ドバンの一味は、いつの間にか四十人を超えていた。
全員が同じ場所にいることはほとんどない。港で盗品を流している奴もいれば、町に何日も入り込んでいる奴もいる。朝までいたのに夕方には消えている奴もいれば、昨日まで知らなかった顔が荷運びをしていることもあった。
根城にしているのは、街道から少し外れた古い宿だった。最初に入った頃は屋根が抜け、二階の床も何か所か腐っていたが、人が増えるにつれて少しずつ直された。厩には馬が入り、裏には盗品を一度隠しておく小屋ができた。厨房ではいつも何か煮えている。
昔みたいに、全員で一つの倉へ押し入る仕事は減った。
先に町へ入って荷の中身を調べる奴がいる。盗ったあとで売り先を探すのではなく、売れると分かっている物だけを狙うことも増えた。密輸を頼まれたり、役人に見つけられたくない荷を運んだり、商人同士の揉め事に金をもらって首を突っ込むことまである。
その日の昼過ぎ、エリアフは裏庭でボッカと木剣を打ち合わせていた。
ボッカは相変わらず間合いが広い。腕が長く、木剣まで持つと、正面から入ろうとしただけで先に叩かれる。
最初の振り下ろしを外へ避け、エリアフはすぐ懐へ入った。脚に魔力を流し、肩からぶつかる。ボッカの身体が少し揺れた。
押し切る前に腕を取られた。
エリアフは掴まれたまま身体を回し、引かれる方向へ一歩出る。投げられる前に腕を抜き、そのまま距離を取った。
昔ならそこで地面に転がっていた。
ボッカが追ってくる。
横薙ぎ。
エリアフはしゃがんだ。
木剣が頭の上を通る。
立ち上がりながら脇腹を狙う。ボッカが身体を引き、木剣の先だけが服を叩いた。
もう少し深く入りたかった。
すぐ追う。
今度は上から見せて、途中で剣筋を落とす。膝を狙う。
ボッカは足を引いた。
エリアフはそこで剣を捨てるように片手へ持ち替え、空いた方の手で胸元を押した。
ボッカが体勢を直す前に、もう一歩入る。
腹へ拳を入れた。
身体強化を腕へ回していた。
鈍い音がした。
ボッカの身体が少し折れた。
エリアフはすぐ離れる。
今度は当たった。
ただ、ボッカも止まらない。
すぐに距離を詰めてくる。
エリアフは下がりながら木剣を構え直した。真正面から受けるのはまずい。右へ逃げる。
ボッカも向きを変える。
さらに右。
追ってくる。
そこから急に左へ切り返した。
ボッカの重心がわずかに遅れる。
その隙へ入った。
肩を狙う。
木剣が当たった。
同時に、ボッカの木剣がエリアフの首の横で止まった。
近い。
少し遅れて、背中が冷えた。
今のは取ったつもりだった。
でも、自分の方も完全に届かれている。
エリアフは一度下がった。
ボッカは何も言わず、また構えた。
まだ終わりじゃない。
今度はエリアフから入った。
前へ出る。
ボッカが迎える。
木剣同士がぶつかる。
押し合わず、エリアフはすぐ力を抜いた。ボッカの剣先が外へ流れる。
空いたところへ身体を滑り込ませる。
今度は肩ではなく、そのまま腰へ手を回した。
持ち上げる。
重い。
脚へ魔力を流す。
少し浮いた。
もう少し。
ボッカの足が地面を離れかける。
その瞬間、背中を叩かれた。
木剣だった。
かなり痛い。
エリアフは手を離して飛び退いた。
「痛えな!」
ボッカは木剣を肩に担いだ。
「持ち上げようとすんなよ」
エリアフは背中をさすった。
それでも、さっき少し浮いたのが気になった。
もう一回ならいけるかもしれない。
構え直そうとしたところで、門の方からリグが歩いてきた。
「エリアフ。ドバン呼んでるぞ」
エリアフは振り返った。
「俺?」
「お前と俺とミナ。南の街道の仕事だって」
ボッカも木剣を下ろした。
「俺は?」
「呼ばれてない」
少し間があった。
「何でだよ」
エリアフが笑った。
「でかくて目立つからじゃねえ?」
「お前も十分目立つだろ」
「俺は隠れようと思えば隠れられる」
「声でばれる」
リグが言った。
エリアフはそちらを見た。
「静かにしてればいいだけだ」
「それができないのがお前だろ」
ボッカが木剣を肩に担いだ。
「どうせ最初は偵察だろ。俺みたいなの連れてったら覚えられる」
「自分で言うんだな」
「うるせえ。早く行け」
エリアフは木剣を壁へ立てかけた。
母屋へ向かう途中でミナと合流した。
宿の一階には、知らない男が一人座っていた。
四十くらい。地味な上着を着ているが、布はいい。靴も泥が落としてある。荷を運んできた商人には見えなかった。
机の向こうにはドバンがいる。
エリアフたちが入ると、男が三人を見た。
「この三人ですか」
ドバンが頷いた。
「受けるなら、最初に動かす。リグは町で話を拾う。ミナは現地を見る。エリアフは俺と森に入る」
男はエリアフを少し長く見た。
「若いですね」
エリアフは椅子を引いた。
「何歳ならいいんだよ」
ドバンが横から言った。
「始める前から面倒起こすな」
男は少し笑った。
「失礼しました」
エリアフは座った。
リグも隣に座る。ミナは壁際に立った。
男が机の上へ小さな革袋を置いた。
中で銀貨が鳴る。
「南街道の件です」
ドバンが袋を開き、中を何枚か確かめた。
「前金?」
「六十枚です。残りは百二十」
「仕事は?」
「南街道を荒らしている連中を、この辺りから消していただきたい」
エリアフは男を見る。
「殺せってこと?」
「そこまでは言いません」
「じゃあ追い出せばいい?」
「戻ってこなければ、それで構いません」
ドバンが少し笑った。
「便利な言い方するな」
「方法まで指定する気はありません」
男の名はネイヴァンといった。
この辺りで布と香辛料を扱っている商人で、南街道を通る荷のいくつかに金を出している。
最近、その街道に別の一団が入り込んだ。
二十人ほど。
東の戦争で食えなくなった傭兵が中心らしく、商隊を襲うだけでなく、街道沿いの村にも降り始めている。
兵も一度出たが、森へ入られると捕まえられず、兵が戻ればまた出てくる。
ネイヴァン自身も二度荷をやられた。
「兵じゃ駄目で、俺らならいいの?」
エリアフが聞いた。
「あなた方なら、向こうも兵ほど早く気づかないでしょう」
「森の中でも?」
「少なくとも兵よりは動けると聞いています」
リグが少し笑った。
「誰から聞いたんだよ」
「そういう話は入ってきます」
ドバンが聞いた。
「ねぐらは?」
「南東の森。古い採炭道の辺りだと思います」
「売り先は?」
「分かりません」
「村に降りるのは」
「二、三日に一度」
「頭は?」
「ガルザという男です」
ネイヴァンが懐から紙を出した。
長い髭と太い首、眉の上に傷がある男が描かれている。
「これがガルザです。焼け髭のガルザ」
エリアフが紙を覗いた。
「焼け髭?」
「昔、戦場で顔を焼いたらしいです。髭も半分焼けたとか」
「今は普通じゃん」
「その頃についた名前が残ってるんでしょう」
リグが横から紙を覗いた。
「異名ってそんなもんだよな」
「お前もあるじゃん」
エリアフが言うと、リグは嫌そうな顔をした。
「細鼠は異名じゃねえよ。悪口だろ」
「同じだろ」
「違う」
こんな異名がリグについたことを知ったときは、一味全員で大笑いし、リグはずっと拗ねていた。
ネイヴァンが少し首を傾げた。
「細鼠のリグですか」
リグがすぐそちらを見た。
「何で知ってんの」
「名前は聞いています」
それを聞いて、リグは少しだけ機嫌を直した。
エリアフは笑った。
「嬉しそうじゃん」
「嬉しくねえよ」
ネイヴァンは今度はエリアフを見る。
「あなたは大声のエリアフ」
「俺も?」
「聞いたことはあります」
「大声って、そんなん異名にならねえだろ。うちの奴らだいたい声でけぇのになんで俺だけそんな」
「知りません」
「アハハハハハ!」
リグが大笑いしている。細鼠のくせにむかつく野郎だ。
ミナが小さく言った。
「たしかにエリアフの声は度を抜いて大きい」
「お前までなんだ」
ネイヴァンは紙を机へ置いた。
「半耳のドバン、細鼠のリグ、大声のエリアフ。あとは牛壁のボッカ、犬鼻のガトリン、濡れ火のザグも、この辺りでは名前くらいは知られています」
エリアフは少し驚いた。
ドバンとリグの異名しか知らなかった。
「そんなに知られてんの?」
「少なくとも、こういう商売をしている人間には」
ドバンが嫌そうに鼻を鳴らした。
「ろくでもねえ連中にばっか知られてるってことだ」
リグが聞いた。
「牛壁って、本人知ってるかな?」
「知らないだろうな」
「あとでみんなに教えてあげよう。ックク」
「ザグにも教えてやろう。濡れ火って、ハハッ。バカにされてるだけじゃねえか」
良い話をきいた。
ドバンが紙を指で叩いた。
「ガルザの話戻すぞ」
リグもまた似顔絵を見る。
「これ似てんの?」
「生き残った荷運びに描かせました」
「本人見たら怒るだろ、これ」
ドバンが紙を取り上げた。
「顔の特徴が分かりゃいい」
エリアフも横から覗いた。
上手い絵ではない。強そうというより、少し間抜けに見えた。
「こいつら何盗ったの?」
ネイヴァンが答えた。
「布、鉄、酒、塩。先週は銀器も一箱」
「金は?」
「現金も取られています」
「どれくらい?」
「全部で百枚には届かないでしょう」
エリアフは少し考えた。
報酬が百八十。
向こうの持っている物も取れるなら悪くない。
「盗った物は俺らがもらっていいの?」
「私の荷以外なら」
「どれがあんたの?」
「印があります」
リグが聞いた。
「印剥がれてたら?」
「その時は確認します」
「あとから全部自分のだって言わない?」
「あなた方も全部印がなかったと言うでしょう」
リグが笑った。
「まあ、言うかもな」
ドバンが机を指で叩いた。
「話戻すぞ」
それから兵の話になった。
「俺らが動いてる間、南に兵は出ないんだな」
ドバンが聞いた。
「少なくとも三日は」
「何で分かる」
「そう聞いています」
「誰から」
ネイヴァンは答えなかった。
エリアフはその顔を見た。
「役人?」
ネイヴァンはこちらを見る。
否定しなかった。
「この話、向こうも知ってるんだ」
「何を知っているかまでは私にも分かりません」
「でも兵は来ない」
「そう聞いています」
ドバンはしばらく黙っていた。
「見ないふりする代わりに、こっちに片づけさせるってことか」
「私はそこまで言っていません」
なるほど、おもしろい。
役人は自分たちを捕まえる側だと思っていた。
商人は自分たちに盗られる側。
その商人が金を持ってここまで来て、役人はしばらく南を見ないらしい。
前なら、こんな話があることすら知らなかった。
「前にもこういう仕事あった?」
エリアフがドバンに聞いた。
「あった」
「いつ?」
「お前が知らねえ時」
「何で言わねえんだよ」
「全部お前に話す必要あるか?」
それはそうかもしれないが、少し気に食わなかった。
エリアフが椅子にもたれた時、ネイヴァンが机の上の紙をまとめた。
端に見慣れない印が見えた。
「その印、何?」
ネイヴァンは紙を見た。
「王冠院です」
「何それ」
「国同士で物を預ける場所ですよ」
「物って?」
「王冠や宝石、条約書、魔具。国が自分のところに置いておくと面倒なものです」
「何で面倒なんだ?」
「戦争になれば奪われる。王が死ねば後継争いの種になる物もある。国同士で預ける担保もあります」
エリアフは少し身を乗り出した。
「いろんな国が同じところに?」
「そうです」
「金もある?」
「あるでしょうね」
「王器も?」
「あると言われています」
「何個?」
「知りません」
「どこにある?」
「遠いですよ」
ドバンが横から口を挟んだ。
「お前、仕事の話よりそっち聞いてるじゃねえか」
エリアフはドバンを見る。
「気になっただけだろ」
「あとで勝手に調べろ。今は南街道だ」
ネイヴァンは紙をしまった。
エリアフもそれ以上は聞かなかった。
話はガルザの一団へ戻った。
前金六十。
仕事が終われば残り百二十。
ネイヴァンの荷を除いて、敵から取った物は好きにしていい。
三日間は南へ兵が来ない。
ネイヴァンがここへ来たことも、役人が兵を動かさないことも外では話さない。
書面は残さない。
ドバンはいくつか条件を確認したあと、仕事を受けた。
ネイヴァンが帰ると、ドバンは三人を残した。
「明日から動く。リグ、お前は町へ戻れ。ガルザの連中が盗品をどこへ流してるか探せ」
リグが聞いた。
「一人?」
「二人つける。向こうに顔知られてねえ奴」
ドバンがミナを見る。
「お前は南の村三つ回れ。何人で来たか、馬が何頭いたか、どっちへ帰ったか。村の奴には余計なこと言うな」
「分かった」
最後にエリアフを見る。
「お前は俺と森へ入る」
「何人で?」
「四人」
「ねぐらまで行く?」
「見つけられりゃな」
「ボッカは?」
「残す」
「やっぱ目立つから?」
「違う」
「じゃあ何で?」
「ここ空けすぎるのもまずい。何かあった時に動ける奴も残す」
エリアフは頷いた。
話が終わって部屋を出ると、厨房の方からザグが歩いてきた。髪が片側だけ潰れている。
「何の話だったんだ?」
リグが答える前に、すかさず言った。
「お、濡れ火のザグじゃん」
「はあ?」
ザグは怪訝そうな顔だ。
「異名だよ、お前の。雨だと消えるくらいの弱い火術しか使えねえから、濡れ火」
「ほーん、おれにそんな異名が」
なんだか嬉しそうだ。ニヤニヤしている。
「なんで喜んでんだよ。けなされてんだぞ」
エリアフが言うと、リグも続けて
「ちなみにこいつは大声のエリアフらしい。さっきの商人に聞いた」
「あっ、てめえ!」
リグを殴ろうとするが逃げられてしまう。
ザグは大笑いしていた。
「大声って!ックク、そんなん異名になんのかよ」
「うるせえな」
どいつもこいつも、大した異名じゃないくせに。
「ほんで、どんな話してたんだよ」
ひとしきり笑ってから、ザグがまた聞いてきた。
「南の盗賊潰すんだよ」
「俺行く?」
「知らねえ。ドバンに聞け」
「遠い?」
「たぶんな」
「じゃあいいや」
ザグはそのまま厨房へ戻っていった。
エリアフが見送る。
翌朝、ドバンに頭を叩かれて起きた。
外はまだ薄暗い。
厩では馬の腹帯を締める音がしている。荷を積んでいる男が二人いた。
エリアフは顔も洗わずに外へ出た。
リグはもう町へ向かったらしい。
ミナもいない。
厨房の前ではボッカがパンを二つ持って食っていた。
「お前今日残るんだろ?」
ボッカがエリアフを見る。
「そうだよ」
「目立つから」
「それドバンに聞いたのか?」
「うん」
エリアフはボッカの手のパンを見た。
「一個くれよ」
「自分で取れ」
「そっちの方がでかい」
「同じだよ」
エリアフが手を伸ばすと、ボッカは少し高く持ち上げた。
届かないほどではない。
それでもやられると腹が立つ。
エリアフは脚へ魔力を流して跳んだ。
パンを掴む。
ボッカも離さない。
二人で引っ張った。
パンが真ん中から裂けた。
エリアフの手に半分残った。
「取った」
「返せ!」
ボッカが手を伸ばしてくるが、外からドバンの声がした。
「エリアフ! 行くぞ!」
エリアフは半分のパンを口へ入れた。
「今行く!」
門の外には馬が四頭並んでいた。
ドバンはもう乗っている。
エリアフも自分の馬へ近づき、鐙に足をかけた。
今日は南の森を見る。
ガルザのねぐらが本当にあるのか、まずそこからだった。