■光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
魔人ディアボロスは言った。
『世界は地獄こそ相応しい。人の素晴らしさは、地獄でこそ輝くもの。牧歌的な平和は魂を腐らせる。苦難と絶望に抗い、人間讃歌を謳わせてほしい、喉が枯れ果てるほどに』
その言葉の通り、世界には魔物が溢れ、生命は魔に汚染されて各地で大災害を引き起こし、三人の英雄によって魔人は討たれた。しかし、英雄たちは子々孫々末代に至るまで魔に憑かれ、地獄となった世界は変わらないまま、人々は残された大地にしがみつくように生きている。
◆
森の奥深く、月光が木々の隙間を縫って淡く地面を照らす中、シド・カゲノーは立ち尽くしていた。
貴族の役目である領地管理の最中、ディアボロス教団の違法輸送部隊を発見して殲滅し、その積荷を確認したところに行き当たったのがそれだった。
「肉塊……魔物じゃない。これはもしかして悪魔憑きかな」
目の前では、異様なまでに蠢く肉塊が赤黒い筋を脈打たせ、時折痙攣していた。それは人であった痕跡すら感じさせないほどに崩れている。
「悪魔憑き」——魔力暴走の末路とされる哀れな存在。貴族の身でありながら、シドはそんな噂を耳にするたび、心のどこかでやりきれなさを感じていた。
「上手く治せると良いけど」
彼は恐れよりも好奇心と使命感を胸に一歩を踏み出す。シドから放たれた紫と黒の魔力が肉塊を包み込み、触れるたびに蠢きが弱まり、歪んだ形が少しずつ整っていった。
額に汗が滲み、呼吸が荒くなっても彼は手を止めない。
やがて光が収まると、そこには透き通るような白い肌をした金髪のエルフの少女が横たわっていた。長い睫毛が静かに揺れ、微かに上下する胸が命の帰還を告げている。
シドは安堵の息をつき、膝をついて彼女を見守った。
「……んっ」
小さく呻いて目を開けた少女の瞳は、まるで森そのものを映すような深い翠色だった。彼女は混乱した様子で周囲を見回し、やがてシドに視線を止める。
「私……は。どうして?」
「僕はシド・カゲノー。君を助けたんだ」
「貴方が、助けた? 私を?」
「そう。君の名前を教えてくれない?」
「私の名前は……わからない。思い出せない」
「なら仮名だけど、『アルファ』って名前を使うと良いよ。『もっとも明るい星』という意味だ」
アルファの呼吸が整い始めると、彼女はシドを見上げ、かすれた声で尋ねた。
「君が、ディアボロス教団に連れていかれる前に助けたんだ」
「ディアボロス教団?」
シドは一瞬目を伏せ、真剣な眼差しでアルファを見つめた。
「うん。アルファ、僕が知っていることを話すから、君も何か思い出したら教えてほしい」
アルファが小さく頷くのを見て、シドは語る。
「教団は違法宗教団体だ。貴族や平民、種族を問わず人々を誘拐して魔力実験にかけている。特に君みたいな魔力暴走個体は優先順位が高い。目的は魔力の制御や強化、あるいは禁忌の力だと言われている」
彼の声は穏やかだが、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「少し前、領地で村人が何人も姿を消した。誰も真相を突き止められなくて……その時から、こういう闇に立ち向かいたいって思ってたんだ」
アルファの瞳が揺れ、自身の記憶を呼び起こすように目を閉じる。
「私も……似たようなことを覚えているわ。地下の暗い部屋に連れて行かれて……私以外にもたくさんの人がいた。皆、叫び声を上げてたけど、次第に静かになって……」
震える声で言葉が途切れた彼女の肩に、シドはそっと手を置いた。
「もう大丈夫だよ、アルファ。君はここにいる。僕が守るから」
その言葉に、アルファの表情がわずかに和らぐ。シドはさらに言葉を重ねた。
「教団は権力者と繋がり、表沙汰にならないように動いてる狡猾な連中だ。でも、だからこそ僕たちみたいな存在が必要なんだ。君を助けたのは偶然かもしれないけど、これは僕の運命だと思う」
アルファはシドの手を強く握り返し、決意を込めた声を絞り出した。
「私も……私も戦いたい。ディアボロス教団は私から全てを奪った。でも、あなたが私に命と希望をくれた。シド、私にできることがあれば何でもするわ。この身全てを捧げましょう。病める時も、健やかなる時も、私の心も体も貴方のもの」
シドはその瞳を見つめ、力強く頷いた。
「ありがとう、アルファ。僕も誓うよ、君の献身に応えると。共に戦おう。ディアボロス教団を壊滅させるために組織を作る。保護と治療、そして支援を掲げて、闇に光を当てるんだ」
◆
月光の下、二人の誓いは夜の森に響き合い、シャドウガーデンの第一歩が踏み出された。
だが、その壮大な夢を叶えるためには、まず目の前の現実から始めなければならない。
シドは、アルファのボロボロの服とやつれた顔に気づき、どれほどの苦しみを味わったのかと胸を締め付けられた。
「アルファ、まずは君が安心して暮らせる場所を作ろう。戦うにしても、君が元気でいてくれないと困るからね」
「暮らす場所……? でも、私は何も持っていなくて……」
「大丈夫。僕の家に来てほしい。カゲノー家の領地にある屋敷で君を雇うよ。衣食住が確保できればゆっくり体を回復させられるし、僕たちも計画を立てやすくなる」
教団に捕らわれる前は誇り高いエルフとして自立していた彼女にとって、誰かに頼ることは慣れない感覚だった。しかし、シドの誠実な瞳と温かい言葉に、心が揺動する。
「シド……本当にいいの? 私のような者を、あなたの家に……」
「君は僕の仲間だよ、アルファ。それに、シャドウガーデンの最初のメンバーなんだ。君がいてくれることが僕にとって何よりの力になるから、遠慮しないでくれ」
その言葉に、アルファの目から涙が一筋こぼれ落ちた。それを隠すように顔を伏せ、小さく呟く。
「ありがとう……私、あなたに救われてばかりね」
「これから先は、僕が君に頼ることもたくさんあるよ。さあ、行こう。屋敷に着いたら、まず温かい食事と新しい服を用意するから」
シドが差し出した手を取り、アルファは立ち上がった。足取りはまだ弱々しかったが、その背中には確かな希望の光が宿っていた。
屋敷に戻ったシドは、使用人たちにアルファを「新しい仲間で、しばらくここで働いてもらう人だ」と簡潔に紹介した。疑問を挟まない使用人たちによって、彼女のための部屋と服がすぐに用意される。
その夜、暖炉の火が揺れる部屋で、アルファは初めて味わう温かいスープを手にしていた。向かいに座るシドが穏やかに告げる。
「これからが本番だよ、アルファ。教団の動きを探りながら、僕たちの力を育てていく。君がいてくれるなら、きっとうまくいく」
「ええ、シド。私も強くなるわ。あなたと共に、ディアボロス教団を滅ぼすために」