大いなる力には大いなる責任が伴うらしいが転生者もそれに含まれますか? 作:御船上郎
人間を超えた存在同士の戦闘において、まず被害を受けたのは両者ではない。
その周囲の環境である。
だん、だん、と何かが弾け飛ぶ音と衝撃が周囲を揺り動かした。
「SHAAAAAAAAAAAA!!」
獣の叫びと共に繰り出される爪牙の一つ一つが兵器である。
爪は街灯を容易く切断し、牙は建築されたビルの外壁を障子紙のように突き破った。
だが、スパイダーマンには何一つ命中しない。
「外れ!」
この一日の戦いでピーター・パーカーのスパイダーセンスは研ぎ澄まされている。
もはや未来予知に等しいその直感は自身の何倍も大きい怪物の動きを読み取り、躱していた。
それだけではない、その心に最早迷いはない。
「巨大化は負けフラグって知らない?」
恐怖が無いわけではない。
それを飲み込み、挑む覚悟を決めた彼の動きは昼とはレベルが違う。
糸が千切られる、だからどうした。
一本で足りないならば十本を編み込み、力だけではどうしようもない攻撃を加えればいい。
「お近づきの印にこれをどうぞ!」
指を鳴らしたのと同時に、鋼鉄の塊がリザードに飛来する。
それはパトカーだった。
正確にはその残骸であり、リザードが薙ぎ払い使えなくしたものである。
スパイダーマンはリザードの攻撃をかわしながら、短く伸ばした糸をパトカーに貼り付けてこの攻撃を準備していたのだ。
「GUUAAAAA!」
当然、リザードもこの攻撃を見えている。
故に回避、或いはこの落下してくる質量を無効化するべく動いた。
しかしそれよりも速く、スパイダーマンは動く。
「はいダメ!君の回避ロールは失敗さ!」
「UGA!」
飛ばされたウェブにより視界を塞がれ、リザードの回避及び防御タイミングがずれた。
それだけで終わりではない。
「よいっしょと!!」
自由落下しているパトカーたちに糸を伸ばし、超人である自身の膂力で加速させる。
常人には最早視認不可能な速度でリザードへとその残骸が直撃した。
「GYA….SYAAAAAA!」
「あらまだ元気な感じ?」
戦車ですら大破するだろう威力。
しかし、それを喰らってもリザードは止まらない。
無傷ではない、だがその肉体から流れる血は僅かであり気絶するには程遠かった。
痛みを憤怒へと変えて、スパイダーマンへと襲い掛かる。
大口を開け、飛びかかった先には誰も居ない。
あるのはビルの壁であり、それを無惨に噛み砕くだけである。
「またまた外れ!ワンパターンは飽きられるよ!」
リザードの攻撃は口を開き、飛びかかり、噛み砕くという三段階のものだ。
スパイダーマンといえど最高速度のリザードの噛み砕く速度は脅威である。
だが、予備動作さえ見極めれば、避け切れないわけではない。
「SHHUUUUAAAAA!」
「アドバイスを素直に受け取ってくれるのは嬉しいけど!もう爬虫類関係なくないかなぁ!」
ならばその予備動作を見られないようにすればいい。
思考というものはリザードにはもはや存在しなかったが、その為の行動を行った。
リザードの腹部が膨れ上がり、口から何かを射出する。
「汚ッ!」
ガムのように吐き捨てたそれはガラスと、鉄と、コンクリートが混ざりあった混合物だ。
べちゃりと唾液にまみれたそれは重く、そして硬い。
つまりは殺人すら可能にする威力を持っている。
その射出速度は遅く、スパイダーマンにとって攻撃を躱すことは容易い。
しかし、そもそもとしてこの遠距離攻撃は彼に直接当てること目的ではなかった。
「ちょ、理性失ってるなんて嘘でしょ!この人!」
変幻自在のスパイダーマンの移動を制限する。
それが目的だ。
彼の狙い通りに、空の移動経路の大部分に残骸がまかれ、移動させないようにした。
「GYAAAAAAA!」
リザードのその叫びは獲物がかかったことへの興奮だろうか、或いは単純に目の前の肉に飛びかかったのか。
ただどちらであったとしてもスパイダーマンの命は危険にさらされている。
高速で迫る鋭い牙の列と自身の血肉を味わおうとする真っ赤な舌とハグするのは彼は御免だった。
では引くのか、それとも避けるのか。
どちらも違う。
彼が行ったのは、近づくことだ。
絶死の領域へと彼は踏み込む。
一秒後ミンチにされているかもしれないが、ここで前に出ろと直感が言っていた。
「体育の授業を思い出すね!僕は成績悪かったけど!」
狙いは喉の奥、咽頭と呼ばれる箇所である。
そこに糸を撃ち込む。
「FUGYA!」
生命ならば例外なく、リザードという超生物であったとしてもこの部位が刺激されれば口を閉じる。
丁度頭部が挟まれる一秒前、スパイダーマンの目の前でがしゃんと牙が閉じられた。
「図鑑だとここが弱点だったよね!」
そして振りかぶった拳を鼻の上部へと殴りつける。
めきゃりと鱗と肉が歪んだ。
「GYAAAAAA!」
拳の反動を利用し、跳躍。
またしても致命の攻撃から彼は逃れる。
そして飛び跳ねた先のオズコープタワーのガラスに張り付いてぼやいた。
「HPバーが現実にあればいいのになぁ!」
彼の軽口は、自身の体力の消耗と恐怖を誤魔化すものである。
一歩でも間違えれば死ぬ極限の緊張状態を継続しているこの状態は精神的にきつかった。
加えてリザードという存在があとどれほど傷つければ止まるかなんてわからない。
それでも諦めないと決めてはいたが精神的疲労はある。
せめて、作り出した解毒薬を打ち込む隙を作らなければならなかった。
そんなピーターの思考をリザードは待ってはくれない。
「ちょっ!そんなんあり!?」
リザードはその四肢を動かし疾走する。
どこを?オズコープタワーの壁を。
つまりは九十度の壁を巨体でありながら張り付き、高速で向かってきていた。
「物理法則はどうなってるんだ!」
あの巨体なら数トンあるだろ!と叫びながら彼も物理法則を超越し、ビルの壁に直立する。
まるでそこだけ地面の上だと常人なら錯覚しそうになるが、彼らは文字通り落下するしかない壁面だ。
「OK!やってやる!」
リザードの猛撃に足場となるガラス壁が砕かれる。
キラキラと星々と月光を反射しながら物理法則が存在すると証明するかのように落下していった。
「目だ!鼻だ!耳はどこだ!」
そのガラス片の合間を踊るように飛び上がり、拳を巨体の急所と思われる部位へと次々に叩き込む。
文字通り死線の上で彼は踊った。
いつ終わるのかもわからない、そして一つでも間違えたら終わりのダンスを。
「ふぅ――」
焦りだけが募りそうになる。
だが、そうなってはいけない。
スパイダーマンの目的は目の前の怪物を戻すことだ。
―――どこだ、撃ち込めるのはどこだ
自身の解毒薬を打ち込む量は関係ない、必要なのはそれを注入することが出来る場所と時間である。
この暴れ牛どころか暴れ怪獣な存在に対して、それを確保するのは難しい事この上ない。
撃ち込んだ拳で感じ取った硬度、それは注射針がそもそも刺さらず、注入できない程に堅かった。
「本当に初回のヴィランの強さじゃないよまったく!」
がしゃん、とまた一つリザードの攻撃で足場が失われる。
オズコープタワーの内部に入ることも出来たが、密室空間でリザードとランデブーする気は彼には無い。
中の地図もわからないし、何より警備システムで締め出されれば文字通り終わりだ。
「GURU」
「―――ッ!!」
その思考の隙間、一秒にも満たないその瞬間にリザードは攻撃を行う。
スパイダーマンは避けられず、防御するしかなかった。
見えず、感じ取れず、音も無い。
ただより上空へと、オズコープタワーの頂上へと彼は吹き飛ばされる。
―――なんだ、なにが起きた!?
とっさに前に出した左腕が、その攻撃を防御していた。
衝撃と痛みが、漸く屋上の地面に転がってやってくる。
悶えた、苦しんだ。
―――尻尾かッ!
鞭のようにしならせた尻尾の先端が音速を突破し、彼を叩いたのである。
警察のパトカーを一瞬で吹き飛ばすその威力が人体が受ければ血煙へと変わるはずだが、スパイダーマンとしての肉体はそれに耐え抜いた。
だがスーツは無事ではない。
防御した上半身部分は右腕以外は千切れ、全損している。
「解毒薬は、無事だな...」
ありがとうネッド。
そう呟いて、頑丈なケースにいれてくれた親友へと感謝した。
「GYAAAAAAAAAA!」
しかしその安堵をかき消すように、壁面を登り跳躍したリザードが仰向けになって悶えるスパイダーマンへと襲い掛かる。
数トン、あるいはもっとの質量物体が落下のスピードを合わせ、スパイダーマンを潰そうとした。
―――あ、これ死ぬ
ぼんやりとそう感じる。
そしてそれは間違いなかった。
彼が諦めれば、ここで死ぬ。
―――いやだなぁ
ゆっくりと、彼はこの短いスパイダーマンとしての活動を振り返った。
なぜ、スパイダーマンになったのか。
人に好かれたかったのか。
―――ちがう
別に誰にどう思われていようがどうでもいい、大切な人が笑っていればいい。
では、スーパーパワーを使ってみたかったからか。
―――ちがう
はしゃいだりはするが別にそれで注目が集めたくはない。
世界が平和であれば、ピザでも食うのに使うのが精々だ。
では何のために。
―――ああそうだ
自然と手が動く。
傷つきボロボロな筈なのに、自然と彼の肉体は思考に追随して動いた。
そのリザードの巨体を受け止めるには余りに細い両腕が、接触する。
「ムカつくんだよ!!」
余りに端的なその言葉が、彼の原動力だった。
屋上の地面がひび割れる。
それ程までの重さと威力を持っていた。
「理不尽だろうが!」
MARVEL世界だから悲劇が発生するのは仕方ない?
救える命は限度があるから仕方ない?
カノンイベントだから仕方ない?
「ハッピーエンドでいいだろうが!幸せになっていいだろうが!」
彼のその問いへの答えは一つ、ふざけるなだ。
みしみしと音が鳴る。
「あんたを!家族に謝らせてやる!それがスパイダーマンだぁああああ!」
肉体が軋んで今にも崩れそうだった。
―――だからどうした。
「ぁぁぁあぁァァァああああああアアアアアアアアアアアアア!!!」
叫ぶ、叫ぶ。
そして、あり得ないことが起きた。
まるで夢物語の如くリザードの巨体が持ち上げられる。
押し潰そうとする巨体の膂力と重力に逆らい、屋上の外へと投げ捨てようとした。
今、この瞬間ピーター・パーカーは自身の肉体の全力というものを初めて解放したのである。
当然、生命本能から屋上に爪痕を残し、それにリザードは逆らおうとするが、出来ない。
「落ちろォォォォオオ!!!」
だが、それは出来ない。
なぜなら、目の前にいる小さな存在にパワーで劣っていたから。
地面には爪による線が刻まれるだけである。
「SYAASAAAOOOOO!!??」
ついに空中へとリザードは放り出された。
先ほどと同じように重力で落下を始める。
違いがあるとすれば今度はスパイダーマンが上にいて仰向きで落下しているということだ。
「お薬の時間だ!!」
唯一残った右腕のウェブスイングで空中で近づく。
リザードにはもはや抵抗するすべはない。
狙うは腹部、四足歩行の獣の弱点はリザードも同様であり注射器も刺さる柔らかさだった。
奇しくも、スパイダーマンは死にかけた押し潰し攻撃によりそれを発見したのである。
「教えてやる!お前の敗因は!」
注射器を振りかぶり、リザードに彼は言った。
「カート・コナーズじゃなくなったことだ!」
リザードという怪物の敗因は、家族を護ろうとした父親の勇気である。
そしてそれを受け取り、どうにかしようとした少年の力だった。
「GYAAAAAAAAA!!!」
断末魔と共に落ちる、墜ちる。
そして十数秒、凄まじい落下による衝撃が二人を襲った。
自身よりも何倍もある巨体が小さくなっていくのをピーターは感じる。
「うぅ...私は....」
うめき声をあげたのは、両腕のある壮年の男性だった。
ピーターはマスクの奥で笑みを作り言う。
「お帰りなさい、コナーズ先生」
スパイダーマンも、カート・コナーズも、リザードに勝ったのだ。
Tips
・ピーター・パーカー
ついに全力を出し1ハルク馬力を叩き出した男
いつもは撲殺しかねないために無意識でリミッターをかけていた。
この後上半身裸で帰ることになる。