天下万悪の父   作:ボディ

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第四話 固有術

 翌朝、エリアフは肉を二串買った。

 一串は歩きながら食った。

 もう一串は小屋へ持って帰った。

 小屋へ入ってから、エリアフは少し考えた。

 ザグがいなかった。

「……そうだった」

 肉を一本、卓の上へ置いた。

 昨夜の酒盛りの名残がひどかった。

 床に寝ている奴が二人。

 酒瓶が四本。

 銀貨を握ったまま寝ているリグ。

 その指をボッカが一本ずつ開こうとしていた。

 

 エリアフは肉をかじりながら奥へ行った。

 ドバンは起きていた。

 酒は飲んでいない。

 昨夜盗った金の残りと、紙切れを前にしている。

「何してんの」

「計算」

「できるの?」

「お前よりはな」

 ドバンが顔を上げた。

「ちょうどいい。全員起こせ」

「何で」

「ここ出るぞ」

 エリアフの口が止まった。

「いつ?」

「今日」

「何で」

「何でだと思う?」

 エリアフは少し考えた。

「ザグ?」

「半分」

「税倉?」

「半分」

「両方?」

「そうだ」

 ドバンが紙を丸めた。

「昨日のことでもう町中の衛兵が動いてる。ザグも捕まった。ここを知ってる」

「喋るかな」

「喋る」

 答えが早かった。

「早くない?」

「あいつは喋る」

「そんな奴だった?」

「爪剥がされたって黙ってられるほど立派な奴に見えたか?」

 エリアフは卓に置いた肉を見た。

 ザグは煙草に火をつけるときだけ偉そうだった。

 酒を三杯飲めば、聞いてもいない昔話をした。

 秘密を守るのが得意そうには見えなかった。

「じゃあ、いつ喋る?」

「知らん」

「今もう喋ってるかも?」

「かもな」

「なら急いだ方がいいな」

「だから出るんだよ」

「違う」

 ドバンが眉を寄せた。

「何が」

「ザグの方」

「……何言ってんだ」

「喋るんだろ?」

「ああ」

「じゃあ放っとけないじゃん」

「だから俺たちが逃げる」

「逃げても顔知ってるだろ」

「町を出りゃ――」

「名前も知ってる」

 ドバンが黙った。

 エリアフは指を折った。

「ここも知ってる。盗品売ってる奴も知ってる。よく使う倉も知ってる。リグの姉ちゃんがどこで働いてるかも知ってる」

 寝ていたはずのリグが起きた。

「何でそこまで言うんだよ」

「本当だろ」

「そうだけど」

 ドバンが額を押さえた。

「それで?」

「取り返せばいい」

「簡単に言うな」

「殺すよりいいだろ」

 小屋の隅から声がした。

「殺す?」

 ボッカだった。

 いつの間にか話を聞いている。

 別の男も起きていた。

「捕まった奴が喋るなら、口塞ぐしかねえだろ」

「だから」

 エリアフはそいつを見た。

「そこまで近づけるなら、連れて帰った方が得じゃん」

「馬鹿か。役所だぞ」

「役所にいるの?」

 男が止まった。

 エリアフはドバンを見る。

「どこにいる?」

「知らん」

「いつまでいる?」

「知らん」

「見張り何人?」

「知らん!」

 エリアフは肉をもう一口食べた。

「じゃあ、それから決めよう」

 

     ◆

 

 昼までに分かった。

 ザグは役所にはいなかった。

 町の北側にある詰牢へ入れられていた。

 そして明日の朝、町の外へ移される。

「何で?」

「税倉荒らした連中の一人だからだろ」

 リグが言った。

「この町で置いとくと仲間が取り返しに来ると思ってんじゃねえの」

 全員がリグを見た。

「……何だよ」

「当たってるな」

 エリアフが言った。

「向こう賢い」

「褒めてる場合か」

 情報を持ってきたのは、港で役人相手に酒を売っている女だった。

 銅貨を何枚か渡すと、護送の時刻まで教えた。

 日の出前。

 南門を出る。

 馬車一台。

 護衛は七人。

 そのうち一人は、町の衛兵ではない。

「固有持ちだって」

 女から聞いてきた男が言った。

 小屋が少し静かになった。

「何の固有術?」

 エリアフが訊いた。

「知らん」

「知らないの?」

「固有持ちがいるってだけで十分だろ」

「十分じゃねえよ。何するか分かんねえじゃん」

「だから近づくなって話だ」

 ドバンが地図を引き寄せた。

「やめだ」

「早い」

「七人いる。固有持ちまでいる。ザグ一人に割に合わん」

「ザグが喋ったら?」

「今夜のうちに町を出る」

「で、次の町でまた一から?」

「そうなるな」

 誰かが嫌そうな顔をした。

 税倉から盗んだ金はある。

 だが、ここには盗品を買う奴もいる。

 仕事を持ってくる奴もいる。

 逃げ道を知っている奴もいる。

 何年もかけて作ったものだった。

 ザグ一人の口で全部捨てることになる。

 エリアフは地図を見た。

「南門からどっち?」

「街道だ」

「ずっと?」

「途中で西へ曲がる。古い採石場の横を通るらしい」

「道広い?」

「知らん」

「見てくる」

「今から?」

「暗くなるまでまだある」

「おい!」

 エリアフはもう立っていた。

 リグも立つ。

「俺も行く」

「何で」

「お前一人だと道分かんねえだろ」

「分かる」

「昨日、魚市場から帰れなくなってただろ」

「あれは似た道が多かっただけだ!」

 ミナも立った。

「私も行く」

「何で」

「二人だと見落とすから」

「三人になったら?」

「一人くらいはちゃんと見る」

「俺も見るって!」

 三人は出ていった。

 ドバンは止めなかった。

 

     ◆

 

 南門から一時間ほど歩いたところに、古い採石場があった。

 道の片側は切り立った岩壁。反対側は浅い谷になっている。

 馬車一台なら余裕がある。二台がすれ違おうとすれば、どちらかが端へ寄らなければならない。

「ここ、狭いな」

 エリアフが言った。

「だから何?」

 ミナが道を見る。

「止めやすい」

「何を」

「馬車」

 リグが周囲を見回した。

「木でも倒す?」

「木ねえじゃん」

「じゃあ石」

「石で道塞ぐって、何個いるんだよ」

 三人で採石場の跡を歩いた。

 崩れた作業小屋。

 錆びた道具。

 半分土に埋まった木材。

 切り出したまま放置された石。

 その奥に、大きな荷車が一台あった。

 普通の荷車よりずっと頑丈で、車輪も太い。

 石材を運んでいたものらしい。

 荷台には何も載っていないが、それでもかなり大きかった。

「これ」

 エリアフが言った。

「壊れてるよ」

 ミナが指差す。

 片方の側板がなくなっていた。

「走ればいい」

「馬いないじゃん」

「押す」

 三人で押した。

 動かなかった。

「……重い」

「そりゃそうでしょ」

「もっと押せ!」

「押してる!」

 三人で体重をかける。

 車輪がわずかに軋んだ。

「動いた!」

「ほんのちょっとね」

「人数増やせばいける」

 エリアフは荷車の前へ回った。

 車輪を見る。

 片方は少し傾いているが、回りはする。

「上まで持ってく」

「どこまで?」

 エリアフは街道脇の坂を指した。

 採石場へ続いていた古い搬出路が、街道より少し高いところを通っている。

「そこ」

 リグが坂と荷車を見比べた。

「で、護送隊が来たら?」

「落とす」

「誰に?」

「誰にも当てねえよ」

「絶対当たるだろ」

「後ろに落とす」

 エリアフは街道へ降りた。

 土の上へ指で線を引く。

「先頭の奴らを通す。馬車も通す。後ろの護衛がここまで来たら――」

 坂の上の荷車を指差す。

「これを落とす」

 ミナが少し考えた。

「後ろと馬車を分ける?」

「そう」

「荷車だけで止まるかな」

「道の真ん中で倒れれば、馬はすぐ越えられねえだろ」

「人は越えるよ」

「その間でいい」

 エリアフは両手を広げた。

「ずっと止める必要ないだろ。ザグ取って逃げるまで、ちょっと遅れりゃいい」

 リグが荷車を見る。

「……横向きになれば結構邪魔だな」

「だろ?」

「でも真っ直ぐ谷に落ちたら?」

 エリアフは黙った。

 三人で坂を見る。

「……向き変えよう」

 

     ◆

 

 小屋にはまだ日が沈む前に戻れた。

「やる」

 ドバンが言った。

「さっきやめるって言ってたじゃん」

「話聞いて変えたんだよ」

「俺の案?」

「お前ら三人のだ」

「俺が最初に――」

「どうでもいい!」

 

     ◆

 

 荷車を坂の上まで運ぶのに、大人を六人使った。

「重てえ!」

「押せ!」

「誰だこんなもん使うって言った奴!」

「エリアフ!」

「いい案だろ!」

「まだ分かんねえよ!」

 車輪が石に引っかかるたび、全員で持ち上げた。

 途中で一度、荷車が後ろへ戻りかけた。

 ドバンが飛び退く。

「殺す気か!」

「押さえろよ!」

「お前も押せ!」

「押してる!」

 どうにか古い搬出路まで運び上げた。

 そこから街道までは緩い下り坂になっている。

 車輪の前に太い木材を噛ませた。

 それを縄で引き抜けば、荷車は勝手に下へ走るはずだ。

 ドバンが荷車を見た。

「本当に道で倒れるんだろうな」

「分かんねえよ」

「お前な」

 ミナが荷車の片側を指した。

「こっちの車輪、少し悪いから、たぶん途中で傾く」

「たぶん?」

「絶対がいいなら別の作戦考えて」

 ドバンはしばらく荷車を見た。

「……やる」

「さっきからそればっかだな」

「うるせえ」

 作戦は単純だった。

 先頭の護衛を通す。

 護送馬車も通す。

 後衛が坂の下へ入ったところで荷車を落とす。

 道の中央で横倒しになれば、後衛の騎馬はすぐには越えられない。

 馬が驚いて止まるだけでもいい。

 数十秒。

 それだけ稼げれば十分だった。

「固有持ちは?」

 誰かが訊いた。

 ドバンが嫌そうな顔をした。

「前にいたら俺たちが相手する」

「後ろなら?」

「荷車の向こうに置いてく」

「馬車の横なら?」

 ドバンは黙った。

「その時考える」

「何の術か分かんねえの?」

「分かんねえ」

「固有持ちって、どれくらいいるの?」

「世の中に?」

「うん」

「知らん。百人に一人とか、千人に一人とかじゃねえの」

「適当だな」

「数えたことある奴がここにいると思うか?」

「いないな」

「だろ」

 ザグが捕まって二晩目。

 誰も酒を飲まなかった。

 

     ◆

 

 空が白くなる前に、全員が位置についた。

 エリアフは搬出路の上にいた。

 隣にリグ。

 少し離れてミナ。

 三人の前には大型の荷車。

 車輪を止めている木材から、一本の縄が伸びている。

「本当に走るかな」

 リグが言った。

「昨日押したら動いただろ」

「六人でな」

「坂だぞ」

「谷に落ちたりして」

「それは言うな」

 三人とも荷車を見た。

 しばらくして、馬の蹄が聞こえた。

「来た」

 街道の向こうから、護送隊が現れる。

 先頭に騎馬が二人。

 少し離れて護送馬車。

 その横に二人。

 後ろに三人。

「七」

 ミナが小さく言った。

「合ってる」

 エリアフは一人ずつ見た。

 どれが固有持ちなのか分からない。

 全員、普通に見える。

「どいつだ」

「知らない」

「固有持ちってもっと変な感じすると思ってた」

「どんな感じ」

「知らねえけど」

 先頭の二人が通り過ぎる。

 護送馬車が続く。

 その横を歩く二人のうち、一人だけ装備が違った。

 灰色の外套。

 町の衛兵ではない。

「あれじゃない?」

 ミナが言う。

「馬車の横じゃん」

「一番嫌なところだね」

「今さらやめる?」

 リグが訊いた。

 エリアフは下を見た。

 馬車の小窓から、ぼさぼさの頭が少しだけ見えた。

「ザグだ」

「見えた?」

「たぶん」

「またたぶん?」

「髪汚かった」

「そりゃザグで間違いない」

 後衛三人が坂の下へ入る。

 エリアフは馬車との距離を見る。

 まだ近い。

「今?」

 リグが縄を握る。

「まだ」

 後衛が少し遅れる。

 馬車はそのまま進む。

「まだ?」

「待て」

 あと少し。

「今!」

 三人で縄を引いた。

 木材が抜けた。

 荷車は動かなかった。

「……おい」

「押せ!」

 三人で後ろから押した。

 車輪が軋む。

 一度動く。

 そこからは速かった。

「行った!」

 大型の荷車が坂を下り始めた。

 最初はゆっくり。

 すぐに速度が上がる。

「速くない?」

「速いな」

「速いよ!」

 荷車が街道へ飛び出した。

 後衛の兵が叫ぶ。

「何だ!?」

 先頭の馬が驚いて立ち上がった。

 後ろの馬もいななく。

 一頭が横へ逃げようとして、別の騎馬へぶつかった。

「危ねえ!」

 荷車は街道を斜めに横切った。

 そして悪くなっていた片方の車輪が石に乗り上げる。

 大きく傾いた。

「倒れろ!」

 エリアフが叫んだ。

 荷車はそのまま横倒しになった。

 道の半分以上を塞ぐ。

 一頭の馬が荷車の手前で止まり、乗っていた兵を振り落とした。

 もう一人は馬を抑えるので手いっぱいになっている。

 三人目はすぐに降りたが、倒れた荷車を越えるしかない。

「よし!」

「完全には止まってないよ!」

「それでいい!」

 馬車と後衛の間が開いた。

 ほんの数十秒。

 でも十分だった。

 街道の前方からドバンたちが飛び出した。

「行くぞ!」

 エリアフも斜面を駆け下りた。

 

     ◆

 

 最初はうまくいった。

 前の騎馬二人はドバンたちに挟まれた。

 後ろ三人は、横倒しになった荷車と暴れる馬に足を取られている。

 護送馬車の横には二人。

 問題は、その二人のうち一人だった。

 ボッカが剣を振った。

 灰色の外套の男が避けない。

 左手で剣の腹を横から叩いた。

「……は?」

 ボッカの剣が、ぐにゃりと垂れた。

「固有持ち!」

 ドバンが怒鳴った。

 男は曲がった剣を引っ張った。

 ボッカが前へ崩れる。

 膝蹴り。

 鼻血。

「痛ってえ!」

「鉄に触らせるな!」

「先に言え!」

「今分かったんだよ!」

 別の男が槍を突き出す。

 灰色の男が柄ではなく穂先へ触れた。

 槍先が折れ曲がる。

「何だそれ!」

 エリアフは思わず叫んだ。

 初めて見た。

 固有術。

 火でもない。

 強化でもない。

 鉄が、粘土みたいに曲がった。

「面白え!」

「喜んでる場合か!」

 ドバンに怒鳴られた。

 灰色の男がこちらを見る。

「子供?」

「見るな!」

 エリアフは石を投げた。

 男が避ける。

 もう一つ。

 避ける。

 ボッカが横から殴りかかった。

 今度は素手だった。

「そうだ!」

 エリアフが叫んだ。

「剣捨てろ! 木か石で殴れ!」

「言われなくても分かる!」

 ドバンが剣を捨てた。

 近くに落ちていた棒を拾う。

 灰色の男の顔が少し歪んだ。

「やっぱ鉄だけだ!」

「多分な!」

「多分で殴りに行かせんな!」

 三人が一斉にかかった。

 男は強かった。

 固有術がなくても、普通に強かった。

 ドバンの棒をかわす。

 ボッカの拳を受ける。

 エリアフの蹴りを腹に食らって、少しだけ顔をしかめた。

「効いた!」

「子供が!」

 男に胸倉を掴まれた。

 身体強化。

 腕に力が走る。

 エリアフの身体が持ち上がった。

「おい!」

 投げられた。

 地面を転がる。

「痛ってえ!」

 背中が痛い。

 息が詰まる。

 それでも起きる。

 灰色の男の後ろ。

 護送馬車。

 ザグが鉄格子へ顔を押しつけていた。

「お前ら!」

「いた!」

「遅えぞ!」

「来てもらっといて文句言うな!」

「早く出せ!」

 馬車の扉には錠がある。

 エリアフは走った。

 灰色の男が気づく。

「行かせるな!」

「こっちだ!」

 ドバンが棒で殴る。

 避けられる。

 ボッカが組みつく。

「離せ!」

「嫌だ!」

 エリアフは錠へ針金を入れた。

「早く!」

「黙れ!」

「俺、今日飯食ってねえ!」

「知らねえよ!」

「腹減った!」

「助けてもらってる奴が一番うるせえ!」

 手が震える。

 さっき投げられたせいだ。

 一度抜く。

 息を吐く。

 もう一度。

「……これ」

「開くか!?」

「待て!」

 中を探る。

 引っかかる。

 違う。

 少し戻す。

 回す。

 開いた。

「開いた!」

 ザグが扉を蹴り開けた。

 両手は前で繋がれている。

「足も!」

「鍵は!」

「さっきの奴!」

 灰色の男を見る。

 ボッカが殴られていた。

「最悪!」

 エリアフは男へ走った。

「鍵出せ!」

「誰が!」

「俺が欲しい!」

「知るか!」

 男が剣を抜いた。

 普通の剣だった。

 エリアフは止まった。

「それ自分で曲げねえの?」

「馬鹿か!」

「できない?」

「今それ聞く!?」

 横からドバンの棒が飛んできた。

 男が避ける。

 エリアフは足元へ滑り込んだ。

 腰の袋。

 手を入れる。

 鍵がいくつも入っている。

「取った!」

「返せ!」

「嫌だ!」

 蹴られた。

 また転がる。

 でも鍵は離さなかった。

「ザグ!」

「早くしろ!」

「どれだ!」

「知らん!」

「自分の鍵くらい覚えとけ!」

「見せてもらってねえ!」

 一本。

 違う。

 二本目。

 違う。

 三本目。

 開いた。

「よし!」

 鎖が落ちる。

 ザグが手首を擦った。

「来ると思ってたぞ!」

「嘘つけ!」

「本当だ!」

 背後で笛が鳴った。

 遠くから馬の音。

「増援!」

 ドバンが叫ぶ。

「逃げるぞ!」

「固有持ちは!?」

「置いてけ!」

「倒さなくていいの?」

「何で倒す必要あんだ!」

「確かに!」

 全員走った。

 

     ◆

 

 帰りはばらばらだった。

 決めていた場所へ二人ずつ、三人ずつ戻る。

 最後にドバンとボッカが来た。

 ボッカは鼻へ布を詰めている。

「折れた?」

 エリアフが訊いた。

「たぶん」

「曲がった?」

「鼻は鉄じゃねえよ」

「そうだった」

 ザグは既に酒を飲んでいた。

「お前、それ誰の?」

「俺の」

「どこから出した」

「隠してた」

 ザグは笑った。

 エリアフは卓の上を見る。

 朝置いた肉が、そのまま残っていた。

 冷えている。

 少し硬くなっていた。

「ほら」

 ザグへ投げた。

「何だ?」

「肉」

「見りゃ分かる」

「食え」

 ザグは一口かじった。

 顔をしかめた。

「冷てえ」

「朝買った」

「もっと早く助けに来いよ」

「返せ!」

「もう食った!」

 エリアフが飛びかかる。

 ザグが逃げる。

 小屋の中を二人で走った。

「怪我人いるんだぞ!」

 ドバンが怒鳴る。

「ザグが文句言った!」

「肉が冷てえって言っただけだ!」

「俺が買ったんだぞ!」

「銅貨三枚だろ!」

「何で値段知ってんだ!」

 小屋に笑い声が戻った。

 しばらくして、ドバンが酒瓶を卓へ置いた。

「今夜、町を出る」

 今度は誰も反対しなかった。

「やっぱ出るの?」

 エリアフが訊く。

「当たり前だ。税倉荒らして、護送まで襲った」

「でもザグ喋ってないぞ」

「そういう問題じゃねえ!」

「じゃあどこ行く?」

「西だ」

「何がある?」

「知らん」

「金ある?」

「あるだろ」

「どれくらい?」

「知らねえよ!」

 エリアフは少し考えた。

「じゃあ行ってみるか」

「お前は気楽でいいな」

 ドバンはそう言ったが、少し笑っていた。

 その日の夜。

 十二人は港町を出た。

 来たときより金があった。

 傷も増えた。

 一人も減ってはいなかった。

 そしてエリアフは、道を歩きながら何度も自分の剣を触っていた。

 あの男が触れた剣は、本当に革みたいに曲がった。

「固有術か」

 小さく言う。

 隣を歩いていたリグが聞いた。

「欲しいの?」

「何が」

「固有術」

 エリアフは少し考えた。

「欲しい」

「何でも?」

「いや」

「じゃあ何がいい?」

 エリアフは答えようとした。

 だが、何も思いつかなかった。

「分かんねえ」

「火とか?」

「ザグがいるだろ」

「あんなんじゃ足りねえよ」

「なめてんじゃねえぞ!」

 前を歩いていたザグが振り返った。

「聞こえてたのかよ」

「声でけえんだよ!」

「お前に言われたくねえ!」

 街道に声が響いた。

 十二人は西へ向かった。

 

 

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