天下万悪の父   作:ボディ

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第二話 隣の倉庫

 銀貨十三枚は、三日で九枚になった。

 

 一枚は靴だった。

 一枚は宿。

 一枚半が飯。

 

 あとで知ったが、どれもだいたい倍は取られていた。

 

 残りの半枚ほどがどこへ消えたのかは、エリアフにもよく分からなかった。

 

「……高くねえか?」

 

 道端にしゃがみ、掌の銀貨を数え直す。

 九枚。

 

 三日前まで銀貨など年に何度も触るものではなかった。値段の相場なんて知るはずもない。

 

 靴屋には「その足なら特別に安くしとく」と言われた。宿屋には「港はどこもこれくらいだ」と言われた。飯屋の親父には「羊肉は今日は高い」と言われた。

 

 全部嘘だった。

 

 九枚。

 やはり九枚だった。

 

 少しくらい肉を食っても減らないと思っていた。

 減った。

 かなり減った。

 昨日の夕飯を思い出す。

 羊肉だった。

 美味かった。

「……まあ、あれはいいか」

 羊肉に罪はない。

 エリアフは銀貨を革袋に戻した。

 まだ九枚ある。

 自分をもう一人買えるくらいの金だ。

 そう思えば、当分は何とかなる気がした。

 

     ◆

 

 昼過ぎ、街道の向こうに海が見えた。

 エリアフは足を止めた。

 最初は空だと思った。

 丘の向こうに、青いものがずっと続いている。

 荷馬車の御者に訊いた。

「あれ何だ?」

「海だよ」

「海?」

「見たことねえのか」

 御者が笑った。

 エリアフはもう聞いていなかった。

 走り出した。

 丘を下る。

 新しく買った靴が一度脱げた。

 拾ってまた走る。

 坂の下に、大きな港町が広がっていた。

 屋根が密集し、その向こうから無数の帆柱が突き出している。

 さらに向こう。

 どこまで行っても水だった。

「でっけえ……」

 思わず声が漏れた。

 しばらく見てから、もっと近くへ行った。

 波止場まで下りた。

 潮を舐めた。

「しょっぱ!」

 近くの船乗りが笑った。

「そりゃ海だからな」

「全部か?」

「何が」

「これ全部しょっぱいのか?」

「そうだよ」

 エリアフは海を見た。

 馬鹿みたいな量だった。

「誰が塩入れたんだ?」

「知らねえよ」

 船乗りは行ってしまった。

 エリアフはもう一度だけ海を見た。

 十分後には飽きた。

 

     ◆

 

 荷揚げ場では、荷運びの男が一人で大樽を肩へ担ぎ上げていた。普通なら二人で運ぶ大きさだったが、腕と腰へ強化をかけているらしい。隣では別の男が二つまとめて運んでいる。

 

 エリアフは少し見てから、自分の腕にも強化をかけてみた。

 

 力を通すが、何も変わらない。

 

 もう一度やると、少しだけ腕が熱くなった気がした。

「……まあいいか」

 

 昔から、こういう細かいことはあまり得意ではなかった。

 道端では、串焼き屋の女が指先の火で炭へ火を移している。火が弱いらしく、何度か息を吹きかけていた。

 

 

 港町は、父親よりうるさかった。

 魚売りが怒鳴る。

 船乗りが怒鳴る。

 荷運び人が怒鳴る。

 喧嘩している男たちは、もっと怒鳴っていた。

 エリアフは少し気に入った。

「じいさん! その魚いくらだ!」

「じいさんじゃねえ、銅貨五十だ!」

「買った!」

 エリアフは腰の革袋へ手を伸ばした。

 魚売りの視線が、一瞬だけそこへ落ちた。

 すぐに顔へ戻った。

 エリアフはその目を見た。

「……やっぱいい」

「あ?」

「高い」

「しゃあねえ、銅貨四十五にしてやる」

「二十にしろ!」

「失せろ!」

 エリアフは笑って離れた。

 少し歩いてから、革袋を上着の内側へ押し込んだ。

 町には父親より信用ならない奴が、いくらでもいそうだった。

 それでも盗られた。

 

     ◆

 

 気づいたのは、なんとなく腰が軽くなった気がしたからだ。

 服に手を入れる。

 ない。

 一瞬、立ち止まる。

 前方に、妙に速く歩く少年がいた。

 十二、三歳くらい。

 茶髪。

 裸足。

 右手に見覚えのある革袋。

「おい!」

 茶髪が振り返った。

 目が合った。

 走った。

「待て!」

 エリアフも走った。

「それ俺のだ!」

「落ちてた!」

「服の中にか!?」

 人混みを抜ける。

 茶髪の方が速かった。

 だが、エリアフはしつこかった。

 荷車の脇をすり抜け、魚籠を飛び越え、樽にぶつかって怒鳴られ、それでも追った。

 茶髪が路地へ入る。

 エリアフも続いた。

 細い路地だった。

 前方に茶髪。

 出口はその先。

 もう少しで追いつく。

 エリアフは速度を上げた。

 横から足が出た。

「ぶっ!」

 顔から石畳へ転がった。

 鼻が痛い。

 口の中に血の味がした。

「何しやがる!」

 跳ね起きる。

 三人いた。

 盗人の茶髪。

 エリアフより頭一つ大きな、肩の太い少年。

 その後ろに、短い黒髪の少女。

 三人ともエリアフより年上だった。

「こいつ?」

 大柄な少年が言う。

「うん」

 茶髪が革袋を開いた。

「結構あるぞ」

 銀貨を一枚ずつ出す。

 エリアフは数えた。

 九枚。

 一枚も落としていない。

「全部返せ」

 三人が顔を上げた。

 茶髪が笑った。

「嫌だ」

「じゃあお前を殴る」

「三人いるけど」

 エリアフは三人を見た。

 大柄なのが一番強そうだった。

 茶髪は速い。

 少女はまだ何もしていない。

 少し考える。

「じゃあまずお前だ!」

 茶髪へ飛びかかった。

「な!?」

 拳が頬に当たった。

 一発だけだった。

 次の瞬間、大柄な少年に横から殴られた。

 さらに茶髪に蹴られた。

 少女は参加しなかった。

 エリアフは三十秒ほど粘ったが、最終的には地面に倒れ伏していた。

「もういいだろ」

 大柄な少年が言った。

「よくねえ!」

 地面から立ち上がる。

 もう一度行こうとすると、少女が初めて口を開いた。

「やめた方がいいよ」

「なんでだ」

「また負けるから」

「それはやってみないと分かんねえだろ」

「さっきやったじゃん」

「次は違うかもしれねえ」

 少女は少し考えた。

「たぶん同じ」

「うるせえ!」

 三人が笑った。

 茶髪が革袋を腰に下げる。

「じゃあな」

「待て!」

「まだやるの?」

「明日も来る!」

「は?」

「返すまで来る!」

 三人はしばらくエリアフを見た。

「好きにしろよ」

「朝から来るぞ!」

「勝手にしろ!」

 去っていった。

 エリアフは追わなかった。

 路地の入り口と出口を見た。

 窓。

 屋根。

 積まれた木箱。

 三人が消えた方向。

 それから、鼻血を拭いた。

「……三人か」

 

     ◆

 

 翌朝。

 エリアフは同じ路地へ行かなかった。

 一本隣の通りで待った。

 昨日、茶髪たちは路地の奥へ消えた。

 なら、どこかから出てくる。

 一時間待った。

 来なかった。

 二時間待った。

 腹が減った。

 三時間目。

 茶髪が一人で現れた。

「きた!」

「うわっ!」

 エリアフが飛び出した。

 茶髪は逃げた。

 今度は追わない。

 向こうが逃げる先を見て、別の路地へ走った。

 回り込む。

 角から茶髪が出てきた。

 真正面だった。

「何でいるんだよ!」

「考えたんだよ!」

 飛びつく。

 二人で転がった。

 殴る。

 蹴られる。

 髪を掴む。

 指を噛まれる。

「痛え!」

「離せ!」

「金返せ!」

「もう俺が持ってねえ!」

 そこでエリアフの手が止まった。

「誰が持ってる?」

 茶髪も止まった。

「……言うわけないだろ」

 エリアフはまた殴った。

 

     ◆

 

 結局、大柄な少年が来てエリアフはまた負けた。

 だが、一つ分かった。

 銀貨を持っているのは大柄な方だ。

 

     ◆

 三日目。

 大柄な少年だけを狙った。

 路地で待ち伏せした。

 背後から飛びついた。

 首に腕を回したところまでは良かった。

「返せ!」

「何を!」

「銀貨!」

「もうねえよ!」

 エリアフの動きが止まる。

「は?」

 その隙に壁へ叩きつけられた。

 

     ◆

 

 四日目。

「返せ!」

「もうねえって!」

「九枚全部か!?」

「全部じゃねえ!」

「じゃあ残り返せ!」

「二枚しかねえ!」

「二枚返せ!」

「やだ!」

「じゃあ殴る!」

「結局それかよ!」

 

     ◆

 

 五日目。

 エリアフが来ると、三人はもう逃げなかった。

 茶髪が木箱の上に座っていた。

「今日も来た」

「来るって言っただろ」

「お前、暇なの?」

「今はな。それより俺の金返せ」

「ない」

「じゃあ稼げ!」

「なんで俺が」

「俺の金だからだ!」

茶髪が面倒そうに頭を掻いた。

「お前さ」

「何だ!」

「九枚返してほしいんだろ?」

「当たり前だ!」

「じゃあ働けよ」

 エリアフは黙った。

「……なんで俺が働くんだ?」

「俺たちの仕事手伝えば、取り分出す」

「俺の金を返すために俺が働くのか?」

「そう」

「おかしいだろ!」

「嫌ならいいけど」

「何の仕事だ!」

 茶髪が眉を上げた。

「働くの?」

「もう俺の金はないんだろ?」

「ない」

「じゃあ、お前らから今殴っても出てこねえ」

「やっと分かった?」

「昨日から分かってる!」

「じゃあ昨日殴るなよ!」

「腹立ってたんだよ!」

 少女がまた笑った。

「仕事あるよ」

「いくら?」

「さあね、でも飯も出る」

「何する?」

「荷物運び」

「何の荷物?」

 三人が顔を見合わせた。

 茶髪が言った。

「いろいろ」

 

     ◆

 

 

 三人についていくと、港の外れに古い染物小屋があった。

 中は汚かった。

 古い毛布。

 盗品らしい衣服。

 刃の欠けた剣。

 壁際には、どこから持ってきたのか分からない聖人像まで転がっていた。

 男が十人ほどいた。

 一人は昼間から寝ている。

 一人は昼間から酒を飲んでいる。

 一人は聖人像に帽子を被せて遊んでいた。

 エリアフは少し安心した。

 父親の家より人数が多いだけだった。

「これ、盗賊団か?」

「まあそんなところ」

 茶髪の少年が言った。

「なんていうんだ?」

「名前なんかない」

 

 そのとき、奥から男の声がした。

「誰だ、そのガキ」

 樽の上に男が座っていた。

 三十なのか四十なのか分からない。

 油で固まった髪。

 顎髭には食べかす。

 左耳が半分欠けている。

「昨日言った、金持ってた奴」

 茶髪が言った。

「こいつか」

 男はエリアフを上から下まで眺めた。

「細えな」

「親父にも言われた」

「親父は?」

「売った」

「何を」

「親父を」

 男が眉を寄せた。

「……誰に?」

「役所」

「いくらで?」

「十二枚」

 小屋が少し静かになった。

 それから、誰かが笑った。

 別の男も笑った。

 最後には左耳の男まで腹を抱えた。

「親父を役所に売ったのか!」

「賞金首だったからな!」

「お前、頭おかしいぞ!」

「先に俺を売ろうとしたんだよ!」

「何枚で?」

「八枚!」

 笑い声がさらに大きくなった。

「四枚勝ってんじゃねえか!」

「その十二枚もこいつらに盗られた!」

 茶髪を指差す。

「九枚だけだ」

「三枚は自分で使った」

 女の子が言った。

「うるせえ!」

 左耳の男が目元を拭った。

「面白えな、お前」

「面白くねえ! 金返せ!」

「俺が盗ったんじゃねえよ」

「こいつら、お前のところの奴だろ!」

「まあな」

「金返せ!」

「もうねえ」

「お前まで言うのか!」

「うちはいつもねえ」

「自慢すんな!」

 左耳の男は涙を拭った。

「働けば払ってやるよ」

「いくら?」

「一日銅貨十五」

「安すぎるだろ!」

「新人だから本来は十枚だ。盗んだ分色付けてやってる」

「俺は鍵開けられるぞ」

「本当か?」

「六つのときからやってる」

「じゃあ銅貨十六」

「一枚しか増えてねえ!」

「じゃあ十五」

「十六でいい!」

 なんて交渉のうまいやつだ。気づけば銅貨十六枚で働くことに同意してしまった。

 

 小屋を見回す。

 汚い。

 臭い。

 知らない大人ばかりだ。

 壁際の男は昼間から酒を飲んでいる。

 別の男は床で寝ている。

 父親の家と大して変わらなかった。

「飯も出んのか」

「出る」

「今日は何だ」

「今日は豆」

「明日は?」

「明日も豆だ」

「肉はねえのか」

「おまえの働き次第だ」

 

 そうして、エリアフは一味の雑用になった。

 

     ◆

 

 仕事は多かった。

 荷物を運ぶ。

 見張る。

 手紙を届ける。

 誰かの家の窓が開いているか確認する。

 知らない荷物を、知らない男へ渡す。

 役人を見たら知らせる。

 盗品を市場へ持っていく。

 揉めたら逃げる。

 たまに逃げ遅れて殴られる。

 最初の数日は、言われたことだけやった。

 そのうち、誰が何をしているのか分かってきた。

 茶髪はリグ。

 逃げ足と人の懐から物を抜くのが上手い。

 大柄なのはボッカ。

 喧嘩が強い。

 少女はミナ。

 三人の中では一番喋らないが、逃げ道を見つけるのが早かった。

 ドバンは一味の頭だった。

 昼まで寝ている。

 起きたら酒を飲む。

 たまに仕事を決める。

 それ以外は大体、誰かに任せていた。

 エリアフは十日ほど見て、

「こいつ、頭じゃなくてもよくないか」

 とリグに言った。

「聞こえるぞ」

「聞こえるように言った」

「お前いつか殺されるぞ」

 その日の夕方。

 珍しく全員が集められた。

 床に地図が広げられている。

「明日の仕事だ」

 ドバンが言った。

「北門から商人の荷車が三台入る。上等な布だ。夜、倉へ入ったところを取る」

「護衛は?」

「四人」

「倉の番は?」

「二人」

「いくらになる?」

「銀貨四十くらいだな」

 周囲が少しざわついた。

 四十枚。

 エリアフも地図を覗いた。

 布倉。

 港。

 詰所。

 路地。

 その隣に、大きな建物がある。

「ここ何だ?」

「税倉」

「何が入ってる?」

「税だよ」

「金?」

「金もある」

「どれくらい?」

「知らん」

 エリアフは地図を見たまま黙った。

 ドバンたちは布倉の入口について話していた。

 エリアフは税倉を指でなぞる。

「番兵は?」

「何が」

「こっち」

「税倉か? 十人くらいだろ」

「詰所は?」

「二十」

「夜も?」

「いる」

「布倉で火が出たら?」

 ドバンが顔を上げた。

「何だ急に」

「火が出たら、詰所の兵は来るのか?」

「そりゃ来るだろ」

「税倉の奴らは?」

「何人かは来るんじゃねえか」

「全員?」

「知らん」

 エリアフは少し考えた。

「この路地、税倉の裏まで繋がってる?」

 ミナが地図を覗き込む。

「繋がってる。途中に柵あるけど」

「どれくらい?」

「腰くらい」

「じゃあ越えられる」

 ドバンが怪訝そうに見た。

「お前、さっきから何考えてる」

「まだ考えてる」

 エリアフは答えた。

 しばらく地図を見た。

 布倉。

 税倉。

 詰所。

 港。

 逃げ道。

 ドバンたちは待たなかった。

 また布をどう運ぶか話し始めた。

 少しして、エリアフが口を開いた。

「布、燃やそう」

「は?」

「盗るんじゃなくて」

「何言ってんだお前」

「いや、全部じゃなくていい。火が出たって分かればいいんだろ」

 周囲の会話が止まった。

 エリアフは地図を指した。

「ここで騒ぎ起こす。兵がこっち来る。その間に裏から税倉入る」

 ドバンがしばらく黙った。

「……税倉を盗る気か?」

「そっちの方が金あるんだろ?」

「あるけどな」

「布は銀貨四十」

「そうだ」

「税倉は?」

「だから知らねえ」

「百はある?」

「あるだろうな」

「二百?」

「あるかもしれん」

 エリアフが顔を上げた。

「なら四十盗るの、もったいなくないか?」

 誰もすぐには答えなかった。

 ドバンが鼻を鳴らす。

「どうせ番兵は残る」

「何人?」

「分からん」

「十人全部残ったらやめればいい」

「どうやって分かる」

「見てればいいだろ」

「火をつけてからか?」

 ミナが地図の一点を指した。

「ここの屋根なら両方見える」

 エリアフはすぐそちらを見た。

「登れる?」

「私は」

「じゃあお前が見ろ」

「勝手に決めないで」

「嫌なのか?」

「そうは言ってない」

 

「でかい錠がある」

 だれかの呟きに、リグが口を開いた。

「こいつ、鍵開けられるぞ」

 全員の視線がエリアフへ集まった。

「……たぶん」

「おまえ六つから開けてるって言ってただろ」

「普通の鍵ならな! でかいって今言っただろ!」

 笑いが起きた。

 ドバンは笑わなかった。

 地図を見ている。

「兵が戻ってくるまで、どれくらいある」

「火事次第じゃね?」

 誰かが言う。

「荷を運び出す時間がねえ」

 別の男が言う。

「全部持ってく必要ある?」

 エリアフが訊いた。

「何?」

「金だけ持って逃げればいいじゃん。布みたいに荷車いらねえだろ」

 また静かになった。

 今度はドバンがゆっくり笑った。

「お前、税倉に銀貨が山積みだと思ってるだろ」

「違うのか?」

「帳簿もある。穀物もある。徴収品もある。金だけとは限らん」

「じゃあ金だけ探せばいい」

「簡単に言うな」

「だから見てから決めよう」

 ドバンは地図を見る。

「見てから?」

「明日すぐ盗る必要ないだろ」

 エリアフは言った。

「布は明日来るけど、税倉は逃げねえ」

 ドバンの指が止まった。

 エリアフは続ける。

「明日は布盗るふりして、税倉の兵がどう動くか見る。それで無理そうならまた今度布だけ盗る」

「できそうなら?」

 エリアフは笑った。

「そっちやろうぜ」

 さっきまで笑っていた連中が、今度は地図へ集まり始めた。

「裏口はここか?」

「夜番の交代は?」

「税を運び込むのは何曜日だ」

「中に入ったことある奴いねえのか?」

 話が変わった。

 さっきまで布を盗む方法を考えていた。

 今は税倉を盗めるかどうかを考えている。

 エリアフはその様子を眺めていた。

 妙に嬉しかった。

 自分が何かを盗んだわけでもないのに、少しだけ得をした気分だった。

 リグが横から言った。

「なんで笑ってんの」

「別に」

「気持ち悪い」

「お前、九枚返せよ」

「まだ言うのかよ」

「税倉取れたら先に返せ」

「何で俺の取り分からなんだよ」

「元が俺の金だろ!」

「今更いいだろ!」

 二人が言い争い始める。

 ドバンが怒鳴った。

「うるせえ! 今、大事な話してんだよ!」

 エリアフも怒鳴り返した。

「俺が始めた話だろ!」

「だから黙って聞け!」

「それなら先にそう言え!」

 小屋はいつもの倍ほどうるさくなった。

 翌日の仕事は、まだ布泥棒のままだった。

 ただし、誰ももう銀貨四十枚の話だけはしていなかった。

 

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