虚狩る戎具「約束された勝利の剣」   作:ナゴン

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第11話 唸る復讐者

 ――お待たせしました、お嬢様。……もう、大丈夫です。

 

 夕暮れの茜色と、爆砕された出口から漂う白銀の残光が交錯する炎上のステージの上。

 

 仕立ての良い黒いジャケットの裾を鋭くはためかせ、泥まみれの布に巻かれた長剣『エクスカリバー』を背負ったアルトは、引き締まった体躯でアストラを完璧に庇うように立ち塞がっていた。 しかし、目の前に突如として現れた、鋭い眼差しをした一人の気高き剣士の佇まいに、アストラ・ヤオは完全に言葉を失って呆然と立ち尽くしていた。その麗しい瞳は、普段のおどおどとした冴えない様子から完全に様変わりしたアルトの横顔へと、強烈なインスピレーションとともに釘付けになっている。

 

 だが、他人の心の機微や新エリー都の流行に対して驚くほどに鈍感なアルトは、彼女のその熱い視線の理由を全く理解できていなかった。

 

(……あれ? アストラさん、完全に一言も喋らなくなっちゃったな……。もしかして、さっきの爆発のショックのあまり、恐怖で頭が真っ白になって固まってしまっているんだろうか……。うぅ、やっぱりボクがもっと早く駆けつけていれば……っ)

 

 アルトは心の中で大真面目に的外れな大勘違いをしながら、申し訳なさそうに眉をひそめていた。

 

 すると、そんなアルトのどこまでも無自覚な優しさと、目の前のアストラへの些細な配慮に対し、彼の頭の奥底で、おっとりとした少女の声音にどろりとした悍ましいまでの狂信的な愛を宿したマナカの囁きが、静かに、けれど狂おしいほどの嫉妬の感情とともに這い寄ってきた。

 

『――ねえ、アルト。やっぱり、あの女の人のことが心配なの? 恐怖で固まっているのかしら、だなんて。そんなに優しくあの小娘のことを考えてあげるなんて、本当に、本当に不愉快だわ……。ねえアルト、あなたのその気高くて美しい騎士の輝きは、私だけのものでいいの。あなたを愛して、あなたの世界のすべてになっていいのは私だけ。そんなにあの女の子のことが頭から離れないなら、可哀想だけど……今すぐ私の刃で、その綺麗な首を跡形もなくバラバラに切り裂いて、お掃除してあげなくちゃいけないね。ねえアルト、いいよね……?』

 

(マナカ、落ち着いてくれ。ボクはただ、臨時ボディガードとしての任務を遂行しているだけだ。ボクの目的は君と共にある。頼むから落ち着いてくれ)

 

 アルトは心の中で、脳内に居座る怪物に向けて、徹底して冷静に、かつ確固たる理性の言葉を淡々と紡いでその暴発を制した。

 

 パチ、パチ、パチ、パチ――。

 

 その時、静まり返ったステージの正面から、不気味に、そして一定の完璧なリズムを刻みながら、ゆっくりとした拍手の音が響き渡った。

 

「いやあ、見事、見事! 実に素晴らしい働きだねえ、黒スーツくん」

 

 拍手を送りながら、にやにやとした不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、反乱軍の部隊を率いる例の胡散臭い隊長だった。男はハンドガンを弄りながら、アルトの放つただならぬ白銀の闘気を見つめ、どこか皮肉げに唇の端を吊り上げた。

 

「うちの子分たちを黙らせた『騎士(ナイト)』の次は、どこからか湧いて出てきたか分からん野良の『王子様(プリンス)』とはさ。……つくづく我らが新エリー都の歌姫は、とんでもない運を持っていらっしゃるらしいねえ」

 

「……」

 

 アルトはその男の軽薄な言葉に対して、一切の返答をすることなく、ただその瞳に鋭い剣士の眼差しを宿したまま、冷徹に隊長の動きを睨み据えた。

 

 隊長はアルトの放つ圧倒的な威圧感を全身に浴びながらも、にやにやとした笑みを崩すことなく、ポツリと、どこか深い深淵を覗き込むような声音で低く呟いた。

 

「まあ、これが我らの前に立ちはだかる、忌々しい『天命』だとしてもさあ……。私たちは、絶対にここから突き進まなければいけないんだよ。……これまで積み重ねてきた、数え切れないほどの同胞たちの『(犠牲)』を、絶対に無駄にしないためにもねえ……!!」

 

 男の口から漏れ出た、いつもの天真爛漫な様子から完全にかけ離れた、どす黒い執念を滾らせた不敵な笑み。

 

 ズサァァッ――!

 

 その瞬間、ステージの脇のキャットウォークから、タイトでスマートなスーツスタイルを完璧に着こなしたイヴリンが、弾丸のような速度でアルトの隣へと滑り込むように着地した。彼女の周囲には、自身を取り囲んでいた十数人の反乱軍の兵士を音もなく一瞬で叩き伏せたプロの残光が、静かに渦巻いている。

 

「お嬢様の無事を確認。周囲の敵兵士の無力化は完了した」

 

 イヴリンは感情を排した冷徹な顔のまま、アストラの安全を瞬時に目視でデータ分析すると、すぐさま隣のアルトへと理性的でドライな眼光を向けた。

 

「アルト。これより君と臨時の共闘戦線を構築するぞ。目の前の不審分子を、最短時間で確実に無力化する」

 

「わかりました、イヴリンさん。ボクが前に出ます――」

 

 アルトが長剣を正しく正眼に構え、最強のマネージャーと最高峰の剣士が完璧な迎撃態勢を組んで隊長へと肉薄しようとした、まさにその決戦の刹那だった。

 

 ――キィィィィィィィィィンッッッ!!!!!

 

 アリーナ全体の空間の気圧が一瞬にして激変し、鼓膜を強烈に圧迫するような、大気を引き裂く不気味な高周波の駆動音が、遙か上空から轟いた。

 

「――っ! 上空から何かが接近してくる!?みんな伏せろ!」

 

 イヴリンの理性が叫ぶと同時に、アルトの虚狩り級の鋭い直感が、頭上からの致命的な破滅の兆候を完璧に察知した。

 

 ドガァァァァァァンッッ!!!!!!

 

 天を穿ち、アリーナの頑丈な特殊強化ガラスの天井を粉々に突き抜けて、メインステージのど真ん中へと『何か』が凄まじい質量とともに激突、着地した。アリーナのコンクリートの床がグラグラと狂ったように陥没し、激しい着地の衝撃波によって、周囲のすべてを覆い隠すほどの猛烈な砂埃と灰色の爆煙が、バックステージの全域へと狂暴に舞い上がった。

 

 あまりにも濃密な砂埃の奔流の前に、超一流の視力を持つアルトやイヴリンですら、その爆煙の中心に鎮座するオブジェクトの姿を、すぐには捉えることができない。

 

 しかし、その視界を奪われた暗黒の爆煙の向こう側から、あの不敵に笑う隊長の、恍惚とした聲音が響き渡った。

 

「あははは! 予定通りの定時着地だ、お利口さんだ! ……さあ、諸君。紹介しようか。これが、私たち反乱軍が新エリー都の特権階級どもの目を盗んで、極秘裏に作り上げてきた最高の『秘密兵器』さ」

 

 男の言葉と同時に、ゴオォォン……と、砂埃の奥底から、無機質で悍ましい機械の駆動音が重低音となって響き渡る。

 

「かつて数々の巨大ホロウを消滅させてきた、あの伝説の『虚狩り』の過去の戦闘データ……。そして、我が反乱軍が誇る最高峰の科学者たちの頭脳を結集させて組み上げられた、殲滅用戦闘用強化外骨格(パワードアーマー)――その名も『復讐者(ネメシス)』さぁ!お嬢様!!」

 

 徐々に晴れていく砂埃の影の向こうから、その凄まじい全貌が、遂にその姿を現した。

 

「……っ、なんだ、あれは……!」

 

 イヴリンの冷徹な顔が、そのオブジェクトの異質さを前にして、理性的な驚愕に微かに強張った。

 

 そこに立っていたのは、見る者の精神を直接侵食するかのような、禍々しい赤黒い色彩を主体とした、無機質で巨大な鋼鉄のパワードアーマーだった。全体的には不気味な人型の形状を取っているものの、その背中と肩の基部からは、異形なる『四本の太い機械腕』が禍々しく生え伸びていた。

 

 ネメシスのメインとなる一対の両腕は、あらゆる物質を叩き潰すための重厚な鋼鉄の「拳」の形状をしていた。だが、それ以外の四本のサブとなる腕の先端は、拳などでは断じてなかった。まるで獲物の命を貪るために飢えた蛇のようにのたうつ、生物的で禍々しい『触手』の形。そしてその各触手の先端には、触れたものすべてを肉片へと切り裂くための、極めて鋭利な金属製の「五指(爪)」が備わっており、夕暮れの爆炎の光を弾いて妖しく、冷酷に蠢いていた。

 

 反乱軍がこの都市の権威を失墜させるために用意した、最凶の殺戮兵器ネメシス。

 

 爆炎と黒煙が渦巻くアリーナのメインステージの上で、おどおどとした放浪者から鋭い剣士の眼差しへと変貌したアルトの刃の前に、新エリー都のすべてを破壊しかねない最悪の鉄槌が、遂にその牙を剥いて立ち塞がろうとしていた――。

 

 

 アリーナのメインステージに立ち込める灰色の爆煙を割って、最凶の殺戮兵器『復讐者(ネメシス)』の駆動音が重低音となって響き渡った。

 

 禍々しい赤黒い色をした無機質な装甲。人型の体躯を持ちながらも、その背後からは異形なる四本のサブ腕が生え伸び、先端ののたうつ触手のような鋭利な五指が、空気中の硝煙を切り裂いて不気味に蠢いていた。それとは別に、正面には強靭な質量を誇る二本のメイン腕が鎮座している。

 

「――チッ。まさか『ネメシス』の投入までスケジュールを前倒しさせられるとはねえ。本当に、想定外の化け物だよ、君は」

 

 反乱軍の隊長はにやにやとした軽薄な笑みを完全に排し、アルトを見据えながら冷酷に言い放った。

 

「だが、お利口さんな諸君の命運も、この特別ステージで完全終了さ。……ネメシス、排除タスクを執行せよ。お嬢様に傷をつけない程度に、そこの生意気な黒スーツくんを細切れにしてやれ」

 

 ガガガガ、ギィィィィン――!!!

 

 隊長の冷徹な命令が下された刹那、ネメシスの赤黒い単眼のセンサーが、血のように赤い不気味な光を一閃させた。躊躇は一切ない。ネメシスの前腕装甲が不気味にスライドし、内蔵されていた重々しい機関銃(ガトリング)の銃口がアルトの眉間へとピタリと向け直された。駆動機関が過負荷の音を立てて高速回転を始め、極限まで強化された重火力の凶弾が、一斉に連続して暗いステージへと解き放たれた。

 

 ドババババババババッ――!!!

 

 音もなく空間を切り裂くのではなく、文字通り嵐の如き破壊力でアルトの急所を的確に穿とうと迫り来る機関銃の連続射撃。

 

 しかし、アルトの仕立ての良い黒のジャケットに包まれた身体は、まるで最初から弾道が見えているかのように、滑らかな流動の身のこなしで前方に滑り込んだ。引き抜いた長剣『エクスカリバー』。泥まみれの布に巻かれたままの刀身が、薄暗いステージの中に美しい白銀の残光を描いていく。

 

「……イヴリンさん、お嬢様を!」

 

「了解!」

 

 アルトの鋭い呼気に応じ、イヴリンはタイトなスーツの裾を翻してアストラを抱きかかえ、アクロバティックな跳躍でステージの最奥へと瞬時に退避した。

 

 それと同時に、アルトは地面を力強く踏み締め、長剣を正眼に構えて前方に滑り込んだ。彼はただ、内に秘めた純粋な、極限まで無駄を削ぎ落とした超一流の剣士としての「技の美」だけで、この異形の兵器から放たれる機関銃の猛攻をすべて凌ぎきる覚悟を決めていた。

 

 ギィ、ギギギギギィン!!!

 

 薄暗い爆炎のステージの中に、鼓膜を激しく穿つ金属の衝突音が、無数に、激しく炸裂した。

 

 アルトは限界まで洗練された流麗な剣技は、迫り来るすべての機関銃の弾丸をミリ単位の狂いもなく正確に刀身の腹だけで完璧に捉え、火花を散らしながら左右の壁へと鮮やかに弾き落とした。

 弾丸を弾くたびに、アルトの足取りは確実に、そして圧倒的なプレッシャーを伴ってネメシスの懐へと近づいていく。

 

「――は、あはははは! 面白い、面白いじゃん、黒スーツくん!!」

 

 物陰から戦況を監視していた隊長は、驚愕に怯えるどころか、むしろ極限の飢餓に狂う獣のような、獰猛で不敵な笑い声をアリーナに響かせた。

 

 ネメシスに組み込まれているのは、かつて数々の巨大ホロウを消滅させてきた伝説の戦士のデータ。その頂点の戦闘アルゴリズムから放たれる圧倒的な射撃の嵐を、初見の、それもただの片手半剣の技量だけで平然と弾き、笑いながら距離を詰めてくるアルト。その常軌を逸した美技を前に、かつて無数の血生臭い死線を潜り抜けてきた歴戦の兵士としての男の闘争本能が、激しく、歓喜とともに燃え上がっていたのだ。

 

「ネメシスの重火力を真正面からいなしながら接近してくる化け物が、新エリー都の野良に転がっているなんてねえ! 最高の誤算だよ。……さあ、格闘戦へ移行だ! その気高すぎる騎士のメッキを、徹底的に剥ぎ取ってやる!」

 

 キィィィィン――!

 

 隊長の激しい煽りに応じるように、ネメシスは無機質な駆動音を鳴らし、即座に近接格闘へと切り替えた。数トンもの重量を孕んだ巨大な鉄塊がアスファルトの床を烈火の如く踏み砕き、人間業とは思えない爆発的な超高速の踏み込みで、アルトの正面へと肉薄する。

 

 背後から生え伸びる四本のサブ腕――のたうつ触手状の鋭利な五指の嵐が、肉眼では捉えきれない三次元的な軌道を描き、死角からアルトの四肢を根こそぎ引き千切ろうと、鋼鉄の爪が空間を細切れにしながら一斉に収束していく。

 

 アルトはその凄まじい包囲網を半身を僅かにずらすだけで紙一重で回避。それどころか、すれ違いざまに長剣の腹を触手の関節へと的確に当て、その前進の質量ごと滑らかに『受け流した(パリィ)』。

 

 ネメシスの構えが一瞬だけ完璧に崩れ、その巨躯が大きく後退する。

 

「――そこだ!アルト!」

 

 梁の影から、イヴリンの声が理性的かつ冷徹に響き渡った。

 

 アストラを安全な防壁の裏へと退避させ終えた彼女は、感情を排した顔のまま、いつの間にかネメシスの頭上の空間へ向けて、目に見えない特殊合金ワイヤーを完璧な蜘蛛の巣の如く張り巡らせていた。

 

 イヴリンの細い指先が閃き、ワイヤーの束を全力で引き絞る。アクロバティックな旋風の如き体術が裂し、目に見えないワイヤー網がネメシスの巨躯を、その四本のサブ腕の駆動関節ごとガチリと強固に縛り付け、その身動きを数秒間完全に無力化した。

 

(……本当に凄いです……イヴリンさん……これなら、ボクの剣が届く……っ!)

 

 アルトは鋭い眼差しのまま、イヴリンとの完璧なタイミングでの視線の同期を完了させ、前方へと爆発的なスピードで踏み込んだ。

 

 長剣『エクスカリバー』の刀身に、白銀のエーテル粒子が静かに、しかし極限まで濃密に沸き立ち、正眼から一気に振り抜かれる。マナカの意識が頭の奥底で微かに歓喜に震えたような気がしたが、アルトはそれすらも確固たる理性の外側に置き去り、目の前の標的を止めるためだけに全神経を研ぎ澄ませた。

 

 ハァァァッ!!

 

 鋭い呼気とともに放たれた、限界まで洗練された流麗な一撃。

 

 白銀の光を纏った斬撃の残光が、薄暗いステージの闇を白昼のように切り裂き、イヴリンのワイヤーによって固定されていたネメシスの赤黒い胸部装甲へと、寸分の狂いもなく正確に炸裂した。

 

 ズバァァァン……!!!

 

 凄まじい衝撃波が走り、ネメシスの頑丈な装甲に深い一文字の亀裂が刻まれ、内部の精密な機械パーツから激しい火花が弾け飛んだ。イヴリンのワイヤーを力ずくで引き千切りながら、ネメシスの巨躯が初めてその場から大きく数メートル後退し、アリーナの壁へと激しく激突した。

 

 あまりにも一瞬の出来事だった。

 

 だが、その歴戦の猛者同士の完璧な連携と、アルトの放った息を呑むほどに美しい白銀の絶技の光景を、ステージの袖の安全な特等席から見つめていたアストラ・ヤオは、両手を胸の前でギュッと握り締めたまま、大興奮で叫び声を上げていた。

 

「――っ、あ、あははははは!! 凄い、凄い、最高だわ。アルト!! イヴリン!!」

 

 頬を紅潮させ、自由奔放なパッションを爆発させるアストラ。彼女のピュアで天才的な脳内には、先ほどの大爆発の恐怖すらも完全に一瞬で彼方へと吹き飛ばすほどの、未だかつてない至高のニュー・アルバムのメインメロディが、狂おしいほどの奔流となって鳴り響き始めていた。

 

「アルト、キミ、本当に最高の私の『王子様(インスピレーション)』だよ!!」

 

 アストラの天真爛漫な歓声が、炎上するバックステージに響く。

 

 アルトは二本の普通のメイン腕を再び持ち上げて立ち上がろうとするネメシスとの距離を保ったまま、長剣を正眼に構え直し、その鋭い眼差しの奥に、次なる猛攻を見据えた。

 

 壁へと激突したネメシスの単眼センサーは、未だその不気味な赤黒い光を失ってはいなかった。それどころか、内部の駆動機関が過負荷を上げるような凄まじい高周波の音を立てて、再びその異形の腕を狂暴に駆動させ始める。

 

 お互いの正義と復讐の執念が交錯する爆炎のステージの上で、放浪の騎士と最強のマネージャー、および反乱軍の最凶兵器による、都市の運命を賭けた真の決戦の火蓋は、未だ衰えることなく激しく燃え上がろうとしていた――。

 

 

 アリーナのメインステージに立ち込める灰色の爆煙を割って、最凶の殺戮兵器『復讐者(ネメシス)』の過負荷を告げる駆動音が、凄まじい金切り声となって響き渡った。

 

 壁に叩きつけられたネメシスの赤黒い装甲の亀裂から、狂ったような電子の火花が爆発的に弾け飛ぶ。しかし、その中央に鎮座する単眼センサーの光は消えるどころか、内側からパワードアーマーを操る隊長の滾るような憎悪に呼応するように、より一層血のように昏く、狂暴に燃え上がっていた。

 

「は、あはははは! 面白い、本当に最高だよ、黒スーツくん! 私たちの最高峰の頭脳が組み上げた『ネメシス』の装甲を、ただの一振りの剣で叩き割るなんてさあ!」

 

 外部スピーカーを通じてアリーナ全域に響き渡る隊長の笑い声は、完全に歴戦の兵士特有の、死線を歓迎する獰猛な歓喜に染まっていた。

 

 ネメシスの駆動機関が限界を超えた出力を上げて金属が軋む不気味な高周波の音が、バックステージの床をグラグラと揺らす。正面に構えられた強靭な二本のメイン腕、形成される四本の触手腕の先端にある鋭利な五指(爪)が、かつてない異常な速度で同時に駆動を開始した。

 

「だが、私の復讐のステージはここからが本番なんだよ! 同胞たちの犠牲を無駄にしないためにも……ここでキミを肉片に変えて、お嬢様を奪わせてもらう!」

 

 ネメシスの巨躯が、床のコンクリートを文字通り木っ端微塵に爆砕しながら、アルトへ向けて再び突進してきた。

 

 二本の強靭なメイン腕による、人間の骨格など容易く粉砕する超重量の連続殴打。それに加えて、のたうつ四本の触手腕が、鋭利な爪を狂暴に蠢かせながら、アルトの死角を完全に網羅するように三次元的な包囲網を描いて襲いかかる。正面からの力任せの破壊と、空間を細切れにする精密な斬撃の嵐。それは、まともに受ければ一瞬で肉片に変えられる、文字通りの暴風雨だった。

 

 だが、その圧倒的な質量と殺意の嵐のただ中で、アルトの灰色の双眸は、いつもの頼りなげな気弱さを完全に排した、鋭い一人の『剣士』の眼差しのまま、静かに澄み渡っていた。

 

「――誰も傷つけさせない」

 

 アルトは仕立ての良い黒いジャケットを鋭くはたかせる身のこなしとともに、地を這うような滑らかな流動の動きで、弾道を見切るように前方へと滑り込んだ。泥まみれの布に巻かれた長剣『エクスカリバー』の刀身の腹だけで、彼は迫り来るネメシスの鉄拳と、四本の触手五指の爪を、ミリ単位の狂いもなく正確に捉え続けた。

 

 ギィ、ギギギギギィン!!! ガガガガガッ!!!

 

 薄暗いバックステージに、白昼の雷鳴の如き凄まじい金属の衝突音が絶え間なく炸裂する。

 

 アルトの放つ洗練されすぎた流麗な剣技は、ネメシスの放つ全ての破壊的な軌道を滑らかに『受け流し(パリィ)』、その凄まじい突進の質量をすべて左右のコンクリート壁へと無意味に滑らせて弾き落としていく。アルトが一歩進むたびに、黒スーツの周囲に美しい白銀の光の弧が描かれ、ネメシスの絶対的な猛攻が一時的に無力化されていった。

 

 だが、ネメシスの背後や側面からは、もう一つの執拗な『障害』が、淡々とその巨躯を蝕み始めていた。

 

 梁の影からアクロバティックに空中を舞うイヴリンの細い指先が、空間に目に見えない特殊合金ワイヤーを蜘蛛の巣の如く張り巡らせ、ネメシスがアルトへと鉄拳を叩き込むたびに、その四本の触手腕の駆動関節やメイン腕の死角をミリ単位で縛り付け、その攻撃の威力を合理的かつ冷徹に殺ぎ落としていたのだ。

 

「――チィッ、本当にちょこまかと……! さっきから本当に五月蝿くて、煩わしいんだよ、そこの女ァッ!!」

 

 ネメシスの内側から、イラつきを限界まで蓄積させた隊長の苛烈な咆哮が外部スピーカーから響き渡った。

 

 執拗なワイヤーのサポートによる攻撃タスクの減衰を極限まで煩わしく思った隊長は、その瞬間、圧倒的な重火力飽和触手腕の殺意の矛先を、正面のアルトから、頭上の梁の影にいるイヴリンへと急転回させた。

 

 キィィィィン――!

 

 ネメシスの前腕装甲が不気味にスライドし、内蔵されていた重々しい機関銃(ガトリング)の銃口が、一瞬にしてイヴリンの制動軌道へと向け直された。

 

 ドババババババババッ――!!!

 

 至近距離から放たれる嵐の如き凶弾の連続射撃が、空中を舞うイヴリンの退路を完全に塞ぎにかかる。それと同時に、背後から生え伸びる四本の触手腕が、鋭利な五指(爪)を生き物のようにうねらせながら、イヴリンのタイトなスーツの隙間を切り裂くべく上空へと猛烈に収束していった。

 

「――っ! くっ!――」

 

 空中という制動の利かない空間において、ネメシスの全火力を注ぎ込まれた容赦のない波状攻撃。イヴリンは感情を排した顔のままアクロバティックにワイヤーを引いて回避を試みたものの、迫り来る機関銃の弾雨と触手五指の鋭利な爪の嵐の前に、その絶対絶命の包囲網を完全に防ぎきることは不可能であると理性的に計算を弾き出していた。

 

 イヴリンの細い身体が、凶弾の衝撃波と爪の乱撃に晒され、窮地へと追い込まれようとした、まさにその刹那――。

 

「――イヴリンさんッ!!」

 

 アルトの鋭い眼差しが、一瞬にしてさらなる極限の領域へと研ぎ澄まされた。

 

 彼は地面を力強く踏み締めると、人間業とは思えない爆発的な超高速の跳躍で、上空のイヴリンとネメシスの間の空間へと一瞬で滑り込んだ。黒い仕立ての良いジャケットが風に激しく逆立つ。

 

 アルトは泥まみれの布に巻かれた長剣を正しく両手で構え直すと、自身の身体をプロの防壁の如く展開し、イヴリンを完全に庇いながらネメシスの全火力を真正面から受け止めた。

 

 ギィ、ギギギギギギギギィン!!! ズババババババッ!!!

 

 アルトが限界を超えるほどの超高速の剣技は、イヴリンへ向けて放たれていたすべての機関銃の弾丸と、四本の触手腕の鋭利な爪を、ミリ単位の狂いもなく正確に刀身の腹だけで完璧に捉え、白銀の火花を爆発的に散らしながらそのすべてを虚空へと弾き落としていった。弾丸を弾く凄まじい反動がアルトの両腕へと伝わるが、彼の鋭い眼差しは一寸のブレもなく、ネメシスの単眼センサーを真っ直ぐに睨み据えていた。

 

「は、あはははは! 素晴らしい、素晴らしいじゃん、黒スーツくん!! 仲間を庇って自ら死地に飛び込んでくるなんて、本当に最高に格好いい王子様だねえ!!」

 

 だが、反乱軍の誇る最凶の秘密兵器の底力はそれだけでは終わらなかった。

 

 ネメシスの装甲の各部がガガガ、と強制変形を起こすような冷酷な稼働音を響かせる。隊長の不敵な意思と過負荷エネルギーの増幅に合わせ、ネメシスの赤黒い両肩の重装甲が左右へと大きく左右に展開。その奥から、エーテル技術を応用して極秘裏に実装されていた未知の新武装――二基の『指向性高出力エーテルレーザー砲』の銃口が、まばゆいエネルギーを充填させて不気味にその姿を現したのだ。

 

「――だったら、これならどうだい? お利口さんな王子様には、とっておきの光線(キラキラ)をプレゼントしてあげるよ!!」

 

 ピキィィィィィィン――ッ!!!

 

 空気が超高熱によって凍りつくような不気味な励起音がアリーナに響いた直後、ネメシスの両肩から、全てを焼き尽くすような凶悪な二条のエーテルレーザーが、圧倒的な熱量を伴ってアルトとイヴリンに向けて同時に掃射された。

 

 ドゴォォォォォンッ!!!

 

 レーザーがかすめただけで、バックステージの頑丈なコンクリートの壁や梁が瞬時に赤熱してドロドロに融解し、凄まじい爆炎が吹き荒れる。あまりにも不条理な三次元的な超熱線の嵐。

 

 しかし、空中でイヴリンを背後に庇ったままのアルトは、その鋭い眼差しの奥にある超一流の集中力をさらに極限へと研ぎ澄ませた。長剣『エクスカリバー』の刀身に、最小限の白銀のエーテルエネルギーを瞬時に凝縮させる。

 

「ハァァァッ!!」

 

 アルトは鋭い呼気とともに長剣を両手で一気に振り下ろし、迫り来る超高熱のエーテルレーザーの光線を、白銀のエーテルを纏った一撃で、正面から文字通り『一刀両断に両断』してみせた。

 

 左右へと真っ二つに裂かれたレーザーがアルトの黒スーツのすぐ横をすり抜け、背後の壁を大爆発させる。その爆炎の残光と煙を切り裂きながら、アルトは重力を置き去りにするような電光石火の踏み込みで、レーザーの反動で一瞬だけ硬直したネメシスの懐へと一気に肉薄した。

 

 ネメシスはメインの二本の鉄拳を最大出力で振り下ろそうとしたが、アルトはその重厚な一撃すらも長剣の刀身で滑らせるようにして完全に『受け流した(パリィ)』。

 

 極限のパリィによってネメシスの全ての駆動質量は別の方向へと滑り、ネメシスの巨躯が完璧に体勢を崩して大きく後退する。

 

「――アルト!ここで決めろ!」

 

 アルトの決死の防衛行動によって完璧な反撃の機会を得て、背後の梁へと着地していたイヴリンが、冷徹な声とともに細い指先を閃かせた。

 

 彼女は感情を排した顔のまま、ネメシスがアルトのパリィとレーザーの過負荷によって完璧に体勢を崩したその一瞬の隙を、完璧に捉えていた。空中からのアクロバティックな旋風の如き体術から、空間に張り巡らされていた全ての目に見えない特殊合金ワイヤーが一斉に引き絞られる。

 

 シュン、シュババババッ!!!

 

 目に見えないワイヤーの束が、過負荷で暴走するネメシスの巨躯を、その四本の触手腕の駆動関節と二本のメイン腕、そして展開された両肩のレーザー砲ごと、ガチリと寸分の隙もなく強固に縛り付け、その身動きを完全に無力化した。

 

(……これで、終わりだ……っ!)

 

 アルトは鋭い眼差しのまま前方へと爆発的なスピードで踏み込んだ。

 

 長剣『エクスカリバー』の刀身に、これまでの通常戦闘の限界を遥かに超越するほどの高純度で、濃密な白銀のエーテル粒子が沸き立ち、正眼から一気に、渾身の一閃が振り抜かれる。

 

 ハァァァッ!!

 

 洗練され尽くした超一流の美技が、白銀のまばゆい斬撃の残光となってアリーナの闇を白昼のように切り裂き、イヴリンのワイヤーによって完全に固定されていたネメシスの赤黒い胸部装甲の中心核(コア)へと、完全に直撃した。

 

 ズバァァァァンッッ!!!!!!

 

 空間そのものを両断するような凄まじい衝撃波が走り、ネメシスの胸部装甲が、激しい爆発の炎とともに完全に『粉々に粉砕』された。内部の精密な機械パーツや新武装のレーザー発振器、過負荷の駆動機関が跡形もなく大破し、のたうつ四本の触手腕と二本のメイン腕が、完全に力を失ってガラガラと音を立てて千切れ飛んでいく。

 

 秘密兵器『復讐者(ネメシス)』は、アルトの白銀の一閃とイヴリンとの完璧な連携の前に、凄まじい爆音と黒煙を上げながら、完全に機能停止へと追い込まれて大破した。




復讐者(ネメシス)

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