エリアフがうちに来てから三年になる。
最初に見た時、妙な目をしたガキだと思った。橙がかった色をしていて、こっちを見ているだけなのに、昔見た山火事の夜を思い出した。
俺が七つか八つの頃だった。町の北に低い山があって、そこで火が出た。火そのものはまだ町から見えなかったが、夜空の下半分が赤くなっていた。
あの夜は、町じゅうが変だった。
普段なら閉まっている金持ちの家の門が全部開いて、使用人が箪笥や絨毯を道へ運び出していた。酒屋の親父は家財より先に酒樽を逃がそうとして女房に怒鳴られ、町役人まで袖をまくって井戸水を運んでいた。近所の婆さんはいつも足が悪いと言っていたのに、あの夜だけは誰より速く走った。
俺も母親に腕を引かれて逃げた。前を向けと何度も怒られたが、そのたび後ろを振り返った。空が赤いのがなんだか面白かった。
結局、夜中に風が変わって、火は町まで来なかった。
翌朝には皆が道へ出した荷物をまた家へ戻していた。門は閉まり、役人は偉そうな顔に戻り、酒屋の親父は割れた樽を見て誰かに悪態をついていた。
俺はその様子を見ながら、少しがっかりしたのを覚えている。
エリアフの目を見ると、たまにあの夜を思い出す。
別にいつもそうというわけじゃない。ただたまに、あの橙がやけに濃く見える。
三年経って、背も伸びたし、喧嘩も前よりは強くなった。魔術は相変わらず雑で、強化をかければ無駄に力を使ってすぐ疲れる。鍵開けはうまい。声は昔よりでかい。
うちの人数は、十二人から三十人を超えた。
別にエリアフが三十人集めたわけじゃない。俺が拾った奴もいるし、リグが連れてきた奴もいる。ザグの昔馴染みもいるし、どこから来たのか誰も知らない奴までいる。
ただ、昔より変な奴が増えた。
字が書けるだけの元役人だとか、馬の扱いだけやたらうまい男だとか、壁を登ることしか取り柄のない奴だとか、戦いには使えない程度の火術しかできない奴だとか。
昔の俺なら、そんな奴を食わせるくらいなら追い出していた。
エリアフはまず「何ができる」と聞く。
大した答えが返ってこなくても、少し考えてから「じゃあ何かに使えるだろ」と言う。
最初の頃は、そのたび馬鹿かと思った。
半年もすると、その壁登りの男が夜中に屋根から入り、元役人が帳簿を偽造し、馬しか扱えない男が盗んだ馬をまとめて運んでいた。
腹が立つ話だった。
◆
その日も、エリアフは床に地図を広げていた。
近くを通る商隊を襲う話だったはずが、いつの間にか街道沿いの砦まで話に入っていた。
「商隊襲ったら兵が出るだろ」
「出るかもしれねえな」
「なら、その間に砦入れる」
昔なら俺はそこで話を切っていた。
今は先に兵の数を聞いた。
「四十弱」
「多いな」
「全部残るわけじゃねえよ」
「裏は」
「崖」
「登れる奴いただろ」
それだけ言って、エリアフは肉を食い始めた。
あとは周りが勝手に話を進めた。
ミナが見張りの交代を調べ、リグが馬の買い手を探し、ザグが壁登りの男を呼んできた。俺は人数を分けて、逃げ道を決めた。
気がついた時には、商隊を襲うだけだった仕事が、砦の武器と馬まで盗る話になっていた。
エリアフは途中からほとんど喋っていなかった。
あいつが全部考えているわけじゃない。
むしろ細かいところは人に任せることの方が多い。
ただ、一度話が始まると、皆が最初に聞いた獲物だけでは満足しなくなった。
◆
夜、帳簿を見ていたら銀貨が二十七枚足りなかった。
昔は帳簿なんてつけていなかった。稼いだ金を樽に入れて、なくなったらまた盗ればよかった。
三十人も食わせていると、そうはいかない。
飯代、寝床、馬、薬、役人への金。盗賊というのは人数が増えるほど面倒になる。
「また合わねえ」
「俺じゃないぞ」
いつの間にかリグが部屋にいた。
「まだ何も言ってねえ」
「顔で分かる」
こいつも昔よりずっと使えるようになった。三年前は財布を抜いて逃げるだけだったが、今は年下を三人使って、盗品の値段まで自分で決める。
「砦、やるんだろ」
「まだ決めてねえ」
「やるだろ」
「何でそう思う」
「兵何人か聞いたじゃん」
俺は少し黙った。
リグは酒を飲みながら笑った。
「昔なら、砦って聞いた時点でやめてたろ」
「うるせえな」
「ドバンも変わったよな」
「黙って飲め」
◆
あとでエリアフが部屋に来た。
勝手に椅子へ座って、勝手に酒瓶へ手を伸ばしたので叩いた。
「痛え」
「十二歳が飲むな」
俺も、ガキに飲ますにはもったいないと思えるような酒を常備するようになっていた。
「もうすぐ十三」
「同じだ」
「ザグはいいって言ったぞ」
「あいつの言うこと聞くな」
しばらく黙ってから、エリアフが地図を見た。
「やる?」
「砦か」
「うん」
「やる」
エリアフが顔を上げた。
その時、また山火事の夜を思い出した。
空の下の方だけが赤くて、まだ火は来ていないのに、町じゅうが昨日までと違っていた夜だ。
「何だよ」
「別に」
「変な顔してるぞ」
「お前に言われたくねえ」
エリアフは笑って、また酒瓶へ手を伸ばした。
今度は先に取り上げた。
◆
夜中になっても、一階ではまだ声がしていた。
縄が足りないだの、馬は何頭いるだの、武器は誰に売るだの、くだらないことで揉めている。
そのうちエリアフの声が聞こえた。
「砦の裏に倉もあるらしいぞ!」
誰かが笑った。
「もう増やすな!」
「中見るだけだって!」
「それが始まりなんだよ!」
俺も寝返りを打ちながら、その倉がどこにあるのかだけは明日確認しようと思った。