光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ   作:あばなたらたやた

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 聖女ウィクトーリア率いるテンプラーと対決しつつ、横槍が入った。

 

「見えない斬撃?」

「何が……!?」

 

 土煙はまだ晴れきらず、雲間から差し込む月光が、地面に穿たれた無数のクレーターを断続的に照らしている。倒れた騎士たちの鎧がそこかしこに散らばり、血と焦げた金属の臭いが夜気に混じっていた。

 

 少し離れた廃屋からは、解放された少女たちの泣き声が聞こえる。アルファが彼女たちを安全な場所へ誘導しているのだろう。

 

 広場の中央に立っているのは、知性魔物だった。

 

「ネームド知性魔物、リューグナー」

 

 ウィクトーリアは憎々しげにつぶやく。シドは大体流れを察して、頷いた。

 

「なるほど、そういう感じね。手を組もう。まずはあの知性魔物を倒そう。人類の敵は共通だ」

「なっ、良いのですか? あなたは」

「いいよ、あの人を倒した後で、また戦うなら相手になる。戦闘中に巻き込んできても良いし」

「そんな真似はしません」

 

 リューグナーだった。赤黒い血が彼の周囲を渦巻き、毒々しい光を放っている。

 

 彼が両手を広げる。

 次の瞬間、地面に散った血が一斉に浮かび上がった。無数の血液が鞭のような形を取り、蛇のように蠢く。

 

 致死性の毒血。

 触れただけで肉を溶かし、骨まで腐食させる危険な魔法だった。

 

「――来るよ」

 

 シドは剣を構えた。

 

 赤黒い鞭が一斉に襲いかかる。空気を裂く音とともに、数十本の血の鞭が地面を抉りながら迫ってきた。

 シドは紫黒の魔力を一気に集中させる。

 剣身に凝縮された魔力が膨れ上がり、核融合によって生み出されたエネルギーが刃の周囲を紫色の光として包み込んだ。

 

 血の鞭が迫る。

 シドは一歩踏み込んだ。剣を横薙ぎに振ると紫の奔流が走った。毒血が剣に触れた瞬間、激しい蒸発音が響く。

 

 ジュッ――!

 

 赤黒い鞭が次々と消滅し、白い蒸気が夜空へ立ち上った。残された毒血が地面へ落ちる。石畳が音を立てて溶けた。

 

「なるほど」

 

 シドの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

 面白い。

 その感情だけが、彼の胸を軽く弾ませる。シドは地面を蹴った。一瞬で距離を詰める。剣が閃き、残った血の鞭を次々と切り裂いていく。足元の土が爆ぜ、無数の小石が宙へ舞った。しかし、リューグナーもただ見ているわけではない。

 

「甘い」

 

 彼が手を掲げる。

 赤黒い血が一気に膨張した。巨大な血の壁が、シドの前に立ちはだかる。高さ三メートルを超える壁が地面からせり上がり、凄まじい勢いでシドの進路を塞いだ。

 シドの剣と血の壁が正面から衝突する。

 轟音。

 紫黒と赤黒の魔力が激突し、爆発的な衝撃波が広場を駆け抜けた。地面がさらに抉れ、瓦礫が吹き飛ぶ。

 熱風が顔を叩き、視界が一瞬白く染まった。

 シドの身体が後方へ押し飛ばされる。だが、彼はすぐに踏みとどまった。その隙を埋めるように、左右から二つの影が走る。

 

 ゼータだった。彼女は影のようにリューグナーの側面へ回り込み、チャクラムを投げ放つ。

 回転する刃が血の壁を切り裂き、その向こうへ飛び込んだ。

 同時に、ウィクトーリアが剣を掲げ、白金の光が一気に膨れ上がった。

 

「――聖なる光よ」

 

 光の奔流が血の壁を貫く。

 ほんの一瞬。防御に穴が開いた。ゼータのチャクラムが、その隙を逃さない。リューグナーの肩を掠め、鮮血が飛び散った。

 彼は一歩後退し、肩を押さえる。

 

「少しはやるようだ」

 

 その瞬間だった。

 空気が裂けた。シドの左腕に、熱い痛みが走る。黒いコートが切り裂かれ、鮮血が滴った。ほぼ同時に、ゼータの頬にも浅い傷が走る。

 ウィクトーリアの聖衣の袖にも、一筋の赤が刻まれた。

 三人が同時に傷を負った。

 

「……見えない斬撃?」

 

 シドが呟く。

 リューグナーの周囲を漂う血液が、不自然に揺れていた。血を媒介として放たれた斬撃。視認することすら難しい、極めて鋭い攻撃だった。

 リューグナーは三人を見渡し、静かに口を開いた。

 

「私は天才を嫌悪する」

 

 声には、明確な侮蔑があった。

 

「体系化されず、一世代限りで消える突然変異。魔法を研鑽する道程を知らぬ者たち。醜く、耐え難い。そうは思わないか? 聖女よ」

 

 ウィクトーリアは傷ついた袖を見下ろし、それからリューグナーへ視線を戻した。

 

「それが正しく使われるなら、特に文句はありません」

「人間らしい」

 

 リューグナーが鼻で笑う。

 

「魔法に誇りを持たぬ者特有の考えだ」

 

 ウィクトーリアは剣を握り直した。

 白金の光が刃に集まる。

 

「魔法が、そんなに大切ですか?」

「当然だ」

 

 リューグナーの周囲で、赤い血が激しく渦巻いた。

 

「我ら知性魔物にとって、魔力量と魔法の練度こそ誇り。長き研鑽の果てに得た力こそが、我らの存在を証明する」

 

 ウィクトーリアは静かに一歩前へ出た。

 聖衣の裾が風に揺れる。

 

「なら、その誇りを打ち砕きましょう」

 

 白金の光が彼女の身体を包む。

 

「チープでノーマルな、人間の技で」

「……傲慢だな」

 

 ウィクトーリアが踏み込む。

 剣が振り下ろされた。白金の奔流が広場を埋め尽くす。リューグナーも血の鞭を展開した。光と血が正面から衝突する。

 爆風がシドとゼータを吹き飛ばした。

 シドは地面に膝をつく。左腕から流れる血を魔力で止め、すぐに立ち上がった。

 ゼータも舌打ちしながら身体を起こし、チャクラムを握り直す。

 

「援護する」

「私も行くよ」

 

 ゼータが頬の血を拭った。

 

「聖女様、隙を作って」

 

 ウィクトーリアは答える代わりに、リューグナーへ剣を振るった。

 戦場が再び爆ぜた。

 聖なる光。毒血。そして、二人の魔法が衝突するたびに、廃村の地面が削られていく。

 土煙。血の臭い。焦げた金属。

 少女たちの遠い泣き声。

 瓦礫が崩れる音。荒い呼吸。すべてが混ざり合い、廃村そのものが戦場へ変わっていった。

 

 シドは剣を握り直した。そして――リューグナーの魔力が、一段階膨れ上がった。

 

「ここまでだ」

 

 低い声が響く。

 リューグナーが両手を広げた。赤黒い血が地面から噴き上がる。

 渦を巻き、広場全体を覆っていく。

 

「領域展開」

 

 瞬間、世界の色が変わった。

 赤。

 月光さえ血の色に染まる。

 シドの魔力が、わずかに重くなった。紫黒の奔流が弱まる。剣に纏わせていたプラズマが、霧のように散っていく。

 リューグナーの領域は、内部に存在する魔力そのものを弱体化させる。

 シドは静かに息を吐いた。口元がわずかに上がる。

 

「いい」

 

 魔力に頼る者から、魔力を奪う。

 それがどんな結末を生むのか。少し興味が湧いた。シドは剣を鞘へ戻した。そして、拳を握る。

 指の関節が鳴った。

 魔力を抑える。

 すべてを肉体へ集中させる。

 

「アトミックシリーズ、発展系」

 

 シドの足元から、漆黒が広がった。

 光が吸い込まれる。音が消える。色が失われる。

 

「【暗刻庭園】」

 

 黒い庭園が廃村を飲み込んだ。

 赤と黒。

 二つの領域が衝突する。境界で魔力が渦を巻き、無数の火花を散らした。だが、そこに必殺の一撃は存在しない。

 互いの術式を無効化する。

 それだけ。

 リューグナーの血の鞭が、途中で力を失った。赤い領域が薄れていく。毒血はただの液体へ戻り、地面へ落ちた。

 シドの紫黒の魔力もまた消える。

 やがて――静寂。

 魔法が消えた。残ったのは、月明かりと二人の男だけだった。リューグナーの瞳が大きく見開かれる。

 

「魔法を……何だと思っている!?」

 

 彼は叫び、拳を握った。魔法を失っても、その肉体には知性魔物として鍛え上げられた強靭さが残っている。

 リューグナーが突進した。

 拳がシドの顔面を狙う。風圧が頬を叩く。シドは身体を僅かに捻り、左腕で拳を受け流した。

 衝撃が骨まで響く。だが、そのまま右拳を振り抜いた。

 脇腹へ直撃。

 鈍い音が響いた。

 リューグナーの身体がくの字に折れる。

 

「便利な道具だよ」

 

 シドは静かに言った。

 

「魔力も魔法もね」

「これだから……人類は!」

 

 肘打ちが飛んでくる。

 シドは後退してかわした。

 続いて左。右。フック。連続する拳を、シドは一つずつ受け流す。そして、その隙間へ拳を差し込む。

 

 左アッパー。顎が跳ね上がる。続けて右フック。側頭部を打ち抜いた。リューグナーの身体が大きく揺れる。

 それでも倒れない。彼は血を吐きながら、再び踏み込んだ。

 シドも一歩前へ出る。

 逃げる必要はない。

 最後の一撃。右拳が一直線に伸びた。拳がリューグナーの顔面を捉える。鈍い衝撃。身体が後方へ吹き飛び、地面へ叩きつけられた。

 

 動かない。赤い血が、ゆっくりと地面へ広がっていく。月光を受け、その血は黒く光っていた。やがて【暗刻庭園】も霧のように消えていく。失われていた色と音が、少しずつ世界へ戻ってきた。

 

 シドは拳を見下ろした。左腕から血が流れている。肩にも傷がある。それでも、胸の奥は驚くほど静かだった。

 

「……終わった」

 

 背後から足音が近づく。

 ゼータとウィクトーリアだった。ゼータの頬には傷が残り、チャクラムを握る手は血で汚れている。

 ウィクトーリアの聖衣も裂け、袖から血が滴っていた。

 

 二人とも無傷ではない。

 それでも、立っている。シドは倒れたリューグナーを見下ろした。

 魔法が消えれば、残るのは肉体だけ。彼が誇りとしていた魔法も、長年の研鑽も、領域さえも。それらをすべて失った瞬間、最後に残ったものは拳と拳の勝負だった。

 

 シドはゆっくりと拳を開いた。

 付着した血を払う。

 月明かりが、その手を静かに照らしていた。

 

 戦いは終わった。そして――魔法を何よりも誇りとしていた知性魔物にとって、その敗北は、あまりにも皮肉な結末だった。

 

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