼の家族が望んだものとはあまりにかけ離れている。
それは大事に何かを包み込むよりも引き裂くことに向いている。
掌の大きさは一回りも二回りも大きく娘を握りつぶせるほどであり、その先についている爪は命を奪うための物だ。
それが、目の前に迫る。
幼児にとってそれは拷問に等しかった。
「ひっ」
それにより喉から悲鳴が漏れ出るのを責められる人間はいない。
ただ拒否された、カート・コナーズ以外には。
一度も娘に向けられたことが無い恐怖の表情で彼を見ている。
理性という見えないものに罅が入るのを彼は感じた。
「・・・・・・!!ッッ!その目でWataしをミルナぁぁぁああああアアアアアアAAAAAAAA!」
絶叫に伴う感情の爆発、それにより体に活力が迸る。
それは暴力を発生させる起爆剤として彼を動かした。
掌が振りかぶられ母娘に振るわれる。
人間を肉片に加工するのに一秒もかからない超人たるリザードの一撃。
「させるわけねぇだろうが!」
それを止めることが出来るのもまた、スパイダーマンという超人である。
玄関が強引に取り外された隙間から彼は跳び込んで、リザードの首筋、延髄へと全力で蹴り込んだの。
普通の人間なら一生寝たきりになるだろう。
だがリザードにとっては、体勢を崩す強力な蹴り程度だった。
「Su、スパイダーマン!」
敵意がこちらに、スパイダーマンに向く。
自身の更に後ろにいる母子から気がそれたことに、彼は安堵した。
「行くぞ!ラウンド2だ!」
だが、この家の中を戦場にすればカート・コナーズの家族の命が失われる可能性は高い。
ならば、こちらからせめて戦闘する場所を変更させる。
「しぃっ!」
必死で、全力で、彼はがむしゃらに拳を、蹴りを繰り出した。
分厚く、重いリザードの肉体を押し出す様にひたすらに腕を、脚を振る。
「逃げて!早く!」
そんな必死な状態でも彼は守るべき人々を忘れない。
夢想のような目の前の光景に停止していた二人が、現実へと戻って来る。
アマリアが娘を抱き裏口へ駆け出した。
「HIIIS! ZYA摩ヲするな!」
「するに決まってるだろうが!」
それを追いかけようとするリザードの眼球に糸を打ちこみ、初動を殺し、動きを止める。
急に視界が塞がり前かがみになった顔面へとハイキックを打ち込む。
大きく、リザードの頭が揺れる。
「うおおおお!!!」
叫ぶ、叫ぶ。
心の底から叫んで、その勢いを力に変えて攻撃した。
十数発撃ち込んで、玄関から外の庭へとリザードを叩きだす。
張り付いた糸を剥がし、視界を取り戻したリザードが攻撃を仕掛けた。
「SYAAAAA!」
それは最早人間というより、大型爬虫類に近い動きである。
四肢を高速で動かし、地を削るほどの速さで弾き、鋭い牙が付いた頭部を先頭に襲い掛かった。
狙いは、スパイダーマンの脚。
「~~~ッ!」
高速で迫られ、噛みつかれるよりも一瞬早く彼は宙返り、所謂バック転をする。
がきんと、金属が打ち合わされるような音が彼の脳に響いた。
もし喰らっていたら足が真っ二つになり、貪り喰われるのは間違いない。
冷や汗が背中に流れる。
だがその恐怖を振り払わなければ、あの親子に危険が及ぶのだ。
「口臭いぞ!歯磨きしたら!」
恐怖を殺すための現実逃避の挑発を言いながらバック転の勢いそのままにリザードの頭を踏みつける。
リザードの頭部が地面に打ちこまれ芝生と茶色い地面の欠片が浮かびあがった。
「GIぎィ!」
「そりゃ効いてないな!ね」
柔らかい芝生と地面へとプレスされても、リザードには精々が土汚れがついた程度である。
顔を振りその汚れを落としたリザードは牙でダメならと、繰り出されたのは爪だ。
太く、長く、湾曲した爪は人間の物とはまるで違う。
骨を貫く錐であり、肉を切り裂く刃だ。
「フェアじゃないよまったく! 俺も牙とか欲しかった!」
それが空気を切り裂いて迫って来る。
こちとら身体能力と勘が鋭いだけだぞ!と文句を言いながら猛攻を何とか避け続ける。
無論無事ではない。
「くそッ!補修必須だ!」
作業服もズボンも、かなり分厚い頑丈なものを選んだつもりだがリザードの爪にとっては紙屑のようなものだ。
何本も爪痕を残し、その幾つかからは血が流れ出ている。
息が荒いし、呼吸をするだけで傷口が痛かった。
「糸でダメなら!」
糸を巻き付けても自切して逃れられる。
ならばとリザードが強引に取り外して歪んだ玄関のドアを彼は糸で引き寄せた。
「面ならどうだ!」
振り回し加速したそれを蠅たたきのようにリザードへ打ち込む。
ばきり、と乾いた音がした。
想定された荷重や衝撃を超えたスパイダーマンの一撃に使用された扉は無残に砕け散る。
「GYAAAAAA!」
「よしっ! これなら効くな!」
一つ一つの損傷に対する修復能力はあるが全身を怪我した場合、修復は遅い。
ここで一気に畳みかける。
そう判断し、リザードへと高速でスパイダーマンは接近した。
しかし彼我の差が縮まったその時、まるでワニの様に虚をつく形で開けられた口でスパイダーマンは噛まれた。
「ぐあああああああ!!」
幸いなことに彼の肉体が食いちぎられることは無かった。
スパイダーセンスが最悪を回避し、閉じようとしている口を手で抑え、阻止している。
最悪は回避した。
しかし深々とリザードの牙は突き刺さり、焼けるような痛みをスパイダーマンに与える。
「――――ァァアアアアッッッ!」
痛い、痛い、痛い。
脳内の痛覚神経で痛みを知らせる電気信号がスパークし、マスクの下では涙と鼻水が漏れ出してくる。
後悔、絶望、恐怖があふれ出し彼を逃さない。
「SHYAAA!!!」
舌と喉で味わった初めての人間の血が美味だったのか、あるいは邪魔した存在が苦しむのが嬉しいのか。
更に恐怖と血肉を味わうべく顎の力を強める。
それに対応してピーターもまた掌に牙が突き刺さるのも気にせず開かせようとした。
顎の力と腕力の力比べを行いながらスパイダーマンが叫ぶ。
「あんた!こんなことがやりたいのかよ!」
それは怒りだった。
噛まれている自分の被害に対する怒りではない。
リザードが恐怖させた彼の妻と、娘の為の怒りである。
「抱きしめるんじゃなかったのかよ!撫でてあげるんじゃなかったのかよ!」
牙の一つが、掌を完全に貫通した。
出血も痛みも増していく。
しかし、彼にとってはどうでもいい。
「子供泣かせて!それを見たら殺そうとするのが!あんたの理想だったのか!?人間を食う怪物になることがあんたの理想だったのか!?」
「Gu…ru」
今、目の前にいる化物を父親に戻す。
それがスパイダーマンの目的だった。
己の激情のままに、彼は挟まれていないもう一つの掌を固め、リザードを殴りつける。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
ばきりと、突き刺さった牙が半ばから折れて、リザードが吹き飛ばされた。
「はぁ...!はぁ...!」
スパイダーマンは拳を構える。
体の節々が痛いし、血も流れていた。
それにウェブシューターもさっきの口撃で一つ破損している。
「ち、違う!」
先ほどとは違う、正気の声だった。
「わ、私が理想としたのはこんなのじゃない!」
頭を押さえ、彼は叫ぶ。
「そうだ!あんたは戻れる!」
それに同調してピーターも叫んだ。
しかし、帰って来たのは無情な言葉である。
「む、無理だ!抑えていられない!肉が!血が!欲しい!Kuいたい!」
悶え、苦しむ彼はボロボロの衣服の残骸を自身から引きちぎっていった。
まるでそれは爬虫類の脱皮の様である。
「Ko、これを!」
その最中、完全な化物となる前の人間性の一片だろうか。
胸元のポケットを引きちぎり、スパイダーマンへと投げつけた。
ポケットの中にはUSB端末が入っている。
「Waたしは!も、MOう駄目だ!あと少しDe、完全に変わってしまう!」
ぶちぶちと、肉が膨れあがった。
骨がばきばきと変異していく。
更なる怪物に、リザードは変わろうとしていた。
「助けてくれ」
カート・コナーズはスパイダーマンに手を伸ばす。
スパイダーマンもまた、カート・コナーズへ手を伸ばした。
しかし最後のその言葉を最後に、カートの残滓は消え去る。
「GYAAAAS!!」
雄叫びと共に彼は飛び上がった。
それは今までと比にならない跳躍力である。
「待て!待ってくれ!」
疲労しきった体では照準がおぼつかない。
糸は外れ、跳躍した先のマンホールを文字通り周囲事突き破り、リザードは闇へと消えた。
残されたのは、負傷した少年の肉体と心だけである。
ウェブシューターの残量も少ない、体の傷も大きい、行き先もわからない。
故に這う這うの体で、ピーター・パーカーは家へとひっそりと音もなく帰還するしかなかった。
部屋に入るなりマスクを取り、壊れた片方のウェブシューターをゴミ箱へ投げつける。
「クソォ!」
胸に渦巻くのはカート・コナーズを助けられなかった罪悪感。
そして、リザードへ恐怖を感じた自分への侮蔑の心だった。
「うぉびっくりした!」
「えっ!」
誰も居ない筈の部屋に響いた知己の声。
それに驚愕する。
入って来た者も、元々いた者も驚きを隠せない。
「ネッド...!?」
「ピーター...!?」
どう言い訳するか、ピーターはそう脳を回すよりも早くネッドは私物のPCを投げ捨て近寄って来た。
「大丈夫かその怪我!」
ネッドのピーター・パーカーへの第一声は彼の負った傷への心配だった。
痛々しい傷から血はまだ流れ出ており、肩には牙が残ったままである。
「すぐ病院に―――」
「いや大丈夫」
まるで埃を払う様に、軽く傷口から牙を取り外した。
血が追加で出てくるが、気にならない。
予備のウェブシューターをベッドの下から、取り出し装着する。
―――余裕はない、時間も無い、早く探さなきゃ、一体どれくらいの人が死ぬか分からない
言い訳は後からすると決め、入って来た窓から出ようとすると、彼は後方から全力で頭を殴られた。
「大丈夫な訳ないだろうが!」
パーではなく、グーである。
勢いと力みもかなりある一撃だった。
それを後頭部に受けてようやく、ピーターは後ろを振り返る。
「色々言いたいことも聞きたいこともあるけど!まずはその怪我をどうにかさせろ!じゃないと泣き喚くぞ!汚い小男がお前の部屋を涙と鼻水で汚すぞ!いいんだな!」
涙をボロボロ流している、太った少年がそこにいた。
そこで漸く、ピーター・パーカーは自身が傷だらけな事を直視する。
彼にはその状態でもネッドを気絶させることは簡単だった。
しかし、泣き喚く親友を見て振り切れた精神限界がその肉体にやって来る。
ふらりと、窓枠に腰掛けた。
「解ったよ」
朝一番から動き続けた彼は日が沈んで漸く、休息を彼は得る。
ネッドという看護師付きで、だ。
Tips
・ピーター・パーカー
かなりメンタル一杯一杯な少年。
余裕もない、時間も無い、それでも頑張るしかない。
肉体的にも精神的にもリョナれる人材。
・カート・コナーズ
一段階変化と思った?二段階変化だよ!
ほら、ボスって第二形態あるものじゃん?
簡単に勝てたら張り合いが無いという神のご意思である。
・ネッド
なんか親友を心配してきたらなんか血まみれで帰って来てそのままなんか変な装置付けて夜道に繰り出そうとしたのを止めた少年。
どけっ俺はピーターの親友だぞ!
限界メンタルを癒していけ