翌日、布倉は燃えなかった。
昨日の夜、話してるうちに全員の熱量があがり、そのまま偵察などせずに布倉を燃やして税倉を襲おうという話になったのに。
今日になって、ドバンが止めた。
「今日は見るだけだ」
「昨日はやる気だっただろ」
「やる気と実行は別だ」
「親父もよく似たこと言ってた」
「お前の親父を知らねえよ」
エリアフはドバンとの会話を思い出し、屋根の上で鼻を鳴らした。
隣にはミナがいる。
二人の眼下には、港の倉庫街が広がっていた。
手前に布倉。
その隣に税倉。
道を挟んだ向こうに衛兵の詰所。
昨日、床に広げた地図と位置は同じだったが、実物を見ると税倉は思っていたより大きかった。
石造りの二階建て。
窓は細く、一階の扉には太い鉄が渡してある。
「でけえな」
「声」
「聞こえねえよ」
「念のため」
エリアフは少し声を落とした。
「でけえな」
「さっき聞いた」
「本当に金あると思う?」
「税倉なんだから、何かはあるでしょ」
「銀貨百枚くらい?」
「知らない」
「二百?」
「知らない」
「五百あったりして」
「あったらいいね」
エリアフは税倉を眺めた。
「見てみてえな」
「そのために来たんでしょ」
朝から昼まで、二人は屋根に張りついた。
表の番兵は二人。
裏にも二人。
昼前に、表の二人が別の二人と交代した。
裏も同じだった。
倉の中からは役人らしい男が何人か出入りする。
ミナはそのたび、屋根瓦の裏へ炭で線を引いた。
「何してんの」
「数えてる」
「俺も数えてる」
「今何人?」
「……六」
「八」
「嘘だろ」
「二人見落としてる」
「どいつ」
「もう入った」
エリアフはしばらく黙った。
「じゃあもう一回出てこい」
「向こうもあんたのために働いてないから」
夕方まで見た。
誰が出て、誰が戻ったか。
番兵がどのくらいの間隔で持ち場を替わるか。
詰所の兵が飯を食いに出る時間。
裏道を通る荷車の数。
日が傾くころには、エリアフも最初より口数が減っていた。
「中に何人いると思う?」
「最低五人」
「最低?」
「見えてない人がいるかもしれない」
「じゃあ十人いるかもしれない?」
「いるかもしれない」
「二十人は?」
「それはたぶんいない」
「何で」
「狭いから」
エリアフは倉を見た。
「なるほど」
少しして言った。
「でも、五人と十人じゃだいぶ違うな」
「だから今日盗らないんでしょ」
「ドバンも少しはものを考えられるんだな」
◆
それから見続けて、三日目には、番兵の交代時刻がほぼ分かった。
四日目には、夕方になると役人が二人、帳簿を抱えて裏口から出ることが分かった。
五日目。
税倉へ荷車が来た。
四つの木箱が積まれていた。
男二人が一箱ずつ運ぶ。
エリアフは屋根の縁まで這っていった。
「箱だぞ」
「見れば分かる」
「重そうだな」
「うん」
「金かな」
「分からない」
「音聞けないかな?」
「ここから?」
「静かにしたら」
「港だよ」
下では荷車が軋み、船乗りが怒鳴り、どこかで樽が転がっていた。
エリアフは諦めた。
箱が税倉の中へ消えていく。
「一個くらい金だろ」
「そうだといいね」
「全部金かもしれねえ」
「そうだともっといいね」
エリアフは笑った。
五日間、ただ眺めていただけだった。
それなのに、最初の日より税倉が近く感じた。
扉がどこにあるか知っている。
見張りがいつ替わるか知っている。
裏道がどこへ続くか知っている。
知らない建物だったものが、少しずつ中身のあるものになっていく。
あとは入るだけだった。
その夜、ドバンがやると決めた。
◆
小屋には十二人が集まっていた。
「そういや、税倉の番に固有持ちはいねえだろうな」
壁際にいた男が訊いた。
ドバンが首を振る。
「いないはずだ」
「はず?」
「少なくとも、あそこの番兵が固有術を使ったって話は聞いてねえ。いたらとっくに噂になってる」
「強化くらいなら?」
「そりゃ使う奴もいるだろ」
エリアフはそのやり取りを聞きながら地図を見ていた。
いつもなら誰かが寝ている時間だった。
その夜は全員起きていた。
酒を飲んでいる奴もいたが、酔いつぶれるほどは飲んでいない。
刃物を研ぐ音がする。
誰かが袋を数えている。
リグは何度も腰の紐を結び直していた。
ボッカは意味もなく腕を回している。
「お前、緊張してる?」
エリアフが訊いた。
「してねえ」
「さっきから同じ紐三回結んでるぞ」
「お前こそ」
「何が」
「さっきから笑ってる」
エリアフは口元を触った。
「笑ってねえ」
「笑ってるよ」
ミナが言った。
「気持ち悪い」
「うるせえな」
だが、確かに少し笑っていた。
小屋の中がいつもと違った。
普段は銅貨何枚だとか、酒がないとか、誰が見張りをサボったとか、そんな話ばかりしている。
今夜は違う。
銀貨百枚かもしれない。
二百枚かもしれない。
誰も知らない。
だから余計に、全員がそわそわしていた。
「もし二百あったらどうする?」
リグが言った。
「分けるに決まってんだろ」
誰かが答える。
「そうじゃねえよ。自分の取り分」
「酒」
「お前はそれしかねえな」
「女」
「お前もそれしかねえな」
「俺、靴買う」
ボッカが言った。
エリアフが足を見る。
「もう買っただろ。俺の金で」
ボッカはエリアフから盗んだ金で靴を買っていた。
それをエリアフが知ったのは最近だったが、そのときは殴り合いの喧嘩にまで発展した。
「もっといいやつがほしいんだ」
「じゃあ返せよ!」
笑いが起きた。
ドバンが地図を叩く。
「騒ぐのは終わってからにしろ!」
そう言った本人も、いつもより機嫌がよかった。
「火をつけるのはここだ。布倉の裏手。なるべく人のいないところ」
「燃やしすぎるなよ」
誰かが言った。
「分かってる」
「前に船燃やしたのお前だろ」
「あれは風が悪かった!」
「港で火つけといて風のせいにすんな!」
「静かにしろ!」
「まだ小屋だろ!」
「癖になるだろうが!」
ドバンが怒鳴る。
誰も静かにはならなかった。
エリアフはその騒ぎの中で地図を見た。
布倉。
税倉。
詰所。
逃げ道。
「ミナは屋根」
「うん」
「リグは詰所の近く」
「分かった」
「ボッカは裏口」
「おう」
「エリアフは鍵」
「一番大事だな」
「失敗したら一番最初に置いてく」
「開けるって」
「でかい錠なんだろ」
「見た」
「開けられそうか」
エリアフは少しだけ黙った。
「普通の構造なら」
「頼りねえ言い方だ」
「じゃあ別の奴探せ」
「いねえからお前なんだ」
「なら黙って任せろ」
ドバンがエリアフの額を小突いた。
「偉そうになったな」
「最初からだよ」
◆
夜。
少しだが雨が降った。
「最悪だ」
ドバンが空を見た。
「火つかねえかも」
「やめる?」
少しだけ間があった。
「……やる」
その一言で、妙に空気が変わった。
誰も笑わなかった。
十二人がばらばらに散る。
エリアフも物陰へ走った。
心臓が速かった。
怖いのかもしれなかった。
でも、それ以上に何かが始まる感じがした。
五日間見ていた建物。
話していた計画。
地図の上で何度も指を動かした道。
それが今から本当に動く。
エリアフは雨に濡れながら、ひとりで笑った。
◆
布倉の裏へ油を撒く。
ザグがしゃがみ込み、油の染みた布へ指を近づけた。
ザグはこの名前もない盗賊団の古株で、簡単な火魔術を使える。
指先に小さな火が灯る。
一度目。
雨に消された。
「おい!」
「雨のせいだ!」
二度目。
また消えた。
「火術使えるんじゃなかったのか!」
「煙草には困らねえ!」
「今燃やすの倉庫だぞ!」
「分かってる!」
ザグが両手で火を庇いながら、もう一度指を近づける。
三度目。
今度は火が油へ移った。
「ついた!」
しばらく何も起きなかった。
火が壁を舐める。
煙が上がる。
やがて、
「火事だ!」
声が飛んだ。
鐘が鳴った。
倉庫街が一気に騒がしくなる。
詰所から兵が出た。
一人。
二人。
三人。
布倉の番兵も動く。
税倉の表から一人。
エリアフは数えた。
屋根の上でミナが手を上げる。
二本指。
次に一本。
「三人出た」
ドバンが呟いた。
「中は?」
「分からない」
「行くぞ」
誰かが息を吐いた。
誰かが笑った。
その直後、全員が走った。
◆
裏口には二人残っていた。
「二人いる!」
「見りゃ分かる!」
ボッカが一人へ突っ込んだ。
番兵も腰を落とす。
「あ、強化――」
エリアフが言い切る前にぶつかった。
鈍い音がした。
吹き飛んだのはボッカだった。
「痛ってえ!」
ドバンが怒鳴りながら番兵へ樽の蓋を投げた。
もう一人も剣を抜く。
「鍵!」
「今行ってる!」
エリアフは扉へ走った。
錠は大きかった。
近くで見ると、さらに大きい。
「……でけえな」
「感想いらねえ!」
針金を差し込む。
動かない。
もう一本。
中を探る。
違う。
雨で指が滑る。
後ろで誰かが殴られる音。
「まだか!」
「喋ると遅くなる!」
「じゃあ喋るな!」
「お前が聞いたんだろ!」
指先に小さな引っかかりがあった。
そこで一度止める。
押す。
違う。
少し戻す。
父親が昔言っていた。
鍵は目じゃなく指で見る。
その時は酔っていた。
酔っていたが、たまに役に立つことも言った。
「……ここ」
ひねる。
金属が小さく鳴った。
さらに回す。
錠が開いた。
「開いた!」
「でけえ声出すな!」
「開いたんだからいいだろ!」
扉を開ける。
「入れ!」
全員が押し込むように中へ入った。
◆
最初の部屋には穀物しかなかった。
「何だこれ!」
「税だ!」
「金は!」
「奥探せ!」
袋を蹴飛ばす。
次の部屋。
帳簿。
酒。
干し肉。
「肉ある!」
「今食うな!」
「持ってく!」
「勝手にしろ!」
誰かが本当に干し肉を懐へ入れた。
三つ目。
木箱が四つ。
「これだ!」
エリアフが蓋を開けた。
鉄の部品。
「違う!」
二箱目。
布。
「また布じゃねえか!」
「結局布盗んでるぞ!」
誰かが笑った。
三箱目。
銅貨。
「金!」
「銅だ!」
「金には違いねえ!」
袋へ放り込む。
さっきまで緊張していたのが嘘みたいだった。
全員が喋っている。
箱を開けるたびに歓声が上がる。
大したものが入っていなければ悪態が飛ぶ。
宝探しみたいだった。
エリアフも気づけば走り回っていた。
「こっちまだあるぞ!」
「開けろ!」
「鍵ねえ!」
「じゃあ壊せ!」
その時、ドバンが奥の扉を見つけた。
「こっち!」
蹴る。
開かない。
「鍵!」
「また俺かよ!」
「他に誰がいる!」
エリアフがしゃがみ込む。
今度の錠は小さい。
だが、内部が細かい。
「こっちの方が面倒だぞ」
「どれくらい!」
「分かんねえ!」
外で笛が鳴った。
一度。
二度。
ミナの合図。
「戻ってくる!」
「早え!」
「雨で火が消えたんだろ!」
「だから嫌だったんだ!」
「最初に言え!」
「言った!」
エリアフは針金を動かす。
入らない。
もう一度。
駄目。
「壊せ!」
ドバンが怒鳴った。
「壊せるなら最初からそうしろ!」
ボッカが鉄棒を持ってきた。
三人で扉を殴る。
一回。
二回。
三回。
「音でけえ!」
「もう今さらだ!」
四回目。
蝶番が外れた。
扉が倒れる。
一瞬。
誰も動かなかった。
中に銀貨があった。
銀貨だけではない。銅貨の方がずっと多い。小さな銀の粒や、紐で束ねられた異国の硬貨まで混じっていた。
「金だ!」
誰かが叫んだ。
「袋!」
「持ってこい!」
「こっちも!」
「重っ!」
「当たり前だろ!」
銀貨を選ぶ暇はなかった。
とりあえず掌いっぱいに硬貨を乗せる。
袋へ投げ込む。
また掴む。
「本当にあった!」
エリアフが笑う。
「百あるか!?」
「数えてる暇ねえ!」
「二百!?」
「黙って入れろ!」
「四十どころじゃねえぞ!」
「だから早くしろ!」
誰かが笑っている。
誰かが銀貨を一枚噛んでいる。
「今確かめる必要ある!?」
「偽物だったら嫌だろ!」
「そんなことしてる間に捕まるぞ!」
「じゃあ本物!」
意味の分からない答えだった。
でも全員笑った。
袋がいっぱいになる。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
その瞬間だけは、誰も自分たちが十二人の小悪党だとは思っていなかった。
領主の倉庫を開けた。
役人たちが守っていた金を、自分たちの手で掴んでいる。
昨日まで銅貨何枚かで人の荷物を運んでいた連中が、銀貨を袋ごと持って走ろうとしている。
「持て!」
エリアフへ袋が渡された。
「重っ!」
「金なんだから当たり前だ!」
「もっと軽いの寄越せ!」
「全部同じだ!」
「じゃあもっと軽い金にしろ!」
「国に言え!」
◆
外へ出たときには、兵が戻り始めていた。
「いたぞ!」
「逃げろ!」
十二人が散る。
エリアフも袋を抱えて走った。
重い。
本当に重い。
さっきまではあれだけ嬉しかった銀貨が、急に邪魔になった。
「こんなに要らねえ!」
「置け!」
「それは嫌だ!」
後ろから矢が飛んだ。
壁に刺さる。
「走れ!」
「走ってる!」
路地へ入る。
ボッカが兵へ体当たりする。
リグが別の道へ逸れる。
屋根からミナが降りてきた。
「港じゃない! 南!」
「何で!」
「港側に回られてる!」
全員が南へ曲がる。
エリアフの足が遅れた。
袋が重い。
後ろから足音。
肩を掴まれた。
「待て!」
「嫌だ!」
振り返る。
兵士だった。
大人。
エリアフの身体なら二人くらい抱えられそうな体格だった。
「袋を置け!」
「お前が帰れ!」
「馬鹿か!」
兵士が袋を掴んだ。
引っ張られる。
エリアフも引く。
勝てない。
分かっている。
それでも離さなかった。
「離せ!」
「そっちが離せ!」
袋が手から抜けた。
兵士が抱える。
「俺の金!」
「まだお前のじゃねえ!」
横から何かが飛んできた。
椅子だった。
兵士の背中へ当たる。
「走れ!」
ドバンだった。
「何で椅子持ってんだ!」
「知らねえ!」
エリアフは袋へ飛びついた。
兵士と一緒に転ぶ。
「馬鹿! 置いてけ!」
「嫌だ!」
ボッカまで戻ってきた。
三人で兵士を蹴る。
兵士も殴る。
リグが石を投げる。
「頭狙え!」
「動くから無理!」
「じゃあ俺に当てるな!」
誰かが笑った。
こんな時なのに笑っていた。
全員、息を切らしている。
怖い。
痛い。
捕まれば終わる。
それでも、さっきまで税倉の中にいたことが頭から離れなかった。
やった。
本当にやった。
「取った!」
エリアフが袋を掴んだ。
「今度こそ走れ!」
「言われなくても!」
全員で逃げた。
◆
小屋へ戻った頃には、夜中になっていた。
最初に入った一人が、
「帰った!」
と叫んだ。
次の奴も、
「生きてる!」
と笑った。
誰かが袋を床へ放り投げる。
銀貨の音。
それだけで、また歓声が上がった。
「やったぞ!」
「酒!」
「まだ飲むな!」
「もういいだろ!」
「人数数えろ!」
ドバンが怒鳴った。
一人。
二人。
三人。
十一。
そこで止まった。
小屋が静かになった。
「ザグは?」
誰かが訊いた。
返事がない。
ドバンが戸口を見た。
「……捕まった」
「見たのか」
「ああ」
「生きてる?」
「知らん」
さっきまでの高揚が、少しだけ引いた。
エリアフはザグの顔を思い出した。
聖人像に帽子を被せていた男。
煙草にしか使えないくらいの火魔術を自慢していた男。
一昨日、干し肉を半分くれた。
「助けに行く?」
エリアフが訊いた。
ドバンは少し考えた。
「今行ったら全員捕まる」
「じゃあ明日?」
「……明日考える」
誰も何も言わなかった。
しばらくして、リグが床の袋を見た。
「数える?」
誰かが、
「数えよう」
と言った。
その一言で、また全員が集まった。
◆
一枚。
二枚。
三枚。
十。
二十。
銀貨は七十三枚。
残りはほとんど銅貨だった。
何度も数え、ドバンが途中で換算を間違え、別の男と揉めた。
結局、全部合わせて銀貨百八十五枚ほどの値になった。
「九十八」
「こっちは八十七」
「百八十五」
一瞬、誰も喋らなかった。
「……百八十五?」
「数え直せ」
「合ってるって」
「もう一回!」
もう一度数えた。
百八十五。
「おお……」
今度は最初より小さな声だった。
そのあと、一人が笑った。
別の一人も笑った。
すぐに全員が騒ぎ出した。
「百八十五!」
「四十って言った奴誰だよ!」
「ドバン!」
「俺は布の値段を言ったんだ!」
「酒買える!」
「お前そればっかりだな!」
「俺、女呼ぶ!」
「ザグ捕まってるぞ!」
「自業自得だ!」
笑いが起きた。
誰かが酒瓶を開けた。
止める奴はいなかった。
百八十五枚。
全員の人生が変わるほどではない。
一生遊べる金でもない。
だが、この小屋にいた連中にとっては、とんでもない額だった。
昨日まで銅貨十五枚の日当を払うのにも渋っていたドバンが、銀貨を両手で掬っている。
リグは何度も自分の取り分を計算している。
ボッカはまだ靴の話をしている。
ミナですら、銀貨を一枚手に取って裏表を眺めていた。
エリアフはその真ん中に座っていた。
何だか胸の奥が騒がしかった。
金があるからだけではない。
五日前まで、税倉なんて入ったこともなかった。
誰も本気で盗ろうともしていなかった。
それが今、百八十五枚になって床にある。
話したことが、本当になった。
それが一番面白かった。
「なあ」
ドバンが嫌そうな顔をした。
「何だ」
「税ってこれだけ?」
「知らん」
「この町全部から集めて、百八十五?」
「全部じゃねえだろ」
「残りは?」
「領主のところにでも行くんだろ」
「領主は?」
「何が」
「その金どこに持ってく?」
「……王都じゃねえの」
「王様?」
「たぶんな」
エリアフは銀貨を一枚摘んだ。
「じゃあ王様、これより持ってる?」
笑いが起きた。
「当たり前だろ!」
「どれくらい?」
「知らねえよ!」
「千?」
「もっとだろ」
「一万?」
「知らん」
「十万?」
「だから知らねえって!」
エリアフは銀貨を見た。
さっきまで百八十五枚が途方もない額に見えていた。
急に、少なく見えた。
「見てみてえな」
「何を」
「王様の金」
ドバンが酒を飲んだ。
「その前に明日生きてるか心配しろ」
「それもそうだな」
エリアフは笑った。
その夜、エリアフの取り分は銀貨十四枚になった。
盗られた九枚より、五枚多かった。
リグから返してもらったわけではない。
働いて、見張って、鍵を開けて、走って手に入れた金だった。
何度数えても十四枚ある。
翌朝。
エリアフは銅貨六枚で肉を二串買った。