光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ   作:あばなたらたやた

13 / 13
13

 

 シドとゼータは、大聖堂の正面から堂々と歩いていった。

 

「さて。犯罪に加担している聖女様の顔を見に行こうか」

 

「公的な組織なんだから、抑えて、抑えて」

 

 ゼータの軽い制止に、シドは楽しげに笑った。

 

 大聖堂の中へ足を踏み入れる。

 

 朝陽がステンドグラスを透かし、床に七色の光を落としていた。祭壇に掲げられた黄金の十字架が淡く輝き、数十本の蝋燭が静かに炎を揺らしている。

 

 香油と古い石の匂いが混じった空気は冷たく、歩くたびに靴音が高い天井へ吸い込まれていく。

 

 表向きは、治安維持総監としての視察。

 

 だがシドにとっては、それだけではない。

 

 荘厳な大聖堂も、聖女との対話も、これから始まる一連の出来事さえも――ひとつの舞台装置に見えていた。

 

 少し後ろを歩くゼータは、明らかに機嫌が悪い。

 

 白髪のショートヘアを揺らし、金色の瞳を細めて祭壇の奥を睨んでいる。猫獣人の耳は落ち着きなく動き、マントの下の尻尾も不規則に揺れていた。やがて、祭壇の脇から小さな足音が響く。

 

 現れたのは、黒い目隠しをつけた少女だった。

 

 肩まで伸びたアッシュブロンドの髪。純白の聖衣。幼い体躯には不釣り合いなほどの、静かな威厳をまとっている。

 ウィクトーリア。

 彼女は祭壇の前で立ち止まり、二人へ向き直った。

 

「ようこそ、治安維持総監シド・カゲノー卿。そして……ゼータ様」

 

 鈴を転がすような声だった。

 

 彼女は胸元で両手を組み、深々と頭を下げる。

 

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。神の御許へ導かれたこのご縁を、心より感謝いたします」

「こちらこそ、聖女ウィクトーリア殿。お時間をいただき恐縮です。街の秩序を守る立場として、教会のお考えを伺うことは重要ですから」

「シド卿のお言葉、ありがたく存じます」

 

 ウィクトーリアは静かに頷いた。

 

「人を守り、導く立場にある者同士。こうして言葉を交わす機会は、貴重なものですね」

「ええ」

 

 シドは微笑んだ。

 

「ウィクトーリア殿も、民衆の心を癒し、導く立場だと伺っています。私も、治安維持の名の下に、できる限り多くの人を守りたいと思っています」

 

 二人の会話は驚くほど穏やかだった。互いに相手の言葉を遮らず、丁寧に受け止める。相手を傷つけないよう慎重に言葉を選びながら、それでも自分の信念は曲げない。

 似ている。

 シドはそう感じた。

 

 ――いや。

 

 相性がいい。遊びの延長ではなく、一人の人間として真っ当に対話できる相手だった。だからこそ、シドには興味深かった。

 これほど穏やかな人物が、ディアボロス教団との癒着に関わっている。

 

 ウィクトーリアは祭壇の横へ移動した。背後から差し込むステンドグラスの光が、彼女の金髪を七色に染める。その姿は、まるで宗教画そのものだった。

 

「今日は、皆さまに少しお話をしたくて」

 

 彼女の声が、大聖堂に静かに響く。

 

「古い物語をご存じでしょうか。『魔王と女神』……そして、その裏で起きていた、もう一つの戦いを」

 

 シドは黙って耳を傾けた。

 

「魔王は世界を闇に染め、女神は光を掲げて立ち上がりました。しかし、その戦いの影で、もう一つの恐ろしい災厄が生まれていたのです」

 

 ウィクトーリアの声から、わずかに温度が消えた。

 

「魔人ディアボロス。かの者の呪いは、人も獣もエルフも、種族を問わず肉体を蝕み、魂を砕きました」

 

 ゼータの尻尾が、ぴたりと止まる。

 

「そんな中、三人の英雄が立ち上がりました」

 

 ウィクトーリアは両手を胸元で重ねた。

 

「人、獣、エルフ。異なる種族の三人です。彼らは互いの違いを否定しませんでした。憎むこともしなかった。ただ、対話したのです、互いの痛みを聞き、言葉を交わし、考える機会を共有した。それこそが、神が人類に与えた最大の救いだったのです」

 

 シドは静かに聞いていた。

 

「対話とは、肯定することでも否定することでもありません。ただ相手の言葉を受け止め、自分の言葉を返すこと。その繰り返しによって、新しい考えが生まれ、理解が深まる」

 

 ウィクトーリアは微笑んだ。

 

「種族の壁を越え、呪いの闇を打ち破ったもの。それが――対話だったのです」

 

 静かな余韻が残った。

 シドは一度息を吐き、頷く。

 

「……真っ当な話ですね。対話がすべてを解決するわけではありません。でも、争いを減らし、互いを理解するための手段としては、正しいと思います」

 

 シドは穏やかに続けた。

 

「私も治安維持の現場では、できる限り対話を重視しています」

「ありがとうございます、シド様。私も同じ思いです。神の御心は争いではなく、理解と慈しみにあると信じています」

 

 二人の言葉が、静かに交わる。

 相性がいい。

 シドは改めてそう思った。表の顔だけなら、これほど噛み合う相手も珍しい。

 

「今日はお話を聞かせていただき、ありがとうございました。……また機会があれば」

「いつでもお待ちしております。神の御許に」

 

 二人は穏やかに別れた。

 大聖堂を出る。外にはまだ朝霧が残っていた。潮風が頬を撫で、湿った石畳の上を白い霧がゆっくりと流れている。

 

 ゼータは無言だった。耳は伏せられ、尻尾だけが苛立たしげに揺れている。

 シドは彼女の隣へ並んだ。

 

「苛立っている理由は、少しわかるよ」

 

 ゼータは答えない。

 

「僕も、全部が対話で解決するなんて思ってない」

 

 その言葉を聞いて、ゼータの耳がほんの少し動いた。しかし、すぐに低い声が返ってくる。

 

「……対話が救い?」

 

 彼女は霧の向こうを睨んだ。

 

「ふざけないでよ」

 

 声は抑えられていた。だからこそ、そこに込められた怒りがよくわかった。

 

「苦しいときは、『今すぐ助けてほしい』って思うんだよ。考える暇なんてない。呪いで体が溶けていくとき、対話なんか待ってられない。救われない人がいる。それが現実なんだよ」

 

 短い言葉が、鋭く刺さる。

 

「それを『対話が足りなかったから』みたいに言われたら……腹が立つ」

 

 シドは黙って聞いていた。

 もしウィクトーリアなら、きっと優しくこう答えるだろう。

 ――あなたの痛みは理解しています。

 ――神はすべての人に救いの手を差し伸べています。

 ――その手を取るかどうかは、あなた自身の心に委ねられています。

 

 だが、ゼータには、それでは届かない。

 

「そんな綺麗事で、死んだ奴らは帰ってこない」

 

 ゼータは唇を噛んだ。

 二人は霧の残るオルムの街を歩き続ける。湿った石畳には小さな水溜まりができ、朝陽を細かく反射していた。港からは魚市場の呼び声が聞こえ、焼きたてのパンと海藻の匂いが潮風に混ざって漂ってくる。

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 聞こえるのは足音と、遠くから響く波の音だけ。

 やがて――

 

「……お腹減った」

 

 ゼータがぽつりと呟いた。

 シドは思わず笑った。

 

「なら、何か食べようか。何がいい?」

「最近、迷うんだよね。栄養バランスを考えると何を食べればいいのかわからない」

 

 彼女は少し考え、それからシドを見上げた。

 

「そうだ。主が決めてくれないかい?」

 

 一拍置いて。

 

「……我が主」

 

 わざと甘えるような声だった。

 シドは苦笑する。

 

「魚。確か好物だったよね」

「魚?」

「魚を軽く食べられる店があるかは、わからないけど」

「いいね」

 

 先ほどまでの不機嫌が嘘のように、彼女の表情が明るくなる。

 

「お腹は減ってるし、シドと一緒に探すのも悪くない」

 

 ゼータはシドの袖を軽く引いた。二人は港に近い市場へ向かった。市場へ入った瞬間、魚の焼ける香ばしい匂いが強くなる。鉄板の上では串焼きが音を立て、蒸した貝から白い湯気が立ち上っている。干物が風に揺れ、商人たちの声が飛び交う。

 ゼータは鼻を動かしながら辺りを見回した。

 

「あれ、あの串焼き。魚の脂が乗ってて美味しそう」

 

 炭火の前では、老婆がサバを焼いていた。

 シドは頷き、財布を取り出す。

 

「二本でいい?」

「三本!」

 

 即答したあと、ゼータは少し考えた。

 

「……いや、四本。シドも食べるでしょ?」

「もちろん」

 

 シドは四本の串焼きを買い、二本をゼータに渡した。

 ゼータは待ちきれないように、一口かじる。

 

「……んっ。うまい。主ありがとう」

 

 尻尾がゆっくりと揺れる。

 シドも自分の串を一口かじった。

 

「美味しいね。栄養バランスは……まあ、今日はこれでいいよ」

 

「うん、主が決めてくれるなら、何でもいいよ」

 

 二人は市場の喧騒の中を歩いていく。朝陽が少しずつ霧を溶かし、オルムの街が本来の色を取り戻していく。

 さっきまで胸に残っていた重い話も、今は遠いものに感じられた。

 

 魚の串焼きの熱。

 潮風の匂い。そして、隣を歩くゼータ。

 そんな些細なものだけが、今のシドの朝を満たしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

どうしようもない兄を持ちまして(作者:slo-pe)(原作:陰の実力者になりたくて!)

シドに双子の妹がいたらというお話。▼pixiv▼https://www.pixiv.net/novel/series/10009765


総合評価:1225/評価:8.66/完結:26話/更新日時:2026年08月02日(日) 16:00 小説情報

櫛田の中学に転校した(作者:スクラップドラゴン)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

▼よう実の世界に転生したオリ主が櫛田の中学に転校する話


総合評価:3629/評価:7.36/連載:20話/更新日時:2026年06月14日(日) 15:33 小説情報

藤丸立香が異星の使徒になる話(作者:大田シンヤ)(原作:Fate/)

もし、終章でカルデアスが過去に逃亡し、藤丸もそれに巻き込まれてしまったら。という妄想。


総合評価:1415/評価:8.63/連載:15話/更新日時:2026年08月24日(月) 07:30 小説情報

奇物:両面宿儺の指(作者:二等辺大三角形)(原作:崩壊:スターレイル)

両面宿儺の指:遥か昔、それこそ星神が誕生する以前から存在すると言われている呪物。なんの変哲もない人差し指でありながら、あらゆる衝撃、熱、爆発に耐えうるほどの硬度を持つ。その理屈はかの知恵の王ですら解き明かす日は無かった。▼そして、これを一時的に所持していたあるメモキーパーは天才クラブ#1のザンダーにこう言い放った。▼「これを只人が飲んではならず、他者を慈しみ…


総合評価:2133/評価:9.09/連載:48話/更新日時:2026年08月26日(水) 08:00 小説情報

カードゲーム世界で考察配信したら、黒幕っぽくて楽しい(作者:暁刀魚)(オリジナル現代/冒険・バトル)

カードゲーム世界で無名配信者をしていたヒカルは、ある時カードのイラストやフレーバーに関する考察配信をしてみることにした。▼転生者特有のメタ読みを活用した結果、見事にカードの裏に潜む悪の組織の意図に気付き、組織が壊滅。▼まるで黒幕のようだと、ヒカルは思う。▼そんな状況でヒカルは――喜んで配信を続けることにした。▼なぜなら彼は人の嫌がることが大好きな陰湿デッキ使…


総合評価:28297/評価:8.64/連載:22話/更新日時:2026年08月27日(木) 18:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>