デロス学園都市 作:ラム
ご本人様のも見てね。
目覚め
「はぁっ……はぁっ……!」
───どこから間違った?
青年は、ひたすらに走る。
怪我をしていない部分を探すのが難しい程、ボロボロの体で、ただひたすらに。
───この学園に入学したこと?
後ろから飛来した矢が、青年の肩を貫いた。
痛みで姿勢が崩れ、ゴロゴロと情けなく地面を転がる。
───学園の地下に強大な力が眠る。そんな噂を信じてしまったこと?
やがて青年の体が何かにぶつかり、ようやく止まる。
辺りには、ニタニタとした下卑な笑みを浮かべて青年を見下ろす魔物達の群れ。
───それで、こんな遺跡で死にかけていること?
この学園では、ゴブリンですら規格外だ。
青年が振るった剣は弾き飛ばされ、足場の下に広がる闇に吸い込まれていく。
後に残ったのは、痺れた両手と動かない体。
青年の実力は、ランク100位で頭打ちだった。
決して、決してそのランクは低くなど無い。だが、高位ランカー達への対抗策が無かったのもまた、事実。
自分にこれ以上の伸び代がない事は、青年はとうに自覚していた。
───身の程を知らずに、「頂点を獲る」だなんて、
『違う。夢を見た事を、間違いだとは言わせない。』
辺りに転がる遺跡の残骸に刻まれた紋様から、立ち上がった暗い煙。
それらが青年の体に纏わりつき、吸い込まれていく。
『死にたくないでしょ。敗北者さん。』
声が響いた。どこか冷たく、しかし決して敵では無いと分かる女性の声。
ゴブリンの群れが、異様な空気に気付いて僅かに後ずさる。
しかし、ゴブリン達は未だに青年への殺意を漲らせ、ギラギラとした目つきで青年を見つめていた。
『立って。』
頭の中に響き渡る声に従い、青年はボロボロの体をゆっくりと起こし、立ち上がった。
『R.E.V装填完了。黒き太陽が目を覚ます。』
青年の足元から黒い霧が噴き出した。それはまるで生物のように蠢きながら渦を巻き、青年の肩に突き刺さった矢を内側から腐食させていく。
黒い霧の中から、冷たくも凛とした声が響く。
『あたしが出られるのはほんの少しの間だけ。無駄撃ちしたら終わりよ。』
ゴブリン達が甲高い奇声を上げた。リーダー格のゴブリンが錆びた短剣を振り翳すと、残りのゴブリン達が一斉に地を蹴る。
『剣は落ちたわね。なら拳銃。弾、何発残ってる?』
頭の中に響く声がそう問い掛ける間にも、ゴブリン達は青年への間合いを詰め、汚れた爪を振り上げる。
奥のゴブリン達も、手に持った短弓に矢を番え、青年に狙いを定めていた。
引き抜いた拳銃のシリンダーを回し、残弾を確認する。
「……七発か」
七発。ゴブリン達を相手にするには些か心許ない数字だった。
『七発。……上等。』
黒い霧の中から、先程から頭の中に響き渡る女性らしき人物が滲み出るように実体化した。
漆黒の長髪が闇に溶け、深紅の瞳だけが妖しく光る傾国の美女。その手には、どこから取り出したのか身の丈ほどもある巨大な黒檀の剣が握られていた。
『あたしが前に出る。アンタは後ろから撃ちなさい。外したら承知しないわよ?』
言い終わるより先に、その美女が踏み込んだ。石畳が砕けるほどの加速。
ゴブリン三匹の中央を黒い旋風が薙ぎ払い、先頭の二匹が壁に叩きつけられて潰死した。残りの一匹は辛うじて短剣で受け止めたものの、刃ごと胴を両断されて絶命する。
その様子をどこかボーッとした様子で眺めていた青年だが、はっと我に返り拳銃を構え、美女に迫っていたゴブリン二体を撃ち殺す。
美女は振り返らなかったが、青年の所から僅かに分かる程度に口元に笑みを浮かべていた。
『遅い。』
美女の死角に回り込んでいた二体を青年が撃ち殺した事で、残りのゴブリンは九匹に。
仲間が次々と肉塊に変わる光景に、さすがのゴブリン達も動きを止めた。短い脚が震え、その濁った黄色い眼が恐怖に見開かれる。
美女が黒檀の剣を肩に担ぎ、血を払うように軽く剣を振った。その切っ先が地面を擦り、石がバターのように削れる。
『行くわよ。固まった獲物ほど楽なものはない。』
「……あぁ。」
青年がしっかりと頷いた事を確認して、美女は再び踏み込んだ。その黒く大きな大剣を振るい、ゴブリン達が瞬く間に斬り裂かれて絶命していく。
青年も、落ち着いて拳銃の照準を合わせてゴブリン達を次々と撃ち殺していた。
残ったゴブリン達は恐慌状態に陥っていた。
本来なら、先程までは群れで獲物を追い詰め、どのようにこの人間のオスを甚振ろうか考えていた筈。しかしこれは?
あの黒い人間のメスが現れてから、自分達が狩られる側に回ったという混乱。隊列は崩壊し、互いに押し合いながら後退する。
しかし美女は、一歩、また一歩と距離を縮めながら、剣先を地面に引き摺って問い掛けた。
『逃がすと思う?』
風切り音と共に大剣が振るわれ、逃げようとして互いを押し合っていたゴブリン達が纏めて斬り裂かれる。
肉と骨を斬り裂く不快な音が、遺跡の通路に響き渡った。
四匹程が纏めて斬り裂かれた事で、上半身と下半身が泣き別れになったゴブリンの骸が地面へと転がり、臓物が壁や天井に飛び散った。
返り血を浴びて汚れた頬を乱雑に拭きながら、美女は振り返って青年に告げた。
「あと二体。やっちゃいなさい。」
素早く拳銃を合わせた青年は、残り二体となったゴブリンを撃ち殺した。
しばらく拳銃を構えたままだった青年だが、少しして辺りにはもう敵が居ないことを確認すると、拳銃を下ろして腰のホルスターに収め、安堵の息を吐いた。
「……何とかなったか。」
『安心するにはまだ早いわ。』
美女の実体が薄れ始め、輪郭が黒い霧の中へと溶けていく。
そして美女が黒い霧の中へと戻った瞬間、足場が揺れた。
先程の戦闘の影響か、はたまたゴブリン達が暴れた衝撃で遺跡の構造が軋んでいたのか。真実の所は定かではないが、しかし確かに今青年のいる遺跡は崩れようとしていた。
天井から砂埃が降り注ぎ、遠くで石が転がり落 ちる音が連鎖する。
『さっき落とした剣、拾ってる暇は無いわね。走りなさい。』
再び、頭の中に声が響くようになった。その声の通り、青年が走り出そうとした瞬間にも、遺跡の崩壊は続いていた。
突如として足元に罅が走り、蜘蛛の巣状に広がる亀裂は見 る間に大きくなってゆく。
崖下から吹き上げる風が、青年の足首を掴むかのように強まっていた。
「チッ……!」
青年が急いで走り出す。背後から崩れ落ちる遺跡の音を耳にしながら、来た道を全速力で駆けていく。
その時、背後で轟音。振り返れば、さっきまでいた場所が瓦礫の滝と化していた。魔石の塊がごろごろと転がり落ち、舞い上がった粉塵が青年の視界を白く染める。もう少し遅ければ、あの中に混じっていたのは自分の体だった。
そう考えた青年が背筋を冷やしながらも、足を止めずに走り続ける。
『アンタ、よく生きてるわね。日頃の行いが悪かったりするのかしら。』
頭の中に呆れた様な声が響くが、今それに答えている余裕は青年に無かった。
必死に青年が足を動かしていると、やがて青年の目の前にようやく見覚えのある通路が見えて来た。
壁面の燭台にはまだ魔法の灯が残っており、橙色の暖かな光が石壁を優しく照らしていた。
学園の裏手に繋がる出口までもうすぐそこだった。
少しして見えてきたのは、薄暗くジメジメとした出口。
誰にも使われず寂れたことで、人の寄り付かなくなった学園の裏手にある遺跡への入口。
「……はぁ」
出口を抜けると、湿った夜気が肌を包んだ。
月明かりすら届かない裏手の路地。雑草が石畳の隙間から好き放題に伸び、朽ちたベンチが一つ、誰に顧みられることもなく佇んでいる。
未だ青年の周りに漂う黒い霧の中から、小さく息をつく気配と声が飛んできた。
『……で? あの遺跡に何の用だったの。まさか散歩なんかじゃないでしょうね。』
青年がそれに答えようとしたその時、彼の腹の虫が盛大に鳴った。ゴブリンとの死闘を経て、安堵した体は正直に空腹を訴えていた。
頭の中に響いていた声も、少し黙った。それから、深い溜息を吐き、呆れたように声を上げた。
『……答えなくていいわ。どうせろくな理由じゃないんでしょうし。あんたの「夢見る癖」には慣れたつもりだったけど、まさか単独で地下遺跡に潜るとは思わなかったわ。』
まるで青年を知っているかのような発言に疑問を抱いた青年は、声に向かって問い掛ける。
「……お前は、俺を知ってるのか?」
黒い霧がふわりと揺れ、まるで肩をすくめるような動きを見せた。
『知ってるも何も、当たり前でしょう。私は昔からアンタの中に居た。それが遺跡にあったあの紋様のおかげで、呼び起こされたってわけ。』
青年は思わず自分の胸に手を当てる。しかし心臓の鼓動が手のひらに伝わるだけで、今の今まで自分の中に潜む別の存在など感じたこともなかった。
『まあ、普段は表に出られないから気づかなくて当然よ。なんの因果か、あの紋章が封印の鍵だったの。あたしを閉じ込めてた……ね。』
夜風が吹き抜け、辺りに生えた雑草が騒めく。
「そう……なのか。名前は、あるのか?」
黒い霧がふわりと揺れ、まるで腕を組むような仕草を見せる。声はしばらく「んー」と考え込んでから、軽い調子で自身の名前を告げた。
『ウンブラ。まぁ……復讐の化身、とでも言えば聞こえがいいかしら。』
復讐、という物騒な言葉が夜の闇に溶ける。
その言葉には、単なる自己紹介だけでなくどこか自嘲めいた響きが込められているように思えた。
「……そうか。よろしく、ウンブラ。俺はレオ。」
一瞬だけ間が空き、それから低い笑い声が響いた。
『……よろしく、ですって?アンタね、あたしは別にアンタの味方って訳じゃないのよ?』
とは言いつつも、黒い霧は青年──改め、レオ──から離れようとはしなかった。
その声にも、呆れと同時にどこか楽しそうな響きが込められている。
『……まあいいわ。それに、さっき言ったでしょう? 私はずっとアンタの中に居た。自己紹介なんてされなくても名前くらい知ってるわよ。』
「……そうか。そうだな、すまん。」
再び、くすくすと笑う声。
『何謝ってんの。ほら、それよりも何か食べなさい。アンタさっきお腹鳴らしてたでしょ。』
時刻は夜手前。今から走って学園の食堂へ向かえば、まだなんとか間に合う時間帯だった。
「あぁ。急がないと不味い。」
『頼むわよ?宿主が空腹で倒れた、なんて。情けないったらないもの。』
走り出したレオと、楽しそうに声をあげるウンブラの二人は急いで学園の食堂へと向かっていくのだった。